前編
人を喰う街と人殺しのシノギを削る戦い
人間とは価値観の違う、異世界の意思達のお話…(前編)
※注意※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、事象とは無関係です。
アウズの空はいつも暗い。
曇っているわけじゃない。
日の光は、この深い街まで届かない。
ここに住む魂には影が差している。
誰にも抜け出すことはできない。
劔も
魔法も
用を為さない。
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━━━このバベルステルニャの星の、パングラストラスへリア大陸の東端。そこから突き出た広大な半島に、深く深く細長く畝った入江が幾つもあるのは、星の外から見ないと分からないだろう。
江の両岸とも途方もなく高い崖であり、その中腹以上の標高は雲を遥かに突き抜けている。
半島そのものが急峻すぎる山岳を集めて厖大な柱を形作ったような光景━━━だが、それはほとんど自然の景観ではなかった。
近づいて見ると、その全てが塔、柱、回廊、屋根、門、壁、階段、あらゆる幾何学的形状の組み合わせで造形された建造物群━━━街塊が無秩序に群れを為し形作った街郭である。
”港湾都市茫楼街アウズ”は人工的に建造された構造物だという。
いつの頃から存在して、何者が作った街なのか、諸説あって定かでない。
今なお拡張を続けている。
「━━━━━空ぁ見たいんか」
「……」
「もう死んどる。じゃけぇ見れるじゃろう。去ねぇ」
黒づくめの男はそう呟くと、真っ暗な隧道の天井へと視線を彷徨わせた。
その足元には仰臥する獣人が1人━━━いや、もう体が崩れて灰になりつつある死人を”1人”とは数えないだろうから、1体、転がっている。
天井の岩盤を見上げる男が佇む理由は、側から見る者がいたとしても意味が解らないだろう。
事切れた者の視線を追っているつもりなのである。殺した命の抜け殻はいつも、空を見上げるように死んでゆく━━━そう思えて、男は稼業を終えると死体と共に見上げるのが癖になっていた。
だがそのくせ、永らく陽の光を浴びていないこの男にとって空というのは想像し難いが。
既に命の流れた死体に語りかけても聞こえているのかどうか。
(聞こえとるじゃろう)
魂というのが、人体の中には在るのだ━━━と思っている。
殺した後にときどき視えるモノがあるのだ。その死体から立つ姿が、霊魂というやつだろうと。
それはきっと空へ登ってゆくべきで、”あの世”はその先にある━━━━━そう示す語りかけが聞こえれば、魂はすぐに姿を見せるのではないか。男はそんなふうに考えている。
「…………」
ふと、空気が変わる気配がした。
風が止んだような静けさが溜まると場が覚めたようになり、男の周りに影が立っている。
『━━━━━また、どこかで街郭が拡張された』
『アウズの街はすっかり大きくなった。街というには大きすぎるほどに…』
『この星で五指に入る巨街だろう』
「…………」
背骨に響くような異音━━━意志の声ともいうべき言葉のした闇に、ゆったりした着物の袖が淡く闇に浮かんで見えた。
これらは死者の魂とは違っている。
もっと不可解な、意志の塊のような存在達である。
その顕なまでの意志達は、
━━━━為すことに力を、与えよう━━━━
━━━━欲しい力を、与えよう━━━━
━━━━寒さを耐える力を、空腹を耐える力を、睡魔に耐える力を、与えよう━━━━
━━━━生きる力を、若さを、情熱を与えよう━━━━
━━━━命を殺す力を、死を喰む黒龍を与えよう━━━━
━━━━星土の因果の値において━━━━
言葉に置き換えるならそう聞こえる意志を常に男へ向けて発している。
当の男はそれらの注視に慣れた様子で視界の端にとどめて見向きもしなかったが、意志達は尚も男に呼びかける。
『……案内がいるかい』
『日の光が、空が見たければ、道を教えてあげよう』
『容易いことだ』
『他でもないお前のことなんだから、そのくらいのことは……』
「……ほうかぃ。……おどれらならぁ、そらぁ簡単じゃろうのぅ……」
男と意志達は長い付き合いである
意志達の言葉が言葉通りでないことを男はわかっている。
何か本当に伝えたいことがある場合に彼ら意志達は姿を見せるしあれこれ言ってくるのだが、それは男の行動を促すための迂遠な表現に過ぎない。
男はそんな奴らへまともに言葉を返す気になれなくて適当な返事を言うとまた岩盤を見上げた。
別に太陽が見たいわけではないのだ。そのことを意志達は分かっているはずである。
街郭が拡張されて街が大きくなるのは今更で常日頃のこと。この街の何処で如何してどの様に増築されているかをここからは見えないが、近くで街郭が増成されたようで僅かな地鳴りと振動を男は足元に感じている。その様子を遠目に見た事も何度もあって、街郭が魔力で蠢き変貌する様は見るからに危険な規模の重力の作用を感じるものだった。
この大半島自体が途方もなく大きい街の塊であることも、男は理解している。古代から拡張し続けているこの街がまた少し大きくなった事を取り立てて感嘆するほどの事もないだろう。
それなのに、彼ら意志達のつまらない感想は何を意味するのか━━━━━
男は岩盤しか見えない天井から目を離すと、前後に続く通路の闇の先を伺うように目を細め、考えている。
この男に流れる時間はひどくゆっくりしていて、万事急ぐという事がない。おそらく万年という年月を何度か経るうちにその辺の感覚が擦り切れてしまったのだろう。死なない命を要領良く生きる必要がなかった。
とまれ、見えない暗闇の向こうをどう見つめても方角も道も分からない。育ちすぎたアウズの街はでかすぎて、男は永年この街郭を放浪しているくせに、今自分がどの位置にいてどの方角を向いているのか見当もつかないのだ。
ここは前も後ろも出口の見えない隧道の途中、━━━━━海からの高さはなんとなく分かるが、今いる位置は海面からはだいぶ離れた高い位置だろう、という程度だ。鼓膜に感じる緊張や、肺に入れる空気の薄い感じや湿り気、潮の香りの上ってくる濃淡からその辺を察することはできた。
(またぞろ、どっかへ行けっちゅう指し図じゃろうが━━━━━)
もしここで意志達から加護を得れば、道でも何でも分かるようになる。と思うのである。
その不思議な験力を得れば、街の全容と、今自分が立っている位置も脳裏に浮かぶ想念で分かるようになる。先行きを見通すことも、暗闇を暗視することもできて、この巨大すぎる都市の塊の中で迷う事などない。
それらはこの男自身が今までに何度も意志達から与えられた異能で体感している事だ。
「━━━じゃが、要らん。……しかしのう、儂が要らんちゅうても、御前らぁ眷属ぁ力を寄越しよる。そうじゃろう」
『『『『『『『『……………………』』』』』』』』
「……勝手にせぇ」
意志達、━━━異能を施す眷属達と自分との関係はそのようなものだと、男はよく分かっているのだ。
初めて人を殺めた時━━━男がまだ少年だった時から、この不思議な意志達の干渉を受け続けて生きてきたのだから。
着ることに構わない少年は汚れぬ服を与えられた。
食うことに構わない少年は空腹を消された。
寝ることに構わない少年は眠気を奪われた。
標識や書面の文字や都民の話す言葉が分からねば即座に脳裏に理解を得、魔族の襲撃を受けて頭が割れ血を吐き病に伏せても立ち所に治り、ある時から肉体が重怠く感じると老化をも止められた。以来どれだけ生きてきたか、時間というものに頓着のないこの男には分からない。
常軌を逸した生命を男が求めたわけではないのにそう誂えられてきて、その事に対して一度もなにがしかの負担を強いられるということもなく施しを受け続けて来たのだ。
それが普通の事でないのは男にも分かっていた。
この都市街郭に生きて死ぬ人々は皆、この都市街郭から全てを享受して希望を満たしている。都市そのものが持つ魔法が人々の夢と希望を叶えている。だから”眷属”という魔法の権化に契約を請う者というのは都民には一人も居ない。
その魔法や魔力のような奇跡を司る意志達━━━眷属という神々の使いが個人の人生に付き纏うというのは、よほどの思惑があっての事だろう。とは男も思うのだが━━━━━
(………………)
今回、眷属達が姿を顕したのは、この街郭の上階の方へでも先行きを諭す意図があってのことだろう。
そこにまた男が殺したくなる命があるのに違いない、と黙考する彼に結論が見えてきた時、闇の縁から意外な言葉が聞こえたのである。
『今日が死ぬ日だ、セッタ・ブンヤ』
『最後に何か、やりたいことはないのか』
「…………」
男は自分の名を聞くのが久しぶりのことで、セッタ・ブンヤが一瞬誰のことだか分からなかった。
今日死ぬと言われても、自分にその時が来るのかどうかという事をブンヤはずっと忘れていたからピンと来ない。
ただ、やりたい事はないのかなんて眷属達からの伺いは珍しくて、思わずその眷属を見据えようとしたがもう周りにその姿は見えなかった。
ブンヤは問いに答えを持てないままで天井へ右手を掲げると、二本指を鉤に曲げて手印を示した。
闇の闇を集めたような姿がその手に顕れている。
絡みつく二頭の黒龍が顕す形状は銃身━━━━━異形の眷銃が、喰い破る命の方角へ顎門を開いている。
