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三人の女と一本の角

振り子の鐘を打つ音を合図に、二つの扉が同時に音を立てた。

頼たちは姿勢をはる。

それぞれのドアから出て来たのは、全く対照的な女性だった。

高いピンヒールが、魅惑的な美脚を支えている。

「ご機嫌いかが?木乃芽。」

美しいブロンドをたたえたセクシーな若い女。

上品な物言いだが、ふざけた風に彼女は笑う。

「本日は、よき日和にて。」

もう一人は優しげな面立ちの貴婦人といった風の女性。

声はごく若いのだが、彼女は木乃芽より、二周りは年上のようだ。

その貴婦人は、穏やかで落ち着いた微笑みを見せた。

「おはよう、ロスヴィータ、沙弓(さゆみ)。」木乃芽は特に感情を表すこともない。

「さあ、いらして。今日は初花がもてなす日だわ。」

彼女はそう言って、手前の席を示す。

「ふふ、そお?ほら、来なさい。」

ロスヴィータが真っ先に動く。

扉の奥へ声をかけた。

「あなたたちもいらっしゃいな。」

沙弓も同様に、自分の頼たちを中へといざなう。

ぞろぞろと人が入ってきた。

ロスヴィータの頼たちは、若い男ばかりだ。

皆、端正な顔立ちをしている。

彼女の趣味であろうことが伺えた。

沙弓の頼たちは、たった二人だった。

彼女よりだいぶ若い男女。

落ち着き払っていて、おどおどした様子はない。

「どうぞ、掛けて。」木乃芽が声をかける。

「あー、おなかすいたわ。」

ロスヴィータは、悠々と部屋を闊歩し、木乃芽のいる席に来た。

頼の一人がついてきて、ごく自然な仕草で椅子を引く。

そこへ彼女は優雅に着座した。

沙弓も、歩を小さくしずしずと進んで、ロスヴィータの隣へ腰を下ろす。

それを見届けてから、木乃芽も椅子に腰掛けた。

「座りなさい。」

木乃芽が佳乃たちへ顔を向ける。

彼女らは促されて、青いクロスのテーブルについた。

他の頼たちも、それぞれ、ビビッドピンクと、うぐいす色のクロスの掛けられた席に座る。

「この司屋において、」沙弓が先んじて言葉をとろうとするのを、木乃芽が制す。

「挨拶はあと。私たちの食膳を、どうぞお楽しみくださいな。」

彼女は立ち上がり、白酒を乱暴に注ぐと、皆に杯を向けた。

「このイキシア・コルヌの永世に。」

皆は彼女に習い、酒の入った杯を掲げる。

そして飲み干した。



それはどちらかといえば、厳かな食卓だった。

賑やか雰囲気はなく、声はひそめられる。

細やかな細工のなされた、小鉢や皿に、上品な味付けの美肴が並んだテーブル。

あちこちで小声の品評会がなされている。

こちらはロスヴィータの頼たちだ。

「これは何?」

「魚の頬肉かな。」

「ささみよりこっちのがいい。全然合うわ。」

男たちは、副菜の和え物をつまんでは、口々に感想を述べる。

「金箔?」

「蓋と揃いなんだわ。見たことない細工。」

沙弓の所の男女の頼も感心している。

司屋の卓も例外ではなかった。

「これ好き。」

ロスヴィータが、赤い鉢に入った煮物に箸を伸ばす。

「あら、意外だわ。」

「ええ、あなたはいつも洋食ばかりだから。」

木乃芽が言うと、沙弓が笑った。

「家がそうなだけよ。なんでも食べるわ。」

彼女はやや不満そうに、料理を口に運ぶ。

木乃芽も倣って、煮物に手をつけた。

口にした途端、目を丸くする。

「これを作ったのは、誰かしら。」冷たいトーン。

ゆり亜がびくっと肩を縮める。

それは彼女が作ったものだった。

自分が何かしでかしたと思って、名乗りを上げるのを躊躇する。

冴が手を上げた。

「あたしやけど、どうです?」

彼女はニコニコと聞き返す。

