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第三章

【一】

 まるで血のように紅いそれを見て私は龍樹ちゃんの制止を振り切って能舞台の真ん中にある階から舞台に上がると手で楠の花を振り払う。だがその手はギクリと止まった。

「何かあったのか?」

 龍樹ちゃんも舞台に上がってくる。そして私の手の下にあるものを見た彼もギクリとしたかのように足を止め屈んだ。

 楠の花の下にあったのは真っ赤に色付いた紅葉の葉だった。だが色付いた紅葉と言うには毒々しくまるで鮮血にベッタリと濡れたような紅で微かな鉄臭が明らかに血を連想させる。これは鬼女が惟茂に打たれた時に飛び散った血潮が変化したものに違いないとほぼ確信めいたものを感じた。

 一体この舞台の上で何が起きていたのだろう。いや違う。私の目の前で何が起きていたのだろうと考える方が理屈に合うような気がする。あの鬼女と維茂は私に何かを伝えたかったのだろうか? 凡人の私の目に映るほどの力。それは善なのか悪なのか、吉兆なのか凶兆なのか、何もかもが全く分からない。まるで能のようだ。

 能楽は世界最古の舞台芸術と言われているが、その魅力は余分なところを限界まで削ぎ取ったシンプルさにある。そこにお囃子が加わることで正に歌舞音曲と呼ばれるに相応しい華やかなものに変化する。笛、小鼓、大鼓に太鼓の四種しか楽器を使用していないのに大編成のオーケストラの演奏より派手やかになるのだ。

 だが一方で大和言葉の分かりにくさから眠くなる人も多く、あまりに端折りすぎていることで見所がどこだったのか分からず終いのまま帰路に付く人も多い。予習が必須な芸能なのは間違いないが私の今の状況が正に予習せずに見た能のように思えて仕方なかった。

 血に濡れたかのような紅葉は舞台全体に散らばっていたが、更に目で追うと切戸口へ向かって鮮血が点々と落ちているが如く紅葉が落ちている。それはまるで鬼女の血濡れの足跡のようにも見えたが、紅葉が私を誘っているようにも思えて私は切戸口をそっと開けた。

 身を屈めて切戸口を抜けるとちょっとした空間が広がる。囃子方、ワキ方、シテ方は鏡の間から橋掛かりを通って舞台に上がるが、地謡方や後見はこの切戸口から舞台に上がる。この空間はプロの公演の際はあまり重要視されないが、プロの能楽師に師事しているアマチュアの発表会ではこの場が自分に付いてくれる能楽師との顔合わせと挨拶の場となる。

 今この場にはあの紅葉が点々と落ちていた。まるで奥へ奥へと誘われているようで私の不安感は増す。戻るべきか進むべきか悩んでいると後ろから龍樹ちゃんが顔を出した。

「戻るか?」

 私の不安を見透かしたかのように龍樹ちゃんがそう言う。だが私は逆にその言葉に背を押されたかのように奥へと進んだ。足跡のような紅葉を辿っていくと舞台裏の最も奥まった場所にあるシテ方が使う楽屋に辿り付いた。

 六畳ほどのその楽屋の畳の上には舞台上とは比べ者にならないほどの大量の紅葉がまるで器物をひっくり返して中の物をすっかり出し散らしたかのように広がっていた。まるで落葉した庭のようにも見えるが紅葉の色が毒々しすぎる。その光景は血塗れの鬼女がここで息絶え紅葉に変化したようにも見える。念のため今いる楽屋の背後にある衣装部屋も覗いたが装束などは見当たらない。

「あのさ」

「なに?」

 龍樹ちゃんが遠慮がちに口を開く。

「紅葉狩ってさ、お前んちでは縁があるよな」

 縁と言えば聞こえが良いが私からすれば因縁だ。うちのお社の中にある能舞台の鏡板は二種ある。鏡板とは舞台正面奥にある松の絵が描かれた板のことだが、うちには松が描かれた板と紅葉が描かれた板の二種を保存しているのだ。

 誰が何の目的で紅葉の鏡板の制作を依頼したのかは分からない。鏡板に松が描かれる謂われは、奈良の春日大社にある影向の松と関連付けて説明されるのが一般的だ。影向とは神仏が現世に降臨することである。春日明神の化身である松が見所の後ろに存在していてそれを鏡のように映したものが鏡板で、つまり舞台上の能楽師は観客ではなく神に向かって演じているとされている。

 その他、松は常緑樹だから四季折々を散りばめた番組の全てに『大道具』として使用することが可能だとも言われている。だが紅葉の鏡板は使える時期が限定的であるだけでなく神へ向けて演じるという概念から遠く掛け離れている。にも関わらずうちでは松の鏡板と同様に紅葉の鏡板にも神が映っているとされ、代々と言っても何代前かは調べていないが大切にされ、年に一度立秋から秋分の約ひと月半のみ紅葉の鏡板を使用しているのだ。だがそれより因縁なのは私が天涯孤独になってしまった原因の一端に能の紅葉狩が関わっていることだろう。

