エピソード1 闘技場の試合
〈エピソード1 闘技場の試合〉
スラム街でのクエストをこなした俺はとうとうレベルが三十になってしまった。
レベルキャップを外さない限り、もうレベルは上がらない。
イブリスが言うには、レベルキャップを外せるイベントはそれなりの数が用意されているらしい。
ただし、レベルキャップを外すイベントはどれも危険が伴うし、面倒に感じられるような部分もたくさんあると言う。
が、それを避けていては、先には進めない。
「とんでもない数の観客だな。こんな光景は野球とかサッカーの試合じゃなきゃ見られないぞ」
あいにくと、俺はスポーツの試合を生で観戦をしたことはない。なので、その比較が正しいかどうかは分からない。
「はっきり言って、それ以上よ。この熱気はスポーツ観戦なんかじゃ作り出せないわ」
イブリスは自分のことでもないのに豪語するように言い放つ。
そのイブリスの言葉を証明するように、俺たちのいる客席からは物凄い熱気が感じられる。
お金を惜しまずに、良い席に座れるチケットを買ったからな。
そのせいか、周囲の客たちの盛り上がり方も一際、大きいものだった。
「だよな。みんなも、そんなに人間が血みどろに殺し合うのが好きなのかよ。幾らゲームの世界とはいえ、ちょっと倫理観に反しすぎてやしないか?」
俺たちは王都にあるローマのコロッセオを彷彿とさせるような闘技場に来ていた。
闘技場では月に一度、トーナメントが開かれる。
優勝すれば、国王からたくさんの褒美が渡されるし、レベルキャップも五つほど外れる。
俺も自分の強さには自信を持てるようになってきたので、思い切ってトーナメントに出場することにした。
ただ、今日は闘技場の試合の雰囲気を掴むために、トーナメントとは別に開催される試合を見に来たのだ。
「なんだかんだ言っても、人間はみんな戦いが好きなのよ。それはあんたの世界に溢れている漫画やアニメ、ゲームが証明してるでしょ?」
イブリスの指摘を受け、俺は渋面になる。
「まあ、身も蓋もない言い方をすればそうなんだが、こういう試合では、やっぱり、死人も出るんだろ?」
闘技場では、罪人による恩赦の試合が始まろうとしている。
この試合に出る罪人は、罪を許されて放免されるか、死ぬかのどちらかしか道はない。
「死人が出るようじゃなきゃ、面白味がないわ」
「それはそうだが」
「でも、普通のトーナメントなら相手を殺さないで済ませるような戦い方をするのはアリよ。観客から気に入られるからね」
「ただ勝てば良いわけじゃないってことか」
「その通り。闘技場では相手を倒すことよりも、観客に気に入られるような戦いをすることの方が重要なのよ」
イブリスはいつになく饒舌に言葉を続ける。
「人気が高い選手には、色んなパトロンが着くしね」
「パトロンねぇ」
「ええ。そのパトロンのおかげで、優勝賞金とは別の大金が選手の懐に舞い込んでくるということもあるんだから」
「でも、今から試合に出る奴は勝つか死ぬかのどちらかしかないんだろ? まあ、死刑が確定しているような罪人に変な肩入れはしないが」
俺は苦虫を噛み潰したような声で言った。
「それが良いわね。あんたもトーナメントに出るなら、人間を殺さなきゃならない覚悟を持ちなさい」
そう言うと、イブリスは無視できない現実を突きつけて来る。
「トーナメントには囚人枠で出場する選手もいるんだから」
「そうだな。でも、エリシアは随分と沈んだ顔をしてるじゃないか。やっぱり、こういう場所は肌に合わないか?」
俺の隣にいるエリシアは貴賓席にいる国王らしき男に視線を注いでいた。
「いいえ。でも、昔は死刑囚による恩赦の試合なんてなかったんです。国王であるお父様は温厚な性格でしたし、殺し合いのようなものは嫌いな方でした」
エリシアは目を伏せながら言葉を紡ぐ。
「そっか」
「ですが、お父様は変わられてしまいました。今では、血を見ることを積極的に求めているみたいに……」
エリシアは意気消沈したような顔で俯いた。
「エリシアはもう国王とは話せないのか?」
「普通に暮らしているだけでは無理でしょう。でも、話す機会ならありますし、だからこそ、私もトーナメントに出場するんです」
エリシアが宿屋でトーナメントに出たいと言わなかったら、俺もこの闘技場に来ることはなかっただろう。
どうも、エリシアは前々からトーナメントに出る計画を立てていたらしい。
「優勝すれば国王からのお言葉が頂けるからな」
「ええ。私はもう王宮に戻ろうとは思っていません。ですが、私が立派に生きている姿はお父様に見せておきたいんです」
エリシアは握り拳を作りながら言葉を続ける。
「それができれば、私も王族と言うしがらみから解放されます。あとは自由な生き方を模索するだけですね」
そう口にするエリシアの顔に暗い影のようなものはなかったし、覚悟は決まっているようだ。
「頑張れよ。でも、トーナメントで俺とエリシアが戦うことになったらどうなるんだ?」
「その時は遠慮なく戦ってください。ただし、シュウイチさんと殺し合うつもりはないので、クリーンな戦い方をしましょう」
「それなら安心だな」
俺も殺し合いはともかく、戦い自体は別に嫌いではない。
「ま、俺は他の奴が相手でも命を奪うつもりはない。経験値は相手を殺さなくても、相手に与えたダメージの量とかでも入るし」
