エピソード4 魔界の王
〈エピソード4 魔界の王〉
俺たちはゲートのあった神殿を出ると魔界の町を歩く。
町の雰囲気はグランベルト王国の王都とそれほど変わるものではなかった。
が、魔界には日の光がないらしく、その分、明かりというものが欠かせない。
例えるなら、町全体が夜の歓楽街みたいになったようなものだ。
その証拠に、俺の歩いている通りは様々な色や形をした光で溢れ返っている。
そんな町を歩きながら、俺たちは宮殿とはまた趣の異なる大きな城の前へとやって来た。
「ここが、バロール様のいる城だ。お前たちの素性は知らぬが、くれぐれもバロール様の前では失礼というものがないように」
そう前置きをすると、エレクトラは警備をしている兵士と視線を交わして、城の中に入っていく。
「王宮と違って、美術品で溢れ返ったりはしてないんだな」
城の中は意外にも質素な造りをしていた。
カーペットが敷かれていたり、シャンデリアがぶら下がっていたりした王宮とは大違いだ。
「バロール様は質実剛健。無用な美術品を城の中に置くようなことはあり得ぬ」
「なるほどね」
「この城も堅牢なものになっている。いつ、どんな敵が攻めてきても十分な対応ができるようにな」
「攻めてくる敵なんて居るのか?」
魔界の情勢には詳しくないので、そう尋ねていた。
「私の知る限りではいないな。だが、浅ましい人間どもは期があれば、魔界に攻め込んでくることもあるかもしれぬ」
「そうだな」
人間ほど戦争が好きな種族もいない。
かつてあった魔界との戦争も、人間の目に余る横暴さが原因だったと言うし。
「着いたぞ。ここがバロール様のおられる玉座の間だ」
エレクトラは大きな扉の前に立つと、声を張り上げる。
「騎士団長のエレクトラです。シェイド殿を探してこの魔界にやって来た人間たちを連れてまいりました」
扉をノックするエレクトラの声には、緊張の響きがあった。
「入るが良い」
腹腔に重く圧し掛かるような声が扉越しに聞こえて来た。
俺は生唾を呑み込みながらエレクトラが開けたドアの中に入る。すると、そこには、宮殿の謁見の間と同じくらいの大きな空間があった。
ただ、華美なカーペットは敷かれてないし、豪奢な衣服を身に着けた重臣たちの姿もない。
あるのは大きくて武骨な椅子だけだし、その椅子には二メートル近くの体躯を誇る人物が座っていた。
「お初にお目にかかる。私がこの魔界の支配者、バロールだ」
浅黒い肌に、人間の顔をした男がそう名乗りを上げる。
てっきり、怪物のような奴だと思っていたが、普通に人間っぽい姿をしているので俺は拍子抜けした。
が、そんな俺の内心を見抜いたのか、男、バロールから凄まじいプレッシャーが放たれる。
途端に、俺の体から大量の汗が噴き出す。それから、襲ってきた強い眩暈で床に倒れそうになった。
が、足に力を入れて、何とか堪えて見せる。
エリシアとアメイヤは普通の顔をしていたので、プレッシャーをぶつけられたのは俺だけか。
「俺は冒険者のカツラギ・シュウイチです。闇の魔導師シェイドを連れ戻すように頼まれ、ここに参りました」
プレッシャーがスーッと消えると、俺は見えない枷から解放されたように言葉を吐き出していた。
「シェイドを連れ戻しに来たということは、魔界のゲートも閉じるつもりだな」
バロールは豪胆さを感じさせるように笑った。
「は、はい」
俺は恐縮したような返事をした。
「そうか。ひょっとして、あのジャヒーを魔界に追い返したのもお前か?」
「その通りです」
「お前も知っているであろうが、お前のいた世界では亜人たちが差別や偏見に苦しんでいる。ジャヒーはそう言った者たちの居場所を作っていたのだ」
バロールは口の形こそ弧を描いていたが、目の方は全く笑っていない顔で言葉を続ける。
「それを邪魔するということは、お前も亜人たちのことなど何も考えていない証拠だ」
その言葉に俺は反論を試みる。
「ですが、亜人たちも日の光が当たる場所での生活を求めているはず。ジャヒーはそう言った亜人たちを夜の世界でしか生きられないようにしていました」
「魔界には日の光などない。夜の世界こそが、我々にとっては正常な場所なのだ」
