エピソード3 正体を現した敵
〈エピソード3 正体を現した敵〉
俺たちはアリッサに案内をされながら宮殿の中に入り込んでいた。
もちろん、そのままの恰好で宮殿の中をうろつけば、すぐに不審者として捕まってしまうだろう。
なので、俺は近衛騎士の制服を、エリシアとアメイヤは侍女の服に着替えていた。
「あなたたちも、そんなに緊張しなくて良いわよ。ここまで来れば、もうこっちのものだから」
アリッサは俺たちの心を解すように言った。
ちなみに、服はアリッサが用意してくれたもので、彼女自身も侍女の服を普通に着こなしている。
盗賊らしく、変装はお手の物と言った感じだ。
彼女が味方で良かったと素直に思える。
俺たちは豪勢なシャンデリアが等間隔で吊るされている通路を歩いていく。
途中、宮殿で働く侍女たちとすれ違ったが、不審な目は向けられなかった。
「やっぱり、宮殿の中は華やかだな。こんなところで暮らせる人間は幸せ者だ」
俺は通路に置かれている豪華な壺や巨大な絵画などの美術品を見ながら言った。
「そうでもありませんよ。私はこの宮殿の空気が大嫌いでしたから」
エリシアは眉間に皺を寄せる。
「そうなのか?」
「はい。どうにも、この堅苦しい空気には慣れることができませんでした」
「へー」
「だから、宮殿を出て魔法学院の寮にも入ってみたんです」
引き籠りもしていた俺にとっては、寮での生活なんて以ての外だ。三日も経てば、ストレスで胃に穴が空きかねない。
そんな俺の内心を察したわけではないだろうが、エリシアは取り繕うような顔で言葉を続ける。
「もっとも、その魔法学院の空気も好きにはなれなかったのは、皮肉でしかないですね」
「高貴な生まれの人間の考えることは分からないな」
「そうですか……」
エリシアは共感を得られなかったことにがっかりしたのか、苦味のある笑みを浮かべた。
「まあ、どんな人間にも好き嫌いがあるってことだろう。その手のことは、あまり深く考えても仕方がない」
高貴な生まれでなくとも、俺はせめて、裕福な家庭に生まれたかったな。
それなら、幾ら無職ニートの生活をしていても、金銭的な面で親に負担をかけることはなかったはずだし。
「隣の家の芝生は良く見えるって言葉もあるからね。高貴な生まれの人間にも、悩みや不満は必ずあるってことよ」
イブリスは説得力のあることを言った。
「それは分かる。私も英雄の血を引いているということで、いつも不快な特別扱いをされていたから」
その点については、アメイヤも共感できているようだった。
「そっか。ま、俺は人間の優劣に興味はない。自分が満足していれば、それで良いんだ」
少なくとも、今の俺の生活は充実している。この充実感が現実の世界に戻っても消えないことを願うばかりだ。
「話はここまでよ、あなたたち。国王の寝室が見えてきたわ」
前を歩くアリッサが鋭い声で言葉を差し挟んだ。
「この中に国王が居るってわけか。ボスのシンボルマークも付いているし、抜かりはないはずだが」
俺は宮殿のマップを再確認しながら言った。
「ここで二の足を踏むわけにはいきません。勇気を出して中に入りましょう!」
そう意気込むエリシアの顔には、僅かな恐れもない。
「濃密な魔の空気が漂ってくる。この中にいるのは絶対に普通の人間じゃない」
アメイヤは不審がられないように槍を布で包んでいた。が、ここで、その布を取り払い英雄の槍を開帳する。
俺も用心しながら剣の柄に手をかけた。
「入るぞ」
そう手に汗握るものを感じながら言うと、俺は寝室の扉を押し開けた。
すると、広い部屋の中には大きな天蓋つきのベッドがあり、そこで国王が横になっていた。
「何だ、お前たちは? 誰の許可を得てこの部屋に入った?」
俺たちの存在に気付いた国王が上半身を起こした。
ちなみに、王妃の姿はない。
エリシアの母親でもある王妃は何年も前に病気で亡くなっているのだ。
どういう心境かは分からないが、国王も新しい王妃を迎えようはしなかったし。
「お父様、私です。エリシアです」
エリシアは縋るような目で言った。
