エピソード3 血生臭い休憩
〈エピソード3 血生臭い休憩〉
順調にトーナメントを勝ち進んだ俺は、休憩室ではなく負傷したエリシアが運ばれた治療室にいた。
準々決勝まで進むと午後の試合が全て終わり、自由に動ける休憩時間になったのだ。
だから、俺もアメイヤに負けて治療室送りになったエリシアの元に駆け付けることができた。
が、焦燥すら感じていたものの、治療室で顔を合わせたエリシアは意外と元気そうだった。
「心配をかけてすみませんでした、シュウイチさん」
エリシアはシュンとした顔をした。
「気にするなって。同じパーティーの仲間のことを心配するのは当然のことだからな」
俺は気遣うような目で言った。
「はい。でも、肩に付けられた刺し傷は完全に治癒しましたので、もう大丈夫です」
少し恥じらいながら見せてくれたエリシアの肩に傷の跡のようなものはなかった。
エリシアの美しい体に傷が残らなかったことには俺もほっとする。
「腕の良い魔法使いが待機してくれていて良かったよ」
「ええ」
「ま、死人も出かねない危険な試合をしているわけだから、当然と言えば当然か」
トーナメントの開催者も鬼ではないということだろう。
人道的にも傷ついた選手をほったらかしにすることはできないに違いない。
「そうですね。さすがに治療班の回復魔法によるケアは完璧でした。でなければ、こんなに早く傷が治癒することはなかったでしょう」
俺も何かあった時のために簡単な回復魔法の一つでも使えるようにならないと駄目だな。
「にしても、あと少し反応が遅れていたら心臓を貫かれていたかもしれないんだろ。危険な試合をしてくれるな、アメイヤの奴」
俺はアメイヤの無機質な表情を思い出しながら憎らしそうに言った。
「殺し合いをしているのだから当然かもしれません」
「それはそうだが」
「むしろ、私の覚悟の足りなさが浮き彫りなった感じすらします。少なくとも、アメイヤさんには、私のような甘さはありませんでした」
「甘いという点においては、俺だってエリシアと大差はないよ。相手の命を奪う勇気なんてないし」
所詮は仮想世界の住人。
データの塊でしかないと分かっていても、やっぱり、俺は人殺しなんてできそうにない。
「ですよね。でも、私たちはそれで良いのだと思います」
「そうか?」
「ええ。そういう情みたいなものを失ったら人として終わりですから」
エリシアはアメイヤに対する恨みなどこれっぽっちも見せずに微笑した。
「まったくだ。とにかく、エリシアはゆっくり休んでくれ。お前のカタキは俺が取る」
そう言うと、俺は治療室を出て木々や緑の芝生がある中庭のような場所に行く。そこでアイテムとして用意していた昼食を食べた。
俺が昼食を食べ終えると、ふと大木の方に目がいった。
大木の根には一人の少女が腰を下ろして背中を預けていたからだ。
少女は近寄って来た小鳥たちと戯れていた。
その横顔はまるで天使のように感じられて、しばしの間、俺も見惚れてしまった。
「おい、そこのガキ!」
一幅の絵画のような光景を壊したのは粗野な二人組の男だ。
「あなたたちは誰?」
少女、アメイヤは無表情で顔を上げた。
「俺は恩赦の試合でお前に殺されたゴーガンさんの舎弟だ。よくもゴーガンさんをあんなに惨たらしく殺してくれたな」
ゴーガンというと、先日、アメイヤに喉を貫かれて殺されたバトルアックス使いか。
「だから何?」
「お前が食べているモンには毒が混ぜられてるんだよ。軽食を配って歩いていたやつを、ちょいとばかり脅してな」
「だから?」
「そろそろ動けなくなる頃だし、これから、お前を試合に出られないくらい徹底的に痛めつけてやるってことだ。覚悟しやがれ!」
男の手がアメイヤの胸元に伸びた瞬間、光が走った。
「アヒャ?」
