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初花

カツカツと、規則的なヒールの音が、廊下に響き渡る。

庭園へと開けた廊下においても、それは耳障りな程に高い。

かなり力任せに歩いているようだ。

足音は意外にも、少女のものであった。

少女は、濃い色のドルマンローブに身を包んでいる。

両手には長いロッドを握る。

その先には、(つかさ)の証である白い結紐(ゆいひも)と店のリボン。

少女は、年に似合わない冷めた表情を纏っている。

心中を推し量ることは難しいが、その乱暴な動作には、彼女の感情が露見していた。

そこからは怒りよりも、わずかにだが、緊張が見て取れた。

その重みを持ったまま、彼女はやがて、ある扉の前にたどり着く。

そして躊躇無く、その扉を押し開けた。



そこには小さな広間があった。

自分の入ってきた扉は、広間の一段高い場所に続いている。

そして一段低い場所、広間の大部分を占める空間で、数人の男女が、各々違った表情を浮かべていた。

戸惑った様子の者、憮然として床を睨みつけている者、ぼんやりと宙を眺めている者。

その誰もが気にしていたのだろう。

待っていたように全員が反射的に扉を見た。

視線は少女へと注がれる。

少女は、軽いもののように視線を纏って、壇上の中央へと歩を進めた。

少女は、壇上から見下ろす形で、広間の中央へ姿勢を整える。

その頃には、自然と彼らは一列に並んでいた。少女は全員の顔をゆっくりと見渡す。

彼らへ一礼し、再び見えた彼女の表情は、相変わらずの無表情であった。

だが、彼女の纏う空気からは先ほどまでの張り詰めたものが消えていた。

彼女の緊迫した空気を、理由は知らずとも感じ取っていたのだろう。

彼らは一斉に、緊張の糸が切れたように礼を返す。

だが、おそらく彼ら以上に、先ほどまでの空気に押し潰されそうだったのは、彼女自身だった。

よかった、いた。

少女は独りごちて、小さく息をつく。

ここで初めて高らかな声をあげた。

「今、ここにいるあなた方を、私の司屋(つかさや)、『初花(はつはな)』の(より)として歓迎します。右の者!」「は、はい。」

その見た目より大人びた声が、いきなり鋭く飛ぶ。

呼ばれた者は、戸惑いながらも少女を見返した。

彼女は無表情のまま告げる。

「何をおどおどしているのです。頼の心得の第三項を読み上げてご覧なさい。」

その声の響き自体は、けして冷たいものではない。

むしろ諭すような、優しさを帯びていた。

「えっと…、常に毅然とし、頼の誇りをもって、主司(あるじつかさ)の後ろで控えること、です。」

不安そうに少女を見上げながらも、彼女は答える。

少女はそれを聞いてゆっくりと頷いた。

「ならばそうしなさい。あなたは前を向いて、しゃんとしていればいいの。」少女はそう言って満足したようで、正面へ向き直って、再び口を開く。

「あなた方には、頼として、最高の仕事を期待しています。」

少女は右へ二、三歩歩き、正面を向いた。

少女の瞳の濃い青が光る。

輝く海の底の色。

「私は、初花木乃芽(はつはなこのめ)。あなた方の主司として、恥ずかしくない努めをしてみせます。」

息を切り、彼女は声を張る。

一人一人に言い聞かせるように。

「これからは、『初花』を立ち上げる同志として、この店を一緒に大きくしていきましょう。」

ロッドを斜めに、段へ突き立てる。

翻るリボンの青。

その声の勢いに押され、彼らは次々に頭を下げる。

「何をしているのです。」

意外にも叱咤が飛んだ。

列の中の小柄な女性が怯える。

皆が萎縮してしまっている中、一番左端の男が、すっと一歩前へ出た。

端正な顔立ちだが、どこか儚い色を持っている。

雰囲気だけを例えるなら、死人のような男だ。

少女はその男を見据え、口の中で何事か、言葉にならなかった声を反芻した。

それまで何の変化も見受けられなかった少女の目。

一瞬であったが、そこには明らかに、何らかの情が浮かんでいた。

例えるなら、懐かしさのような、愛しさのような、それでいて、軽蔑と憤りを含んだ。

皆の視線を、特に少女の視線を強く受けながら、男は行動した。ひざを軽く曲げ、右手を制服のひだへ掛けて広げる。

「頼は、司に身を捧げます。私は、愛しき主司、あなたの心のままに。」

その声は、彼の見た目よりずっと幼い。

それが彼に親しみを感じさせた。

少女を見ると、また、元の冷たい顔に戻っている。

彼女は言葉を返す。

「ならば、私は、名も無き頼よ、あなたに心を与えましょう。」

少女はロッドを前へ傾けた。

リボンが翻る。

「誇りと言葉を与えましょう。」

男に倣い、皆がひだを翻す。

そこにあるのは校章であったが、皆の心には、この司屋のリボンに織られた店章に映っていた。

「リボンに集う者達へ、名と紋章を与えましょう。」

一人の司と六人の頼たち。

司と頼の関係は、ご多分にもれず、彼らにも当てはまっていた。

頼の一人、彼を除いて。

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