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「今日」と言っても、その今日という日がどこからどこまでで”今日”なのかがブンヤには分からない。どうでもいいと思っている。
そもそもこの街にいて空が見える位置に立つこと自体滅多にないから昼夜が分からないし、時計や暦などブンヤは自ら目にすることなど無いから日付も分からない。
それに、この世界に太陽は3つ、月も3つある。それが時々増えたり減ったりする━━━らしいのだ。
そんなものを当てにしてどうするというのがブンヤの生来変わらぬ気質である。
トボトボとどれぐらい歩いたか分からないが、この巨大すぎる街で人の気配に触れることは少ない。
ただただ枝分かれした隧道を行き、階段を登ったり降ったりして狭い通路を折れたり戸口のような穴をくぐったりして歩いてゆく間、創意を持って作られたらしい造形の建物が随所にあるばかりだ。
飾り気は無いが巨大な柱や無数の門、扉、窓があり、水や空気や魔力を通す配線や配管、熱の通ったそれらを調整する基盤などもそこかしこにあって、人の生活圏なのは分かる。所々にある小さな街頭に明かりも点っている。
だが人の声や足音となると、絶えて無い。
『この辺りはもう人は住んでいない』
訊いてもいないのに横からポツリと声がする。
眷属からの意思の心音であることが分かっているブンヤは黙殺して歩いた。
谷底のような狭い岩間の崖沿いに立つと、垂直の崖づたいに長い長い階段が下へ下へと続いているのが見える。
「…………」
『ブンヤ。ここは日の光の見える方角とは真逆だ。海面よりもだいぶ下まで降っている。もう海底よりも下の地下だ』
『これ以上降りていってもキリがないよ。言っておくが、この構造体の底は冥府まで続いている。その前に冥界管轄の地底迷宮層があるが……この歩調だと、そこに至るまでには命日が過ぎてしまうだろう』
『どうして上に行かない?』
『さっきの半獣人から死霊が顕れなかったから拗ねているのか?』
『最後に殺したい命が、こんな所にあるかな……』
ブンヤの放浪に業を煮やしたか、背後や物陰に現れたり消えたりする眷属達が闇に紛れて騒ぎたてた。ブンヤが何を思ってほっつき歩いているのかをまるで分からないかのような口ぶりである。
気にせず崖沿いの細道をゆくブンヤは風景から古い記憶を呼び覚ましていて、それを頼りに歩いてゆく。
やがて、寂れた石窟のような空間に着いた。
この直角に掘削された滑らかな断面の大小の洞穴の連なる空間は、もう数千年以上も前の、とある部屋である。アウズ都市街郭のどこにでもよくある古代都市の廃墟で、もはや遺跡と言っていい。
「誰もおらん━━━━━━━━━━━…………」
それはそうなのだが、嘆いて震えた空気が顔に触れると、妙な懐かしさを覚えてブンヤは口を噤んだ。
なぜ「誰もいない」などと、当然のことが口をついて出たのだろう。
場所、とは奇妙なもので、まるでその空間に過去の時が残っているかのようにして人の記憶を呼び起こす。
広間に漂う林檎酒の香りや煙草の匂い━━━━━語らう冒険者達の声━━━━━魔族との戦闘で気が狂った者の叫ぶ姿や、他のギルドとの抗争で負った怪我の痛み、幼く非力な自身への怒り、社会への失望、裏切り者への義憤━━━━━そして、抱いてはならなかった、顔を背けたくなる感情を。
それらは全てブンヤのものではなくて、そこに居た人々にブンヤが見た記憶である。
大広間の四方に炭化した大きな板があちこちにあるが、そこにはかつて”依頼書”という様々な仕事の案件が記載された紙切れが張り出されていて、掲示物の前には雑多な種族の人々が大勢集って依頼書を取り合っていた。
案件の多くは、この街のどこにでも現れる石塊の魔物や光の魔物、隣り合う区画の魔族の討伐、海へ出て海外で移民を確保するような徴募、奴隷船狩りなどの仕事が多かった。冒険者達は皆んな、この街の魔石文明が生み出した便利で派手な小杖や剣や鎧や長靴を装備して輝いていて━━━━━
そう、ここはたしか、冒険者ギルドがあった建屋の一角だ。
今は上に建設された都市街郭の地層の下へ埋れているが、備品の机や椅子や絨毯などの形跡は知る者に往時を思わせる様で残っている。
今日が己の命日になるという最後の日に、この途方もなく巨大な容積を誇る大半島街郭群を彷徨う中でどういう偶然か懐かしい場所に来てしまったていたらしい。地下へ地下へと下って歩いていたのは眷族達の迂遠な干渉に逆らって見せるつもりでしかなかったというのに。
人生の不思議と言っていい運命の奇遇だったが、しかしブンヤにとってそれは良い事なのかどうなのか。
場所が呼び覚ます記憶は、永く放棄していた過去をも繋げてしまいはしないだろうか。
ブンヤは嘗て、ここで一人の女を殺している。
赤毛の、派手な化粧をした女。たくさん殺した命のうちの一つに過ぎないそれを思い出すと、━━━━━
「━━━━━……違うとる……此奴ぁ、殺しとらん」
記憶が違っている。
逆だ。ブンヤはここで、その女を殺せなかったのだ。
子供の頃から気ままに人殺しをしてきて失敗したのはその一度きり。
それを殺したつもりになっていたのは何故なのか。
(━━━━━……)
その現場はどこだったか━━━少し歩いて建物内を見るうちに、だんだん思い出してきて一つの狭い部屋に入っていくと、ふと足を止めた。
今の記憶にもまた違和感があって、間違いではないかという気がしている。
どうも幾つかの記憶が入り混じってしまっているらしい。
これは異常に長く生きる者にある弊害で、多すぎる記憶の過去はたださえ曖昧になっている所へ新たに思い起こされた断片的な記憶が加わるとオカシナコトになるのだ。
殺した女と、殺せなかった女と━━━━━だが、ここではやはり、女を殺していた筈ではなかったか。
ただしそれは━━━━━
「━━━こんなぁ、最初の……」
ブンヤがまだ小さな子供だった時、ギルドのギャング達からサキュバスの女の始末を強制された。その初めての殺しの仕事が、今立っている狭い個室の中だった。
便所みたいに狭い。ここはたしか、ギルド専属の”眷属”を祀る祀室ではなかったか。冒険者達に契約を授けて魔法を貸し与える神の眷属へ、ここで供物を捧げて奉る何も無い空間。
当時ここで少年ブンヤは派手な女に絡みつかれて、そのときいつの間にか自分の掌に冷たく重い拳銃の感触がある事に気がつき、迷わず引き金を引いた。
弾は少年を掻き抱く女の顳顬を撃ち抜き、女は━━━━━正体を顕したサキュバスは、塵になって消えた。
『黒龍で撃つと、撃たれた命は灰になる。その時そう知ったんだよね』
『ギルドの裏依頼だったんだっけ』
『あのとき君は、そうとは知らず危険な賭けに出ていた』
『初めての魔族討伐に成功したんだ』
『サキュバス討伐に手を焼いたギルドが廟所に封じていたのをね、殺してこいって依頼だったね』
『でも、幼い童男童女ならサキュバスの淫魔に影響を受けにくいから、簡単だったんじゃないか』
『んん、ありがちな代行さ。魔族討伐には工夫が必要だし…』
『しかし、幼い少年に眷銃”黒龍”を持たせてはいけないという神盟が破られてしまった』
『もっとも、その少年が黒龍を呼んだんだけどね』
「……」
そんなことはいい。冒険業がどうたら、魔族がどうたら、またぞろ突然周りに顕れた眷属達の言うことにブンヤは興味を持てなかった。めちゃくちゃな記憶をどう認識したものか自分でも分からなくなっているというのに何を信じれば良いのか。次々思い起こされ止まらない古さびた記憶に理解が追っつかない。
あの少年時代、見たことのない真っ黒な銃がなぜ掌中に現れたのか━━━身に覚えのない不思議━━━━━いや、それよりも、初めて魔族を殺したあの時の余韻が━━━━━
サキュバスという魔族の命を殺した感触。
今そこに在った意思の行方、それが分からなくなることの不思議。
心の欠けて寒くなるような己の意識の変化。
世界の何かが変わったと実感する━━━━━
少年ブンヤを異質な因果に結びとめてしまったあの時以来、命の死の先という不可思への興味に己の人生は一貫してきているのではないか。
命が死んだら魂はどうなる━━━そのことへの執着の始まりが、この場所だったのではないか。
『その答えを結局、君は私たちに尋ねなかったね』
『ね』
『少しくらい教えるのにね。見せてあげたりとか…』
『幽界まで幽体を連れて行ってあげることくらい、いつでも出来たのに。眠った間にとか』
『眠気は俺たちが奪っちゃったけどね』
『いや、それは…この人、ちゃんとした寝床で寝ないからさ。もう眠らないほうがいいと思って…』
『まあまあ、でも、もうすぐ。死んだら分かるよ。自分の魂がどうなるのか━━━』
『今日がブンヤの命日だからね』
「……」
ブンヤが黙っているのに眷属達はぺちゃくちゃ喧しい。今日死ぬというこの日に特別どうしようともブンヤは思っていないのだが、思いを巡らせるのに邪魔くさいではないか。せっかく自分の死という事を意識して、今まで放置していたバラバラの記憶に自然と目が向いているというのに。
だが、永く永く生きすぎて斑らになり過ぎてしまった記憶というのはいくら思い返しても判然とするものではない。
こうなっても眷族達に助けを求めることをこの男はしないのだが、いや、もう記憶のどこまでがどれで、自分の思う認識と合っているのかどうか━━━━━
「…………」
珍しくそのことに執着を覚えるブンヤは脳裏を手繰り寄せようと想起するうちに、たださえ険しい顔つきが巌のようになっている。
だがそれは、そのことだけが原因ではないのだ。