「けれど、夜の町にも光は必要です。でなければ、この魔界の町があんなにも様々な光で溢れ返っているわけがありません」
俺は畳みかけるように言い募る。
「それが分かっているからこそ、魔界にいた亜人たちも俺たちの世界に来たのだと思います。苦しい生活が待っていると知りながらも」
俺の弁舌にバロールは顎を撫でた。
「確かに、お前の言うことも一つの道理かもしれぬな」
「そう思うのであれば、シェイドを引き渡し、魔界のゲートを閉じさせてください」
「だが、残された亜人たちはどうなる?」
「グランベルト王国の国王は、亜人たちに救いの手を差し伸べることを約束してくれました」
「国王を操っていたアーク・デーモンを倒したのもお前か?」
「はい」
俺が毅然とした態度で返事をするとバロールはふっと笑った。
「そうか。国王がそう決断したというのであれば、亜人たちの未来も明るいものになるやもしれぬな」
「今の国王の言葉なら信じる価値に値すると思います」
「分かった。では、シェイドに魔界のゲートを閉じさせよう。これ以上、魔界のゲートを開いていても、害にしかならぬからな」
「ありがとうございます」
俺は大きな言質を引き出せたことに安堵する。が、ふとバロールの顔に郷愁の念のようなものが混じる。
「それと、先ほどから気になってはいたのだが、その槍を持った少女はアルフィスの血を引いているのではないか?」
バロールの問いかけに、アルフィスは真っ直ぐな目で口を開いた。
「私の名前はアメイヤ・アルフィス」
「やはりそうか。かつて私はアルフィスと剣を交えたことがあった。その時は奴との決着はつかずじまいだった」
「その話は私も聞いている」
「やはり、アルフィスの奴はもう生きてはおらぬか」
「それは三百年も昔の話。生きているはずがない」
でも、バロールは人間とさほど変わらない姿をしているのに、老いのようなものは全く感じさせないんだよな。
やはり、女神のジャヒーのように、人間にはあり得ない寿命を有しているのかもしれない。
「そうか。ならば、一つ頼みがある」
「頼み?」
「私と手合わせをしてくれ」
「手合わせ?」
「アルフィスとは、再戦の約束をしていてな。だが、私が一方的に魔界に退いたことで、その約束は立ち消えた」
バロールは熱の籠った声で言葉を続ける。
「アルフィスの血を引くお前と手合わせができれば、あの時の約束も果たすことができる気がするのだ」
「分かった」
アメイヤは何の迷いも見せずに即答した。
「バロールのレベルは七十だぞ。今のお前が勝てる相手じゃないし、無理はするな」
俺の言葉にアメイヤが微笑する。
「大丈夫だよ、シュウイチお兄ちゃん。私はアルフィスの血に恥じない戦いをするだけだから」
「そうか」
この戦いは俺では止められないな。
たぶん、戦士と呼べるような人間にしか分からない美学があるのだろう。
ただの冒険者には理解できない理屈だ。
「殺しはせぬ。だが、死ぬ気で戦わないと腕の一本や二本はなくなるかもしれぬぞ」
バロールはゆっくりと立ち上がると、腰の剣を鞘から引き抜く。それから、豪傑さを見せるように笑った。
その体からは、闘気のようなものが発せられていたし、それを感じ取ると俺の肌も粟立つ。
「望むところ」
アメイヤも槍を構えて、いつでも突きかかれる態勢を取る。
こうして、かつての約定を果たすために、アメイヤとバロールの二人の戦士は、互いに矛を交えることになる。
「行くよ、バロール」
先に動いたのは疾風と化したアメイヤだった。
アメイヤは剣を構えているバロールに勢い良く突きかかった。
バロールはその一撃を容易く弾く。が、アメイヤは挫けることなく、神速の突きを連続してバロールに浴びせた。
が、バロールは迫り来る槍の穂先を的確にいなす。
その動きを見るだけで、バロールの剣を扱う技量が俺の上を行っていることが分かった。
「その年齢で、ここまで英雄の槍を自由自在に扱うとは大したものだ。が、それでも英雄アルフィスには及ばないな」
そう言うと、バロールは反撃に打って出るようにアメイヤに斬りかかった。アメイヤはその斬撃を槍の柄で受け止める。
