エピソード4 決勝戦
〈エピソード4 決勝戦〉
「ついに決勝戦よ。相手は予想していた通り、アメイヤ・アルフィスだし、気合を入れて戦いなさいよね」
俺以外、誰もいなくなった控室でイブリスが発破をかけてくる。
「分かってるよ。気が進まない相手だが、もう、そんなことは言っていられない。全力で戦うだけさ」
俺は腰に下げているミスリル・ソードの柄を叩きながら言った。
「その意気だし、随分と逞しいことを言うようになったじゃないの。やっぱり、成長したわね」
「まあな」
「でも、勝てないと思ったら、さっさと降参しなさいよ。トーナメントは今回が最後ってわけじゃないんだから」
「そうだな。死んだらそれで終わりって話しだし、俺もつまらない意地を張ってまで、戦うつもりはない」
俺は生粋の戦士じゃない。
戦いに対して変なプライドは持っていないただの冒険者だ。
逃げる時は逃げるし、それを恥だとは思わない。
「それが良いわ。他のイベントをこなしてレベルキャップを外し、レベルを十分、上げてからまたトーナメントに挑むって戦い方もアリなんだから」
アメイヤに確実に勝てるくらいレベルを上げてからトーナメントに挑むという手は有効だ。
「でも、それだと面白い戦いはできなくなる」
「面白い?」
「やっぱり、ある程度レベルが拮抗してないと、自分も含めてみんなを楽しませる戦いはできないからな」
俺は心地の良い緊張感を感じながら、強気の態度で言った。
「そこまでの大きな口が叩けるなら大丈夫そうね」
「ああ」
「なら、アタシもあんたの戦い振りを存分に楽しませてもらうわよ」
イブリスがそう言うと、俺は係員の男に番号を呼ばれたので、控室を出て試合場へと足を運んだ。
そして、いざ試合場に辿り着くと、もの凄い歓声が俺を出迎えた。
今までの試合とは一線を画すような盛り上がり方だ。
これが決勝戦の舞台か。
「「「さあ、これから待ちに待った決勝戦が始まります!」」」
司会者の男が大袈裟な身振りで声を上げる。
「決勝戦のリングに上がるのは、若くしてAランクの冒険者を務めているカツラギ・シュウイチと皆さんがご存知の通りのアメイヤ・アルフィスです」
リングの向かい側にはアメイヤがいて、特に感情を見せるわけでもなく俺の顔に視線を固定していた。
「このシュウイチという青年、トーナメントは初出場なのですが、並々ならぬ力を見せて歴戦の猛者たちに打ち勝ってきました。しかも、彼はまだ本気の力を出していないようでもあります」
歴戦の猛者って言っても、みんなレベルは二十を超えてなかったからなー。
もし、俺が本気を出していたら、腕の一本や二本は切り飛ばされていたぞ。
「彼の力がどこまでアメイヤ・アルフィスに通じるか、本当に見物であります」
レベルなら俺の方が上だし、全く試合にならないということはないだろう。
だが、俺とアメイヤでは決定的な違いがある。
アメイヤは俺を殺す気で戦える。
が、俺はアメイヤを殺すことなんてできないし、傷をつけることすら躊躇っているのだ。
この意識の差がどう影響するかは戦ってみないと分からない。
「そして、今回も優勝候補の筆頭だったアメイヤ・アルフィスもベストなコンディションでこの決勝戦を迎えているように見えます。この私も彼女が負ける姿は全く想像できません」
俺も彼女を負かした自分の姿を想像できない。
自分が勝利した姿をイメージできないのは悪い兆候かもしれないな。
「この全く持って底の見えない力を持つ二人がどんな戦いをしてくれるのか、私も心が躍るものを感じています!」
司会者の男は俺とアメイヤの顔を交互に見ると、大きく口を開く。
「さあ、二人ともリングに上がってください!」
司会者の男が促してきたので、俺は緊張を押し隠しつつリングに上がった。
「あらゆる武器の使用が認められています。また、魔法を除いたあらゆる戦い方も認められています。ただし、手を上げて降参した相手には、攻撃を加えてはいけません。ルールの確認は以上です」
もうすっかり聞きなれた言葉を司会者は口にした。
「「「では、始め!」」」
司会者の声が雷鳴のように轟くと、アメイヤが英雄の槍を手にこちらへと迫って来る。
ぞっとするほど迅速な動きだ。
アメイヤは槍の穂先を目にも留まらぬ早さで突き出してくる。その攻撃を俺はミスリル・ソードで的確に打ち払った。
続けてアメイヤは槍の刃になっている部分で、俺を切り裂こうとする。それも俺は完璧な動きで捌き切った。
「凄まじい攻防です! 今まで一瞬で勝負を決めてきたアメイヤ選手の攻撃をシュウイチ選手は完全に防ぎ切りました! やはり、この青年は他の選手とは一味違う!」
司会者の称賛の声を耳にした俺は防いでばかりいては勝てないと思い反撃に転じる。
ミスリル・ソードの刃が疾風の如き早さでアメイヤに迫る。その攻撃をアメイヤは難なく槍の柄で弾いた。
俺はアメイヤに勝つには槍をもぎ取るしかないと判断し、力で押すことにした。
俺の重たい斬撃がアメイヤの握る槍に叩きつけられる。
