エピソード5 初めての戦い
〈エピソード5 初めての戦い〉
「初めから華やかな冒険はできるわけがないと覚悟はしていた。が、こんな暗くてジメジメした場所を歩かされることになるとはな」
そうぼやく俺は王都の使われなくなった地下水路を歩いていた。
ギルドで請け負った初クエストは、この地下水路の水質調査をしていた職員の捜索だった。
王立の機関から派遣された職員は、地下水路に入ってからもう五日も経つのにまだ戻ってきていないらしい。
そんな職員の捜索のクエスト・ランクは二番目に低いDだ。
他にも受けられるクエストはあったが、ランクが高かったり、遠出したりする必要があったのでイブリスに却下された。
「愚痴ばかり零さないの。地道な冒険を積み重ねていくことが、偉大な冒険者になるための秘訣なんだから」
イブリスは腰に手を当てながら説教でもするように言った。
「かもな。でも、俺は血沸き肉躍るような戦いがしたかったし、ゴブリン退治のクエストくらいは受けられると思っていたぞ」
「あんたには、絶対に死んだら駄目って言ったはずよ。ゴブリンはいやらしい毒なんかも使ってくるから意外と危険なのよ」
「そうか。まあ、俺は初心者プレイヤーも良いところだし、ナビ役のお前の言葉には従うよ」
「素直でよろしい」
イブリスは大きな態度で更に口を開く。
「ま、さっさとクエストを終わらせて、地上に戻ったら美味しい物でも食べましょうよ。私はお酒も飲みたいわ」
イブリスは気楽そうに言った。
まあ、この世界の料理を堪能するというのはアリだ。
ここは造られた世界だし、プレイヤーを落胆させるような料理は出てこないだろう。
なら、料理の味の方には大きな期待が持てる。
そんな話をしながら俺は地下水路を歩いて行く。
ちなみに、壁に光る石が取り付けられているおかげで、視界は確保されている。なので、何かに躓くようなこともなかった。
歩き始めてから三十分ほどが経つと、俺は何やら倒れている人間たちを発見する。
ただごとではない証拠に、顔をしかめたくなるような血の臭いも漂ってきた。
「大丈夫か、お前ら!」
俺が血相を変えながら駆け寄ると、蹲っていた一人の少女が顔を上げる。
少女は長い桃色ブロンドの髪を持ち、胸が大きい割にはほっそりとした体つきをしていた。
「あなたは……」
少女は強張った顔で、俺の方を見る。
「怪しい者じゃない。俺は冒険者だし、ギルドのクエストを請け負って、この地下水路に来たんだ」
俺の力の籠った言葉を聞くと、少女の顔も少しだけ緩む。
「私も冒険者のエリシア・アーバインです」
少女、エリシアは芯の通った声で自己紹介をすると更に言葉を続ける。
「ギルドのクエストを受けて川に住み着いているアクア・ドレイクを討伐しようとしていたんですが……」
エリシアの声は途中から萎んでしまった。
「こいつらはあんたの仲間か?」
俺は倒れている三人の男女の体を見る。みんな血だらけで息もしていないようだった。
「はい。川からこの地下水路に逃げ込んだアクア・ドレイクを追いかけていたら、逆にアクア・ドレイクに強襲されてしまったんです」
エリシアは意気消沈としながらポツリと口を開く。
「そのせいで、私のパーティーは壊滅してしまいました」
「こいつらは死んでいると言うことか……」
仮想世界の人間とはいえ、ぞっとさせられるような死に様だ。
現実の世界では、人間の死体を見ることなんてなかったし、それだけに俺もショックは大きかった。
でも、ここで心が折れているようでは冒険者として生きることなどできはしないだろう。
「はい。私もみんなには回復魔法をかけましたが、力及ばず助けられませんでした」
「そういうことなら、さっさとこの地下水路からは出た方が良いな」
「それが賢明だと思います」
「水質調査の職員の安否は気になるが、ここに留まるのは危険すぎる」
もしも、アクア・ドレイクと鉢合わせしたら、今度は俺たちが屍になりかねない。
「職員の人の遺体なら私が発見しました」
「本当か?」
「ええ。亡くなられてから何日も経っていた感じですし、多分、アクア・ドレイクに殺されてしまったのだと思います」
既に手遅れだったというわけか。
まあ、別に責任を感じたりはしないが、それでも心は痛むな。
「そうか。なら、俺がこの場に留まる理由は本当にないな」
「はい」
エリシアが力なく返事をすると、イブリスが会話に割り込むように口を出す。
「シュウイチ、けっこう入り組んだ道を歩いてきたから、メニュー表を出してオートマッピングを確認しなさい。そうすれば、迷わずスムーズに地下水路から出られるわよ」
イブリスの指示を受け、俺は視界の隅に映るアイコンをタッチする。すると、メニュー表をタブ開く。
それを見ながら、オートマップの項目もタッチして、この地下水路の地図を表示させた。
「地下水路の地図が全て完成しているじゃないか。こいつはどういうことだ?」
「開発段階のゲームだからね。ダンジョンのマップは初めから完成したものになっているのよ。親切設計でしょ?」
「俺としては地道にマップを埋めていく楽しさも味わいたかったが、この状況じゃそんなことは言っていられないな」
俺は開いていたメニュー表の装備品の項目をタッチする。そこには武器や防具、アクセサリーなどが表示されていた。
それを見て、俺は初期装備のアイアン・ソードの表示をタッチする。すると、空中に剣が出現したので、俺はそれを強く握りしめた。
「何もないところから剣を出現させるなんて、凄い魔法ですね。私が通っていた魔法学院では習わなかった魔法です」
エリシアは目を丸くしている。
「そうかい。でも、別に大したもんじゃないし、火の玉を作り出して見せる魔法の方がよっぽど格好良いよ」
そう言って、俺は小さく肩を竦める。それから、死の恐怖を如実に感じながらエリシアと共に地下水路の出口に向かう。
頼むから何も出て来ないでくれよ……。
そんなことを思った矢先だった。
いきなり曲がり角から大きなトカゲがニュッと顔を出したのだ。
トカゲは五メートルはあろうかという巨体を誇り、しかも、その体つきはどことなくドラゴンに似ていた。
間違いない。
こいつがアクア・ドレイクだ!
