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エピソード1 目覚め

〈エピソード1 目覚め〉


 俺はハッと目を開ける。


 背中には柔らかい感触があって、すぐに自分がベッドで寝ていたことが分かった。


 畳に敷いた布団と違って、ベッドの柔軟性のあるスプリングの感触は心地良いし。


 ベッドで寝るなんて、本当に久しぶりだ。


「俺は消えて無くなったんじゃないのか? なのに、ご丁寧にベッドで寝かされているのは、どういうことだ?」


 俺はぼんやりとした意識のまま上半身を起こす。


 俺がいるのは自宅アパートの部屋ではない。かといって、仮想世界の宿屋の部屋でもなかった。


 そこはかつて自分が住んでいた両親のいる実家だった。


 何十年も暮らしていた部屋だし、見間違えることはない。


「ここはどう考えても、昔の俺の部屋だよなぁ。ひょっとして、今までのことは全部、壮大な夢だったとか」


 でも、働きもせずに遊んでばかりいた俺を父親がこの家から追い出したことは憶えている。


 アパートの部屋も親戚のツテで、タダで借りていたものだし。


 それなのに、俺はこうして懐かしい我が家に戻ってきている。


 これは夢としか思えないんだが、それにしてはリアルすぎるぞ。


「入るわよ、修一」


 ノックもせずに部屋のドアを開けて入って来たのは、何と母さんだった。


 母さんの顔には、今までの世界だったらあり得ない若々しさがある。


 なので、俺も思わずポカーンとしてしまった。


「母さんじゃないか」


 俺は赤の他人でも見ているような顔で言った。


「何をそんなに驚いた顔をしているのよ。朝ご飯は用意してあるから早く食べなさい。グズグズしていると、学校に遅刻するわよ」


 母さんは学生の頃に何度も聞いたセリフを口にした。


「学校って何?」


「あんた、寝惚けているの?」


「いや」


 俺は体から気持ちの悪い汗が噴き出すのを感じながら、首を振った。


「だったら、そんな鳩が豆鉄砲を食ったよう顔をするのは止めなさい。馬鹿みたいに見えるわよ」


 そう言うと、母さんは不機嫌そうな顔で、俺の部屋から出て行った。


 残された俺は、先ほどから気になっていた視界の隅にあるアイコンをタッチする。


 すると、おなじみのメニュー表のタブが空中に表示された。


「メニュー表が開けると言うことは、ここは仮想世界なのか?」


 仮想世界と現実の世界の境界線は無いも同然になったはずだ。


 ただ、俺の行動によって、仮想世界を動かしていたメイン・サーバーは破壊された。


 その結果、仮想世界から現れたモンスターは消えたはずだ。


 もちろん、俺の存在も。


「俺の奮闘やイブリスの死が無駄だったとは思いたくないが、どうにも嫌な想像を掻き立てられるな」


 仮想世界も突き詰めれば本物の世界と何も変わらない。


 だから、現実の世界にあれほどの害をなすことができた。


 元始の言葉による浸食は、俺の脳を破壊しただけじゃ解決はできないはずだ。


 その結果が今の状況なのか?