殺しの原点を回想して殺伐とした予感が胸の内を焦がしている。
人の気配のないこの廃墟だが”命”の気配がある。
およそ人の営みから遥かに離れた区画外の幽霊街に足を踏み入れる者がブンヤ以外にも居るらしい。
それは”まとも”な都民とは思いがたいが━━━━━目の前の壁の向こうの空間の、そのまた奥の壁の向こうの部屋にそれが在る━━━━━と、ブンヤの脳裏に示されるように判るのだ。
それだけの事で掲げた掌中に黒い拳銃が顕れるとブンヤはそのまま壁に撃鉄した。
撃鉄撃鉄撃鉄撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃撃
閃光━━明滅する一瞬が瞬き、撃鉄する街塊に大穴が空き爆ぜて直線状の壁や柱が吹き飛び散りどんどん穿ち開けてゆく。
衝撃音の中で僅かに肉が爆ぜる音、動いた気配を全て撃鉄して━━━━━
「……?」
見ず知らずの誰か達へ向けて唐突に一方的に撃ちまくったブンヤは違和感を感じて撃ち方をやめた。
すると聞こえてくるのである。唐突に、わけもわからず銃殺される被害者たちの、理不尽な激痛と困惑で世界を呪う呻きが。
「グウゥ〜〜ッッ━━━━━…」
「ぅ゛ッ……」
「ふぅ゛……ん゛ん゛…………」
「ガッハッ……」
「死なんのう」
感触が足りない。悲鳴が出るのは致命傷でないからだ。眷銃で撃ち殺した時に分かる、命が絶える手応えが無かった。
それがこの先のことを思わせてブンヤは顔がやや顰め面になっている。掠めても殺す眷銃の弾丸を受けて死なぬ者となると、おそらく的は”ハズレ”の命なのである。
果たして被射体は殺して見たい魂の命たり得るのかどうか━━━ブンヤは瓦礫を踏み越え踏み越え苦悶のする方へと歩みつつ真っ暗な空間に目を細めて闇を覗く。すると暗闇の中にはっきりと視界が開けてきて、そこに倒れ伏す死にかけの者達の口が僅かに震えるのまで見える。
「(だ、……誰……)」
「(なに……が━━)」
「(じ、に……が、み……)」
「──死太いのう、おどれらぁ。名のある魔族か」
やはりハズレである。撃たれて悶えているのは魔族であった。半身の削げ潰れたボロボロの魔族5体━━━ブンヤにとって魔族は殺す価値のない命であり全く興味が湧かないハズレ肉だが、この都市街郭に起居する彼らをブンヤはよく撃ち殺してしまう。数は都民ほどには多くない筈だがいちいち邪魔なところにいるから”獲物”と間違えてしまうのだ。
魔族共は肉体が欠損しているものの、妙な事に異様に着飾った衣装で倒れ伏している。
全身を人間の剥製から作った衣装で身を包んでいたり、髑髏のネックレス、腐乱死体の襟巻き、エルフの人皮のマント、色とりどりの眼球の入った手提げポーチを携え、獣人の脊椎で作られた杖を掲げていて━━━そのどれもが魔石結晶で彩られて怪しく輝いている。魔族という存在は人類が隠避するような姿を好むとはいえ、こうもあざといのはどういう理由があるのか。
とはいえ動けずにいる彼らはもうその目的を果たせないだろう。普通なら肉体を再生するなり異形の姿に変身するなりして厄介な無詠唱魔法を連発してくるはずなのだが、眷銃”黒龍”の眷撃に喰らわれて魔力を失くしてしまったらしい。
あとは簀巻にされた子供が3人いる。こちらがブンヤの殺したい命━━━本来狙うべき獲物であった。簀巻の子供たちはエルフ、人間、獣人、の3人だが顔色が酷く悪く意識が無い。魔界の干渉を受けてすでに体内に魔原石結晶が生成されているのだろう。
━━━━━というのが、一瞥だけでブンヤの認知に収まったのだが、その理解にはブンヤの眷属達による適当な知識補正が補っている。ブンヤが「なんだあれは」と思えば閃くようにそう判るのである。
あとはブンヤにとってのいつもの殺しで、死にかけの魔族達を無視して背を向けると子供達に銃弾を放って殺してしまった。
「…………魂にしてやったけえの」
ブンヤはそれだけ言ったが、魔族達は撃たれて死にかけなのに殺されない理由が分からないだろうし、人類種の子供達の方は殺された理由が分からないだろう。
塵になり始めた子供達の死体をジッと見下ろして立っているブンヤは魂の顕れを待っているのだが、黒づくめで項垂れているその様はそれこそ亡霊のようである。
やがて、仰向けに倒れている子供達の視線の先を追うようにして天井を見上げ━━━空を見たいのか、といつもの台詞を言おうとして、視界の端に視えたものを凝視していた。
子供の死霊が二人、死体の上に立っている。
魂の出現というものは俄かな兆候もなく忽然としたもので、稀に見る死霊を眼前にブンヤは思わず身を固くした。
小さな死霊達はブンヤを見ると不安気に眉根を寄せたが、やがて要領を得ない様子で視線を彷徨わせてキョロキョロと辺りを気にしている。死んだ当人達にとって死という時がもたらした後の己の在り様などは、自覚が不確かなものなのかもしれない。
ともかく珍しくて声をかけるのも忘れ(魂は目つきが虚じゃが、生前より顔色がええのう)などと観察するブンヤがまじまじ見ていると━━━━━その背後から耳障りな雑音がさわさわ聞こえてくるのが徐々に気になりはじめて集中できなくなってきた。
「いっそ殺してくれ」
と、身体の砕けた魔族どもが死にきれずに喘いでブンヤへ介錯を懇願するのだ。
邪魔である。眉間を硬くしたブンヤは振り返ると魔族どもを撃鉄して体内の魔原石を穿ち死灰の山に変えた。
すぐに子供達の死霊へ向き直ったが霊魂の姿は見当たらず、魂達は天へ登ったのか何処へ向かったのか、ブンヤには解らなかった。
「━━━━━……」
誰もいなくなったその場には死灰の山があるばかりでブンヤにはもう用がない。魂を久しぶりに見れたブンヤだったが、今日死ぬという日の命刻まではまだまだ時間がありそうな気がしている。
(儂のやることは、命を殺すことだけじゃ。……最後の時まで━━━━━)
また何処かへ向けて命を殺しに歩き出そうとして、急速に周囲の空気が凍て付き床や壁に霜柱が立ち始めたのに気がつき足を止めた。息を吸うのが危険なくらいに空気が凍りついている。
『全てが、灰塵に帰された…』
死灰の向こうの闇から伝わってくる、酷く低く籠もった声━━━意志の塊に、怒りとも哀しみともつかない諦念がある。
ブンヤはすっかり忘れていたのだが、”こういった場合”に現れる禍々しい者達がいるのだ。
命という因果と魂の依代を殺せば、その魂の因果を担当する存在たちが因果の回収に顕れる。魔族を殺せばその背後を受け持つ魔界から苦情を言いに顕れる意志達が在るのだということを。
『祀られ、供物を受ける━━━当然の権利である。……人草の因果を盛んならしめんが為、自ら悪意為す我が神、ダギリ1柱への御贄は善なる魂。供儀為す御使は尊き犠牲━━━』
「……」
『”天津罪”を恐れよ。セッタ・ブンヤ』
死体達の上に空気が濁るような音が━━━声がして、そこに形を為そうとする闇があるのだ。
腐敗と下水のような悪臭が立ち込め、渦を巻く煙が床から湧き出る柱のように立ち昇り━━━━━天井の暗がりがヒビ割れて輝くと吐血のような液体が溢れ出て巨大な一つの黒瞳がブンヤを見下ろした。
『〽︎アーア〜〜アーアーア〜〜♪オーオ〜オーオーオ〜〜♪』
静寂な空間に響いた野太い歌声の方をブンヤが見やると、巨大な黒瞳の下の脇の物陰に全裸で立って左半身だけ出している紫色の悪魔がいる。どうも直前の声もこいつが喋っていたらしい。彼は”気をつけ”の姿勢で畏っていて、喉の調子を確かめるように咳払いすると続きのセリフをいい下す前に傍にあるピアノ前に座る奏者らしい小柄な悪魔に目配せして「さん、はい」という感じでやり始めた。
『〽︎オォーー、首を垂れよ土地神の眷士♪此地は天魔に契りし魔界の我が神♪♪”ゼ”神・眷属神♪ダギリ1柱が結界ぞ♪敬虔な僕魔貴族5体の損害♪すでに魔印を刻みし御魂〜♪魔神に焚くすべ〜き〜魔魂の贄を!3命━━━━━悪戯に命と因果を奪う、狼藉♪遺憾♪不道徳っ♪その方♪これまでの”累積”合わせて魔族4,358,991体♪御牲1,162,981命の値♪アウズ都民の命を入れれば膨大の値になる命♪♪無益に〜〜〜、消し去った♪♪我らが世界を癒さんとする正義♪善意♪誠意♪に泥を塗る愚行♪♪我が神と魔界への冒涜である♪♪♪よって♪我ら魔界から奪った〜〜多大な〜〜損害〜に〜〜♪相当の罪と罰が下されるっ♪♪畏んで、御〜沙汰をお〜受けせよっ♪♪♪』
「……」
重低音の歌声とピアノの低音の演奏を最後まで聞いたブンヤが何も言い返さずに顎を引いて睨んでいると、紫の悪魔は目を泳がせてドギマギし始めた。そう怖がらずともブンヤは魔界の眷属や眷族神などという命の無い者を殺す術など持たないからどうすることもできないのだが、しかし応じるような言葉も無いのだ。
魔界の眷族が顕れたときはだいたいいつもこうなのである。
魔族や悪魔というのはやたら体裁に拘り、登場や発言などの際に手順や儀式を重視して演出を加味する場合が多い。その割には今回の演出は地味で簡素な方だが、魔神の取り次ぎのような立場らしいこの紫の悪魔の歌やセリフや演奏はそうしたことの一環なのだろう。
ただ、眷族という存在が姿を顕すとき、それは見る者にとって必ず意味があるのだ。
その眷族の姿や言葉や行為がそのままの意味とも限らず、何を目的に顕れたのかを吟味しなければならない。無視して立ち去ろうものなら道々どんな邪魔立てをされるか分からなかった。
だが、
(天魔……━━━━━)
