エピソード2 盗賊ギルド
〈エピソード2 盗賊ギルド〉
「また、この地下水路を歩くことになるとはな。正直、このジメジメした通路を歩くことは、もうないと思っていたよ」
俺たちはマップを頼りに複雑に入り組んでいる地下水路を歩いていた。
今のところ何かが現れる気配はない。が、視界が悪い場所だけに油断のようなものはできない。
「はい。私もここには良い思い出がありません。できることなら、二度と足を踏み入れたくなかったですね」
エリシアは暗鬱とした顔で言った。
「またアクア・ドレイクが出るかもしれないからな」
良くも悪くも、俺にとってこの地下水路は初クエストで訪れた思い入れのある場所だ。
が、仲間を失ったエリシアは違うだろう。
「アクア・ドレイクはもはや敵ではありません。ただ、この地下水路には濃密な魔の空気が漂っているんですよね」
「異質な空気は俺も感じているよ」
魔の空気は以前、来た時よりも強くなっているように感じられた。
「そうですか。魔界のゲートがこの水路の更に地下にある場所で開いている、というのは、本当かもしれませんね」
「それなら、魔界のゲートをどうにかして欲しいって言うクエストも回ってくるかもしれないな」
「はい。その時は心してかかりましょう」
エリシアが気合を入れるように言うと、唐突にアメイヤの足が止まる。
「シュウイチお兄ちゃん、あそこの曲がり角に誰か隠れてる」
アメイヤの言葉に俺もビクッと反応する。
人の気配には注意していたはずなのに、全く気付けなかった。
「本当か?」
「私の目は誤魔化せない」
「だろうな」
アメイヤは人の気配には人一倍、敏感だし、気のせいということはないはずだ。
「でも、ここまで気配を隠せるのは、相当な手練れだと思う。お兄ちゃんも気を付けて」
アメイヤは隙なく槍を構えながら言った。
「分かった。何か妙な動きを見せたら、その時は一番早く動けるアメイヤが何とかしてくれ」
「了解」
アメイヤが首肯すると、俺も剣を鞘から引き抜いて声を張り上げる。
「おい、そこにいる奴。隠れていないで出てこい!」
俺の突き刺すような声が聞こえたのか、曲がり角から一人の女が、音も立てずにスーッと現れた。
「その外見、ガーランドから聞いていた冒険者で間違いはないようね」
二十代半ばくらいの女は、いかにもシーフと言った感じの身軽そうな服を着ている。
その腰にも扱い易そうな短刀が下げられていた。
「あんたは盗賊ギルドの者か?」
「そうよ。私の名前はアリッサ・サージェス。盗賊ギルドの長を務めているわ」
アリッサは盗賊には似つかわしくない澄んだ声で自己紹介をする。
「ギルドの長が自ら俺たちを迎えに来てくれたってことか」
でも、長がこんなにも若い女性だとは思わなかった。
本当に頼りにできる御仁なのだろうか。
「私たちのギルドも何かと人手が足りないのよ。重要なことであれば、私、自らが動いた方が失敗がなくて良いわ」
「そうか」
それだけ今回のクエストは重要なものだということだろう。
協力してくれる色々な人たちのためにも失敗は許されない。
「とにかく、私たちのアジトに行きましょう。そこでなら、安心して話せるし」
そう言うと、アリッサは全く足音を立てずに地下水路を進んで行く。それから、突き当りまで来ると何の変哲もない壁をクルリと回転させた。
仕掛け扉とは、なかなか手が込んでいるな。
回転した扉の中には、そこそこの広さの空間があった。
何となく大学のサークル棟にあった部室を思い起こさせるな。
「地下水路にこんな場所があったとはな」
部屋の中は骨董店のように色々な物で溢れ返っていた。
金や銀でできた物もたくさんあったし、まさに宝の山と言った感じだ。
一方、不自然に梯子がかけられている天井を見ると、地上に繋がっているのか、明るい光が漏れていた。