「私はお前との縁を切ったはずだぞ。のこのこ宮殿に戻って来て、一体、何のつもりだ?」
豊かな髭を蓄えた六十歳くらいの老人、国王のアルバス・アーバインは辛辣な声で言った。
「今のお父様は何者かに操られています。自覚は無いのですか?」
「馬鹿を言うな、私は私だ」
「お父様!」
エリシアは取り付く島もない国王に向かって、檄を飛ばした。
「今から近衛騎士たちを呼んで、お前たちを捕まえてやる。そしたら、全員、縛り首だ」
国王は人間には、真似できないような禍々しい笑みを浮かべる。それから、ベッドの天蓋から垂れている紐を引っ張ろうとした。
「させるか!」
俺はすかさず剣を抜いて、人を呼ぶであろう紐を切断した。
エリシアも俺と入れ替わるように国王の前に立ってヒールの魔法を唱える。
「ごめんなさい、お父様」
国王の体を神聖魔法の光が包み込んだ。
「「「ぐ、グワー!」」」
そう悲鳴を上げて、国王は藻掻き苦しむ。
普通の人間だったら、ヒールの魔法でこんな反応を見せたりはしない。
国王に邪悪な者が憑りついているというのは本当だったのだ。
その証拠に、国王の背中から煙のようなものがモクモクと立ち昇って、それは人型の形を取った。
「この俺の正体を見破るとはな。だが、そのせいで、お前たちはこれから地獄を見ることになるぞ」
どす黒い煙の中から、あのオーガよりも一回り大きい体を持つ二足歩行の化け物が現れた。
化け物は猛獣と爬虫類を足して二で割ったような姿をしている。
悪魔としか言いようがない姿だ。
「こいつはアーク・デーモンだ。レベルも四十三だし、手強いぞ」
俺たちのレベルは四十五だが、アーク・デーモンの持つ一部のステータスは俺をも上回っていた。
今までの敵と同じような感覚で戦えば痛い目を見る。
「どうして、悪魔がお父様に憑りついていたんですか?」
エリシアは死んだように動かない国王の体を見ながら問いかける。
「魔王バロール様の命令よ。あの方は、この国を亜人やモンスターたちが住めるような場所にしようとしていたのだ」
アーク・デーモンは笑みを広げながら言葉を続ける。
「故に、俺もまた国王を操り、その地盤固めをしようとしていた」
アーク・デーモンはあのキング・オーガのように、魔王バロールに対して強い忠誠心を持っているようだ。
ただの悪い奴と片付けることはできない。
何にせよ、ここでもバロールが裏で糸を引いていたということだ。
やはり、バロールの存在は看過できないな。
「そういうことは魔界でやってください」
「残念ながら、魔界は厳しいところでな。そう簡単に亜人やモンスターたちが移り住めるような場所ではないのだよ」
アーク・デーモンは大きく顎をしゃくった。
「御託を言い合うのは、ここまでにしておこう」
俺は強い口調で言うと更に口を開く。
「退くと言うのなら、それも良し。退かないと言うのであれば、お前はこの場で倒させてもらうぞ」
戦いになるのなら、誰かが騒ぎを聞きつけて、やって来ない内にカタを付ける。
宮殿にいる人たちを戦いに巻き込んで死なせたりしたら、後味が悪くなるからな。
「面白い。魔界では数多くの悪魔を従えていたこの俺の力、その身で特と味わうが良い」
そう言うと、アーク・デーモンは両手に紫色の炎を纏わせて俺に攻撃を仕掛けてきた。
俺はアーク・デーモンの繰り出した拳の一撃を剣で叩き落とす。
が、アーク・デーモンは目にも止まらぬ早さで拳の連打をお見舞いしてきた。
剣で受け止めても、巻き上がる紫色の炎が俺の体を焼く。
この炎は《マナ》をエネルギーとする魔法ではないな。
純粋な炎みたいだし、それだとマジック・シールドでは防げない。
俺はブレス系の攻撃に効果がある【シェル・ガード】の魔法を使って、自分の体に薄いバリアの膜を張る。
これで、ある程度の炎なら防ぐことができるはずだ。
「さすがに、炎は効かぬか。だが、人間ごときが、この俺のスピードについて来れるかな?」
そう言うと、アーク・デーモンは更に重い一撃を放つ。
