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魔法使い見習いの魔法薬作り

作者: 星見守灯也

「ロザ! ほら、起きなさい!」


 初夏の風が吹き渡る。鳥が鳴きだすより朝早く、魔法使いの師匠が声を上げた。師匠は曲がった鼻の老婆で黒いローブを着た、いかにもな魔法使いだった。いっぽうの弟子、ロザはまだ布団の中。

 師匠が窓を開けると、山から吹く涼しい風が入ってくる。


「ううーん……」


 ロザは布団の中で身を縮めた。その様子に、老婆は一喝する。


「今日は探し物があるんじゃなかったのかい!?」

「そうだった!」


 ガバッと布団を跳ね飛ばし、ロザは起き上がった。


 開けはなたれた窓にピイーッと口笛ひとつ。衣装棚から黒いローブを無造作に取り出してかぶり、昨日から用意していたリュックを勢いよく背負った。そこに窓から一羽のカラスが来て大きなリュックの上に止まる。


「なんだ、今日は行かないのかと思った」

「冗談」


 カラスの軽口に言い返し、ロザは大きなホウキを手にして窓際に腰掛ける。カラスが先に飛んで、少し先の空で風に乗っている。師匠が投げてよこしたカンテラを片手で受け取り、ロザは明るくなる気配の空に目を向けた。


「朝ごはんはどうするんだい?」

「上で食べる!」


 師匠にそう言い終える間も無く、彼女は窓枠を蹴っていた。






 ロザは師匠にこう言われていた。


「そろそろひとりで薬を作ってみるといい。この本の中から選びなさい」


 そう言って渡されたのは古くて厚い一冊の本。初心者向けの魔法薬の作り方が載っている本で、ロザは師匠の留守になると毎度この本を開いては眺めていたのだ。

 ……一度、勝手にひとりで魔法薬を作ろうとして失敗し、なんとか自分で後始末をしたことがある。バレなかったはずだが、それ以来師匠は魔法薬を作る手伝いをさせるようになった。


 そしてようやく、ひとりで魔法薬を作ることを許されたのだ。ロザはもう、何を作るか決めていた。だから本を渡された後、すぐにメモをとり材料を採りにいきたかったのだが、師匠に言われて満月近くを待って出立することにしたのだった。






 金色に差し込む朝日の中、ホウキに乗って紺青から紅色に変わる空をいく。ロザは袖からメモを出して確認する。


「カモミール、レモンバーム、スペアミントはうちの鉢にある。ネズの木もある。蒸留酒も。あとは森のヒトヨたけとエメラルド……。ヒトヨ茸は取る時注意が必要……ねえ、五月の雨がエメラルドになるんだって。すてきでしょ」


 必要なものを確かめながら、ロザはリュックのポケットから出した焼き締めたビスケットを食べる。ちょっとパサパサするけど、ほんのり甘くて美味しい。昨日のうちに焼いておいた携帯食だ。すごい魔法使いは料理もお菓子作りも上手なものだとは師匠の言だ。


「おれにもくれ」

「ん」


 ビスケットを割り、リュックに止まったカラスへと差し出してやった。カラスがビスケットをつつく。


「自分で飛びなさいよ」

「飛ぶのは体力がいる。二人が別々ならより力が必要だ。ひとつになって飛んだほうが合理的だろう?」

「そうなの?」

「おまえは飛べるけど飛ぶことをわかってないなあ……」


 ロザはむっとむくれてわざとジグザグに飛ぶ。


「落ちちゃえ」






 ホウキから降りたのは田園から少し入った雑木林だ。木の根を避けて、湿った落ち葉――というより腐葉土を踏み締める。ロザは地図を広げて方角を確認した。この地図は修行で作ってきたもので、そこにいる植物や動物、石、月光が入るか……など魔法に必要な情報を書き込んだものだ。それによると、ヒトヨ茸はここで見たことがある。


「さてと」

「ヒトヨ茸か」

「そう」


 カラスは飛び立ち、羽ばたきひとつして、器用に木の間を抜けていく。木の根を避けながらロザも探す。ときどき身を屈めて落ち葉をどかした。雨の日の後、生えてくるきのこだ。公園や畑など比較的どこにでも生える茸だが、今回は「森の」と指定されている。同じものでも生える場所によって効能が変わるのは魔法使いの常識だった。


