黒い部屋の女
【黒い部屋の女】ーーーーーーーーーーーーーーー
社会人になって三ヶ月。
高梨紗季は帰宅してスマホを開いた。職場での人間関係に疲れ、唯一の癒やしはベッドの中で見るSNSのタイムライン。
その夜、奇妙な投稿が目に留まった。
「#閲覧注意 本当にあった話。読んだら…あなたも」
――【黒い部屋の女】――
あなたが今いる部屋の隅を見てはいけない。
そこには、目を潰された女が立っている。
彼女は、あなたが“読んでいる”ことを知っている。
読み終わる頃、彼女は……後ろに立っている。
気味の悪いホラー小説のスレッドだった。
「どうせ作り話でしょ」
軽い気持ちでスクロールする指が止まったのは、その投稿についたコメントだ。
「ヤバい。マジで読まなきゃよかった」
「うちの天井から水の音がする」
「部屋の角に、誰か立ってる……」
ゾッとしたが、恐怖と好奇心が背中を押した。
紗季は続きを読んでしまう。
---
翌朝、アラームの音で目を覚ました瞬間、違和感に気づく。
コン……コン……
部屋の壁から微かなノック音。
「隣の部屋かな……」
そう思ったが、会社から帰ってきてもまだ続いていた。
コン……コン……コン……
次第に強く、速くなる。
やがて音は、ベッドの下から聞こえ始めた。
その夜、SNSを開くと、あのスレッドは消えていた。代わりに、DMが届いていた。
「読んだね?」
送信者のアイコンは、顔のない女の写真。
心臓が凍る。恐怖で息が詰まりそうだった。
---
翌日、紗季の部署で事故が起きた。
コピー機が突然倒れ、同僚が足を骨折。
そして昼休み、紗季のスマホに通知が鳴る。
《ニュース速報》:〇〇市で孤独死、腐乱した女性の遺体――》
そこに映ったアパートの外観に、見覚えがあった。
昨夜、スレッドの写真に載っていた“黒い部屋”だ。
――読んだ小説は、実際にあった事件だった。
恐怖が膨れ上がる。
家に帰る途中、耳元で囁き声がした。
「見てるよ」
背後を振り向くと、黒い長髪の女が歩道に立っていた。
顔はなかった。
目だけが、赤く光っていた。
---
その夜、紗季は半狂乱でネットを漁り、オカルト相談の掲示板を見つける。
「本当に困ってるなら、DMください」――そう書いてあったのは、間宮響子という名の霊能力者だった。
深夜、オンライン通話でつながった声は、静かで冷たかった。
「あなた、もう“取り込まれてる”わね」
「と、取り込まれてる……?」
「その小説、読んだ瞬間に繋がったの。あれはただの文章じゃない。呪いを電波に乗せてばら撒く、悪意そのものよ」
響子が言うには、発端は孤独死した女の怨念だという。
夫に裏切られ、子に捨てられ、暗い部屋で一人腐乱した女。
死んでもなお、SNSを通じて世界に手を伸ばしている。
「でも、大丈夫ですよね??? 祓えるんですよね???」
通話の向こうで、短い沈黙。
そして低い声が響く。
「――すでに、その女、あなたの部屋に立ってるわ」
---
部屋の灯りが一瞬、ふっと落ちた。
暗闇の中で、スマホだけが光っている。
その画面に、ライブ配信の通知が表示された。
《黒い部屋の女:生配信開始》
震える手で開くと、映っていたのは――自分の部屋だった。
そして、コメント欄が狂ったように流れていく。
「後ろ!後ろ!」
「うわあああああ」
「もうダメだ」
紗季は振り返った。
そこには――目を潰された女。
血走った赤い目玉だけが、にやりと笑っていた。
悲鳴は、配信の中で無音に消えた。
---
翌朝、紗季のアカウントに残された最後の投稿。
「読んではいけない」
その一文に、数百の“いいね”とコメントが付いていた。
――だが、そのコメントを書いた彼らも……。
やがて……。
---終---
#ホラー小説