 薫衣大弁財天社の鏡板を取り替える日、つまり立秋の日は社務所を閉じる。宮司がいない神社も含め年中無休でいつでも参拝できるのが神社だが、うちはその日だけは鏡板の取り替えという大掛かりな作業で職人の出入りが多いため事故が起こらないようにと一般参賀を遠慮してもらっているのだ。

 そして三年前、私達家族は車で出掛けた。子供だった私達が夏休みだったこともあったが、川向こうの隣県で薪能が上演されることになり能に深い縁がある家としては無視できなかったのだ。本来ならあり得ないことだった。いくら参拝を遠慮してもらっていても鏡板の取り替えという神社として重要な日に宮司一家が不在になるなどあってはならない。でも菊花がごねたのだ。

 元々、能に興味があったのは私だがその日に限って能にまるで興味のない菊花が行きたいと無理を言い出し、いくら宥め賺してもヒステリックに泣き叫び暴れる菊花を止める術は願いを叶えるほかなか職人達に頭を下げ出掛けたのだ。職人達は毎年の恒例行事で慣れているからと快く送り出してくれた。

 私はあの時、申し訳なさと恥ずかしさで神社が見えなくなるまで顔を上げることができなかったことを今でも鮮明に思い出す。菊花の傍若無人な振る舞いは家族以外誰も知らなかった。だがあれほど身勝手な人間なのに学校や近所では素行も愛想も良いと評判で薫衣小町とまで呼ばれていたから、常に彼女の影で人に省みられなかった私からすれば腹立たしいことこの上ない。古い歴史を持ち多くの人に崇敬される薫衣大弁財天だが、菊花に振り回され続け娘一人を厳しく諭すことさえできない人間が神職の座にあったのが本来の山奈家の姿で、このことは現在同居している叔母夫妻も龍樹ちゃんも無論知らないし今更打ち明けることもできない。

 不意に同じ女王様気質の那須女史の顔が思い浮かぶが、菊花に比べれば彼女などまだ可愛い方だろうと思い想わず心の中で苦笑してしまった。とは言え仲良くするなど言語道断なのだが。

 そうしてゴタゴタの末に薪能に出掛けたのだが、その薪能の番組が紅葉狩だった。だが龍樹ちゃんの言う紅葉狩との縁とは恐らく能の紅葉狩でなく鏡板のことだろう。鏡板を交換した直後に掛ける能は必ず紅葉狩だと決められていたし、年二度の例大祭と夏の薪能には必ず叔母も手伝いに来てくれていたから彼なら事情を知っている筈だ。

 仲良く見える龍樹ちゃんの家族でも、いや世界中どこの家庭だって家族同士での喧嘩や仲違いなど色々あるのは分かっているが、あの時のことはあまりに情けなく家の恥になると思いこのまま墓場まで持って行こうと決意している。

 そんなゴタゴタの末に観た薪能の紅葉狩だけど公演は素晴らしかった。暦の上では秋でもまだ盛夏の真っ直中。本来の日暮れは遅いが会場は山に囲まれていることもあって十七過ぎには既に薄暗かった。

 山肌が迫る広場に舞台が設えられていて、背後には青々とした黒松と青松がそびえ立ち舞台上を覆い尽くすかのように枝葉を伸ばしているのが壮観で、到着と同時に日常の中の非日常の空間へ入り込んでしまったかのような感覚を覚えて興奮したのを覚えている。

 標高が高い為、日が落ちるとたちまち秋の気配が漂い蜩が寂しげにカナカナと鳴き出す様さえ舞台装置かと思うほどで嫌でも期待は高まった。

 ストーリーは簡単に言えば鬼退治。だが鬼達は簡単に退治されない。鬼達は美女を装い鹿狩りにやってきた一行を酒席へと誘い酔わせて眠らせてしまう。シテを務める上臈に化けた鬼女の装束や所作がとても美しくて私はすっかり見惚れてしまった。そのシテを務めていたのが西桃の宗家だったのだ。

 それまで能好きとはいえそれほど造形が深くなかった私は西桃の宗家の鬼女に夢中になったが、まさか男性が演じているとは思いもしなくてただこの人にうちで能を掛けてもらいたいとの一心で上演が終わったあと楽屋として使われていた場へ直談判に行き、そこで始めて男性能楽師と知った次第である。歌舞伎とは違い女性能楽師も活躍する現代ではあるが、楽屋内は男性一色だったから本当に驚いたものだ。

 あの時楽屋に飛び込んだ私を誰も止めなかったし西桃の宗家も快く私を受け入れてくれた。いま考えればあの時あの場にいた能楽師の誰かに止められていても不思議ではなかったのに私はいとも簡単に能楽師への直談判を成功させてしまったのだ。

 何か強い縁があったのかたまたま運が良かったのか、そもそも能楽師は来る者を拒まずな性格なのかは定かではないが会ったその日に薫衣大辨財天社での能楽奉納は突然現実的な話しになり、紆余曲折を得て以後ずっと西桃流が奉仕して下さっているのだから無知な若者ほど恐ろしい者はいないなと自分を省みてシミジミと思う。