そう奇声を漏らす男の額には槍の穂先が突き刺さっていた。そのまま男は前のめりに倒れてピクピクと体を痙攣させる。
本当に何の躊躇いもなく殺したな。
死んだ男には悪いが清々しいものさえ感じたぞ。
「そんな、麻痺の毒はもう回っているはずじゃ?」
もう一人の男が信じられないものでも見たような顔をした。
「私に毒は利かない。そういう血を引いているから」
「何だよ、それ? 何なんだよ!」
狼狽が頂点に達したような男は、自殺行為にも懐から取り出したナイフでアメイヤに斬りかかろうとした。
「ギャー!」
槍に付いている刃の部分で男の首がザンッと切断された。
男の首が地面に落ちると勢いよく血飛沫が上がる。
アメイヤは憩いの場には相応しくない屍になった男たちを見下ろすと、槍に付着した血を払う。
その目には氷のような冷ややかさがあった。
「どう見ても格下の雑魚を相手に、そこまでする必要があるのか?」
俺はアメイヤの後ろから咎めるように言った。
「あなたは?」
「俺はシュウイチだ。たぶん、お前とは決勝戦で戦うことになる」
「私と戦えば死んじゃうよ」
アメイヤの目に悲しみのようなものが過ったのは気のせいだろうか。
「そうならないように善戦するつもりだ。俺が考えるに、お前は一度、誰かに叩きのめさなきゃならない気がする」
子供の過ちを正すのは大人の役目だ。
言って聞かないような子供なら、時には殴りつける必要もある。
無職のニートだった俺がそんな持論を口にしても説得力はないが、伊達に四十年は生きていない。
「そう。まるで死んだお爺ちゃんみたいなことを言うんだね。なら、死ぬ気で戦ってよ。でないと本当に死んじゃうから」
「分かった。全力で戦うことを約束しよう」
「面白い人」
アメイヤはほんの僅かだけ口の端を持ち上げると、俺に背を向けて背景に溶け込むように去って行った。
その後、休憩時間は終わり、トーナメントの試合は再開される。
準々決勝の俺の相手は大型の剣、バスタードソードにプレートメイルの甲冑を着込んだ戦士風の男だった。
今までの相手とは違い、この戦士風の男は戦いのプロみたいだ。
だが、レベルは十九だし、慎重に戦えば負ける相手ではない。
俺と男はリングの上に立つと剣を構えて対峙した。
「「「では、始め!」」」
司会者の男がそう叫ぶと甲冑の男はバスタードソードを振り上げて斬りかかって来た。
俺はその剣を真正面から受け止める。
力はあるが圧倒的にスピードが欠けているな。
俺は鎧の隙間を縫うように男の体を刺し貫いた。が、男はその傷を物ともしないようにバスタードソードで斬りかかって来る。
この裂帛とも言える気合には、俺もたじろいだ。
が、すぐに技を繰り出すべく腕の筋肉を撓める。それから、躍動するような動きで剣を振り上げた。
「「「デストロイ・クラッシュ!」」」
そう叫んだ俺は腕にありったけの力を込めて破壊力に特化した一撃を繰り出した。
その一撃は男の持つ肉厚のバースターソードの刀身を叩き割った。
更に、剣の刃は分厚いプレートメイルの胸部も叩き切る。鎧の割れた隙間から肉が爆ぜたような傷が刻み込まれた。
その結果を受け、男は降参の手を上げる。手練れの戦士だけあって状況判断も正確だった。
「やったわね、シュウイチ!」
俺が控室に戻ると、イブリスが喜びを弾けさせるように言った。
「ああ」
「これであともう一度、試合に勝てば、決勝戦でアメイヤと戦えるわよ。あのいけ好かない小娘を思いっきり叩きのめしてやりなさい!」
「簡単に言ってくれるなよ」
「そんなつもりはないけど? アタシはあんたの力を信頼してるだけだし」
「それなら良いが、アメイヤの強さはレベルだけじゃ推し量れない。下手に余裕を見せたりしていると、足を掬われて死ぬぞ」
俺はアメイヤとの戦いは厳しいものになるなと予感しながら、それでも負けるわけにはいかないと奮起した。