経験値はモンスターを倒した時にのみ入るわけではない。
イブリスも完全には把握しきれていないようなのだが、実は色んな行動で経験値がプラスされているのだ。
もっとも、モンスターを倒すことが多くの経験値を得る近道なのは間違いないが。
「さあ、出てきたわよ。今日の試合はバトルアックスを獲物にする死刑囚、ゴーガンだわ。対するは、英雄の血を引く少女アメイヤ。これは面白いカードね」
物知りなイブリスは死刑囚についての知識もあるのか、興奮気味に捲し立てた。
「あの少女も死刑囚なのか?」
俺の視線の先には銀色に輝く軽装の鎧と、大きくて装飾過多な槍を手にした少女がいた。
少女は陽光を反射しているプラチナブロンドの髪をセミロングにしている。
少女の背は低く、体つきも華奢だった。
年齢もエリシアよりは一回り下の十五歳くらいだ。
「違うわよ。彼女は死刑囚を断罪する役目を受け持っているだけよ」
「どうして?」
「何でも自分の強さを見せつけるために、自ら進んで死刑囚の相手をしてるって噂だわ」
イブリスは情報通のような顔をして言葉を続ける。
「まあ、彼女は貴族のお偉いさんを殺してしまったこともあると言う負い目はあるけどね。でも、それは、かなり前の恩赦の試合で許されているわ」
「それでも、殺し合いの試合に出ているってわけか。何だか、不憫な少女に見えるな」
少女のプラチナブロンドの髪の下にある顔はまるで人形のようだった。
無機質で、何の感情も形作られてはいない。
「何を言ってるのよ。トーナメントには彼女も出て来るのよ?」
「そうなのか?」
「ええ。しかも、ここ最近のトーナメントではいつも彼女が優勝してるんだから、甘い感情を持つのは止めなさい」
イブリスがピシャリと言うと、闘技場の中央にある丸いリングの上に司会者のような男が上る。
「「「さあ、今日も始まりました! 国王陛下のありがたい計らいで、死刑の罪を許され、自由の身になるか。はたまた、命を絶たれて黄泉の国に送られるか。運命の戦いが今から行われようとしています!」」」
司会者の男の良く通る声が闘技場、全体に響き渡った。
「さあ、選手のリングへの入場が行われます! 今日、このリングに上がるのはバトルアックスの使い手、ゴーガン」
体を覆うプレートメイルを身に着けた男が巨大な斧を持ちながらリングに上った。
「戦場で彼に叩き潰された人間は数知れず。ですが、彼は自分の上官さえもバトルアックスで真っ二つにしてしまいました。この試合で、その罪を精算できるのかどうか見物であります」
司会者の言葉にゴーガンは剛毅な笑みを浮かべた。
「対するは魔界の軍勢からこの世界を救った伝説的な英雄、アルフィスの血を引く少女、アメイヤ・アルフィスです!」
長大な槍を手にアメイヤと呼ばれた少女がリングに上がった。
「どこまでも強くなりたいと言う強い思いを胸に、彼女は今日もこの闘技場で戦います!」
アメイヤは慣れているのか特に気負った顔もせずにゴーガンと対峙していた。
「両者、リングの中央に立ってください!」
司会者がそう指示すると、ゴーガンとアメイヤが顔を突き合わせられる位置に立った。
「英雄の血を引いているだか何だか知らねぇが、その小生意気な顔は真っ二つにしてやるぜ」
ゴーガンは敵意を剥き出しにして言った。
「…………」
アメイヤは無表情で何の言葉も発さなかった。
ゴーガンとアメイヤの視線が絡み合うと、闘技場の緊張感も高まっていく。
あれほどうるさかった観客の声もいつの間にか聞こえなくなっていた。
「「「では、初め!」」」
司会者がそう叫ぶと、ゴーガンはいきなり突進して、バトルアックスでアメイヤに斬りかかった。
が、アメイヤはその攻撃をバックステップで華麗にかわす。
ゴーガンはまたもや猛突進して、バトルアックスの刃をアメイヤの体に何度も振り下ろす。
が、蝶のように舞うアメイヤには掠りもしない。
「ヒラヒラ踊っているだけじゃ俺は倒せねぇぞ。そのご立派な槍は単なる飾りか?」
ゴーガンは鼻息も荒く言った。
「……」
やはり、アメイヤは答えない。
すると、ゴーガンは腰の袋から取り出した砂をアメイヤの顔に投げつけた。
これには客席からブーイングが飛ぶ。
「もらった、死ね!」
ゴーガンは嬉々とした笑みを浮かべながらバトルアックスをアメイヤの脳天に振り下ろそうとした。
が、その瞬間、閃光のような光が走る。
俺が目をパチクリさせた時には、アメイヤの槍の穂先がゴーガンの喉に突き刺さっていた。
ゴーガンはその一撃で絶命したのか白目を剥いている。
「き、決まったー! アメイヤ選手の持つ《英雄の槍》の穂先がゴーガン選手の喉を見事、貫いたー!」
司会者があらん限りの力を込めたように叫ぶと、ゴーガンは喉から血を噴き上がらせながらそのまま崩れ落ちた。
すると、客席から耳を劈くような歓声が沸き起こる。
割れんばかりの喝采の拍手が闘技場の全体に響き渡った。
「一瞬、まさに一瞬でした! やはり、次のトーナメントでも、この無類の強さを誇る少女が優勝してしまうのかー!」
司会者がそう締め括るように叫ぶと、大歓声に包まれた恩赦の試合は終わった。
が、闘技場の試合自体はまだまだ終わらず、観客の熱狂も冷めやらぬ内に普通のショーとしての試合は続行された。