 宗家は承諾とは言わなかったが近いうちに打ち合わせをする旨を約束して私は家族と車に乗り込んだが、能公演の美しさと迫力、何よりプロの能楽師にうちのお社での能楽奉納の依頼ができたことに興奮した私は車が動き出すとエネルギーを消耗したのかすぐに寝入ってしまった。そして事故が起きた。原因は父のハンドル操作のミスで峠道のカーブでハンドルを切り損ねてガードレールを突き破り転落したのだ。


【二】

 転落の衝撃を私は覚えていない。相当の高さから落ちたのに私は眠りこけていたのだ。今にして思えばあれは眠りではなく半ば気絶していたのではないかと思う。いくら眠っていたとは言え車がガードレールを突き破って谷へ落ちた衝撃はただごとではなく生死に関わる。そんな大事故に気付けなかったなんて明らかにおかしい。ただ本当に気絶していたとして何故そうなったのかは分からない。

 異変に気付いたのは覚醒した時だった。目の前に満点の星空があるのを訝しんで無意識に身体を起こしたところ、目の前に原型を留めない金属の物体があった。

 あの光景を私は忘れることができない。原型を留めないほどに歪んだ車の周囲では散乱した割れたガラスが月明かりを受けてキラキラと輝いていた。変形した窓枠の中は真っ暗で中に両親と菊花が取り残されているのか否かさえも判別できない。

 あの状況の車の中から自分だけが放り出されたとは思えなかったから私は辺りを見渡した。両親と菊花もどこかに放り出されていると思ったからだ。だが周囲には誰もいなかった。その時、車の中から苦痛に呻く声がしたのだ。痛い痛いと呻く声はやがて半狂乱の体を要していき遂にはヒステリックに叫び出す。

「なんで私がこんな目に逢わなきゃならないの! 助けて! 荷葉、そこにいるんでしょ! 早く私を助けなさいよ!」

 いつもの癇癪に更に拍車が掛かったかのような菊花の声はどす黒い闇を含んでいるように聞こえて私の身体は竦んだ。そんな私の耳にこのまま放置すれば楽になると悪魔が囁きかける。その囁きに背中を押されるようにして私は逃げようとしたが、そもそも断崖絶壁を登る術はない。そう悟ったや否や私は突如冷静になった。そして車内の取り残されているであろう両親を思った。

 菊花以外の声はしないが菊花が生きているということは両親も生きているのではないかと淡い期待を抱いてフロントの方へと這いずって近付いた。フロント部分の破損が一層凄まじいのは落下する際にフロントを下にして落ちたからだろう。絶望的状況ながら私は窓枠の奥に声を掛ける。

「お父さん! お母さん!」

 暫く全神経を耳に集中させて人の気配やか細い声を聞き取ろうとしたが反応はなかった。まさか二人共…… そう思うと私に対していつも冷ややかだった両親であっても恋しくなった。

 その間も菊花はギャーギャーと騒ぎ立てて命令口調で助けろと叫んでいるが、あれだけ元気なら放っておいても差し障りはないだろうと考え私はとにかく両親の安否を確認しようと懸命になってフロントの窓枠に引っかからないよう少しだけ中に潜り込む。と、微かに身じろぎする音が確かにした。

「お母さん、お父さん、無事?」

「荷葉……」

 母の声だった。

「荷葉、早くここから離れなさい」

 父の声は聞こえず母の声は弱々しくて今にも消え入りそうだった。

「嫌だ」

 私が泣き出すと母の白い腕が私に差し出された。私と認識しての行為なのか無意識の行為なのかは判然としないが、その細く白い腕が震えているのは見て取れる。懸命に手を差し伸べているのだと判断するのにそれほど時間は掛からなかった。そう分かるや否や私はその手を握ると力一杯引いた。なんとか車の中から引っ張り出そうとしたのだ。

「無理よ」

 母の声がどんどんか細くなり、握っていた手も冷たくなっていき突如ずっしりと重みを感じる。人の、それも肉親に死を目の当たりにして私は泣きじゃくるしか術がなかった。その間も菊花のヒステリックな訴えは相変わらずで何故彼女が生きているのかと憎しみが湧くが、かといって生きている人間を見捨てる訳にもいかない。

 私は這いつくばったまま助手席へと向かうと菊花に手を差し伸べる。その手を十七歳の女子とは思えないほどの力で掴まれ怯んだ。と同時に鼻孔を油の匂いが擽る。ガソリンが漏れ出しているのだ。一刻の猶予もない。私は菊花の手を力一杯引いたが菊花は痛い痛いと悲鳴を上げるばかりで一ミリたりとも引き出せない。恐らく潰れた車内に足が挟まれているのだ。

 油の匂いが鼻をツンと突く。目を上げると黒い煙が立ち上っているのが闇の中でも分かった。ガソリンに引火したのだ。頭の中で警鐘が鳴り響く。このままでは菊花と共倒れだ。私の身体がじりじりの後退する。生きている姉を見殺しにしようとする私を世間は非難するだろうと思うと怖かったが焔に巻かれるのはもっと怖かった。後退するうちに私の手は菊花の手を離していた。

「荷葉、何してるのよ! もっと強く引っ張りなさいよ!」

 その声を振り切るようにしてヨロヨロと立ち上がると、よろめきながらも一目散に車から離れた。ある程度の離れたと同時に爆発音がして車は焔に包まれる。爆風で私は投げ出されたがそこは草地で私の身体を柔らかく受け止めてくれた。