と、ブンヤは悪魔の言葉の端に捕らえた概念に思考が淀むのを覚えて目を彷徨わせている。
するとようやく周りの状況に気がついた。
殺した魔貴族達はなにやら禍々しい儀式の最中だったらしいのだ。
瓦礫で埋もれてわかりづらいが、ここは人骨などで作られた、ある種の祭壇━━━━臓物で飾られた壁や床や天井、血液でグシャグシャに彩られているそこに、色とりどりの魔石結晶や欠けて青錆びた剣、魔王の肖像画、四つん這いの剥製人間椅子、交尾中のハイエナの死骸、小人族の頭骨で作った人数分の酒杯に満たした黒い血液、等々のおそらくは魔界眷族が要求したであろう供物が添えられており、それらの中央に敷かれた人体の開きの絨毯の上にある寝台のような壇卓━━━━を囲むように配置されている。
壇の上には灰が盛られたかのようになっていて、そこに埋もれるようにして鎮まる大きな一塊の結晶が燐光を纏って産まれたばかりの稚魚達が水面を騒めくように粒立っていた。
(結晶━━━魔原石━━━━━)
ブンヤが察するに、その壇上へ簀巻の子供達が生贄に供されるところだったのだろう。こうした魔族による祭壇は時折見る風景であり、ブンヤは今までに何十回もたまたま打ち壊してしまっていてその度に魔界眷族から顰蹙を買っている。
今回も魔石の特別な魔原石を生成していた現場だったようで、おそらくは既に1人が済んだ後だった。
『〽︎アーア〜〜アーアーア〜〜♪オーオ〜オーオーオ〜♪』
悪魔の唐突な歌い出しは御沙汰発表の合図だろう。
曲もなくて神妙に居住まいを正した紫の悪魔は直立のまま3回”気をつけ”の姿勢を取ると踵を浮かせて爪先立ちで口を開いた。
『……発表する。右、魔界に仇なす神犯者セッタ・ブンヤ。その積年の悪徳により、魔界転生1,000,000回を命じる。以後魔族の下っ端に生き、死に、産まれ、繰り返し、魔界の因果を人草に混ぜ込み続けるべく精進されたし。断れば魂は死後冥界冥府凍結界へと収容する。魔族は何時如何なる時も魔族であれ。━━━ダギリ』
そう言うと悪魔は手を広げて空間一杯に光る文字列を浮かばせると一点を指し示し、
『ここに捺印を…あ、ご自身の右胸に手を当てていただいて、あ、左手で、ですね。それをこう、そのまま手をここの捺印欄に…』とブンヤに説明し、『そのあと悪魔三唱でお願いします』
と、曰った。
ぜんぜん響いてこない一方的な営業だが、ブンヤが天井の巨大な黒瞳を見上げると燃えるように黒黒と血走った瞳がブンヤを凝視しているから本気らしい。
左手を挙げたブンヤはその巨大な黒瞳へ━━━魔神の瞳へと手を掲げると、眷銃の手印を結んで示し、顕れた黒龍の銃身を撃鉄━━━空撃ちさせた。
「儂と戦争してから言うてみぃ」
即興で重低音を鳴らしたピアノ奏者の悪魔はそのまま長々と鍵盤を押し続けている。
明確な敵対を表すブンヤの宣言に、燃える黒瞳は蛇のように歪んで笑い、紫の悪魔は全身に滝のような汗をかいてびしょ濡れで硬直している。
『━━━おやおや』
『やあ事故だ』
『ブンヤ。君はまた、興味も無いのに魔族を殺したのかい』
『魔族を殺しても魂は顕れないのに』
『それに、生贄を奪って魔族の儀式を潰したね』
まるで人ごとみたいな口ぶりでブンヤの横に立つ馴染みの眷属達が、魔界眷族と睨み合ったまま嘆いて立っている。ピアノは打って変わって緩やかな社交を促す曲調を奏で始めたが、そういう雰囲気でも無くてチグハグだった。
『魔神達は━━━魔界の眷族達は、怒っているよ』
『予想外の事故だね』
『殺された魔族達の魂はともかく━━━━━』
『君が殺した生贄の子供達の因果は、あまり魔界の取り分にはならなくなった』
『私たちが話をつけよう』
「…………」
ブンヤが黙って銃口を下ろし、それから馴染みの眷属達へとゆっくり掲げて見せると、その黒く冷たい銃身は闇に溶けて消えた。
仲裁に入るみたいなことを言っているブンヤの眷属達だが、そもそも実のところ先方の魔界眷族達が用があるのはこの眷属達だろう。ブンヤの魂と自我と命は、ブンヤ独りのものでは無いのだ。
ブンヤの眷属と魔界眷族達は向き合うと会話の言葉を何も発さず、ただ少し死灰へ目を向けたり片手をあげたりと所作をするだけで何やら秘密めいたやりとりを始めている。
そんな眷属と魔界眷族達を交互に睨んだブンヤは懐から取り出した煙草に指の強引な摩擦で起こした火をつけるとしゃがみ込み、塵の積もるように崩れて灰になる子供達の死体を繁々と執拗な眼差しで見据えはじめた。
魔族の死骸はすでに滅んだ灰も散って冷たい床があるだけである。
「貴様んらぁ、はなっから命の無いもんに、儂ぁ用が無いんじゃ」
『『『『『『『『……………………』』』』』』』』
眷属達の方を見もせずに言い捨てたブンヤ。そのあまりの心ない一言に”最初から命の無い者達”は絶句してブンヤを見ている。
しかしそうだろう。今そこで殺した命達はブンヤの殺劾を満足させただろうか。
古びた床が、瑞々しい血溜まりを吸っている。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
子供を殺すという極悪。
ふつう、人は子供を殺さない。敵や仇の子供であってもふつうは殺さない。
ふつうなら多くの人は、死にそうな子供の命をなんとか助けて生かそうとするだろう。そこに善とか悪とか理屈や感情は必要無くて、ただ流れ落ちて亡くなろうとする尊い命をなんとか救ってやろうとして。
それはこのアウズ都市街郭でもそうである。
都市で産まれた、都民が産んだ都民の子供を都民は殺さない。
弱った子供を救い、幸せに暮らして死ぬ。
ただし、それは己の理想の中での出来事として起こり、終わりを迎える。
意味がわからないだろうが、この都市では実際には子供達は救われずに死んでしまうのだ。
だがそれは都民に悪意は無い。
理想の夢の中の子供を見る親から構ってもらえない子供達は飢えて死ぬか、親から離れて街を彷徨ううちに魔族に捕まり喰われてしまう。
全ては悪意ある異常者、価値観の異なる”普通で無い者達”━━━━━魔族により、子供達は殺されてしまうのである。
魔界の眷族である悪魔から「生贄にしろ」と言われれば、迷わず子供を供するのが魔族という存在だから。
ブンヤはこの街郭の子供を殺す。老人も女も殺す。誰でも、善も悪もなく殺す。
弱って死にそうな命を尚更に殺すし、元気だろうと殺す。
この都市街郭で出会う人類の「魂を見てみたい」と思える命がそこにあればブンヤは誰でも殺してきた。ほとんど見境がなくて、その命の人生にまるで興味がないかのように。
ひょっとするとブンヤには人間らしい感情が無いのかも知れない。
理屈はあるだろうか。
魔界の使徒に一度でも手をつけられた命は、その人生において魔の手に追われ続ける身となり魔界の眷族や魔族に絡まれ続ける。あらゆる悪事に手を染めさせられる因果に結ばれて一生を過ごすことになる。
あの家を強盗せねば、お前の両親を殺す━━━━━
あの飯に毒を入れねば、お前の伴侶を殺す━━━━━
あの者を殺さねば、お前の子を殺す━━━━━
すると、その人は悪事をやらざるを得ない。
だが、やっても終わらない。そのつど『お前は罪を犯した』として因果の罰則に財産を奪われ、内臓を奪われ、寿命を奪われることとなり、苦しんだ末に魔族として生きるチャンスを与えられ、多くの者は魔族になることを━━━魔界転生を選んで、その場で産まれ変わる。魔力の命による不老と長寿、不死に近いほどの異常な生命力を誇る魔族に。そうして永遠にこき使われて、いつか親神に魂を喰われてしまい自己を消失する。
魔物や魔獣は単純に人間を捉えて喰うなどして生きるが、魔族というのはその辺、手が混んでいると言っていい。獲物に印をつけて魔界のモノとし、その魂と入れ物を所有して権利を主張し、手放さないのだ。命と因果をそのまま食べるのも悪くは無いが、育てて増やして加工して使う方が魔界的に生産性が高まるというもの。
それ故その執着的なまでの干渉から逃げきれる人類はおらず、どうにか僧籍にでも入って聖神の守護下で余生を慎ましく生き長らえても、魂の幾許かは魔界に喰われてしまう。そのうえ魂に押された魔界の烙印は消えない。
その人がたとえ元々は善人や児童で、一方的に捉えられて生贄にされた被害者で非業の身だとしても、魔界はその人を魔族に変えていく。
だから、その魂や因果が魔界のものになってしまうくらいならば命を殺してしまうのだ。幼い子供であっても━━━━━
という考えらしい。
ただし、以上のことはブンヤの持つ理屈では無い。
生贄に供されるという、この理不尽な魂の因果の差配には現世の側面において非合理な非業と言える単なる災難にしか思えないのだが、しかし、その”現世”という次元の海に浮かべられた氷山の一角のような世界を支える莫大な因果の溜まり場である裏宇宙においては”起こり得る災難”なのだ━━━と、ブンヤの眷属達は続けて言う。
『浮き世の人草達には分からないだろうけどね』
「……」
『誰もが平等に、公平に、人類に課された災難の因果を分かち合っている』
『ある視点から見ればね』
「……」
ブンヤがこの都市街郭で人の命を殺し続け、永く永く放浪した年月の間、眷属達はそうして折に触れて顕れ教え諭してきたのだ。
理解しているのかいないのか、ブンヤから返事があった試しはない。
都市街郭に散見する魔族や魔界の眷族と、このブンヤの馴染みの眷属達がどういう間柄なのかをブンヤは興味がない。眷属達がどういう理由でブンヤに魔族のことを吹き込み続け、命を殺す所業を護持し続けているのかをも知ろうとせずにきている。
