エピソード1 国王の心変わり
〈エピソード1 国王の心変わり〉
「やっとレベルが四十五になったな。普通のRPGなら、そろそろ終わりが見えてくる頃だし、もう一踏ん張りか」
俺とイブリスはギルドの革張りソファーに座りながら話をしていた。
クエストを受けに来たのだが、運悪く受付カウンターには他の冒険者たちが列を作っていたのだ。
だから、こうして彼らがいなくなるのを待っている。
ちなみに、エリシアとアメイヤは先の大戦での疲れが残っていたみたいなので、休養を取ってもらっている。
「それは気が早すぎるってもんじゃないの? このゲームの想定されるクリアレベルは六十前後なのよ」
イブリスの言葉を聞いて、俺は大作系のRPGのレベルが基準になっているみたいだなと思った。
「六十か。クリアまでには、かなりの長丁場になりそうだな」
「その通りよ。まあ、さすがに、レベルが六十になる頃にはテストプレイも打ち切られるはずだけどね」
「そうか」
「ええ。会社側だって、テストプレイでエンディングまで見せる気はないだろうし」
イブリスはドライな感じで言った。
まあ、いつか、終わりが来ることは分かっていた。
が、いざ、その終わりが近づいて来ると、無性に寂しさのようなものを感じてしまう。
そんな俺の内心を知ってか知らずか、イブリスはクスリと笑いながら口を開く。
「でも、今のところは会社側も何も言ってこないし、案外、ギリギリのところまでプレイさせるつもりなのかもね」
イブリスの考察を聞き、俺も俄然、やる気が沸いてくる。
「となると、まだまだレベル・キャップを外すイベントはこなさなきゃならないし、楽はできそうにないな」
「そうね。イベントも大きくて派手なものになってきたし、今まで以上に気を引き締める必要があるわ」
「だよな。ラシール様にも釘を刺されたし、もうゲーム感覚で考えるのは止めた方が良いかもしれない」
「……その辺の判断はあんたに任せるわ」
イブリスは遠くを見詰めるような目をする。
それを見て、俺はイブリスが何か良くないことを隠しているのを察する。
でも、イブリスにも事情があると思うので、深く追及したりはしない。
イブリスと喧嘩をしても良いことは何もないし。
「お、ようやくギルドの受付カウンターが空いたぞ。今日はまた随分と待たせてくれたな」
俺はまごまごすることなく、ギルドの受付カウンターに駆け寄った。
「お待ちしていました、カツラギ・シュウイチさん。今度のクエストは特に内密にしなければならないものなので、注意してください」
受付嬢のチェルシーさんは硬い声で言った。
既に開いていたメニュー表のクエスト欄にもレベル・キャップの印が付いている。
なら、気は抜けないということだ。
「特に内密?」
俺はチェルシーさんの言い回しを聞いて、訝るように眉を持ち上げた。
「はい。今回も当ギルドの客室にクエストの説明をする方がいます。詳しい話はその方から聞いてください」
この流れは過去に何回もあったことなので、別段、緊張することはない。
「分かりました」
俺はチェルシーさんの言葉に従い、広間にある階段を上がると、ギルドがいつも用意している客室へと足を踏み入れた。
「クエストの説明をしてくれるのはガーランドさんでしたか」
客室には鎧ではなく、華やかなデザインの騎士の制服を着たガーランドさんがいた。
「また会いましたな、シュウイチ殿」
ガーランドさんは、何ともエネルギッシュな笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「あなたを指名したわけではなかったのですが、こうして、また会えると何だか運命的なものを感じてしまいます」
「ええ」
俺もガーランドさんのことは嫌いじゃない。
この人は信頼をするに値する立派な人間だとも思っているし。
俺の内心を余所に、ガーランドさんは小気味よく笑いながら口を開く。
「先の大戦での、あなたの活躍ぶりは見事なものでした。騎士団の中にはあなたを騎士にするよう求める声さえあります」