 だが私は眼前に光景を生涯忘れることはないだろう。ガラスが割れたドアの中から焔が吹き出し熱によって変形に拍車が掛かっているのか金属が軋むような不気味で不快な音が鳴り響く。

 私は尻餅を付いたままズルズルと後ずさる。その時、手に感じた感触からなんとなく下を見たとき私の目はこの世のものとは思えない光景を捉えた。山間の谷間に菊の花が一面に咲き誇っていたのだ。いくら山間部とは言え菊が咲くほど秋めいてはいない。何より目を疑ったのはその菊が青かったことだ。鮮やかなブルーではなくまるで夜の海のような昏い蒼色。それが土が見えないほどに生い茂っている。この菊が私を受け止めてくれたと考えるにはあまりに非現実的だった。だって菊から連想するものは菊花で彼女が私を助ける筈がないから。

 焔に照らされて山間に生えている青紅葉が赤く染まってまるで紅葉のようだと思ったとき、焼けて崩れ落ちた車の中から地獄から響くような恐ろしい声が聞こえてきた。何と言っているのか聞き取れなかったが私にはまるで菊花の怨嗟の声のように思えて身体が震える。焼け死のうとしているのだからとかそういう類いの声ではく人間の声とは思えなかったのだ。

 一体あれは誰の声? 現実的には菊花の断末魔と考えるのが普通だが、あの野太い怨嗟の声が菊花のものとは考えられなかい、では一体誰の? その時初めて菊花とはなんだったのだろうと思った。

 菊花が私を恨んで死んでいったとして、その恨みは私が生き残ったことだけでなく彼女が行きたいと言いだした薪能で私が手柄を働いたことに対してだろう。西桃の宗家との邂逅がそれだ。菊花を気にしてか両親は話しを纏めた私を褒めることはなかったが、私はそれが気にならないほど充足感に満ちていた。だが神社の跡取りに拘り大して興味もない薪能に無理矢理出掛けてきた菊花にしてみれば私の行動は大いに気に入らなかったことだろう。

 ゴウゴウと音を立てる焔は留まることを知らず、かつて車だったものは完全に燃え尽きようとしている。そうなって漸く遠くサイレン音が聞こえてきたことに安堵したのか私の意識は虚ろになっていったが谷底からレスキューされたことは覚えている。その時。何点か質問を受けたがあれは多分医療的な確認だろう。その後に救急車に乗せられたが動き出すと同時に意識を失った。

 目覚めたのは病院のベッドの上だが事故から二週間も眠り続けていたと知らされても何の感情も浮かんでこなかった。そして自分が菊花と取り違えられていることに対しても否定することができなかった。まだ頭がボンヤリしていたこともあるが私が声を失っていたのだ。筆談も試みたが事故のショックか手が震えてそれも諦めざるを得なかった。

 眠っていた二週間はICUにいたが意識を取り戻してからは一般病棟に移された。傷は奇跡的にも軽傷だったが声は戻らないまま一ヶ月の入院を経て私は退院した。迎えには叔母一家が来てくれそのまま成瀬市の実家に帰ったがその後も暫く声は戻らなかった。

 菊花の生徒手帳が私のポシェットに入っていたことを教えてくれたのは叔母である。ちなみに両親の遺体は損傷が激しかったが菊花の方はそうではなく彼女のポシェットの中に私の生徒手帳が入っているのを確認できたとも言われた。

 退院してひと月経っても声は戻らず自分が荷葉であることすら打ち明けられずにいて、心中ではとんでもないことになってしまったと後悔したが同時にこれが菊花による呪詛のような気もして自分が荷葉であることを遂に告げられないまま時間だけが過ぎていくのも苦痛だった。

 元来軽傷だったから怪我による後遺症は全くないが心の傷はそう簡単には癒えない。それでも私は自我を押し殺す術と菊花になりきることばかりを模索するようになっていった。だが自我を押し殺すことはともかく菊花になりきるには傍若無人に振る舞わなければならい。流石にそれはできそうになかった。声は戻っていなかったが学業へと復帰したのは毎日悶々と過ごすことに耐えられなくなったからだ。そしてそのタイミングで進路調査があった。これが私にとっての転機になったのは言うまでもない。

 どのみち山奈の跡取りは私しか残されていなかったし、周囲は跡取りの菊花が生き残って良かったと口にはせずとも態度は見え見えだったので自分の存在の意義に疑問を持ちながらも全寮制の神職養成校への進学を決めたが今にして思えば生徒手帳をすり替えたのは菊花なのかなと思う。彼女が事故を予測していたとは思わないが気分を損ねた彼女による嫌がらせの一環だったのだろう。

 あの日、薪能の会場の駐車上は車でごったがえしていた。当然イベントのことも車が多いことも地元の警察は熟知していただろうから帰路で検問なり職務質問があっても不思議ではない状況で、菊花はそれに引っ掛かった時に私が困るような悪戯をしたのかもしれない。すり替わっていましたで済む話しなのだが、予測を超えた悲惨さに私は何かしらの悪意を感じずにはいられなかった。菊花が何かしらの干渉をして事故が起きたのではないかとさえ思うのだ。


