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エピソード3 王都の闇

〈エピソード3 王都の闇〉


「王都にもこんな猥雑した場所があったんだな。歓楽街以上に人間の持つ欲望の臭いがプンプンするぞ」


 夜になると、俺は無法者や亜人たちがひしめき合うようにして暮らしているというスラム街に来ていた。


 受けたクエストはスラム街で違法な商売をしている者たちの摘発だ。


 が、このクエストは掲示板で見たものではない。ギルドの職員から直接、頼まれたクエストだったのだ。


 ギルドに所属する冒険者たちは個別に依頼されるクエストも受けなければならないらしい。


 いつでも自由な仕事を受けられる、と言うわけではない。


 ランクが高い冒険者ほど掲示板で紹介されているもの以外のクエストも受けなくてはならなくなる。


 そう言ったクエストを断り続けると冒険者ランクが下がってしまう。酷いとギルドから除名されることもあるらしい。


「エリシアは置いてきて正解だったわね。こういう場所に年頃の少女を連れてくることはできないわ」


 イブリスは道端で肌を露にした女性たちが客引きをしているのを一瞥する。


 こうして話している間も、道端で屯している汚い浮浪者たちが、ジロジロとこちらを見てくる。


 浮浪者の中には一目で亜人と分かる者もいたし、まるで掃き溜めのような場所だ。


「違いない。ま、エリシアは立て続けに受けたクエストで疲れていたみたいだからな。休んでもらうのは必要な措置だ」


「シュウイチは優しいのね。これだけ性格が良ければ、女性と付き合ったこともありそうなものなのに」


「俺のことは別に良いんだよ」


「そうね。ま、エリシアがいなければ溜った欲望も吐き出すことができるわよ。この辺りには男が好きそうな、いかがわしい店もあるし」


 イブリスはニヤリと蠱惑的に笑った。


「止めてくれ。俺は女とアレコレする気はないし、そう言う話題も大嫌いだ」


「どうして?」


「どうしてって言われても……」


「素直に理由を話しなさい。そうすればこのイブリスお姉さんが的確なアドバイスをしてあげるわよ」


 イブリスは可愛らしくウインクをしたし、これには俺も大きな溜息を吐く。


「聖書には、神が定めた清さを守り抜いた十四万四千人の人間は天使になれると書いてあるんだ」


「天使ですって?」


 イブリスは素っ頓狂な声を発した。


「アホみたいなことを言ってるのは自分でも分ってる。でも、俺は人間なんぞ辞めて天使になりたいんだよ」


 俺は勉強こそ苦手だが、今までに色んな本を読んできた。


 その中には世界一のベストセラー本である聖書もあったし、俺も昔から聖書はよく読んでいたのだ。


 でも、若かった頃は聖書の言葉も、今ほど心に響くことはなかった。


 もちろん、苦しい時の神頼みのようなことをすることはあったが。


 ただ、四十歳のおっさんになった現在は、聖書の言葉が今までよりも深く身に染みるようになった。


 人間、年を取ると、心が弱くなるものだ。


「馬鹿馬鹿しい! 聖書の神なんて何をしてくれるって言うのよ! あんな神の言葉なんて何一つとして現実のものにはなりはしないわよ!」


 イブリスは忌々しい顔をして吐き捨てた。


「だから、言いたくなかったんだ!」


 俺はうんざりしたような顔で言葉を続ける。


「でも、イブリスを名乗るお前が、それを言うのかよ! こいつは皮肉が効きすぎているな!」


「さすがに、アタシの名前の由来くらいは知ってたか。そういう小賢しさは可愛げがないと言えるわね」


「ほっとけ! とにかく、俺の人生はどん底なんだ。失うものは何もないし、それなら一縷の望みをかけて神に縋ったって罰は当たらないだろ?」


 繰り返すようだが、俺はもう四十歳のおっさんだ。


 でも、金もなければ仕事もなく、もちろん、地位も名誉もありはしない。


 そんな生活をしていれば神にだって縋りたくなる。


 その切羽詰まった気持ちを仮想世界の住人なんかに理解してもらおうとは思わない。


 俺たちが痴話喧嘩のような話をしていると、帽子を目深に被った男がスルスルと近寄って来た。


「あんたは冒険者ギルドの人間だな。見かけは子供だが、随分と腕の立つ冒険者だと聞いているが」


 そう尋ねてきた男はほっそりとした体つきをしていた。帽子の下の顔を見るに年齢は三十歳くらいだろうか。


 が、男はまるで武闘家のように隙が無かった。見かけは普通の男だが、その立ち振る舞いはただ者ではない。


「そう言う、あんたは?」


「俺は冒険者ギルドに雇われている情報屋の一人、ジョセフ・フォスターって言うんだ。よろしくな」


「どうして情報屋が?」


 俺は訝るような顔をする。


「お前らのバックアップをするよう、ギルドから頼まれているんだよ。だから、そんなに警戒しなくても良い」


「でも、そういった話は聞かされてないぞ」


「俺はヤバイ情報を幾つも抱えているから、ギルドも初めから俺の存在を明かすわけにはいかなかったんだ」


「そうか。なら、このスラム街のことが知りたいんだが」


「良いだろう。最近、スラム街にはオークやゴブリン、オーガやダークエルフなどのモンスターや亜人たちが増えてきている」


 ジョセフさんは客引きをしている耳が長くて浅黒い肌をした女に視線を向ける。


「あまり口には出したくないギルドを取り仕切っているのも、不浄の女神ジャヒーらしい。ジャヒーなんかは元々、魔界にいると言われていたのにな」


 エリシアもこの世には人間が住む世界の他に、精霊界と魔界が存在すると言っていたな。


 ジョセフさんは難しい顔で言葉を続ける。


「この王都のどこかに、魔界に繋がるゲートが開いているのかもしれない」


「魔界のゲートだと?」


「ああ。俺的にはゲートがあるのは、王都の地下深くにあると言う邪教の神殿が怪しいと睨んでいるんだが」


 王都の下には地上のあちらこちらと繋がっている地下水路がある。


 だが、その更に地下には邪教の神を奉っていた神殿があるらしい。


 邪教の神殿に開いた魔界のゲートから来た者たちが王都に入り込む、と言うのはあり得る話かもしれない。


「とにかく、このスラム街で一番大きい、いかがわしい店の主人をやっているのは人間じゃない。サキュバスだ」


 ジョセフさんの言葉に俺はドキッとする。


「サキュバスか。男を色香で惑わし、精気を吸い取る、くらいのイメージしか持ってないが」


 俺はテレビゲームに出できたモンスターのサキュバスを思い浮かべていた。


「そのイメージで間違いはないし、スラム街で大きな影響力を持ってるそいつをどうにかできれば、違法な店も減るかもしれないな」


 そう言うと、ジョセフさんはまた何かあったらサポートすると付け加えて、俺たちの前から去って行った。


「サキュバスがやっている店なんかに乗り込まなきゃいけないなんて、益々、エリシアを連れて来なくて良かったと思えるわ」


 イブリスは白い羽を小さくして肩を竦めた。


「ああ。ま、俺も女の色香に惑わされたりはしないけどな。俺のデータは常に取られているはずだし、恥は晒したくない」


 そう嘯くように言うと、俺は浮浪者たちや客引きの女性などを尻目に、スラム街の通りを歩いて行った。


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