ブンヤはブンヤの理由があって殺しをやっている。そう自分で解っているだけで十分だった。
『でも、ブンヤは子供達を助けてあげてもよかったんじゃないのか?生きていれば、あの子達の後の人生がどうなるかなんて、魔界の絵図通りとなるばかりとは、限らない…かもしれない』
『いや、あの子達は酷い人生になったと思うよ。魔界の刻印をつけられていたんだから』
『一人はもう魂を深く喰われていたしね…』
『魔界を拡張するために、あらゆる悪事に手を染めさせられて、魔神への供物を拠出させられる。魔界の因果の依代として生きることになる。子供でも、早晩、魔族になってしまうよ』
『それで結局、子供が魔原石にされたりして魔界に喰われるよりは、今、殺した方が良いって考え?』
「…………」
『子供も大人も関係ないさ。人類には誰しも、たとえ魔族になったって、未知なる一縷の望みが最後の最後まで残っているというのに…』
『でもさ、やっぱ魔界に因果を丸ごと喰われるよりは、あの世へ行かせてあげた方がいいじゃない。そうすれば”次”があるんだから』
『うん。一か八かの未知なる可能性に期待して助けるのは、それは界界界の根源規定に適っているし、悪い事ではないかもしれないけど…』
『あの魔石、━━━この街は…そもそもこの街にいる時点で━━━』
『いや、てゆうかブンヤにそんな考えなんて無いから無理だよ』
『子供ほど白紙の未来があるから殺さない━━━なんて判断をブンヤがした試しがないから』
『この人、命を殺すことしか考えてないもの』
『なんであれ命を殺せば魂を観れるかもしれない、って考えしか頭にないからこの人』
『まあ、人類の命をなんとも思ってないのは、私たちも似ているけど』
「…………」
延々とつづく階段を登ってゆくブンヤに聞こえよがしな眷属達の会話は、まるで今初めて語るような調子だが、これもやはりブンヤが今までに何度も聞かされた言葉と似たような内容だ。
ブンヤに自他が何者なのかを弁えさせるために、わざとやっている会話だろう。それが今日死ぬという日にも途切れ途切れにずっと聞こえてくる。
あの生贄の子供3人を捧げられるはずだった魔界眷族達とブンヤの眷属達の対峙はどう落とし前がついたのか。ブンヤは興味がないから尋ねることはないし、眷属達の方も特に何も言わない。
ともかく、ブンヤは己の命日になるという今日中にできる事を為すために”次”へ向けて歩き出している。永く生きた今までと同じ、自分の思う自分の目的のために━━━━━
「━━━…………」
だが脳裏に過ぎってくるのはさっきのことなのだ。
今日が最後の日という事が与える自分への影響はブンヤにとって意外なくらい大きいらしく、普段は無心でいることの多いこの男が一つのことに引っかかって考えを巡らせている。
殺した子供達の魂は見えたが、魔族の魂は全く見えなかった。
魔族の死体に死霊が立たないのはいつも通りの事で、これまでの永い永い人生でブンヤがたまたま殺した多くの魔族達から一度も死霊が立った試しはない。だからおそらく単純に、魔族に魂は無いのだろうと考えている。
その疑問を眷属達に尋ねた事がないし、ブンヤの疑問を読んでいるはずの眷属の方からも教えをよこさないから未だに解らない。
魔族の死体はただ塵になり、灰が積もるようになって、それから風に散って消えてゆくだけなのだ。
それは魔族だけでなく、この都市街郭で死ぬ全ての人類種達が同様なのだが、とかく、この街では死体は徐々に塵になって消えてしまう。それも何故なのかが分からない。
そこから死霊が顕れる命と顕れない命があるのは何故なのだろうという事も、わからない。
この都市街郭でしか生きたことのないブンヤだが、その事が永く生きた最後という日に至っても不思議であった。
魂はどうなる
意識はどうなる
姿は、形はどうなる
無になってしまうのか
心は、記憶はどうなる
感情は消えるのか
どこへ行ってしまうのか
消えて無くなるのか
その人の”自分”は、それから後はどうなる
魂は、何のためにある━━━━━
記憶は記憶を呼び、過去を結びつける。
殺劾を始めた少年の日のある時、思い立ってその場の都民を手当たり次第に殺した。べらぼうな人数を殺しただろう。
その中で姿の見えた魂達というと、ブンヤに別れを告げて去っていった魂や、見知らぬ霊魂に連れられて消えていった魂などが十数人あっただけ。魂達が何処へ去って行ったのかまでは分からなかった。
だが、そうして死霊が視える場合もあったことから余計にブンヤは殺人へ傾倒したのだろう。
というのは、それらの魂達の姿にブンヤは命の”真実”を観た気がしていたのだ。
肉身を捨てて顕になった、その人の本当のところを見た━━━━と。
死霊として立ち現れた時、己の死に納得できずひたすら泣き喚く魂
自分の死体を見て、気が狂ったように独り言を言い続ける魂
自分を殺したブンヤを見て、睨み据えて消えてゆく魂
ブンヤには見えない何か見とめて、どこかへ去ってゆく魂
ただ溜息をついて笑い、消えてゆく魂
なぜ俺を殺したのかと延々苦情を述べる魂
己の人生を幼少期から回想し訥々(とつとつ)と語る魂
殺す前のその人と、死霊として現れたその魂とでは態度も感性も違っていた。
その中でも最も顕著な違いといえば、━━━━━顔が違うのである。魂の顔は、生前とは顔つきが違っている。
その何も偽ることのない真実の姿を知ると、ブンヤは「これで良い」と思う。
とともに、「この後この魂はどうなるのだ」「何のためにこの魂は在るのだ」と思う。
その先が真実の真実なのだろう。とまで思って、それ以上の先は考えられなくなる。
真っ白の領域があるのだ。
思考が散ってしまう、想像の限界の未知の領域━━━その無の先には、真実の姿である魂でしか進めないのではないか。そこはきっと魂が本来在るべき場所、還るべきところで━━━━━
(じゃけん殺す)
というのがブンヤの理屈である。
異常な思考で、自分の考えのために人の命を殺して魂を何処か”本来あるべき場所”へ送り出してやろうというのだ。その人の人生など考えず直ちに処してしまうのは何という自己満足のお節介だろう。
だがブンヤにとってそれが自分の宗旨で、真実で、その事と向き合うことが自分にとって異常なことだとは彼自身は何も思わない。
その一方で、自分が世間的に異常者であることを理解している。
(そうじゃ。儂の考えは誰にも理解できん━━━━━)
今また見えてきた記憶がある。
ひどく昔の事、まだ殺し屋になってすぐの頃の記憶だ。
当然のことだがブンヤはある時、人殺しらしく警察組織に逮捕されて刑務所へ収監されたことがある。
このアウズ街郭の一角にあった都市神原理主義組織居住区画の市民達3000人余りを殺した時、ブンヤは都市の軍隊から区画ごと包囲されて射撃魔法で散々に撃ちすえられた。
それでもブンヤは撃ってくる射手をどんどん撃ち殺していたのだが━━━その弾幕を掻い潜って飛び込んできた剽悍な若者にあっさりと捕縛されてしまったのである。
冒険者らしい出立のその若者が殺人狂の自分の前に立ちはだかる姿を見てブンヤは一瞬、逡巡した。そのとき若者に狙いをつけていた眷銃が忽然と手から立ち消えてしまい、眷銃がなくては他の殺人方法を知らないブンヤは抗う気も起きなかったのだ。
どうやって捉えられたかをブンヤは覚えていないが、首の横を強かに打擲されたところで記憶が途切れている。
なぜ自分はあのとき殺されなかったのか。あの若者は何者で、自分はなぜ撃つのを一瞬躊躇ったのか━━━━━
いや、そんなことよりも、眷属がブンヤに貸し与えたはずの眷銃を何故また眷属が一方的に奪ったのか。
眷銃が消えたのは眷族が何らかの都合で眷銃の貸与を取り下げたのだろう。
俺の殺人に力を貸す存在ではないのかと、そのときブンヤは眷属達の理解を疑った。命を思うさま殺し続けさせるために俺に黒龍を与えたのではないのかと。
そのとき、殺しを始めてから判明しただけの人数で都民723,157人の殺害。
悪人、善人、老若男女も貴賎も問わない無差別爆量殺人の罪。
逮捕からそのまま隔離区画の獄舎へ直送収監、裁判に弁護ということも無かったがどういう訳か極刑を免れて懲役1,000,000年という判決を得た。
何故かその間のブンヤはいくら手印を結んでも眷銃を顕せず、間違いなく獄中で死ぬ刑期を無為に過ごす他なかったのだ。
その長い獄舎生活の中で、ブンヤは「自分は普通の人間ではない」ということをようやく知ったのである。
エルフ万年、ドワーフ千年、人間50年などと言って、その他多くの人類種の中で人間の寿命は短い方であり、通常なら50~70年が関の山。魔法を用いればその限りでも無いが、生身ならよほど生き長らえても100年前後迄で衰弱死する。
それがブンヤは収監中、周りの囚人がどんどん年老いて死んでゆくのに自分は歳を取らなかったのだ。
ところが、それが自分だけの例外ではないという事も、刑期の間に知った。
監獄に居た異様に長命な獣人の話では、娑婆の人類の中には魔法や魔道具で寿命を伸ばす者が意外と居たりするのだとか。
その一人がおそらく自分だったわけで、受刑者の中には他にも長命の人間や半獣人が数人ばかり居たのだ。獣人などは特に人間の半分ほどの寿命しかない人種なので、それが歳を取らず長生きなのは全く異常な事であった。