【三】

 今でもあの最期の時の母が思い浮かぶ。顔は見えなかったけどあの時の母の声は菊花ではなく私のことを心底案じていた。双子を取り違えていたとは到底思えない。ならば母は何か知っていて敢えて私を避けていたのか。父は養子だったから母から何か言い含められていたのかもしれない。

 そうして私は気付けば菊花とは一体何者だったのかと常に考えるようになり自分で出した答えに震撼した。正に悪意の固まり。本当に私の双子の姉だったのかと疑問さえ湧く。だが戸籍を調べても双子は双子でしかなかったし間違いなく私も菊花も亡くなった両親の実子だった。

 同じ親から生まれ同じ環境で育ったのに、あんなにも性格が掛け離れるものだろうか? 気付けば菊花は我が家の女王陛下として君臨しており両親は菊花に付き従う従順な臣下のような関係になっていた。私はと言えばその状況をおかしいとも言えず、ただただ日陰の身に徹する日々を耐えた。

 菊花と私が同じ小、中、高校に通っていたのも私にとっては地獄だった。常に姉の存在を意識して息を殺して過ごす日々。内心で菊花がいなくなれば良いのにと思ったのは一度や二度ではない。そんな暮らしを続けていればいずれ私の精神に限界がきていただろうが、幸か不幸か私は人より多少精神的に強かったようだ。

 それでもいつまでこんな暮らしが続くのだろうかと考えては日々悶々としていた。菊花を盛り立てながらこの神社を守らなくてはならない身を思えば例え結婚してこの家を出られたとしても関わりは生涯続く。

 そもそも結婚できるかどうかさえも分からないと思い至ったのは周囲で彼氏ができたという話しをチラホラと聞き始めた頃だ。万が一にもそんな相手ができて紹介すべく実家へ連れて行ったとしたら確実に菊花に取り上げられていたと気付いたからだ。私はかつて自分の愛した人が菊花の横で笑うのを見せ付けられながら従属する生活を強いられる恐怖に怯え何度も悪夢を見た。

 そんなおぞましい日々や将来への絶望感からあっけなく解放されたのがあの事故だったのだ。逆の視点で見れば私の運命が反転した瞬間でもあるのだが天涯孤独になったことを好転と言って良いものか正直分からない。

 学業に戻ってからの高校生活は概ね平和だった。菊花として復学したが教師も同級生も不幸な事故に遭った人間にどう対応して良いのか分からなかったのと私の声が出ないのが幸いして誰も近寄ってこなかったのだ。菊花は学内では家とは真逆に振る舞っていたからそれも幸いした。

 そうして十月に突入したある日、西桃の宗家が訪ねてきた。事故のことは無論ニュースで知っていたし退院してからも叔母と度々連絡を取っていたたらしい。私は宗家の来訪を知らされた際、菊花が宗家に会う理由がないことから会うのと断ろうとしたが、あの事故の直前のことが思い出されて結局会うことになった。

 宗家と顔を合わせたのは一度切りなのもあるが彼は双子のどちらかが生き残ったのかという点にはあまり興味がないように見受けられた。悪い意味ではなく分け隔てなく接するという意味でだ。

 私はまだ声が出なかったが宗家が筆談を申し出たので承諾した。事故直後と違い指はスムーズに文字を綴る。叔母相手だとギクシャクしてしまうのにと思うと、宗家の持っている雰囲気に癒やされるような気がして筆談のスピードはどんどんと上がっていった。

 筆談の内容はお社での能楽奉納のことだったが宗家からまず何点かの確認事項が書き出された。年何回催行するのか、装束や面を持っているのか、どういった趣旨で奉納をするのか、単なる参拝客集めの娯楽なのか、心底神への奉納と考えているのか。私はそれらの問いに丁寧に答えたが、話が番組の組み方まで及ぶと筆談での会話が弾み二人の周囲には書き散らかした紙が散乱する事態になっていた。

 揉め事ではない。その頃の私はまだ能への造形は深くなく能の詞章の裏側にある祈りには全く無頓着だった。だから正直に疑問を投げ掛けたのだ。例えば宗家が演じた紅葉狩。平安時代の貴族がわざわざ那須まで狩りに行くのはおかしくないですか? と私が書くと宗家は懇切丁寧に能の起源から始まり各々の番組の解釈を付け足してくれた。ちなみに紅葉狩や土蜘蛛のように鬼や妖怪を退治する番組は、かつて大和朝廷が滅ぼした土着の人々への鎮魂が籠められているそうだ。私は宗家との会話、と言っても筆談だが、とにかくそれに夢中になり気付けば声を上げて笑っていた。

 自分でも気付かなかったその瞬間を宗家は後にこう述懐している。

「能は祈りの芸能で私は若輩者ながら菊花さんの心身が健やかであるよう祈っておりましたが、それが神仏に届いたのだと本気で確信しました」

 私の声が戻ったことで宗家はうちでの能楽奉納を快諾してくれるに至った。何が幸いするか分からないものだと思うのと同時に私は能のことをもっと知りたいと思い、年に三度の奉納と、うち一度は娯楽として夏に薪能でとの提案をしてそれも快く承諾され薫衣大辨財天社の目玉は決まった。

