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エピソード3 発動したプログラム

〈エピソード3 発動したプログラム〉


「本当に学校をサボって大学にまで来ちゃったよ。帰りのホームルームで僕たちの姿が無かったら小林先生も怒るだろうな」


 暑い日差しを浴びていた康太は額の汗を拭う。


 ここまで来るのに、バスを使ったりしたからな。


 原付のバイクがあれば、とも思ったが、この頃の俺はバイクの免許なんて持ってない。


 原付バイクに乗り出したのは、高校を卒業して車の免許を取ってからだ。


「世界を救うためだ。その程度のことは仕方がない」


 大袈裟なことを言っているなとも自分でも思った。が、これは決して些事で済ませられることではない。


 本当に世界の未来がかかっているのだ。


「そうだね。ライラス教授が物理学部の研究室に居てくれると良いけど」


 康太はライラスさんの知識も持っていた。


 他にも大学生のゲーム系のサークルとも交流があり、また大学内の図書室もよく利用していたらしい。


 なので、大学内の勝手もよく知っているようだった。


 とにかく、康太のおかげで研究室の場所はすぐに分かった。


「失礼します」


 俺たちは物理学部の研究室へと足を踏み入れる。すると、壮年の外国人の男性が散らかり放題の机から顔を上げた。


 その顔には見覚えがあったが、まだ白髪は生えていない。


「ライラスさんですね。あなたに大事な話があります」


 俺は臆することなく強気の態度で言った。


「私は二時から開かれる講演の準備で忙しいんだ。私的な話なら講演が終わった後にしてくれないか」


 ライラスさんは鬱陶しそうに言ったが、ここで退くわけにはいかない。


「これを見てください」


 俺は掌にホーリー・ボールの光を作り出した。


「掌に光の球が浮かんでいる……。これは、一体、何のショーだ?」


 ライラスさんは何度も目を瞬かせた。


「これは本物の魔法です。もし、信じられないのなら、もっと凄い魔法を見せますが?」


「分かった、話を聞こうじゃないか」


 ライラスさんが顎を震わせながら頷くと、俺は康太の時と同じように全ての事情を説明した。


「なるほどな。驚天動地だ、とでも言いたい話だが、こんな力を見せられては信じるしかあるまい」


 俺は散らかっている研究室で、火を出したり、水を出したりしたくはなかったので、空中に剣を呼び出していた。


 剣は宙に浮いていて、ライラスさんと康太も食い入るように見ている。


「それなら、元始の言葉を使って仮想世界を造るのは止めてください」


「だが、私が止めても他の誰かがやるのではないか? 技術の革新というものは止められるものではないぞ」


「かもしれません。ですが、元始の言葉の力を失わせるプログラムは既に用意してあります」


 これが俺の持っている最後にして、最大の切り札だ。


「そのプログラムを行使すれば、元始の言葉は力のないただの言葉に成り下がるわけか」


「その通りです」


 全てはそのプログラムの力にかかっている。


 もし、元始の言葉の力が消せなかったら、またハルマゲドンが起きて世界が滅ぼされるかもしれない。


 それだけは絶対に防がなければ。


「私が君の話を聞いたことで未来は変わったと思えるのか?」


「正直、分かりません」


 メニュー表にも特に変わったところはないので、俺は自信なさげに言葉を続ける。


「過去が変わった瞬間、世界が再構築されたのかどうかは、今の俺でも確かめようがありませんから」


 魔法が使える俺ですら、未来が変わったことを知覚できる力はないのだ。


 ただ、未来が変わったと思えるタイミングで、プログラムを発動させるのがベストだと康太は言っていた。


 であれば、その言葉を信じるしかない。


「だろうな。だが、幾ら未来が変わったとしても、創造神にまで影響を与えることはできないはずだ」


「ええ。創造神のいる天界の未来まで変わることを期待するのは、希望的観測かもしれません」


「まあ、この世界は依然として存在している。なら、全ては私たち次第、ということなのかもしれんな」


「はい」


 創造神は俺の行動を監視しているに違いない。


 だとすれば、俺の行動、如何によって、世界の行く末が決定されてしまうのかもしれない。


 そうなると、俺に架せられた責任は重大なものになる。


「今の君は人間を遥かに超えた力を持っている。未来の私たちが用意したプログラムを起動すれば、全てを失うことになるぞ」


 俺の持っている力があれば、どんな未来も思いのままだ。が、その誘惑に負けるわけにはいかない。


「だとしても、後悔はありません。一度は世界のために命を捧げた身ですから」


 こんな力が無くても人は生きていける。いや、生きていかなきゃならないんだ。


「そうか。であるなら、君のしてくれた話は心に深く刻んでおこう」


 ライラスさんは肩を落としながら口を開く。


「年老いた未来の私ならともかく、今の私なら科学者の性などという言葉を口にしたりはしない。……いや、してはならないのだ」


 ライラスさんが恥じ入るように言うと、俺は話すべきことはもう残っていなかったので、研究室を後にする。


「これから、俺は元始の言葉の力を失わせるプログラムを発動させる。だから、一人にしてくれないか」


 大学の中庭まで来ると、俺は康太にそう言った。


「分かった。僕は大学の図書室で時間を潰しているから、全てが済んだら携帯に連絡をしてよ」


 康太は微笑しながら俺の肩を気さくに叩いた。


「ああ」


 俺は康太が友達でいてくれて良かったと思ないながら笑った。


 そして、一人になると、俺はメニュー表を呼び出し、マスター・コールのすぐ下にある項目をタッチする。


 すると、元始の言葉の《アンチ・プログラム》を起動しますか、というメッセージが表示される。


 プログラムを起動すれば、俺は人を超えた力を失う。


 未練がないと言ったら嘘になるが、ここで躊躇うのは、全てを託してくれた人たちに対する裏切りだ。


 俺は震えが止まらない指先で、イエスをタッチする。


 すると、パーセンテージを表示するバーが出現する。


 バーの上にある数値はどんどん進んで行き、五十パーセントを超えた。


「これで全てが終わるんだ。イブリス、お前と一緒に居てやれなくて、すまなかった」


 俺がそう言うと、バーの数値は九十パーセントを超える。それから、数値の上昇は鈍化し、九十七パーセントになる。


 俺がこれで自分もただの人間か、と思うとバーの数値は百パーセントに達した。


 その瞬間、メニュー表のタブが消失する。視界の隅にあったアイコンも綺麗に消えた。


「終わった。ついに全てが終わったぞ……」


 俺はなぜか無性に泣きたくなりながら、神がいてもおかしくないと思える青空を見上げた。

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