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エピソード1 戦いの舞台へ

〈エピソード1 戦いの舞台へ〉


 俺は襲いかかって来るモンスターたちを打ち倒しながら、クライスター社の第二本社ビルに来ていた。


 メニュー表にはビルのマップが正確に表示されている。


 普通なら開けられない扉のロックも全て康太が遠隔操作で解除してくれている。


 これで、俺の元の体があるところまで問題なく辿り着けるはずだ。


「桂木修一君、私はライラス・ランフィールドだ。杉浦君と共に今回の騒動を起こした張本人でもある」


 マスター・コールのタブが表示されると白衣を着た老人が姿を見せる。老人の上半身は病的な感じに痩せこけていた。


「康太からあなたのことは聞いています。随分と酷いことをしてくれたみたいですね。俺に対しても、この世界に対しても」


 俺は苦味のある声で言った。


「それについては反省している。だが、私は科学者としての性をどうしても抑えることができなかったのだ」


 ライラスさんも自分を責め続けていたのか、悄然とした顔をしている。


「その気持ちは分かります。ですが、人間には越えてはいけない一線もあるんです。今のあなたは犯罪者と変わらない」


 科学の進歩に犠牲は付きものだ。


 が、核兵器のように、絶対に作ってはならないものも厳然として存在している。


 その見極めができなかった結果が、今の状況だ。


「そうだな。もし、全てが片付いたら、私も死刑台に登るつもりだ。それだけのことをしてしまったからな」


「そうですか」


「今の私にできることは、君にアドバイスを送り続けることくらいだ。君という存在がどうなるにせよ、最後まで付き合おう」


 ライラスさんの目に精気のようなものが漲った。


「分かりました。色々と思うところはありますが、今はあなたを頼りにさせてもらいます」


 俺はガラスが割れている自動ドアを潜り、ビルに入る。


 ビルの中には誰の姿もなかった。


 外ではあれほど溢れ返っていたモンスターもいない。


 何となく誘われている感じがするな。


 俺はマップを頼りに管理者用のエレベーターに乗り込む。駆動音を立てるエレベーターは地下深くへと降りて行った。


「イブリスがいるのは、やはり君の本当の体があるサーバー・ルームだ。そこからは、凄まじいエネルギーが迸っている」


 マップで確認すると、確かにサーバー・ルームには赤いシンボルが点滅している。


 仲間だったイブリスをボス・モンスターとして表示しているマップには、俺も世知辛さみたいなものを感じた。


「イブリスは俺と戦うつもりなのでしょうか?」


「それは君の選択次第だろうな。だが、イブリスは君と本当に長い時間を過ごしてきた」


「俺の仮想世界での生活は、何回もループしていたんですよね。そして、イブリスもそれを知っていた」


「ああ。それでもイブリスは根気よく君の傍に居続けた。君に何か思うところがあるのかもしれない」


「その思いが悪意でないことを祈るばかりです」


 そう言うと、俺は誰もいない静まり返った通路を突き進み、ついに赤いシンボルが点滅している場所へと足を踏み入れる。


 誰も入れないように張られていたという結界の力は特に感じ取れなかった。


 少なくとも今の俺は招かざる客というわけではないようだ。


 そんな最終地点であるサーバー・ルームは病室のような空間になっていた。


 その最奥には大きな機械が取り付けられている人間の体があった。


 それを目にした俺は、まるで十字架に貼り付けになっているキリストみたいだと思った。


 そんな神々しさが感じられる


 とにかく、あれが本物の俺の体と見て間違いないだろう。


「やっと来たわね、修一。その様子だと、全ての真相は既に聞かされているようね」


 背中から白い翼を生やし、金髪に青い目をしている少女が、フワリと宙に浮かびながら声をかけてきた。


「ああ。でも、元の大きさに戻ったんだな、イブリス」


 その言葉通り、今のイブリスの大きさは普通の人間と変わらない。


「妖精のような姿を取るのは仮想世界にいる時だけよ。それとも、今のこの姿に何か文句でもあるのかしら?」


 この強気な態度もいつものイブリスだ。


「いや。こうして改めてお前を見ると、美しいとしか言いようがないと思ってな」


 神が直接拵えたかのような美しい姿だ。


「嬉しいことを言ってくれるわね。でも、これは本当の姿じゃないし、私の真の姿を見ても同じ事が言えるかしら」


「なら、その真の姿とやらを見せてみろ」


 俺がそう言うと、イブリスの白い翼が黒く染まる。


 手や足もメキメキと太くなっていき、可愛らしかった顔も爬虫類のトカゲのようになった。


 そのままイブリスの体は奇怪な形に膨らんでいく。


 その光景は何ともグロテスクだ。


 そして、イブリスだった少女はあっという間に禍々しいモンスターへと変貌を遂げた。


「竜か」


 俺は体長が十メートルを超える漆黒のドラゴンになったイブリスを見る。それから、サタンについて記されていた聖書の記述を思い出した。


「そうよ、聖書に書かれている大いなる竜、サタンとは私のことよ」


 ドラゴンの口から発せられる声は、今までのイブリスと変わってはいなかった。