 開催時期は春は穀雨の頃で四月の三週目の休日。薪能は鏡板を紅葉に変える立秋に近い休日。秋は霜降の頃で十月の二週目となった。その日にしたのにも意味がある。穀雨は作物が滞りなく育つようにとの祈り。霜降は実りの時期を無事終えたことの報告だ。また霜降の日に鏡板を再び松に取り替えるのでその日を目処にした。

 能楽奉納と時期が決まると今度はどんな番組選びをするかで話し込んだが、私が本気で能の勉強をしようと意気込んだのもこの日だ。宗家はプロだからスラスラと専門用語や詞章、登場人物の置かれた状況などを能楽師の視点で楽しそうに話してくれるが、私にはチンプンカンプンの言葉も多く、これでは主催者としての面目が丸潰れだと危ぶんだのである。ただ菊花として濃密なやり取りをしたにも関わらず石段で宗家と再会した際に荷葉かと問われたのは何故なのだろうと疑問に思う。もしかして私の秘密に気付いているのだろうか。

 その日は番組を決めるまでには至らなかったが、宗家を玄関まで案内した際に私が話しているのを見た叔母に涙ながらに抱き締められた。菊花として抱き締められていても叔母の腕の中は暖かかった。

 その後は学業の合間を縫って能関係の本を読みまくる一方で宗家との打ち合わせに挑む日が続いた。彼は舞台を抱えて忙しそうで申し訳なく思ったが、それを口にしたところ寧ろ楽しませて貰っていると言われ、それがお世辞でも気遣いでもないと分かりお互い遠慮しなくなった経緯がある。

 私にとって宗家は精神安定剤だった。龍樹ちゃんは私が宗家に恋していると思っているようだがそれはお門違いだ。私にとっての宗家の存在はおこがましいが戦友だった。それに彼にはとても大切な人がいるのが言葉の端々から溢れ出ていたから横恋慕する気にもならない。龍樹ちゃんは宗家の女性関係を知っていて私に釘を刺したのかもしれないけど、早めに訂正しなきゃだな。

 やがて秋が終わり冬が過ぎ春が到来し始めての春の例大祭が訪れ能楽奉納が執り行われた。第一回の番組は羽衣だ。神社にとって初めての試みだったので誰にでも分かる詞章のものをと宗家が選んでくれたのだが天女の美しさに私は涙し観客は西桃流の世界に引き込まれていった。初めての大規模な例大祭は大成功で幕を閉じたのである。

 例大祭が終わると私は受験モード一色になったが、それでも定期的に宗家とは会って色々なことを話しそして学んだ。そんなある日、宗家から指摘されたのがうちにある土蔵のことだった。本殿から見える位置に能舞台が作られていることから能に縁の深い神社であること、土蔵に能関係の資料や装束や面が保管されているかもしれないと言われたのである。

 果たして宗家の指摘は当たった。土蔵の中には謡本や能関係の資料に過去の番組表、そして豪華絢爛な装束と名工の作と思われる面が出てきたのだ。両親はこれを知らず特に手入れも虫干しもしていなかった様子だが状態は良好だった。それ以降の大祭では神社所有の装束と面を使うことになったのは良好な状態を保つ秘訣は使うことだと教えられたからだ。私が神職の資格を取ったらこれらの手入れも含め大忙しの日々が訪れることは明白だったが、菊花として神職になることへの抵抗はなくなった。

 私の方はと言えば、私は能が好きだから菊花でも荷葉でもなく薫衣大辨財天社の宮司として、そして山奈家の者としてこのお社を盛り立てていくまでだと決意できたのだ。こんな風に前向きになれたのも全て西桃の宗家のおかげだと思うと彼に足を向けて眠れないし、ただただ感謝の念しか湧き上がらない。

 その年は、夏の薪能で鞍馬天狗を、秋の例大祭では猩々が奉納された。なんとか読み解いた古い文献に立秋の薪能は毎年紅葉狩をとの記載があったが宗家が前例はひっくり返すものだとして紅葉狩を避けた。でもこれは私への気遣い以外の何者でもないだろう。いつか紅葉狩を心穏やかに見られるようになるのだろうか。宗家のあの美しくも悲しい鬼女をもう一度観たいと切に願うしかない。

 どのくらいの時間、過去に思いを馳せていたのだろう。突如肩を突かれて私は飛び上がって驚いた。

「びっくりした~」

 突いてきたのは龍樹ちゃんだった。そうだ、私達は立ち入り禁止になっている敷地内に侵入して能舞台の裏側にある楽屋にまで入りこんでいたのだ。正気に戻り視線と動かすと血のように赤い紅葉が相変わらず畳一面に散らばったままだった。

「そろそろ出るぞ」

「そうだね」

 私達は手にしていた紅葉を畳の上に置くと楽屋を後にし来たのとは反対側へ向かった。ここまで来たなら神聖な場とされている鏡の間も見たいという私の欲望に龍樹ちゃんが付き合ってくれたのだ。鏡は放置されていたとは思えないほど曇りもなく鮮やかに私達を映した。そして私達は何事もなく舞台からも敷地からも脱出したのである。

 

