エピソード1 新しい仲間
〈エピソード1 新しい仲間〉
トーナメントで優勝した俺は国王の前で表彰され、一千万ルビスの賞金を受け取った。
もっとも、その時の俺の所持金は億を軽く超えていたし、賞金に関してはあまりありがたみを感じなかった。
とはいえ、レベルキャップは外れた。
そのおかげで、俺はようやく溜っていた経験値を消化することができて、一気にレベルが三十五になった。
ドラゴンを打倒できるようになるのも、そう遠い日ではないだろう。
「トーナメントは無事に終わったし、これからどうするかな。データ提供のことを考えると遊んでいるってわけにもいかないし」
いつもの宿屋の食堂にいた俺は搾りたてのオレンジジュースを飲みながらぼやいた。
「その通りよ。実際、シュウイチとアメイヤの戦いは現実の世界のテレビやネットで流されているしね」
イブリスは色づきの良いブドウに噛り付いている。
「それは恥ずかしいな」
「でも、現実の世界の人たちからの評判は上々よ。これで、あんたも現実の世界のリア充にまた一歩近づいたわね」
「リア充ねぇ。あんまり好きな言葉じゃないんだけどな……」
にしても、俺の体は良い方向に回復しているのだろうか。
目を覚ましたら全身が動かなくなっていた、なんてことにはないよな?
「まあ、あんたもレベルキャップを外すイベントが大変だってことは十分、理解できたでしょ?」
「ああ。闘技場での戦いじゃ、本当に冷や冷やさせられたし、お前の言うことは、ちゃんと身に染みてるよ」
「それは良かったわ。ま、今のあんたの力は相当なものだし、焦らず慎重に行動すれば大丈夫よ」
急いては事を仕損じるという言葉もあるからな。
イブリスの言う通り、焦りは禁物だ。
「そう思いたいところだ」
「ええ。何度も言うようだけど、ここはゲームの世界よ。プレイヤーに理不尽さを味あわせるような展開は、そうそうありはしないわ」
イブリスの言葉を聞いて、俺の心も少しだけ軽くなった。
「それは、分かってる」
「だったら、ナビ役のアタシの言葉には、素直に信を置きなさい。そうすれば、問題なくテストプレイを終えられるようにしてあげるわ」
「なら、頼んだぞ」
俺はパンを齧りながら返事をする。
「任せて置きなさい」
イブリスの話を締め括るような言葉を聞いた俺は、残っていたオレンジジュースを喉に流し込む。
すると、宿屋の入り口の扉が開く。
現れたのは眩いプラチナブロンドの髪をセミロングにした十五歳くらいの少女だ。
「やっと見つけた、お兄ちゃん」
俺を見て、そう言ったのは何と、昨日、闘技場で殺し合ったばかりのアメイヤだった。
「お前はアメイヤじゃないか。何でこんなところに」
再戦でも申し込みに来たのか。
「シュウイチお兄ちゃん、私を弟子にして!」
アメイヤは宝石のような緑の瞳を輝かせながら言った。
「弟子だって?」
「私に戦い方を教えてくれたお爺ちゃんが言ってたの……。いつか、お前を打ち負かす男が現れたら、その男について行きなさいって」
そんな子供染みた言葉に押されてここに来たってわけか。
一生懸命なのは分かるが、ちょっと短絡的すぎやしないか。
「だから、弟子なのか。でも、俺は人に物を教えられるような器用な人間じゃないぞ」
「構わない。私はシュウイチお兄ちゃんの力を勝手に学ばせてもらうから。そのためには、シュウイチお兄ちゃんと一緒にいなきゃいけないの!」
アメイヤの純粋無垢な訴えに、イブリスが嘲るような顔で鼻を鳴らす。
「それはまた随分と勝手な要求ね。昨日の試合じゃ、容赦なくシュウイチを殺そうとしていたのに」
「妖精のおばさんには何も頼んでない」
「だ、だ、だ、誰がおばさんよ! アタシの姿はあんたとほとんど変わらない年齢の女の子じゃないの!」
イブリスはテーブルをダンダンダンと何度も踏みつけて怒りを露にする。
「姿は誤魔化せても、身に纏う魔力は誤魔化せない。あなたが発する魔力からは長久の歳月が感じられる」