普通はそういった異常な身の上を他人にひけらかすものでも無いだろうが、受刑者達は長く同居するうちにその辺が緩くなってきてつい喋ってしまう。というか、なにしろお互いいつまでも生きているものだから嫌でも気がついて秘密でなくなってしまうのだろうが━━━━━
そうした者達を見ていて気づいたことに、ブンヤは彼らのような人物に向けて手印を結んでも眷銃が顕れない理由が分かった気がしたりしたものだ。囚人達は全員が外国人であり、看守や出入りの者も皆アウズ都市街郭の都民ではなかったのである。彼らには、ブンヤが殺して魂にしてやりたいと思うほどの命の陰りが感じられなかったのだ。
ともかく、ブンヤにとって他では知り得ない情報の縁に辿り着くにはここしかなかったということが、奇遇な事に良縁だったと言える。
いたずらに長生きする奴らの中には、普通の世間一般の人々が知らない情報を知っている者が居るのだから。
(━━━そうじゃ。そこで、珍しい話を聞いた)
思い返してみれば、あの時、人の話などまともに聞かない自分が珍しく興味をもてた噂話があってしつこく尋ねたことあがあった。
━━霊媒師、などと俗にいう存在が世にあるのだという。
霊魂を見聞きし会話までする者が居るという、そこまでは巷でも稀に聞く胡散臭い話だ。冒険者ギルドにも登録のない修験者や神官、僧侶といった聖職者の中にもそうした異能の者は稀にいるらしい。
だが獄中で長命の者数人から聞いた話では、霊魂を見聞きするどころか使い回し、さらには現世を生きる人々の人生を操るほどの異常者がいるのだとか。
それは決して世界の表舞台には現れない、隠れた存在━━━”鬼導師”━━━その本物が、このアウズの街に実在するのだと。
鬼導師は霊魂を一方的に”直接操作”する霊媒であり、魂に本来ある因果を捻じ曲げてしまうのだという。
霊魂を目や耳や鼻や味や肌や意志や記憶の七感で知覚し、時に自身に憑かせて霊魂を着る。人の背後霊を通じて人生の記憶を全て読み取ってしまう。さらにはその魂の記憶を前世まで遡り情報を引き出し、太古の知恵や技を己のものとする。あまつさえ、霊魂を他人に憑かせて情緒も行動も操り、人生を狂わせて死に至らしめることもする。それら霊魂を使役して自身の精神が狂うということもないのだと。まさに現世から逸脱する異常者といえるだろう。
鬼導師の行いはその場だけにとどまらず、人の魂の因果を弄った事が全てを変えてゆく大きなうねりを造る。
戦争をその一例に挙げる事ができる。
数千数万もの人々が大量に死ぬ戦争という事象の切っ掛けや、その終結という状態の内部の真実にどのような事実があったのかを人々は実際には知らない。何がどうなったのかを新聞や波形などの変形した人伝てに知るのみで、歴史を実際に動かす一手にどのような判断や選択を行為した事象があったのかを知る当事者は、実のところ、その場のほんの数人だろう。
部下の謀反による覇王の失墜、一夜にして滅んだ大国、消えた文明、聖者の突然死、燃料資源の独占、流行や風潮の盛衰━━━━━人類の歴史にある事件の実際に何があったのかは様々な説があるが、真実は人と時に遮られて埋もれて分からなくなる。
そうした地表世界の人類種間に起こる様々な個人や組織に時折見られる異常な変遷の影に、鬼導師の暗躍がある場合があるのだとか。
という話を聞いてからというもの、ブンヤは鬼導師のことばかり考えた。
ブンヤの志す”偽りの命を殺して魂にする”という殺劾人生の途上に、それは引っ掛かったのだろう。
死霊を垣間見ることがあって魂の行き先に興味があったブンヤは、鬼導師を殺す事を考えながら刑期を過ごし、僅か1,000年も経たぬうちに獄舎ごと街の区画が滅びて勝手に出所した。
魂を使う鬼導師などという奇人と、市井の一般人が邂逅することは生涯まず無い。存在の噂すら知ることはない。
それは、その存在自体が人類社会から意図的に秘匿されているからである。
ブンヤは娑婆へ出て以降、渺茫な大半島の容積を構成する街郭という街郭を歩き通し、長命の者を殺し周り、都市の貴族や財閥、聖職者や政治家や魔族を殺して周って、その名主達が己の構築する社会のために使役する切り札として隔離・保護しているという鬼導師を探し回って見つけられず━━━━ついには忘れてしまい━━━━時に思い出し━━━━繰り返し、今日まで来ている。
ブンヤはただ、その奇妙な偽物の命を作る鬼導師を殺したらどうなるのかと思うと、絶対に殺したかったのだ。異常な存在の死後は、その魂は、どうなるのかと。
ブンヤの眷属達がブンヤの興味を察して導くことは無かった。
どれだけの年月が経ったか分からないほど遠い昔のことで、もうブンヤの記憶の藻屑になっていた執着である。
「……………」
回顧が長じればいつも同じ疑問が首をもたげる。
今もそのことに気がついて、足を止めている。
毎回、自分でも思うのだ。死んだら魂がどうなるのかなどと、知りたければ自分が死ねばいいだろう━━━と。
それが、人の命を殺して中身の魂を未知の世界へ送り出してやることが自分の人生なのだと考える横着はどういうわけなのか。
自分が殺さずともアウズの街の人々は遅かれ早かれ勝手に死ぬのである。
自分は、自分の宗旨を異常と思わないなどと己に嘘をついているのではないか。
殺すことに意味があるのだろう。
俺が命を殺すことに意味がある。
それは何故だ。
偽りの因果で歪んだ命を魂にしてやるためだ。
━━━という、いつもの答えに行き着くのも、今日という日で終わりなのだろう。
「…………」
『ブンヤ。ここはだいぶ、標高の高い位置まで来ている』
眷属が横にいて、ブンヤはいつの間にか風の強い場所に立っている。ここは何処だか分からないが、大きく外に開けた空間である。
寂れた街楼の階段や坂を上へ上へと歩き、途中、機能する昇降機を見つけては乗り継ぎ乗り継ぎしてもうだいぶ経つ。
冷たい空気の流れの来る方へ、澄んだ湿り気の濃い方へと歩いて行って、それでも空からの明かりは入ってこなくて仄明るい街灯だけの薄暗闇。
遠くには視界一杯に広がる小さな明かりが犇いて見える。
おそらくここは前方と上下に空間の大きく裂けた崖のような場所だろう。明かりは、その対岸の街明かりだ。
『入江の支谷の一つだ。対岸の壁面街578区まで800の距離がある』
『風が強いね。潮風と、遠く空から降りてくる風の混じる匂い。それに食べ物の匂いも…』
『おや、海鳥がこんなところまで来ているよ』
『……それ以上、足場の端へ寄ると落ちてしまうぞ。ブンヤ』
『海へ落ちてしまうね』
「……」
『何か気になるものが見えるのか?海面は、見ようと思えば見えるはずだ』
遥かに見下ろす谷底にチラつく明かりがポツポツとある。
路岸の際で風を受けて並んでいる海鳥達に混じってブンヤが谷底を見ると、視界が広がるように海面へ迫り、舟燈に煌めく水面に浮かんだ沢山の巨船が港湾に寄せているところが見えた。
桟橋に渡された船橋を歩く大勢の人々があちこちの船から吐き出される様は上から見ているとおもしろい。高所にいるブンヤからは無数の小さな粒々みたいに見えるけど、あれらの全部に命があるのだ。一人ひとりに、ブンヤと同じように魂が入っている。
「……運びよる」
『魂をね』
『いつもと同じ。諸国からの移民達だ。この都市は今も際限なく受け入れている』
『……都市街郭の拡張もずっと続いている』
『居住区の繁寂の隔たりも、広がるばかり。か……』
「…………」
この街の人口分布は極端に偏っている。
途方もない街の塊の群れでできている建築群のどこをどう歩いても何らかの家や店や工場を思わせる建屋の造形で、どこもかしこも街路があり階段があり街灯があって水路があってと”街”らしい部分をゴテゴテに集めた風景なのだが、しかし実際に人の営みある街区となると局所的である。
ほとんどの区画は人気の薄すぎる遺跡のような幽霊街と化してしまっていて、逆に多くの人々の密集して住う区画は、魔石技術━━━魔力を駆使した繁華街に栄えている。
どれほどの人口がこの区画や都市街郭に在るのかは、長くこのアウズという大半島街郭群を放浪しているブンヤにも解らない。
ブンヤが生まれる前からこの街は今と変わらない巨大さで、実際は今の方が少し巨大らしい。
そこで生きたり死んだりしている人類の数は、外から運ばれてくる人数とこの街で生まれる人数と合わせてべらぼうな数になるだろう。
だというのに、繁沢というほどに人草で都市街郭が埋まるという事はなかった。
「いつまで続くんじゃ」
『この街?ずっとさ。街の拡張は終わらないだろう』
「…………バケモノじゃの」
『…………』
「人を喰うバケモノじゃ」
殺人狂が街の事をバケモノ呼ばわりするのも妙なものと思ってか、眷属達は黙って相槌も打たない。
が、実のところ、この都市街郭群の人口は増えていないのだ。絶えず移民を搬入して人口を保っているだけである。そのくらいの事はこの街塊を長く生きてきたブンヤには気がついている。
しかしそれは、べつにブンヤが大量殺人しているから人が増えないというわけではない。
外から入って来る者も、この街で生まれる者も、ここでは長く生きる事ができないのだ。
何らかの方法で長命を得ている異常者はいるが、それ以外の者達は皆んな、魔石文明の魔力に身命を蝕まれて早世してゆく。都市に住む一般人ほどその傾向がある。
