エピソード2 宴会
〈エピソード2 宴会〉
「よし、念願のドラゴンの討伐も果たしたことだし、お前らも遠慮することなく思いっきり食べたり飲んだりしてくれ」
俺は今日まで共に戦ってきた仲間たちに向かってそう言うと、ビールの入ったジョッキを掲げる。
現在、俺たちがいるのは王都の歓楽街にある酒場だ。目の前のテーブルの上には何とも豪勢な料理が並んでいる。
この宴会に、お金の糸目をつける気はない。
「まさか、あんたがここまで成長するとはね」
小さな妖精のような姿をした少女、イブリスがそう言って笑う。
彼女の金糸のような髪とサファイアのような青い瞳は、この世にあるどんな物より美しく見えた。
「俺も自分の成長には驚いてるよ」
俺は数々の思い出を振り返りながら言った。
「でしょうね。さすが、アタシが見込んだ男だけのことはあったし、本当に大したもんよ」
イブリスは感服したような顔で腕を組んだ。
「これで私もお父様の言葉には負けずに、胸を張って冒険者を続けることができます」
そう言ったのは、この国の第三王女、エリシアだ。
エリシアは長く伸ばした桃色ブロンドの髪とスタイル抜群の体を持っている。
そんな彼女が髪をサラッと払いながら、熱っぽい目で言葉を続ける。
「私をここまで導いてくれて、ありがとう、シュウイチさん」
エリシアは頬を赤く染めながら俺に笑いかけた。
「シュウイチお兄ちゃん。これからも私たちを引っ張って行って。私はどこまでもお兄ちゃんの後をついていくから」
英雄の血を引く小さな少女、アメイヤは力の籠った声で言った。
彼女はセミロングにしたプラチナブロンドの髪を揺らしながら、天使のような笑みを拵えている。
俺はいじらしいことを言うアメイヤの頭をクシャクシャと撫でる。すると、アメイヤも気持ち良さそうに目を瞑った。
「俺がここまで来れたのは、みんなお前らのおかげだ。今まで俺のような人間を支えてくれてありがとう」
そう言って、俺はアルコール度数の高いビールを喉に流し込む。途端に体がカーッと熱くなった。
「アタシは会社の指示に従っているだけよ」
イブリスは白くて小さい翼を動かしながら言った。
「分かってるさ」
「なら良いんだけどね。アタシはそこの二人みたいに、あんたに特別な感情を持っているわけじゃないし」
イブリスは照れ隠しをするように、そっぽを向いた。
「私はシュウイチさんを尊敬しているだけで、別に恋心を抱いているわけじゃ……」
エリシアは益々、顔を赤くしながら口籠る。
「アタシは特別な感情が恋だなんて言ってないわよ」
イブリスは肘でエリシアの肩を突っつきながらニヤリと笑った。
「うー、性格が悪いですよ、イブリスさん」
「かもね」
「でも、シュウイチさんさえ良ければ、これから先も私と一緒に居てくれると嬉しいです」
エリシアの曇りのない表情と言葉に俺の心も打たれる。
ここまで心地の良い好意を向けてくれる女の子は俺の人生にはいなかった。だから、心にも熱いものが込み上げてくる。
「それは私も同じ。シュウイチお兄ちゃんと離れ離れになるなんて、私的にはあり得ない。絶対に嫌」
アメイヤの目力も強かった。
「そう言ってもらえるのは嬉しいんだが、俺には帰らなきゃならない世界があるからなぁ」
俺は身が切られるような思いをしながら頭をボリボリと掻いた。
いつまでも、この世界で暮らしたいと言う気持ちはある。が、さすがにそれは無理な注文というものだった。
「なら、私も一緒にその世界に行く。駄目だなんて言わせない」
アメイヤはグイッとテーブルから身を乗り出した。
「そうですよ。シュウイチさんが居たという世界には興味がありますし、私たちも連れて行ってください」
エリシアも押しの強さを見せた。
全ての事情を把握しているイブリスはともかく、この二人の想いは本物だ。それを無下にするようなことはしたくない。
だが……。
「それができれば、こんなに気が楽なこともないんだがな……」
この二人にだけは、四十歳のおっさんになった姿は見せたくない。
いや、見せるわけにはいかない。
それもまた優しさだ。
違うな、これは単なる逃げだ。
「まあ、そういうわけにはいかないわよねぇー、シュウイチ?」
イブリスがニターッと笑ったので、俺も顔をしかめる。
「ムッ」
「結局、シュウイチとどこまでも付き合っていけるのは、アタシだけなのよ」
イブリスは腰に手を当てて、大きく胸を反らしながら言った。
事実、俺の全てを知って、それでも良い理解者でいてくれる女の子は、悔しいがイブリスだけなんだよなぁー。
そんな俺の内心を余所に、エリシアが反論する。
「そんなことはないと思いますよ」
「そうかしら?」
「はい。私だって修一さんと居られるなら、どのような困難でも乗り越えて見せますし、その覚悟の強さは誰にも負けません」
エリシアは決意の眼差しを俺に向けてくる。
「私も同じ。シュウイチお兄ちゃんと居られるなら、どんな世界だって耐えられる。あまり見くびらないで」
アメイヤも一歩も退かない態度を見せた。
「お前ら……」
俺はエリシアとアメイヤの想いの強さを感じ取ると、涙すら流しそうになる。
やっぱり、この世界に来て良かった。
今なら、例えどんなに残酷な運命が待っていようと、逃げずに立ち向かうことができる。
そう言い切れるだけの心の力を、みんなが与えてくれた。
この世界からの巣立ちは近い。
俺はこの世界に居られる時間を一秒でも大切にしようと、目の前の美味しそうな料理に口を付けた。