【四】


【五】

 地下鉄の駅からキャンパスまで歩くあいだ悩んだ結果、私は昨夜の光の玉のことを龍樹ちゃんに打ち明けた。彼からの反応はなく黙したままでそれが私を萎縮させ言うべきではなかったのかと後悔する。  

 思えば昨日の騒ぎの最中に私と那須女史の間に颯爽と割り込んでくれた龍樹ちゃんに頼り寄り掛かろうとしているのかもしれない。そう思うと今からでも笑って冗談だと言った方が良いのかもしれないと口を開けかけた時、漸く龍樹ちゃんの声が聞こえた。

「昨日の能舞台のこともあるし身辺には注意しろ。学内でも気を抜くな」

「あ、うん」

 その一言が嬉しかった。おかしいな、私は三年前からずっと独りで生きてきたのにいきなり頼もしい味方ができたような気分になっている。そして眠気も吹き飛び足取り軽くキャンパスに足を踏み入れた。

 今日は授業の合間にあの能舞台の上演記録を調べるミッションがあると思うと気合いが入るが、この件は龍樹ちゃんに伝えておいた方が良さげだと考えた。

「能舞台が完成した当初からの使用記録とか上演記録って分かるもの?」

「施設課と学生課のどちらかに記録があるはずだけど、何か気になるのか?」

「紅葉狩が上演されたことがあるのか気になって」

「紅葉狩か」

 龍樹ちゃんは少し考え顔になった。あまりあの舞台に触れない方が良いと思っているのかな。それとも那須女史の件だろうか。入学二日目に今度は能舞台の使用記録を調べるだなんて無謀だったのかも。

「分かった、学生課には俺の方から話しを通しておく。施設課は一緒に行くから午前中の授業が終わったら管理棟の前で待っていてくれ」

 私達がそれぞれの授業終了時刻を確認するとキャンパスへの入り口で手を振って別れたが、またしても彼の学部をまた聞き忘れたと舌打ちした。その後すぐに私達が離れるのを待っていたかのように藤乃と華子が背後から抱きついてきた。

「おはよう」

「朝から見せ付けてくれちゃって」

 龍樹ちゃんから従兄妹だと聞いた筈なのに二人の誤解は解けていないようだ。

「龍樹ちゃんは従兄妹だよ」

「従兄妹同士でも結婚はできるんだよ」

 私は龍樹ちゃんのことをそんな目で見たことがないから二人の思考があまりに飛躍していて呆気に取られてしまう。

「本当にそんな関係じゃなくて」

「もう、本気になっちゃって。菊花ってば可愛いんだから」

 なんだよそれ、朝っぱらから揶揄われたのか? 二人は私より歳下だけど思考は私より上、じゃなくて『おませ』と言うべきだろうか。何にせよ私達は三人で仲良く教室へと向かった。昨日二人と別れたあと龍樹ちゃんと倒壊現場に侵入したことは勿論内緒だ。だけど私は学生会長の持つ力について疑問だらけになっていてそれを二人に投げ掛けた。

「うちの姉が言っていたんだけど」

 とは華子。お姉さんがいたんだ。ちなみに藤乃には弟がいるらしい。

「高校までは生徒は学校側に支配されているというか言葉は違うかもだけど共助だとすれば、大学は本当に学生ひとりひりの自助で成り立っているって言ってたわね」

 高校までは学校によって違うものの校則が厳しく髪型や制服のスカートの長さまで指定されていたのとは真逆に大学は服装も髪型も自由。授業も単位に必要な授業を自分で選んで時間を組んでいくし校則も緩い。大学の中には成人している人や社会人になってから通う人もいるから学生を取り締まるにも限度があるからだ。

「それに、講師や教授陣も大学専属の人もいれば嘱託もいるし、本来の仕事の傍ら教えに来る人もいるのよね」

「へえ、そうなんだ」

「姉は芸大だったんだけど、建築事務所を経営する傍ら京都から教えに通っていた先生がいたって」

 大学は世界が広い。神職養成校は規模が小さかったし講師の人数も少なかった。生徒数が少なかったから当たり前なんだけど良く言えば濃縮された空間、悪く言えば息が詰まると言うべきか。比べて大学は色々な意味で開放的だ。

「文化祭が分かりやすいかな。高校も好きなようにやらせてもらえたけど、大学の文化祭とは規模が違うでしょ」

 そう言われても私は大学の文化祭に行ったことがないからよく分からない。

「高校と違って大学は学生主体なの。模擬店の場所や小規模のライブなんかの場所も生徒が希望の場所を申請するし場所が被れば話し合い」

「で、学生会長の権限ってどのくらい?」

 藤乃と華子は二人で顔を見合わせて溜息を吐いた。まるで私が物分かりが悪いと言いたげだけど知らない世界であり来られるとは思っていなかった場所だから仕方ない。

「学生主体の学内で会長が持つ権限はかなり大きいと思って良いわ。文化祭、大学では学園祭だけど主催は学生会だしね。そのかわり気苦労は絶えないと思う。昨日のような大事故でも学校側の人間は最後になってやっと現れたでしょ? さすがにあれは学校側の過失だから対応としてはおかしいんだけど、まあ学生会長の権限で混乱を沈めてから学校側が調査するって流れだと思う」