「悪くない場所でしょ。ここなら、誰かが来ても逃げ道に困ることはないわ」
アリッサは天井の蓋を少しだけ開けて、光石にはない自然な明かりを取り込むと自慢するように言った。
「この壺は宮殿で見たことがあります。ひょっとして、盗んだんですか?」
エリシアは豪華な壺をマジマジと見ながら尋ねる。
「ええ。盗むのが私たちの仕事だもの」
アリッサは全く悪びれずに言った。
「ですが、こんな大きな壺を宮殿から盗み出すなんて」
「盗まれないって思っている物ほど、盗むのは簡単なのよ」
「なるほど」
エリシアは憤慨するわけでもなく、むしろ、感心したような顔をした。
「あなたたちも、このアジトのことは秘密にしておいてね。盗賊ギルドはたくさんのアジトを抱えているけど、ここは特にお気に入りの場所だから」
これだけの値打ち物を持っているなら、地上に立派な邸宅を建てることだってできるだろうに。
まあ、地下に好んで住むような人間の気持ちも分からなくもないけどな。
何となく秘密基地みたいで格好良いし。
俺も汚い場所の方が落ち着けると言うタイプの人間だし、こういう雑然とした場所は嫌いじゃない。
「大丈夫だ。盗賊ギルドを敵に回すようなことはしない。背中を毒塗りの短剣で刺されるのは嫌だからな」
そういう行為は暗殺者ギルドの本分なんだろうが、盗賊だって邪魔な人間は容赦なく殺すと聞いている。
盗賊が使うと言う毒塗りの短剣を侮ることはできない。
「それが賢明ね」
アリッサは嫣然と笑った。
「そろそろ本題に入るぞ。ガーランドさんからは、王宮に忍び込んで国王を直に問い詰めてくれと言われている」
俺はハキハキと言葉を続ける。
「そこまでの案内はできるのか?」
「王宮に忍び込むのは簡単よ。でも、噂通り、国王が悪魔に憑りつかれていたら、私の力じゃ打ち勝てないわ」
「大丈夫だ。悪魔なら俺たちが打ち倒す」
悪魔は手強い相手だと聞いているが、今の俺たちなら負ける気はしない。
問題なのは、悪魔の正体を見破る方法だ。
「でも、悪魔をどうやって燻り出すつもり?」
その辺は、エリシアに説明してもらった方が良いだろう。
「それなら、私に任せてください。私が神聖魔法をお父様の体にかけます。悪魔なら耐え切れずに体から出て来ることでしょう」
悪魔は総じて神聖魔法を苦手としている。なので、普通の人間には無害なヒールの魔法でもダメージを負ってしまうのだ。
「もし、悪魔が憑りついてなくて、国王の単純な心変わりが原因だったら?」
アリッサの問いかけを受け、エリシアは顔の表情を険しくさせる。
「その時は、私やガーランドさんの首が飛ぶだけです」
エリシアは曇りのない目で言い切った。
「そう」
さすがのアリッサも気後れしたような顔をする。こういう反応には、俺も「やはり若いな……」と思わせられた。
「ですが、私はお父様の人柄を信じています。今のお父様は、絶対に本当のお父様ではありません」
国王の変わりようが悪魔のせいなら、悪魔さえ何とかすればエリシアも国王との和解ができるかもしれないな。
エリシアもそうなると思っているからこそ、並々ならぬ意気込みを見せているのだろう。
「王女のエリシア様がそこまで言うのなら、私たちも協力は惜しまないわ」
「お願いします」
エリシアは盗賊を相手に深々と頭を下げた。
「では、夜になるのを待ちましょう。この地下水路は宮殿にも繋がっているわ」
アリッサは自信に満ちた声で言葉を続ける。
「もちろん、宮殿にいる人間もそれは周知しているけど、私はまだ誰にも見つけられていないルートを知っているのよ」
その言葉には信頼を置きたいところだな。
こうして、俺たちが王宮に忍び込むための段取りは着々と進んで行ったのだった。