「でかいな。初めてのクエストで、こんな強そうなモンスターと遭遇することになるなんて……」
俺は戦慄するものを感ながらも、決然と口を開く。
「でも、俺たちの逃走を許してくれるとは思えないし、ここは戦うしかない!」
俺はアクア・ドレイクの出方を窺いながら、剣を構える。
アクア・ドレイクの体には至るところに傷が付いていて、夥しい出血もしていた。
たぶん、エリシアや彼女の仲間たちが負わせた傷に違いない。
深手を負って弱っているアクア・ドレイクなら今の俺でも倒せるかもしれない。
そういった判断できるほど俺の心は冷静だったし、先ほどまで感じていた恐怖もいつの間にか消えていた。
この胆力のようなものは底上げされた能力の一つか。
「エリシアさん、何でも良いから魔法で援護を頼む。俺はとりあえずこいつに斬りかかってみる」
エリシアも攻撃用の魔法は幾つか使えると歩きながら言っていたからな。ここは、それに期待させてもらう。
「分かりました!」
そう応じるとエリシアは【ファイアー・ボール】と唱えて、掌から火球を放った。それはアクア・ドレイクの体に衝突する。
その瞬間、大量の炎が勢い良く舞い上がった。
普通なら、こんな炎に包まれたら生きてはいられないだろう。
が、アクア・ドレイクは炎を突き破るようにして、前衛に立つ俺に襲いかかって来た。
俺はすかさずアクア・ドレイクに斬りかかる。
その躍動するような動きから繰り出された斬撃は、アクア・ドレイクの胸板を深々と切り裂いた。
「大した斬撃だな。自分でも信じられないくらい、凄い剣術の腕をしているよ」
俺は嬉々とした笑みを浮かべながら言った。
「調子に乗ってないで、目の前の戦いに集中しなさい。モンスターは完全に息の根を止めるまで安心はできないわよ」
イブリスは浮かれる俺にそう檄を飛ばした。
その瞬間、アクア・ドレイクはサバイバル・ナイフのような鋭い爪を俺の体に振り下ろしてくる。
俺はその爪を稲妻のような斬撃で叩き割る。
ならば、と思ったのか、アクア・ドレイクはクルリと回転すると、大きな尻尾で俺を薙ぎ払おうとした。
その尻尾を俺はカウンター気味に切断する。
アクア・ドレイクは痛みのためか、悲鳴のような声を上げる。それから、大きな口で俺の上半身に噛みつこうとした。
それを難なく避けると、俺は絶妙のタイミングで、アクア・ドレイクの懐に潜り込んで見せる。
そして、渾身の力を込めて、無防備になったアクア・ドレイクの頭部をザンッという音と共に切り飛ばした。
結果、アクア・ドレイクの頭部はボールのように宙を舞う。
「やった! アクア・ドレイクを倒したぞ!」
俺は床に転がるアクア・ドレイクの頭部を見て笑った。
「凄いです! 力には自信があった私たちのパーティーでも倒せなかったアクア・ドレイクを一人で仕留めてしまうなんて!」
そう言って、エリシアは弾けたような笑みを浮かべる。
でも、アクア・ドレイクに打ち勝てたのは、エリシアや彼女の仲間たちのおかげだ。
もし、エリシアたちがアクア・ドレイクに大きなダメージを負わせていなかったら、どうなっていたか分からないし。
だからこそ、亡くなったエリシアの仲間たちには、ご冥福をお祈りしたい。
エリシアに続き、イブリスも溌溂と口を開く。
「初めての戦いにしては上出来だったわ、シュウイチ!」
「俺もそう思うよ。まさか、俺にあそこまでの剣の腕が備わっているとは思わなかったし」
「それだけ、この仮想世界が、あんたにとって親切設計だったってことよ。とにかく、あんたが死ななくて良かったわ」
イブリスはほっとしたように言ったし、俺も自分に与えられた力に自信が持てるようになりながら笑う。
こうして、この俺の初めての戦いとクエストは無事に終わったのだった。