ゆり亜が冴を心配そうに見た。

確かに彼女も手を加えたが、あれの責任は、ほぼ自分にある。

とばっちりを受けるのではないか、と憂慮しているらしい。

木乃芽は、ふうん、と頷いて、それきり黙り込んだ。

処分は後から、ということらしかった。

ゆり亜としては気が気ではなかった。

あらかたの食事が終わり、彼らはナプキンをテーブルに戻す。


まず、木乃芽が口を開いた。「どうぞ、姿勢を楽に。」

その言葉は、逆に頼たちを緊張させた。

当の本人は気づいてもいないようだが。

「本日、おもてなしさせていただきました、初花です。私は主司の初花木乃芽。」

彼女は立ち上がって、広間を見渡す。

「そしてこちらは、私の頼たち。挨拶なさい。」

コウらは、木乃芽の言葉と共に起立し、一様に頼の礼をする。

互いの顔を見交わし、一番端の千早が咳払いをした。

「瀬尾千早だ。」

彼は軽く頭を下げる。

「紅と言います。」

対照的に丁寧な礼。

千早と目が合う。

してやられた表情だ。

「高槻冴。」一方、こちらはまったく状況など気にしていない。

礼もなく、無愛想に突っ立ったまま、名だけを述べる。

ロスヴィータが一瞬、怪訝そうな顔をした。

「ゆり亜と申します。」

彼女は、強張った口元を懸命に自然に形作る。

目が笑えていない。

かなりのアガり性だ。

「麻緩=シフォン・グランデ=シベリウスです。」

一方、こちらは完全に縮みあがっている。

「シベリウスというと、音楽一族ね。あなたは何が得意なのかしら。」

興味津々に沙弓がたずねる。

「あ、私、あまり得意じゃ…。」

「あら、そうなの。」

沙弓はその答えに、別段失望した感じでもない。

「すみません…。」今にも消え入りそうな声だ。

茅原佳乃(かやはらよしの)です。」

彼女はいつも通りの毅然とした姿で言う。

真面目で物怖じしない態度は、千早たちのそれとは、また違っていた。

「以上の六名です。よろしく。」

木乃芽が言うと、頼たちは裾を持ち、軽く膝を曲げ頭を下げた。

次に木乃芽の視線を浴びた女が、足を組み替える。

「お招きありがとう。あたしはロスヴィータ。レイピア・ローズヒップの女司よ。」

色気たっぷりに彼女は笑う。

口元のほくろが、グロスで光る唇の妖艶さを引き立てている。

通常、女司という言葉は蔑称だ。

あえてそれを使う所に、彼女の自信のほどが見て取れた。「そしてあの子たちが、あたしのかわいい部下たち。」

肘をテーブルから下ろし、彼女は立ち上がった。

「テレン。」

誰かの名を呼ぶ。

一番右端が反応した。

「どうも。」

小柄で幼顔の男が軽く手を上げる。

実にラフな挨拶だ。

「ウェルギー。」

「はーい。」

間延びした返事。

垂れ下がった目尻が柔らかな雰囲気を持っていた。

「フラック。」

大柄で足の長い男が顔を上げる。

整った目鼻立ちだが、表情は真面目でなく、ナルシスト的だ。

男が答える。

「気苦労の絶えない主司でしょうが、どうぞよろしくしてやってください。」

彼はちらりとロスヴィータを見て、肩をすくめた。

「どういう意味よっ。」

彼女が文句を返す。

「こんなにワガママな司は、リタだけだからね。」

彼の言葉に、周りの男たちはたまらず吹き出した。

怒ろうとした言葉もそこそこに、彼女も笑っている。

彼らは司と頼の、理想的な関係だった。

その事実が、彼らの軟派な態度を気にならなくさせていた。

「はいはい、もう。オウィーディ。」

「オーヴィッドと申します。」

見た目も態度も真面目そうな好青年だ。

「最後に、プラウト。」

ぺこりと頭を下げる。

大人しそうな男が挨拶を締めくくった。

