100年の誓いのキス
たまったもんじゃない。
もうかれこれ5年、こうしてる。
僕の一族は代々、神父を務めてきた。
この5年、何をしているのかというと、見続けているのだ。
誓いのキスを。
5年前、訳の分からないブームが来た。
それが、“誓いのキスを長い時間すればするほど、その夫婦は強く結ばれる”という思想であった。
たまったもんじゃない。
誰が楽しくてこんな他人夫婦のキスを見続けないといけないのだ。
一度、夫婦に聞いてみた。
「いつ頃終わる予定ですか?」と。
すると、夫婦は人差し指をこちらに向けた。
後一年か。そう思っていた。
しかし、とうに一年なんて超えていた。
まさか、10年?
産まれてくる家系を間違えたかもしれない。
先祖代々、受け継がれてきた教えがある。
「誓いのキスを見届けなさい。」
というものだ。
見届けなければ、その夫婦は仲が悪くなってしまい、自らも相手が現れなくなるという。
しかし何度も言うが、たまったもんじゃない。
10年だとしたら、あと5年もある。
人生を更に5年も、棒に振ることになる。
それだけは避けなければ。
そうだ。なんとか邪魔をしよう。
僕は夫婦の顔面に両手を入れ、引き剥がそうとした。
しかし、ピクリともしない。
すぐに仲間を呼び、夫婦それぞれの体に縄を蒔き、何人かずつで反対方向に引っ張った。
しかし、ピクリともしない。
夫婦の口は磁石の性質でもあるのだろうか?
その後すぐに、建物を解体し、その夫婦は野ざらしとなった。
雨や雪、突風が吹いてもピクリともしない。
もう、いいや。
ここまで邪魔しても不動。
逃げよう。
僕は自分のしがらみから逃げた。
もうどうでもよかった。
あの夫婦もどうでもいい。
自分に相手が現れなくてもそれでいい。
そして僕は海外へ飛び、1人で悠々と暮らした。
いつのまにか僕は90歳になっていた。
その日はひどい嵐の日だった。
風に備え、窓という窓を全て戸締まりした。
嵐対策が終わり、ホッと一息コーヒーを飲んでいた時、
ガッシャーン!!
と目の前の窓ガラスが割れた。
そして目の前には、あの誓いのキス夫婦がいまだに誓いのキス中のまま、嵐の風に乗って現れた。
あの時の一本の人差し指は、100年ということだったんだね。
だとしたら、もうあと少しじゃないか。
思わず言った。
「これからもお幸せにね。」
その瞬間、夫婦は口を離した。
「えっ!?なんで!?」
そう言うと、旦那が言った。
「え?神父さん言ってたじゃないですか。リハーサルで、『お幸せにね。』って言うまで絶対口を離しちゃダメだよって。」
「あ、ごめん、忘れてた。」
すると夫婦が口を揃えて言った。
「たまったもんじゃない!」