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エピソード2 気が付いたら仮想世界にいた

〈エピソード2 気が付いたら仮想世界にいた〉


 はっと目を覚ますと、そこには見たこともないような女の子がいた。


「やっと目を覚ましたわね。いつまでも寝ているから、無理やり起こそうと思っていたところよ」


 そう口にした女の子は麗しい金髪を長く伸ばし、サファイアのような青い瞳と、抜けるような白い肌を持っている。


 年齢も十五歳くらいだし、文句なしの美少女だ。


 そんな女の子が俺の方を見て屈託なく笑っている。


「ここはどこだ? 確か、俺は自分の部屋のベッドに倒れ込んでいたはずだが……」

 

 起き上がった俺が周囲を見回すと、そこには何もない真っ白な空間があった。


 本当に何もない空間だし、それがどこまでも、どこまでも広がっている。


 それだけに、ブレザーのような服を着て、背中から《白い翼》を生やしている女の子の存在は異様に感じられた。


「あなたは高熱を出して病院に運ばれたの。でも、脳の方はかなり大きなダメージを受けていてね」


 女の子はクスリと笑いながら衝撃的な事実を言い放つ。


「今は看護が必要な寝たきりの状態だわ」


 その言葉に俺も眉を顰める。


「そうは言っても、こうして俺は起きているぞ? おかしな冗談は言わないでもらいたいな、このヘンテコ少女!」


 俺は手や足を動かしてみるが、特に問題はなかった。


 酷かった体の怠さのようなものもちゃんと消えているし、これといった体の異常は感じられない。


「だれが、ヘンテコ少女だ! アタシは一応、女神ということになってるんだからねっ!」


 俺の言い草を聞いて、女の子は語気を荒げる。


 こいつが女神だと?


 鼻で笑いたくなるような言葉だ。


「神としての威厳は微塵も感じられないけどな。どう見ても痛い系のコスプレ少女だ」


「だから、コスプレじゃないって! この翼だって、自由に動かせるんだから!」


「分かったから、そんなに怒るなって」


 俺は調子に乗り過ぎてしまったことを反省すると、少女を宥めるように言った。


 すると、少女の方も吊り上げていた目を元に戻す。


「そ、そうね。アタシとしたことが、ついカッとなっちゃったわ」


 女の子は大きく息を吸い込むと、改まったような顔で口を開く。


「とにかく、ここはゲーム・メーカーのクライスター社が作り上げた仮想空間よ。現実のあなたの体は、バーチャル・マシンに繋げられているわ」


 女の子は背中の翼をバサッと広げると、捲し立てるように説明をした。


「本当か?」


「この場で嘘を吐くメリットはアタシにはないわ。話を早く進めたいと思っているところだしね」


「そうか。それで、こんなにどこまでも何もない空間があるのか」


「その通りよ」


「でも、異世界に転生したとかいう話よりは現実味があるな」


 俺もネット小説はそれなりに読んでいたりする。だから、異世界転生うんぬんの話は、もう飽きていた。


 が、自分の身にそれが起こったと言うのなら話は別だ。


 男なら一度はファンタジーの世界の勇者になってみたいと思うものだしな。


 でも、ここが仮想世界ならジャンルはSFか。


「話を進めるけど、これから、あなたにはクライスター社が提供する仮想世界で暮らしてもらうわ」


「ええっ!」


 俺は思わず上擦った声を漏らした。


 こんなに驚いた声を上げるのは久しぶりかもしれない。でも、いきなり仮想世界で暮らせと来たからなぁ……。


「あなたが仮想世界で暮らしている間に、あなたの本当の体は適切な治療を受けることになっている」


「適切な治療ねぇ」


「そうよ。だから、何も問題はないはずよ」


「でも、仮想世界は現在の技術で実現できることだとは聞いていないんだが」


 仮想世界なんて本当にSFの領域だ。


 ある意味、ファンタジーの世界以上に受け入れがたいものがある。


 まあ、どこまで行っても科学の領域からは離れられないことには、不思議な安堵感を覚えているが。


「表向きはね。でも、裏では仮想世界を構築する技術は完成しているし、あなたのような人間を使って人体実験も行われているわ」


「人体実験だと?」


「ええ。ちみなに、既に一カ月以上も眠り続けているあなたの治療費は莫大よ」


「莫大……」


「そうよ。はっきり言って、あなたのような貧乏人が払える金額じゃない」


 健康保険とかにも入ってなかったからな。


 想像するだけで、ぞっとするような金額を請求されそうだ。


 俺が心の中で身震いしていると女の子は更に言い募る。


「でも、あなたがバーチャル・マシンの実験台になることで、その治療費も工面されることになっているのよ。だから、心配はいらないわ」


 そういうカラクリか。


 体の治療もしてくれる上に、医療費も負担してくれると言うのならこちらとしても願ったり叶ったりだ。


 でも、上手い話には落とし穴があるものだし、もう少し慎重になるべきかもな。


「これからどうすれば良い?」


「体が治るまで仮想世界で暮らしなさい。あなたが行動することによって得られるデータは、治療費以上のお金になる」


 女の子は凄味のある顔で言葉を付け加える。


「だから、一攫千金も夢じゃないわよ」


 甘い誘惑みたいな言葉だな。


 感覚的に言うと、動画配信のようなもので収入を得るようなものか。


 仮想世界で生きる俺の様子が常に記録されるのは、あまり良い気分がしないが。


「こうして仮想空間の中に入れられている以上、拒否権はないみたいだな」


「そう考えた方が良いでしょうね」


「なら、どこでも好きなところに放り込んでくれ。ただし、お手柔らかに頼む」


 俺はこうなったら野となれ山となれだ、と思いながら言った。


「任せなさい。あなたがこれから送られるのは、ファンタジーの世界を忠実に再現した仮想世界よ」


「ファンタジーの世界か。いずれはゲームの舞台として使われそうな世界だな」


「察しが良いわね。つまり、あなたはリリースされる前のゲームのテストプレイヤーってわけ」


「何だか怖いな」


「ただのゲームよ。だから、せいぜい楽しみなさい」


「分かった。そういうことなら、俺もお前の言葉を信じて、余計なことは考えない」


 幾ら悩んでも状況が良くなるわけじゃない。なら、勇気を出して、どんな場所にも飛び込んでみるしかない。


「そうしてくれると話が早くて助かるわ」


「ああ」


「繰り返すようだけど、あなたが有益なデータを提供してくれれば、そのデータは大金で買い取ってあげるわ」


 女の子は小悪魔めいた笑みを浮かべながら更に言葉を続ける。


「現実の世界で目を覚ましたら、いきなり大金持ちってこともあり得るわよ?」


 女の子は色っぽくウインクしながら言ったし、大金持ちという言葉には俺の心も鷲掴みにされる。


「そうか。なら、御託はこれくらいで良いから、さっさと俺をその世界に送ってくれ」


 俺は落ち着かないものを感じながら口を開く。


「この白一色の世界は精神的によろしくない」


 俺がそう宣うと、女の子は我が意を得たとばかりに満面の笑みを浮かべる。


 と、同時に俺の意識は再びブラックアウトした。

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