「仮想世界なら、過去を再現したような世界があってもおかしくはないが、さすがにこれは……」


 俺は中学の卒業式の日に、学校から送られたデジタル時計を見る。


 その日付や年数を見ると、現在の俺は高校に通っていた時にまで遡っていることが分かった。


 なので、俺はとりあえずパジャマから壁にかけられた制服に着替える。


「まさか、再び学校の制服に袖を通すことになるとはな。ネクタイの締め方とか忘れてるから夏服で良かったよ」


 まだ夏休みが終わってからそれほど日は過ぎていないので、制服は半袖のワイシャツだ。


 ネクタイ付きのブレザーを着るような陽気ではない。


 俺がリビングにやって来ると、そこには若き日の親父がいて新聞を広げていた。


「修一。最近、学校の方はどうなんだ?」


 親父は古臭い湯呑を口に運びながら言った。


「どうって言われても……」


「母さんからは成績が下がっていると聞いているし、そんなことで、良い大学に入れるのか?」


「問題ないよ」


 身の丈に合わない良い大学に入ったせいで、俺の人生は狂ってしまったんだよな。


 そのことだけは苦い過去として鮮明に憶えている。


「そうか。お前ももう高校二年生だ。そろそろ受験を意識した学校生活を送らなければ駄目だぞ」


 親父の言葉は頑迷に聞こえた。


「分かってる」


「なら、いつまでも夏休み気分でいないで、しっかりと勉強しろ。もし、次のテストでも悪い点数を取ったら小遣いを減らすからな」


 親父の叱咤するような言葉を聞いた俺は、どこか優しい気持ちになる。それから、テーブルに用意されていた朝食に箸を伸ばした。


 久しぶりの和食は殊の外、旨く感じられた。


 独り暮らしをしていた時は、スーパーやコンビニの弁当ばかりだったから、手作りの料理は心に染みる。


 朝食を食べ終えると、俺は学生用の革鞄を持って家を出る。


 だが、学校に行くことはなく、通学路の途中で公園に立ち寄り、そのままベンチに腰を下ろした。


「さてと、メニュー表があるなら、マスター・コールで詳しい話を聞くこともできるはずだよな」


 俺は心を落ち着かせると、マスター・コールのアイコンをタッチした。


 すると、期待を裏切らずに、康太の声が聞こえて来る。


「やあ、修ちゃん。このメッセージを聞いていると言うことは、無事に過去の世界にタイム・リープができたってことだね」


 康太の映像は映らなかったが、音声はしっかりと聞こえてきた。


 にしても、タイム・リープだと?


 今度は何をやったって言うんだ?


「修ちゃんがこのメッセージを聞いているということは、僕ももう生きてはいないはずだ。だから、一方的に説明をさせてもらうよ」


 康太は俺の気持ちなどお構いなしに語り始める。


 修一が消えた後、世界各国では元始の言葉の研究と運用が加速した。


 結果、元始の言葉の侵食は続き、一度は消えたはずのモンスターたちが再び出現することとなった。


 世界にある全ての物が元始の言葉に侵食され、世界は何でもアリの仮想世界化してしまった。


 そうなると、人々は他者を慮ることのない欲望に塗れた生き方をするようになった。


 結果、世界は混迷を極めることになる。


 そして、その状況を見かねた創造神と天使たちは、原因を作った全人類を滅ぼそうと天界から攻めてきた。


 俗に言う《ハルマゲドン》の始まりである。


 人間たちはモンスターや悪魔たちと手を組み、また元始の言葉の力を使って神や天使たちと戦ったが敗北。


 世界は本当に滅んでしまった。


 康太はこの悲惨な現状を打破するために、修一の記憶データを過去の修一へと送った。


 所謂、タイム・リープである。


 タイム・リープは繰り返される世界の中で、イブリスが何度も使っていた。


 なので、タイム・リープを可能にする技術やノウハウは十分にあった。


 その上、世界の全てが仮想世界化してしまったので、タイム・リープを問題なく行使できる土壌も整っていた。


 康太は元始の言葉を解読し、それを使って仮想世界を作ろうとしたかつての自分とライラス教授を止めて欲しいと言う。


 そうすれば悲惨な未来も変わる。


 また元始の言葉がウイルスなら、それを直すワクチンのようなプログラムも完成していた。


 なので、修一のメニュー表からそのプログラムを実行して欲しいと言う。


 そうすれば、全世界、全時空にある元始の言葉は力を失う。


 未来が変わった上で元始の言葉も力を失うのが、この世界にとっての最善だと康太は力強く言った。


 こうして、康太の全て思いを託すようなメッセージは終わった。


「命を賭けて守ったはずの世界も、結局は滅びてしまったか。やっぱり、元始の言葉は人間には過ぎた力だったのかもしれないな」


 俺は嘆かわしい気持ちで言葉を続ける。


「これじゃあ、ある意味、人柱として死んでくれたイブリスに合わせる顔がないぞ」


 俺はどうしようもない虚無感に苛まれながら言うと、ベンチから立ち上がった。


 記憶が馴染んできたせいか、過去の世界の記憶もだんだん思い出せるようになった。


 今なら学校に行っても支障はない。


 俺は過去の世界の康太とも話す必要があると思いながら、通っている三崎大学付属学園へと向かった。


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