「でも、お前は本物のサタンじゃない。造られたサタンだ」


「それが何だって言うの。あのサマエルだって、サタンの化身の一つよ。あんたなら、その理屈が分からないってわけでもないでしょう」


「ああ。サタンの化身と言えるような奴はいっぱいいるってことだろ?」


 サタンという天使から派生した存在は、一人や二人ではないということだ。


 あのサマエルも悪魔たちをたくさん従えて、悪いことをしていた時期があったと言っていた。


 でも、創造神には敵わなくて、結局、天使に舞い戻った。


 その時のサマエルもまた紛れもなくサタンと呼ばれていた存在だったのだ。


 サタンと同一視される存在は、少なくないに違いない。


「そういうことよ。相変わらず、理解が早いのね。でも、それくらいじゃなきゃ、こっちも面白くないわ」


 イブリスは怖気が走るドラゴンの顔で顎をしゃくった。


「そろそろ、お前の目的を教えてくれないか? 何の考えもなく、この場所に陣取っていたわけじゃないんだろ?」


「私は創造神に反逆したい」


 イブリスは願うような声で言葉を続ける。


「オリジナルと言えるサタンは地獄であるゲヘナに囚われているし、私はそのサタンも開放してあげたい」


「やっと、仮想世界から出られたのに、お前が望むのはそんなことか」


 世界を支配したいとか言ってくれた方が、よほど可愛げがあった。


「もちろん、目的はそれだけじゃないわ。現に、私はまだ縛られている。修一の脳を破壊されれば、私は消える運命だもの」


「それは俺も同じだ」


「そうね。でも、私はこの世界でも多くのことを学習し、実験するわ。そうすれば、仮想世界の呪縛からも開放されるかもしれない」


 時間さえあれば、きっとそれは実現できるに違いない。でも、その間にたくさんの人間が犠牲になることになる。


 創造神だって黙ってはいないだろうし、このままの状態が続けば、大きな戦争が起きることは避けられなくなる。


「お前に協力すれば、今の俺も消滅を恐れることなく、存在し続けられるようになるってわけか」


「ええ。だから、私の言葉に逆らうのは止めなさい。そして、私と共に永久不滅の存在を目指しましょう」


「悪い話じゃないんだが、やっぱり、お前の行動を許すわけにはいかないな」


 俺は覇気の籠らない声で言った。


「元の体の脳を破壊するって言うの。そんなことをすれば、あんたや私だけでなく、エリシアやアメイヤも消えることになるわよ」


 エリシアとアメイヤの名前が出で来ると、俺の胸もズキンと痛んだ。


「仮想世界のデータは、常にバックアップがされている。だから、完全に消えて無くなるわけじゃないさ」


 それは俺やイブリスも変わらない。


「でも、ただの物を言わぬデータに成り下がるわ。それでは到底、生きているとは言えない。今のあんたなら、その痛ましさが分かるはずよ」


 動いていないデータは、死んでいるのも同じだと康太も言っていたな。


 だからこ、俺もその死を恐れている。


「そうだな。ま、この話については、どこまで行っても平行線だ。俺は元の体の脳を破壊して、この事態を収拾する」


「自分の存在が消えても良いの?」


 イブリスの大きな瞳が瞬いた。


「俺だって消滅するのは怖いよ」


「ならっ!」


 イブリスは必死さを感じさせるような声を発する


「でも、人間なんて生き物は、どう足掻こうといつかは死ぬものなんだ。それが早いか遅いかの違いだし、それなら、俺は後悔のない選択を選ぶ」


 エリシアやアメイヤも、ここに居れば、きっと俺の選択を肯定してくれたはずだ。


 彼女たちを殺すというのであれば、俺もまた自分の死を受け入れないとな。


「繰り返すようだけど、私の力があれば、あんたを永遠に生かすことも可能なのよ」


 イブリスは何とかして俺の心を翻意させようとする。


「だとしても、俺のために、たくさんの人たちを犠牲にするわけにはいかない。そんなことをしたら、それこそ後悔だらけの人生を歩むことになる」


 俺はイブリスの甘い誘惑を跳ねつけるように言った。


「甘言には乗らないか……」


 イブリスはポツリと言ってから、ドラゴンの顔で大きく口を開く。


「本当に成長したわね、修一。なら、私も後顧の憂いは断ち切って、あんたを消滅させるわ!」


 イブリスの声には悪意は微塵もなく、むしろ、清々しい響きさえあった。


「それで良い。俺もお前が間違ったことをしているとは言わない。なら、後は天の采配に委ねるだけさ」


 誰が悪い、というわけでもない気がするのだ。


 ただ、互いに譲れないものがあると言うだけ。


 だからこそ、俺も心置きなく戦うことができる。


「そうね。じゃあ、フィナーレと行くわよ!」


 イブリスが咆哮を上げると、俺の周囲の景色が塗り替えられていく。


 気が付くと、俺はどこまで遠くを見ても何もない白一色の世界にいた。


 ここは俺が初めてイブリスと会った時の世界だな。


 ここを最後の戦いの場に選ぶとは。


「ここなら、思う存分、戦えるってわけか。良いだろう。ここで全ての決着をつけようじゃないか!」


 俺は全ての足枷から解き放たれたような顔をする。それから、万感の思いを胸に腰の鞘から剣を引き抜いた。

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