「それは遠慮したいですね。俺は自由な冒険者の方が性に合っているので」
「あなたならそう言うと思いましたよ。でも、気が変わったらいつでも騎士団の門を叩いてください。その時は歓迎します」
ガーランドさんは気持ちの良い笑い方をした。
「そう言ってもらえると、嬉しいですね。で、内密な話とは?」
俺は改まったような態度で尋ねる。
「そのことなのですが、どうも国王陛下が悪魔に操られているという噂があるのです」
ガーランドさんは声のトーンを落として言った。
「本当ですか?」
「はい。昔の国王陛下は優しく、寛大で、争いごとを嫌うお人柄でした。故に、私も忠義を尽くすに値するお方と信じて疑わなかったのですが」
「その辺のことはエリシアから聞いたので知っています」
「そうですか。とはいえ、今の国王陛下は、その頃とは逆の様子を見せています」
ガーランドさんは峻厳な顔つきで言い募る。
「なので、宮中でも、国王陛下の人柄が急に変わったと、数年前から、もっぱらの噂になっているのです」
「だから、悪魔に操られていると?」
「そうです。国王陛下が何か良くないものに憑りつかれているのではないかと言う噂は、宮中だけでなく騎士団の方にも伝播しています」
ガーランドさんは深刻そうな声音で言って、更に話を続ける。
「最近は、国王陛下の性格の変化も、より顕著に感じられるようになってきました。だから、悪魔に憑りつかれているなどという話も軽々しく出て来るのでしょう」
「なるほど」
「そういうわけなので、シュウイチ殿には、国王陛下についての噂の真偽を明らかにしてもらいたいのです」
やはり、今回もややこしい内容のクエストになっているみたいだな。
でも、レベル・キャップが外れるクエストになっているので、逃げるわけにもいかない。
「分かりました。ギルドからの依頼でもありますし、その話はお受けしましょう」
俺は迷うことなく快諾した。
「有り難い。この手の作戦は騎士たちには任せられません。ですから、騎士たちの助力を受けることはできないものと思ってください」
ガーランドさんの顔にも心苦しさが滲み出ている。
「それは厳しいですね」
確かに、今回は剣を振るって解決するような類ものではない。
その上、俺たちが下手を打てば、ギルドにクエストを依頼したガーランドさんの首も飛びかねない。
故に石橋を叩いて渡るような慎重さが求められる。
「はい。その代わり、役に立ちそうな者たちがいます。本来なら協力して良い関係ではない者たちなのですが、背に腹は代えられません」
「どういった者たちなのですか?」
俺は胡乱な目をした。
「盗賊ギルドのメンバーです」
ガーランドさんは複雑そうな顔をしながら言った。
「それが協力者ですか?」
「そうです。王宮に忍び込んだりするのは彼らならお手の者ですし、今回の件では大いに役に立ってくれるでしょう」
「はあ」
幾ら難しい任務とはいえ、盗賊ギルドの力を借りようとするのは騎士としてどうなんだろう。
盗賊みたいな奴らに弱みを握られると、後々、面倒なことになるぞ。
「気乗りしないのは分かります。私とて、不本意ではあるのですから」
「相手が盗賊なら、そうでしょうね」
「はい。いずれにせよ、既に彼らの協力は取り付けてありますから、一度、会って話をしてみてください」
ガーランドさんは柔らかく笑いながら口を開く。
「私も盗賊ギルドの長はなかなか話の分かる人格者だと見ていますので」
「分かりました」
「ちなみに、盗賊ギルドは地下水路を根城にしています。なので、一部しか完成していませんが、地下水路の地図を渡して置きましょう。この地図を見れば彼らと会えますよ」
俺がガーランドさんから地図を受け取ると、メニュー表のアイコンに通知の印が付く。
マップを開いてみると、そこには盗賊ギルドのアジトの場所がマークで記されていた。
これで迷うことなく盗賊ギルドのメンバーと接触できるだろう。
スムーズに話が進むと良いのだが。
俺は一抹の不安を感じながらガーランドさんとの話を終えると、エリシアとアメイヤがいる宿屋に戻った。