「レイピア・ローズヒップをよろしく。」ロスヴィータはモデル立ちで、不適に微笑んだ。

「かわいいっ!」

「リター!」

「好きだー!」

「美しい…!」

男たちから歓声が上がる。

「ありがとう。愛してるわよ、アンタたち。」

彼女は、彼らにウインクする。

各々の大げさな反応が帰ってきた。

彼女は非常に明るかった。

司としては、女であることは重荷ともなり得る。

だが彼女は、それをむしろ利用し、楽しんでいるようだった。「沙弓、どうぞ。」

「はい。」

細く、柔らかな声が返る。

無駄な動きなく、着物の裾を翻さないよう、彼女は立ち上がった。

栄庵(さかえあん)の司、沙弓と申します。この度はご縁がありまして、皆様と共に司屋を持つことになりました。」

彼女は上品な物腰で言葉をつむぐ。

「座ったままでいいですよ。」

沙弓は自身の頼に言葉をかけた。

そして皆に向き直る。

「栄庵、頼のウィルと清里(きよさと)です。」

大きなうぐいす色のテーブルに、ぽつんと二人座っている男女が頭を順に下げる。

二人とも、つい近寄りたくなるような、愛想のいい笑みを浮かべている。

「人数が少ないから、すぐに覚えてもらえるのがよいところね。」

場を和ませるように冗談が入った。

「お誘いありがとう、木乃芽。その件については、大変感謝しています。」

彼女は木乃芽に微笑む。

木乃芽も少し笑い返した。

「今回、私の司屋は再建であるがために、皆様とは少し違います。けれども、何かあれば同盟の志として、助け合って行きましょう。」

彼女の声はよく通る。

皆その美しいソプラノに聞きほれた。

「木乃芽、ロスヴィータ、お願いします。」

話し手は少女へ役割を移された。

彼女と入れ替わりに木乃芽は立ち上がる。

その際、彼女のかかとが高く踏み鳴らされた。

音が広間に反響する。

静まった後には、粛として声もない。

わずかに触れた、食器のこすれる音さえ、異常な目立ち方をした。

音は気になったが、皆、木乃芽から目をそらせない。彼女から、圧倒的なオーラが出ているかのようだった。

それを気負うことなく、手のひらの上で自由に転がせるのも、また、彼女の才能らしかった。

「我々の名は違います。ですから、我々に共通する名を持ちましょう。我らは、常にその名で呼ばれ、善きも悪きも、共に背負うのです。」

ロスヴィータが、頼の一人に目配せする。

彼は素早く前へ赴いて、彼女の指差す、側にあった布を手にとった。

丸められたそれを広げると、どうやら司屋のリボンのようだった。

だが、それはこの場にあるどの司屋のものとも違う。

黄色を基調にしたデザインだ。

木乃芽がそのしるしを見やる。

同盟のリボン。

どうやらそのようだった。

「同盟の名は、イキシア・コルヌ。誇り高き角は、曲げ得ぬ精神と、生まれ変わる心を宿して、天を射す。我らは、その名を冠すのです。」

たじろぐことなく、彼女は言い切った。

「悪くないじゃない。気高いあたしにぴったり。」

頬杖を直して、ロスヴィータが木乃芽を見据える。

「殿方のようだけれど、いい名だわ。」

二人にお茶を注ぎながら、沙弓も言う。

頼たちの間にも小声の会話が広がっていった。

「なあ、どう思うよ。」

千早が隣のコウに囁いた。

「彼女が決めたなら、それでいいんじゃない?」

コウは湯飲みに口をつける。

「あたしもいい思うやよ。」冴が口を挟む。

「名前負けしないかねえ。」

彼は腕を投げ出して、背もたれを鳴らす。

「しないような仕事をするのさ。」

大丈夫だよ、木乃芽なら。

コウはそう言って微笑んだ。

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