アメイヤの目は全てを見通しているかのように鋭かった。
「シュウイチ、こんな失礼な女の子を弟子にする必要はないわ!」
「でも……」
俺は言い淀む。
「彼女が学ばなきゃならないのは力ではなく礼儀だわ! それなら、寄宿舎にでも入れば良いのよ!」
「妖精のおばさんの言葉には流されないで欲しい」
「だーかーら、その妖精のおばさんって言い方を改めなさい! アタシは不老不死の女神なんだから、せめて女神のお姉さんって呼んでよね!」
「分かった、女神のおばさん」
「そのおばさんっていうのを止めろって言ってるのよ! あんた、アタシに喧嘩を売ってるでしょ?」
イブリスは怒り疲れたのか、ぜいぜいと肩で息をしていた。
「その気はない。ただ、私がシュウイチお兄ちゃんの弟子になるのを邪魔して欲しくないだけ」
「フンッだ! で、シュウイチはどうするの。アタシ的にはこんな無神経な女の子と一緒に行動するのは煩わしくて嫌なんだけど」
イブリスが悪態を吐くと宿の二階に続く階段から寝癖だらけのエリシアが降りてきた。
「おはようございます。まだ朝なのに随分と賑やかですね。おかげで朝に弱い私でも目が覚めちゃいました」
エリシアは跳ね上がっている桃色ブロンドの髪を撫でつけながら言った。
「エリシアからも言ってちょうだい。こんな女の子をパーティーに加えるのは嫌だって」
イブリスがエリシアに同意を求めるような視線を送った。
「話がよく見えませんが……」
困惑するエリシアに俺は今までの経緯を包み隠さず語って聞かせた。
「そういうことでしたか」
エリシアはほっこりした顔で言葉を続ける。
「私はアメイヤさんがパーティーに加わるのは賛成です。何事も新しい風を取り入れるのが大切ですから」
まあ、心の綺麗なエリシアなら嫌な顔はしないよな。
「そんなこと言ってると、シュウイチを取られちゃうわよ、エリシア?」
茶々を入れるのはイブリスだ。
「私はシュウイチさんをそういう目では見ていません」
「本当に?」
「ええ。幾らイブリスさんでも、あまり変なことを言うと怒りますよ」
いつもは優しげなエリシアの顔が、この時ばかりは般若のようになった。
イブリスもその迫力に気圧されたのかシュンとした顔をする。
「からかって悪かったわ、エリシア」
「いえいえ、私も少しムキになり過ぎました。この程度のことで目くじらを立てているようでは、私も人間としてはまだまだですね」
エリシアは相変わらずの殊勝さを見せる。
「とにかく、こういうことはシュウイチが決めなさい。このパーティーのリーダーはシュウイチなんだから」
イブリスは俺の顔に向かってビシッと指を突きつけた。
「分かったよ。なら、アメイヤをパーティーに入れてやる」
俺は間を置かずに言ったし、これにはイブリスも不審なものでも見るような目をする。
「へぇ、その心は?」
「今までは俺とエリシアしか戦えなかったし、これじゃあパーティーというよりは、ただのコンビだ」
二人だけでは、物足りなさのようなものを感じていたのだ。だから、俺も力強く自分の意見を主張する。
「でも、アメイヤが加われば一応、パーティーとしての体は成す」
もう一人くらい仲間がいても良いとは前々から思っていたし、だからこそ、アメイヤの頼みは渡りに船と言える。
アメイヤの実力なら俺たちの足を引っ張るということはないだろうし。
「そう言う考え方もあるか」
「ああ」
「まあ、シュウイチがそれで良いって言うなら、これ以上、アタシが言うことは何もないわ」
イブリスも不満そうな顔をしていたが、それでも俺の意思を尊重し、折れてくれた。
「ありがとう、女神のお姉ちゃん」
アメイヤはイブリスに邪念の感じられない目を向けた。
「イブリスで良いわよ」
「じゃあ、イブリスお姉ちゃんって呼ぶね」
「ええ。ま、あんたも悪い奴じゃないみたいだし、これからは一緒に頑張っていきましょう」
そう話を締め括るように言うと、イブリスは料理も作っている宿屋のマスターが運んできた赤ワインに口を付けた。