俺はそれを刀身で受け止めたが、勢いを殺しきれずに後ろへと大きく吹き飛ばされる。
転倒することなく床に着地した時には、アーク・デーモンの巨体が俺の眼前に迫っていた。
アーク・デーモンは更に勢いを増した炎を拳に纏わせる。それから、全身をバネのようにしならせて、拳の連打を繰り出そうとした。
今度は凌ぎ切れないぞ。
「お兄ちゃんは、やらせない!」
スピードには自信のあるアメイヤがアーク・デーモンの横合いから槍の穂先を突き出した。
その一撃はアーク・デーモンの横腹を抉る。
人間にはあり得ない紫色の血が迸った。
「やるな! 魔王バロール様を退けた英雄アルフィスの血は伊達ではないということか」
アーク・デーモンはアメイヤに拳の連打を繰り出す。アメイヤは流麗な動きで、拳の雨を交わす。
が、全てはかわしきれずに肩に拳をもらってしまう。
強烈な打撃と共に炎に包まれたアメイヤの体は、吹き飛ばされて寝室の窓を突き破る。
普通の人間なら死んでもおかしくないぶつかり方だ。
が、見かけに寄らず頑丈な体を持つアメイヤなら大丈夫だろう。
俺はアーク・デーモンの注意がアメイヤに向けられている隙に、剣で斬りかかった。
その雷光のような一撃はアーク・デーモンの肩を切り裂く。
「グッ!」
アーク・デーモンは掌で裂けた肩を抑えると、苦しげに唸った。
俺は畳みかけるようにアーク・デーモンに斬りかかる。
が、俺の繰り出した斬撃は、全て避けられてしまった。
大した身のこなしだな。
それを受け、俺は出し惜しみすることなく剣の技を繰り出す。
「「「必殺、ライトニング・ペネトレイト!」」」
閃光の如き突きがアーク・デーモンの体を貫くと思われた。
が、アーク・デーモンは驚くべきことにその一撃を紙一重のところでかわして見せた。
剣の刃はアーク・デーモンの二の腕に切り傷を付けるだけに留まる。
「大した技だ。まともに食らっていたら、ただではすまなかったな」
アーク・デーモンは二の腕に付いた裂傷を触りながら笑う。
それなりに深い傷だが、致命傷とは言えない。
にしても、ライトニング・ペネトレイトを避けられたのは、これが初めてだ。
ライトニング・ペネトレイトは最も早さに秀でた技だし。
なので、俺も少なからず精神的なショックを受けていた。
が、俺の繰り出した技は、あくまで次の攻撃の布石でしかない。
「この俺の技をかわしたのは見事だとしか言いようがないな。でも、俺の技でお前を倒しきれないのは想定の内だ」
俺は不敵に笑いながら、頼みにしていたエリシアの方を見る。
「その通りです。シュウイチさんとアメイヤさんは、私のために時間を稼いでいてくれたんです」
エリシアは掌に眩い光を纏わせていた。
どうやら、あの大魔法を行使するためのチャージ・タイムは終わったようだな。
「こ、この力は!」
アーク・デーモンは神聖魔法の強い波動を感じたのか戦慄の表情を見せた。
「「「では、行きますよ! セイクリッド・バースト!」」」
エリシアの切り札とも言える大魔法が放たれた。
白くて太い光線がアーク・デーモンの体に命中する。
傷を負って動きが鈍っていたせいか、今度はアーク・デーモンも避けられなかった。
「「「グォォォォォ!」」」
光線がアーク・デーモンの体に命中すると、大きな唸り声と共に激しい光の乱舞が生じる。
俺もあまりの眩しい光に目を開けていることができなかった。
寝室が地震でも起きたかのように激しく揺り動かされる。
そして、光が収まった時にはボロボロの姿になったアーク・デーモンがいた。
「まさか、エリシアがこれほどの成長を遂げていたとはな。お前を王宮から追放したのは失策だったか」
アーク・デーモンは残った力を絞り出すようにして言った。
「ええ。私が今日に至るまで王宮に居たら、私の力など取るに足らないものでしかなかったでしょう」
エリシアは豪胆な笑みを浮かべながら言った。
「確かに、その通りだ。む、無念……」
そう言うと、アーク・デーモンは前のめりにドスンと倒れる。それから、アーク・デーモンの体は塵となって消えていった。