小柄なアメイヤの体が軋むのが分かるし、余裕のためか、バロールは戦いながら話しをしてくる。
「お前、無理にアルフィスの代わりになろうとしていないか?」
バロールはそう問いかけながら鋭く剣を一閃させる。
アメイヤも的確にその斬撃を受け止めて見せたが、その動きにはどこか迷いがあるように感じられた。
「そんなことは……」
ギリギリと押し合うように剣の刃を受け止めていたアメイヤは言葉に詰まる。その顔には隠しきれない動揺があった。
「お前はお前だ。それ以外の何者でもないし、アルフィスの幻影を追いかけるのは止めろ」
バロールは剣を切り返して、アメイヤの槍を大きく弾く。
これにはアメイヤも大きく体勢を崩し、たたらを踏む。
「知った風なことを!」
そう叫ぶと、アメイヤは冷静さを失ったのか、がむしゃらにバロールに突きかかった。
が、そんな勢いに任せただけの攻撃はバロールには全く通じない。
こういう勝負は頭に血が上った方の負けだ。
バロールは確かな余裕を感じさせる動きで突き出される槍の穂先を叩き落とす。
「お前は無理に英雄になる必要はない。ましてや、お前は女だ。槍を捨てて女の幸せを求めても良いんだぞ」
バロールの諭すような言葉にアメイヤの目が怒りを感じたように吊り上がった。
いつもは無表情のアメイヤがこんな感情的な顔を見せるなんて。
「そんなものはいらない!」
アメイヤは獲物を刈る時の肉食獣のような態勢を取る。
単なる手合わせだと言うのに、アメイヤの目には殺気が灯っていた。
それだけ、バロールからの言葉がアメイヤにとっては聞き捨てならない侮辱に感じられたのだろう。
今のアメイヤは、まるで一匹の獣だ。
「「「ソニック・チャージ!」」」
アメイヤの必殺技が迅雷の如き早さで飛び出した。
レベルが上がったせいか、闘技場の戦いで繰り出した時とはスピードがまるで違う。
突き出されたアメイヤの槍は、一瞬たりとも視認することを許さない早さだったのだ。
が、バロールは巧みな体さばきで、アメイヤの突きを軽やかに受け流す。それから、自身も技を使うような動きを見せる。
「「「デストロイ・クラッシュ!」」」
まさかバロールが俺と同じ技を使うとは。
この技を食らったら、たとえ受け止めても、相当な衝撃が襲いかかる。おそらく、今のアメイヤの体では耐えられまい。
これは、勝負あったか?
だが、その一撃をアメイヤはギリギリのところで掻い潜った。そして、今度は俺も知らない技を繰り出そうとする。
「「「デッドリー・スイング!」」」
そう叫ぶと、アメイヤは全てを切断する槍の刃を、旋風を巻き起こすように豪快に振り抜いた。
その一撃を剣の刀身で受け止めたバロールは大きく吹き飛ばされる。
これには、バロールの顔からも余裕が消えた。
アメイヤも負けていないな。
「見事だ。お前の戦いにかける想い、確かに受け取ったぞ!」
バロールは嬉しそうな笑みを浮かべると剣を大きく振り上げる。それから、アメイヤとの間合いを一気に詰めた。
残像すら生み出すバロールの踏み込みに、アメイヤは対応ができない。
防御するように槍を翳すのが精一杯だ。
「「「グランド・スマッシュ!」」」
バロールの巨体が生み出す熾烈を極めた技が、アメイヤに叩きつけられる。
技の勢いを見るに、手加減のようなものはない。
こんな強力な技を受け止めるのは、例え俺でも無理だ。
やはりと言うか、さすがのアメイヤもこの技は受け止めきれずに、手から槍を零れ落としてしまった。
そして、アメイヤの顔に剣の切っ先が付きつけられる。
「勝負ありだな」
バロールは勝ち誇る風でもなく穏やかな口調で言った。
「うん」
アメイヤはコクリと頷く。
その顔には怒りはなく清々しさだけがあった。
どうやら、完璧に打ち負かされたことで、アメイヤの心の蟠りも消えたみたいだ。
「まさか、ここまで打ち合えるとは思わなかった」
バロールは目を伏せながら静かに口を開く。
「お前ならいつかアルフィスを超えることもできるかもしれない。が、それは女の幸せとは逆を行く修羅の道だぞ」
そう言って、バロールは満足した笑みを浮かべると剣を腰の鞘に納めた。