「あったー?」

「うーん……」


 ひゅいっとカラスが降りてきて足元を歩き回る。しばらくして見つかったのは真っ白でまんまるな茸、黒くて先が丸い茸、赤くて白い点がある茸。ヒトヨ茸ではない。


「他の茸が生えているから、ありそうなもんだけど」


 そう言った瞬間、ロザが木の根にけつまづいた。思いっきり倒れてしまい、「いたた……」と起きあがろうとする。その時。


「あ、あ、あ、あったー!」


 すぐ目の前、倒れた木のそばに茸が生えていた。木屑が散らばった上ににゅっとつきでた白くて薄い、つぼんだ傘を持つ茸だ。


「ヒトヨ茸ゲットー!!」


 ロザはさっそく革手袋の手で取ろうとする。


「まてまて、『取る時注意が必要』って言ったよな、おまえ!」

「そうだった!」


 ヒトヨ茸は一日で黒くなって溶けて消えてしまう。ロザは慌ててリュックから小さな瓶を取り出した。ヒトヨ茸を根本から掘り返し、土を払ってそっとその瓶に入れる。そして透明の蒸留酒を上まで注いだ。アルコールに漬けておけば溶ける心配はない。蓋をキュッとキツく閉めて。


「よし! できた!」






「次はエメラルドね」

「当てはあるのか?」


 ホウキにまたがったロザは向こうの切り立った山を指し示す。白と灰の混じったような岩肌が見える。


「あの山で昔、少しだけど採れてたんだって。山は崩せないからその下の川を探したい」

「なるほど」


 太陽はもう真上に登っていた。山から流れてきた川を上流から下流に向かって探す。ロザたちは白い石を見つけると、石英のゴーグルをつけノミとハンマーで割り、カンテラで照らしてよくよく見てみる。そこは黒と灰の混じった白くてキラキラした石だけで、エメラルドの緑色はなかった。


「んー……ないなあ」

「そう簡単には見つからないだろ」

「エメラルドは川に流れてくることって滅多にないみたいよ」


 他人事のようにロザが笑った。


「おまえなあ。もっと作りやすい魔法薬あっただろ」

「エメラルドが手に入りにくいだけであとは作りやすいもん」

「はあ……いったい何を作る気なんだか」






 地道に石を割っていたが、だんだん日が落ちて雲が出てきて暗くなってくる。カンテラだけでは心許ない。ロザはまだ石を割っていたが、最初のような期待は感じられない。手つきも雑になってきて、ノミを打ち損なってハンマーが手に当たりそうになった。カラスはもう小石を咥えて川に投げ込む遊びにも飽きてしまっていた。


「宝飾店で買ったら?」

「ダメ。こういうのは自分で見つけるから魔法になるんだもの」

「いじっぱり」


 そう言っているとぽつんと雨が降ってくる。いつのまにか黒い雲に覆われていたようだ。ぼつぼつがさーっに変わっていく。


「うわあ、雨宿りしようぜ。そんで帰んない?」

「雨……五月の雨」


 思わず天を見上げたロザは、思いついたように水を追って走り出した。


「五月の雨はエメラルドになるのよ!」


 雨水を追いかけると、先ほどまで岸だった部分に新しい川ができかけていた。その細い川を下っていって、その先に、白い岩があった。ロザは息を整えながら、その岩に手をかけ、カンテラを掲げた。暗い中に、白い色が浮き上がる。その中に――小指の先ほどの小さな緑色がうすく透けてあった。


「マジかよ……」


 震える手でノミを持ち、ハンマーを入れる。母岩にヒビが入り、割れていく。ころんと採れた手のひら大の岩に、マッチの頭ほどの綺麗な緑色の石がついていた。


「エメラルドだあーーーーー!」






 雨が止むまで待っていたら、もう朝方近くになっていた。ホウキに乗り、師匠の家へと戻ることにする。


「本当に見つかるとは思わなかったぜ」

「わたしの日頃の行いがいいからね」

「おまえだって諦めてただろ」

「あ、虹!」


 雨雲の去った空、朝日に虹が浮かんでいた。






 そしてついに満月の夜。


「薬草はすりつぶして液にして、蒸留酒とヒトヨ茸を加えてネズの枝で混ぜる……エメラルドを砕いて……」


 ロザは忙しなく魔法薬を作っていた。師匠が手も口もださずに見守っている。ロザの手つきはまだまだ怪しいが、レシピ通りにやってみようとするところはいい魔法使いになれるだろう。分量を計ったのがわからなくなり計り直すという無駄が多いのも、まあ、じきによくなるに違いない。


「こっちに魔法円で材料を置いて、こっちに魔法三角陣で精霊を呼び出す……えい!」


 杖で精霊に指示してやると、材料を混ぜた液体がぶくぶくっと泡立ちポンっと魔法薬になった。ビーカーの中の鮮やかなエメラルド色に変わった液体を見て、ロザは喜びに飛び上がってくるくると回る。思わずそこにいた師匠に飛びついて、ぎゅっと抱きしめてしまった。


「できた! できたーーーーー!!」

「ほう、すごいすごい。よくできたものだ。それで何ができたんだい?」

「あと五分が気持ちよく眠れる魔法薬です!」

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