魔法で作ったドレスや背広など変幻自在の衣類や化粧を楽しみ、魔法で作ったハンバーガーでもシチューでもシャンパンでも世界中の美味な料理を飲み食いできて、魔法で作った豪奢なソファやベッドや豪華な家具を魔法で作った庭園と水浴場のある瀟洒な邸宅に飾って住まい、魔法で作った膨大な情報を知れる共有交信機器や魔法で作った楽しい映画や仮想世界体験遊戯で遊び、魔法で作った幸せになれる薬で苦しみを忘れ、魔法で作ったガッカリさせない期待に応える素敵な異性で━━━━━
あらゆる夢も希望も叶える魔石原料で出来た品々に耽入るうちに、人々は己の命を忘れて忽然と死ぬ。
そして不思議なことに死体は灰になり、消えてしまって残らない。
死体は何故消えるのか。その後に現れない魂達は何処へ行ったのか。
「━━━━━……」
ブンヤが眺望していると、傍に立った眷属が大きな翼の脇から伸びている白っぽい手を口元へ持ってきて、やや二本指を立てる手印で仕草をしてみせた。緑のガラスのような眼を金色の睫毛で細めて意地悪く微笑んでいる。
『ブンヤ、こうしていると、何かが足りないと思わないか?』
「……チッ……わぁーっとる」
『僕らは好きじゃないんだけどね…』
『でも、ちょうど外国船が来たんだ。最後の日だし、一服するのに特別なヤツが要るだろう?」
「じゃかぁしぃ」
煙草である。それを思うと溜息が出てしまうブンヤだが、今ちょうど切らして1本も無い。
懐にはいつも適当な煙草が薄いケースに詰めてあって、無くなる前に補充している。廃墟で拾ったり殺した遺体から取った銘柄も味もバラバラの煙草。殺し以外でブンヤの執着する唯一のものである。
いや、無いなら無いで構わない。そんなもの所詮は━━とも、思うのだが━━━━
だが、それが、今日死ぬという日に無くても本当にいいだろうかと、どうかな、と考えるうちに自然と足は目的を持って歩いている。
外国船の入港した今なら、海外の各地で作られた香りの良い”本物”の葉っぱが手に入るだろう。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
繁華街へ降りてゆく路地━━━といっても上下左右の街塊が延々とつづく中を通ってゆくのだから隧道のようなものだが、建築物でゴテゴテの風景の、道路なんだか屋根の上なんだか解らない細道を歩くと徐々に人の営みが五感に伝わって来る。
実際に人々の生活圏へ至るにはまだ遠いはずだが、それでも解るのがまず匂いで、外気を出し入れする換気口や配管がそこら中にあって何処かからか何らかの匂いが漂って来る。いろいろ混じっていてよく解らない匂いだ。
ブンヤが使うこうした細道は公道ではない。大っぴらな道を通ると関所で役人と一悶着起きてしまうから、そうすると役人達を殺している間に人々が逃げ出して街区が無人になってしまうのである。そうなっては人殺しができないだろう。だからブンヤは私道や廃道や道とも言えない建物の隙間や廃屋の中などを通って移動するのだ。
その道筋を先導するのがいつもの眷属達である。
『いつもさ、野良猫みたいだよね』
『人殺しの野良猫』
『僕みたいなですかぁ〜?』
『そうそう』
『ふふw』
「…」
姿を顕しては掻き消え、眷属達はブンヤに細道の行手を示しつつペチャクチャおしゃべりをしている。
それにしてもいつになく眷属達が姿を見せるのは、やはり彼らが言ったように、今日がブンヤの命日となる日だからであろうか。
眷属達が何柱いるのか、どんな姿をしているのか、ブンヤは特に興味を持って具に見たことがないからはっきりとは分からない。いつも視界の端に捉えて「居るな」と思う程度である。
それがこうして度々視野に入って来ると嫌でも認知してしまうのだが、眷属達の姿形は様々で統一性がない。
全身をゆったりと布で包み布端を左腕に掲げ、右手に宝珠を掴んで立つ三つの碧眼ある姿━━━━━
大きな黒い翼の中から輝く小さな顔を覗かせている、三本足の奇妙な鳥のような姿━━━━━
光背のある黒煙の中で護符を立てて抱く、二角の短い角を生やした青い肌の全裸の姿━━━━━
白い猪の上に立っていて腹帯に短刀をさしている、隻眼で刺青だらけの姿━━━━━
めちゃくちゃに布を巻き付けた格好で背中に艶やかな翼をバサバサする、猫耳半獣人の少年の姿━━━━━
人間でも動物でもない姿の流木か磔柱のような形状で、旋回する星のような粒を身に纏う何か━━━━━
他にもいるが、今ぱっと意識しただけで見て取れたそれらの姿は、この現世を生きる人間やエルフや獣人といった人類種とは趣が違う。
(魔族に、似とる)
以前から思っていたことだが、この街にもいる魔族の連中と、その姿の趣向が似ていると言えなくもない。
眷属達が魔族の姿に似ているのか、魔族が眷属達に似ているのか、それは分からないが。
「━━━━━……」
その場にいるのか居ないのか希薄な眷属達の姿に注意を払っていると、微かな喧騒が遠く聞こえて来るのに気がついた。繁華街に近づいたらしい━━━━━
という時に、ふと、ブンヤの行く足が止まった。
この狭い路地の前方ずっと遠く、仄明るい街頭の下に小さな人影が2つある。
都民だろう。街外れでイチャつく男女の逢引というところだろうが、都市の魔法で夢を叶えれば良いものを互いの肉身を求めるとは見所がある魂かもしれぬ。
射って死ねばよし━━━ブンヤは命を殺して魂を見れればそれでよかった。
「……チッ」
掲げた手印が徒手のままである。
殺人狂のブンヤには分からない考えだが、眷銃の貸主たる眷属達はあの命2つを撃たせるつもりがないということだろう。あるいは、珍しいことだが外国人か、それとも殺すほどの意味のない命ということか。
静かな隧道である。ブンヤの鋭い舌打ちが反響すると聞こえてか、小さな人影2つが伸び上がってこちらを向いたようで、そのまま固まって動かない。
構わず歩いて行くブンヤはそのまま2人の顔も姿も見ずにすれ違ったが、その背後をヒタヒタとついて来る足音が続いた。
それからしばらく歩いて、ブンヤがすっかりそのことを忘れた頃に、蚊が鳴いて震えるような小さな声が背後から聞こえた。
「━━━━し、……死神ですか」
「……」
声変わり前と思しき青い声である。流行りの派手な都市服を着た少年少女が目を真っ直ぐにして動かさずに、表情の無い顔でブンヤを見ている。
死神、と呼ばれたからブンヤは振り向いたわけではない。足音が聞き慣れた風景になるほど長々とついて来ている2人の存在を忘れ去っていたものだから、不意に聞こえて振り返っただけだ。意味の分からない呼びかけを気に留めることもなくて、一瞥しただけでまた歩き出してしまった。
殺せない命にブンヤは興味を持てない。殺人狂のくせに妙な事だが、眷銃で撃ち殺す以外の方法で人を殺める事を想像すらできないのである。
「……━━━━━」
ふと思うところがあって立ち止まり、振り返ると2人はもういなかった。
しかし自分は今、何故もう一度少年少女を見ようとしたのか。
ブンヤは自分でも意外な行為に思いを巡らせると、目に映った2人の姿が、疎らな記憶に残る不確かな似姿の影を脳裏へチラつかせていたのだが、もう取り留めもなかった。
━━街郭のあちこちに照明が多くなって来た。
無機質な通路の坂や階段を登り下りして小さな扉をくぐり、水路に出て水路脇の路肩をとぼとぼ歩き、脇にあった階段を登ってゆくと街の喧騒が遠く掠れて聞こえる。
甲高く歌う女の声
何の楽器かわからぬほど音の混ざった曲
光源が蠢いて、街路の輪郭がまばらな虹色に揺蕩う
━━街明かりの差し込む建屋の隙間から顔を覗かせると、眩い魔石灯の明かりが歓楽街に満ちて、宝石群の中にいるかのようである。波いる人々の姿が眩むほどだ。
街の至るところに淡い光が浮いており、そこにそれぞれの”世界”が作り出されている。
脂の乗った焼肉や美しい酒、飲食店や遊技場で騒ぐ男女、靴や外套やネックレスといった服や装飾品───世界中の新しい事件や事故や、俳優達の演劇までもがその幻のような光の中にあって。
すべてはこの街の人々、一人一人の趣向に敵おうとする魔法の光なのだ。
群なす光に上書きされてか街路の人々の姿は眩んで朧に見える。
夢見の世界が浮いている中を行くようで、ブンヤが街路を歩き出すと、足元にも、頭上にも壁面にも、輝く商品の姿が急がしく追いすがって気を誘った。
『ハ〜♪ハ〜〜♪』
『アァアー〜アアーー〜♪』
『━━━サンドラ渓谷の深い森、100年に一度の出会い』
『黄昏に深く香る━━━━━』
『カナビスクイーン』
美味そうに喫煙する人々と穏やかな落陽に映える山野、その樹林の影に萌え茂る鮮やかな玉虫色の葉━━━という、この街に相応しからぬ大自然の光景を顕す世界の中から、眉目の整った紳士と淑女が歌うように語らいながら現れた。
輝かしい姿で街路に立って和やかに微笑む彼らが、ブンヤに葉巻ケースを手渡そうとする親しげな手つきはごく自然な実態ある所作である。
開かれた葉巻ケースから覗く1本の葉巻、そこから爽やかで甘い香草の香りが漂って━━━━━
(じゃが、違うとる)
『━━━?……━━━━━』
『━━━?……━━━━━』
それはブンヤの求める”本物”ではないのだ。
顔を背けて立ち去るブンヤに肩を竦めた男女の体が、しだいに顔色まで怪訝に曇らせてただの光の靄に変わった。ブンヤを招かれざる客と気がついたのだろう。
困惑したように揺れて宙に散ってゆく魔法の光達に続くようにして、他の形象も音達も、波が退いてゆくようにブンヤから離れて行く。
魔法の光達はこの都市街郭の魔物だ。その魂を持たざる者達にブンヤは興味が無くて、捌けた光の間の闇を歩くと目当ての船荷を求めて岸辺への坂道を下って行った。