 つまり龍樹ちゃんの持つ権限と責任は他のキャンパスも含めて全てに及ぶということで、学生課に話しを通すと言っていたのはその権限の範疇にあるってことか。かわりに責任を取らされるのも学生会なら確かに気苦労は絶えないだろう。そこに学生の本分である勉学も加わるのだから忙しいことこの上ないことは明白だ。

 そんな忙しい身で能舞台へ忍び込むのに同行してくれたり能舞台の上演記録調査に付き合ってくれると言ってくれる龍樹ちゃんだけど、あまり頼らない方が良いのかもしれない。約束した公演記録の調査にだけ同行をしてもらったら従兄姉だからと甘えないようにしようと心の中で誓った。

 三人で学生会のあれこれを話しながら教室へ向かう途中に昨日の倒壊現場の前を通りかかったが全体にブルーシートが掛けられていて何も見えない。能舞台もこのまま取り壊されるのかと思うと少し寂しかったが、これから平和な大学生活が始まると思うと寂しさより浮かれ気分の方が大きい。

 一年の教養課程の授業は黒板を要とした大きな扇型の教室で行われたが、それさえも私には目新しかった。テレビドラマでしか見た事のない階段で上がっていく講堂のような教室が現実にもあったんだと思うとテンションが上がる。ただ講義の内容は神職養成校の一年時に学んだことと大差なく、入学ではなく専門課程からの編入でも良かったのかもしれないと薄らと思ったが、それは脳内で打ち消した。

 午前中の授業が終わると約束通り龍樹ちゃんと待ち合わせて施設課へと赴いた。昨日の騒動があるから記録開示に難色を示されるかもしれないとの懸念は杞憂に終わり、あっさりと記録簿を見せられた。そこには七十年間の記録がびっしりと書かれていたが、学生の自主公演にもプロの公演にも紅葉狩はなくて逆に驚いた。紅葉狩は七十年間一度も上演しないほどの稀曲ではない。私は寧ろ一度も上演されなかったことに疑問を抱いたが、だからと言って山奈家の事情と大学の能舞台には全く関わりがない。

 私と龍樹ちゃんが見たものは一体何だったんだろうという疑問だけが膨らんだがこの件はここで終わらせるしかなかったし、六年を過ごすことになるキャンパス内に山奈家の事情は持ち込みたくない。私は昨日の騒動の記憶に無理矢理蓋をしてキャンパスライフを楽しみつつ勉学に励もうと決意したが、ことはそう簡単なことではなくその日から私は継続的な変異に見舞われ始めた。

 最初は些細なことだったからそれが変異だとは気付かなかった。例えば外回りの掃除を終えて本殿に入るとご神体の前に供えられた神酒が入った瓶子が割れている。その割に中の神酒が零れて周囲を濡らすことはない。目に見えないヒビが入っていたのだろうと取り替えると翌日はやはりご神体の前の三方の上に供えられた素焼きの盃が割れている。

 発見した時、白い何かがすっと目の端を横切ったから私はてっきり社務所の床下に住み着いた白猫の悪戯だと思い朝の掃除の時に姿を探し回ったが見付からない。社務所の下から住処を移した可能性もあり神社の人間だけが知る隠し通路から本殿や拝殿、果ては能舞台の床下まで見て回ったが猫の姿どころかそもそも動物が住み着いている様子がない。大学が休みの日は参拝者を注視したが猫が現れる様子は欠片もない。

 猫の件は叔母の思い違いで、たまたま何日か続けて現れた野良猫がうちに住み着いたと勘違いして報告したのだろうと思うしかなかった。猫の一件は一旦忘れて私は学業と神社の仕事に没頭したが、ひとつの事件を忘れる頃にまた別の変異が起きる。

 うちの社務所はお守りなどの授与をする場がガラス窓になっている為、参拝客から中が見えないように窓ガラスのある場所はその後ろに御簾を張り巡らした上に几帳を立てている。その几帳が風もないのにフワリとふわりと揺れたのだ。

 私はこの時も大して気に留めなかった。神社は古い木造建築だからどこかが朽ちて風の通り道にでもなっていると思ったのだ。そうやって無視すれば怪異は一旦は収まるが、また忘れた頃に起きる。参拝客が帰った薄暮の中で境内と社殿の点検するのは私の仕事だが背後に人の気配を感じるのはほぼ毎日。本殿の御簾の内で夕拝をしていると御簾の外側に人影が揺れることも日常茶飯事。

 こうなるとさすがの私もおかしいと思うようになり、これは変異ではなく怪異だと認めざるを得ない。だがそう認めることで怪異が更に増長していくように思えて認めざるを得ないと思いつつも認めたら負けだと意固地になっていった。

 私の日常は、朝の境内の掃除、朝拝、朝食、大学、帰宅後に境内と社殿の見回り、入浴、夕拝、夕食、勉強、社務所での事務、香木削りと整っていったが、怪異は自宅より神社にいる時に多く起きることも身体が覚えた。気にしているつもりはないが気を揉んでいたのは確かだ。まるで弱みを突くように怪異が繰り返し起こるにつれ私の疲労は知らず知らずのうちに蓄積していった。

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