「アメイヤ選手、防戦一方であります! ここまでアメイヤ選手を守りに入らせるとは! こんな展開を誰が予想できたでしょうか!」
俺は怒涛の如く剣を叩きつけたがアメイヤは顔色一つ変えずに、その攻撃を防いでいる。
それどころか、俺の斬撃を押し返して見せた。
この細腕のどこにこんな腕力があるというのか。
「そろそろ、本気を出す。死なないでね、お兄ちゃん」
アメイヤがそう小さな声で言うと、彼女の姿が霞んだ。
その次の瞬間、アメイヤの槍が目にも留まらぬ速さで撃ち込まれてくる。
俺はそれを何とか弾き返したが、アメイヤの槍の動きは衰えることを知らない。
まるで津波のように槍による突きのラッシュが俺の体に浴びせられる。
俺はたまらずバックステップでアメイヤと距離を取った。が、アメイヤは勢いを殺すことなく突進してくる。
視認することすら難しくなった槍の穂先が俺の心臓を正確に貫こうとした。
俺は戦慄するものを感じながら横へと身を捌く。アメイヤの槍の穂先はギリギリのところで空を切った。
「これがお前の本気か。今のは、俺じゃなかったら確実に死んでたぞ!」
俺は無理な動きをしたせいで息が乱れる。足の筋肉も引き千切れそうなくらい痛くなっていた。
やはり、アメイヤは俺を殺そうとしている。
狙ってくるのも必殺の急所ばかりだ。
でも、そのおかげで俺も何とか彼女の動きが読み切れた。
これで、フェイントを混ぜたような動きをされたら、とても対応できなかっただろう。
そうしないのは、やはり幼さ故か。
「なんという動きでしょうか! アメイヤ選手の残像すら生むほどのスピードには、さすがのシュウイチ選手も対応しきれなかったようです! これが本気を出したアメイヤ・アルフィスだー!」
司会者の声に呼応するかのように客席から声援の渦が巻き起こった。
俺は本気で戦わなければ殺されることを理解し、全身の感覚を研ぎ澄ませて剣を構えた。
アメイヤは無数の残影を刻みながら槍の穂先を打ち込んでくる。
俺は急所へと突き出される槍の穂先を捌くのが精一杯で、ろくに反撃もできない。
このままではやられる!
「これで終わりだよ、お兄ちゃん」
アメイヤがそう宣言するように言うと、閃光のような突きが放たれる。
俺は一か八かの賭けに出る。
アメイヤの槍を横に動いてかわすと、腕で槍の柄を抱え込むようにして掴んだのだ。
槍を掴まれるとは思ってなかったのか、アメイヤの動きに綻びが生じる。
俺はがら空きになったアメイヤの懐に向かって剣を突き出した。その一撃は鎧に守られていない脇腹を抉った。
その瞬間、アメイヤの顔が苦痛で歪み、彼女の脇腹から血が噴き上がった。
「シュウイチ選手、大胆な動きで槍を掴むと、アメイヤ選手に一撃を加えた! アメイヤ選手が試合で傷を負ったのはこれが初めてではないでしょうか! やはり、この戦いはどこまでも見逃せません!」
司会者の感極まったような声が闘技場に轟いた。
「その出血じゃ長くは持たないだろ? 次の一撃で決着を付けようぜ」
魔法が禁じられているのであれば、出血を止める方法はないはずだ。
それなら、試合が長引くほど俺が有利になる。
でも、俺はアメイヤを殺したくないと思っているし、ここは闘技場だ、
試合を見に来てくれた観客を喜ばせるためにも、相手の弱みに付け込むことなく正々堂々と勝負したい。
であれば、全身全霊の力を込めた技で、勝負を決めてしまうのがベストだ。
「分かった」
アメイヤは獲物を狙う肉食獣のような姿勢で槍を構える。
足なんてまるでバネのように大きくしなっていた。
彼女の目からも凄まじい気迫が感じられるし、必殺の技を放って来ると見て間違いない。
そんな彼女の一撃を食らえば、俺は死ぬかもしれない。
でも、逃げるわけにはいかない!
「「「ソニック・チャージ!」」」
そう叫んだアメイヤの槍の穂先が、目にも映らないような早さで迫る。
「「「ライトニング・ペネトレイト!」」」
俺も迎え撃つように技を繰り出した。
その結果、アメイヤの槍の穂先は俺の脇腹を掠め、俺の突き出した剣は鎧を砕いて彼女の右肩に突き刺さった。
アメイヤは手から槍をこぼれ落とし、派手に吹き飛ばされる。リングの床に叩きつけられてゴロゴロと転がった彼女は身動きが取れない。
そして、何とか上半身を起こそうとした彼女の顔に俺は剣の切っ先を突きつけた。
「俺の勝ちだな」
俺は脇腹がジクジクと痛むのを感じながらも強気な態度で笑った。
「うん」
アメイヤは小さく頷くと、緊張の糸が切れたような顔をして、大の字になって倒れた。
完全に戦意を喪失したらしい。
それを受け、あれ程、騒がしかった闘技場が水を打ったように静まり返った。
「そこまでっ! 決勝戦の勝者はカツラギ・シュウイチ選手です! 実に、実に素晴らしい戦いでした! みなさん、新しいチャンピオンになった彼を惜しみのない拍手で讃えてください!」
司会者の言葉を受け、闘技場全体が盛大な拍手の音で包み込まれた。




