エピソード1 朦朧とする意識
〈エピソード1 朦朧とする意識〉
俺こと桂木修一はついにと言うか、とうとう言うか、とにかく四十歳になってしまった!
その事実は俺の心に重く圧しかかってくる。
どうしてこんなことになってしまったんだろう、という思いでいっぱいだった。
「やっぱり、四十っていう数字は心に堪えるものがあるよな」
俺は大学も中退してしまったし、職歴もない。
その上、自分でお金を稼いだことも、今までに一度だってありはしないのだ。
でも、働きたいという意思が全く無かったわけではない。
「バイトの面接なら行ったことがあるけど、全部、落ちたからな」
コンビニですら採用してくれなかったのだから、自信を喪失しそうになる。
まあ、今は働かなくても親の仕送りがあるから、何とか食いつなぐことができている。
が、それが止まったらどうする?
よく仕組みも分からない生活保護にでも頼るか?
でも、生活保護になんて頼ったら、それはそれで面倒な縛りが出て来るに違いない。
職業訓練とか受けさせられるのは嫌だぞ?
「死んだような目をした奴らが、職業訓練所にはいっぱいいたよ。もうあの空気は吸いたくないよな」
訓練所に集まった奴らを見て、あんな目をした人間にはなりたくないと思ってしまった。
今、思うと、あの感情は同族嫌悪だったのかもしれない。
とにかく、俺の人生の前にあるのは《絶望》の二文字しかない。その二文字を打ち砕くような能力や手段は俺には残されてない。
こいつはどん底だぁ……。
「でも、どん底だ、などと思える内は本当のどん底ではないと、どっかの本にも書いてあったっけ」
俺は何だか頭がクラクラするのを感じながらベッドから起き上がる。その途端、足が縺れて転倒しそうになる。
と、同時に酷い体の怠さと、抑えきれない吐き気も込み上げてきた。
「何だよ、この気持ち悪さは。ひょっとして、風邪でも引いたのか?」
今までに経験したことがないような体の不調に戸惑いつつ、俺は近くにあった体温計で自分の熱を測ってみる。
そしたら、何と体温が《四十度》を超えていた。
それを見るや、俺も背筋がゾクッとする。
「四十度だと! さすがに、この熱はヤバイんじゃないのか?」
これはまずいと思ったが、俺は看病してくれるような人間とは暮らしていない。両親はかなり離れた実家にいるし。
「一人暮らしのアパートで孤独死、なんて笑い話にもならないぞ?」
俺は頭が猛烈に熱いせいで意識が朦朧としながら、再びベッドの上に倒れ込む。
あまりにも体が重たかったので、電話で救急車を呼ぶこともできなかった。
「もう駄目だ……」
そう声を漏らすと、俺の意識はプッツリと途切れた。