街郭の遥か高層から崖下の岸辺にまで広がる人々の群れは煌々と光に包まれて、魔力の夢に曝されている。
━━━━茫楼街アウズ都市街郭群━━━━━
この奇妙な街に暮らす人々の生活は、争いや労働のない自由な日々を楽しむものである。
着る服も食べ物も寝床も何もかも好きなだけ街から人へと提供される仕組みは常に維持されている。
その魔法の服も、魔法の食事も、魔法の家も、アウズの街の魔力が━━━魔石文明が保証している。
魔都と言っていい都市だろう。
人口の大部分は各地方の入江に築かれる港湾都市群に集中しているものの、そこに暮らす人々は街の支配者ではない。
エルフも、人間も、獣人も、人は皆この街に飼われているのだ。
人間牧場。というのが、この街を指す魔族の業界用語であり、海外では難民救済団体の使う隠語でもある。
「貧困、暴力、老いや病、無理解、孤独━━━━━人類社会で生きる自信を失くした者達が、夢や希望を叶える理想郷。茫楼街アウズに住めば全てが好きなだけ無償で与えられる。服も、食事も、家も、娯楽も仕事もなんでもさ。なんなら、全く働かなくたっていい。完全に、超自由だ!」
などと世界中で勧誘された人々が船に乗せられて海を渡り、この魔石文明都市の魔力が叶えるあらゆる自由を無制限に与えられ、その魂から干からびた因果を搾取されている。
この街並みを混ぜっ返すみたいに溢れる人波は、魔族に喰われる人草達なのだ。
今ブンヤの歩いて通る長大な街路には道の遠くまで食卓を並べて脂肉や美酒の煌びやかな御馳走を貪り合い笑い合う人々で賑わっているが、その実、皆んな喰われているのである。
(ここで全員を殺せば━━━)
魂の行先をたくさん見ることが出来るんじゃないか。
”本物”にしてやろう━━━とばかりブンヤは思うのだ。街の人々を見る度に。
それでもそうしないのはブンヤに理性があるからだが、それは道徳とか罪悪感とかそういう事ではない。
眷属から借りている眷銃が姿を顕さないから射てないだけなのである。人知れず手印を切るブンヤの手の内に銃身は顕れなかった。
今日が自分の死ぬ日だというのに殺しができないのは困るが、しかし眷銃以外で命を殺す方法を知らないブンヤにはそれだけで殺意を萎えさせる。
ただ、目に映る人々を見ていて、全てにひとつづつ命が在るのだと思うと、欲求だけは抑えられないだろう。
(━━━━━人の命の形が最も顕れるのは、顔だ)
と、ブンヤには自然とそう考えているところがあって、人混みを行く間ずっと視野に入る一人一人の顔貌を目で追える限り追って見ている。
均整の整った顔形の男女が多い。
若者が多い。
表情が柔らかくてニヤニヤしている。
多種多様な色艶の髪や肌、文字や絵柄の複雑な刺青、金属環や宝珠を飾った鼻や耳や唇や眉、多彩な色模様の目がキョロキョロして、共連れ達と歌を口遊み、ぺちゃくちゃお喋りしている。
甘いクリームや色とりどりのジャムを包んだ薄いパイを片手にして齧っている。
淡く光を放つ液体を透明な杯から伸びる管で啜っている。
指先に摘んだ小さな巻物から、キラキラ綺羅めく煙を吸ったり吐いたり━━━━━
変化に富む顔顔が満足げに微笑んでいる。
生きて暮らすのに労働する必要が一切ないこの街では誰もが幸福に見える。
遊んでいるだけでいい人々の切羽詰まった幸福━━━━━その”入れ物”である命の顔と、魂の形は同じだろうか。
「……━━━━━」
見ている顔達の中に、逆にブンヤの方を見ている者達がいる。
夢見心地でいる都民達の中で黒づくめのブンヤの長身は嫌が応にも目立つのだが、或いは光の魔物との接触が魔族の感知を得たものか。
都民でない異物の侵入を監視するのは、この都市に使われる労働者━━━魔族の義務なのである。
そうして人の姿を真似ることなど自在な魔族達の生業が、都民達へのオモテナシなのだ。それで都民の因果に肖る為にこそ魔族は人々を守らねばならない。ブンヤのような”悪仁”に都民を殺戮されては困るだろうと。
付かず離れず追い縋る魔族達の配置を意識しながらブンヤは港口への坂を降りて行く。
すると、向かいから坂を登って来る集団が見えてきた。
「見て、なんてたくさんの、綺麗な街の光……魔法都市アウズが実在したなんて……私は夢でも見ているの?」
「ここでなら、どこでどんな暮らしをするのも自由……働かなくても良いって……」
「食べものがいくらでも何でもあるって本当なのか?」
「どんな服も、家具も、えっと……何でも無料でもらえるらしいよ。大都会だから、物が余ってるんだよ」
「本当に、長い船旅だった」
「俺たちは運がいい」
「沈められた船のやつらの分も、俺たちはこの街で生きよう」
「ああ。王族も政府も、この街までは追ってこれない」
「剣と魔法の戦いなんて……もううんざりさ」
「そうだ、生きるために、食っていくために、何で殺しあわなきゃいけないんだよ……」
「━━っ、おいおいもう忘れようぜ!ここじゃあ何でも望みが叶うんだ!」
「好きなだけ好きな飯が食える!働かなくていいし、他人から奪う必要もない!」
「地上の天国に着いたのさ!俺たちは逃げ切ったんだ!アハハw」
「これからは好きに生きれるんだからね」
「ハハwそうだな!本当に、生きてて良かった!早く役所へ行って、本契約を済まそう!」
いちいち街楼を見渡して物珍しそうに、今から魔石文明の暮らしを楽しもうと希望あふれる面持ちの彼らは船から降りてきたばかりの移民達だろう。丁度よかった。
さっそく眷銃をと懐手に手印を試すブンヤの掌に銃身は顕れなかったものの、ブンヤの目当ては今回そればかりではないのだ。移民達の中には海外から持参しているであろう煙草を余らせている者が居るだろうから、ちょっと呼び止めて煙草を━━━━
と、まだ旅汚れた服を着ている移民達に声をかけようとブンヤが顎をあげかけた時、その肩に迫るほど幅寄せしてきた黒塗りの車が静かに止まり、移民達から遮るように停車した。
「兄弟。わぃさぁ、生きとらしたか」
「━━━?……」
車窓から呼ぶ声にブンヤは眼を怒らせた。
その声が記憶の隅っこを埃立たせて一瞬微睡むようで、脳裏が眩む不愉快な違和感とともに目の前の人物の顔相が記憶のそれとダブって見えている。
「…………わりゃぁ……━━━ッ!?」
思い出したその一瞬、背中の腰の上を硬い何かが刺しこむ感触がある。
振り返るブンヤから飛び退いた人影がそのまま路地に逃げ込もうとして、そうできずに硬直していた。━━━さっきの2人の子供、その1人の少年が口を開けて震えている。赤い手袋をしているみたいに真っ赤な両手から血を滴らせて。
「━━━ええ貌じゃ」
「ぁ、あ゛っ━━━」
黒づくめの男の低い呟きが、暗雲から轟くように少年の鼓膜を震わせた。何も持たぬブンヤの徒手が少年の右胸へゆっくりと掲げられ━━━その手の指がだらりと奇妙な形を、手印を結んでいる。魔法の手印━━━少年の目にそう見えた手に、忽然と黒く煙る銃が握られていれて━━━━━
頽れる少年の右胸から吹き出す夥しい血液が坂道を降ってゆく。
殺した小さな肉体が横たわるのをじっと観ているブンヤの横では黒塗りの車窓が既に下りている。
「挨拶がわりたい」
「━━━……」
こともなげに、風が吹くみたいな軽い調子の声である。少年を殺しの道具に使ったらしい声の主は、ブンヤに旧知の男であった。
深い皺を刻む顔を俯かせた色眼鏡の端から鷹のような丸目がブンヤの顔を覗いて、ブンヤの腰腹から足下まで濡らしている鮮血と見比べるようにすると細く歪んだ。
ブンヤはその目に目を逸らさず、腰腹に深々と突き刺さる短刀を鮮血と共に引き抜くと見もせずに路肩へ放り捨てた。
「━━━おぅ、ええ鉄砲玉じゃ、ヒュローキ。……おんどりゃ殺したはずじゃがのう。……遠い昔じゃ」
この馴れ馴れしい男をヒュローキという名でブンヤは覚えている。嘗て、まだ殺しを始めて間もない頃のブンヤが殺人業を同じくする杯を交わした契約の仲間、━━━そして、ブンヤが自ら眷銃で殺害した男である。
「……懐かしか。……乗らんね兄弟」
「……」
「どうぞ」
「どうぞこちらを。お使いください」
ヒュローキが言い終わるや運転席と助手席から降りてきた精悍な男達━━━ヒュローキの舎弟か若党らしい若者2人がブンヤの横に来て後部座席を開け、同時に煙草を一箱手渡した。思わず受け取ったブンヤが席を覗くと、その奥に、遠い過去に撃ち殺した仲間の男が当時のままの顔で座っている。
一瞬、記憶の中にいるような錯覚に眉を顰めたブンヤだが、その真横にどかりと腰を下ろした。
走り出した車は今死んだ少年の流血を踏んで赤い轍を描いて行く。
ブンヤがバックミラーを見ると路肩の死体の上に少年の死霊が立っていて、その傍に立つ少女と2人で、この車を見送るように佇んでいた。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「━━━わぃさぁ”死神”っちゃあ呼ばれとうや?兄弟」
「━━━……」
「なんや、知らんとね。巷じゃあ”茫楼街の死神”っちゃあ昔っからある伝説やけん。わぃさぁ本人が知らんこつばってん可笑しかね」
「……儂に何の用じゃ」
「物に手ぇ出されたら敵わんけん」
「われの移民か、あれぁ」
「ああ、おぃんとこの仕入ればい。おぃは魔公爵ばぁなったとよ。こん一帯の港は、全部おぃのもんったい。海外まで兵隊ばぁ飛ばして、ぎょうさん運びよらす。ふとかぁ稼ぎになっとっとよ」
車中、2人が交わした言葉はそれだけで、お互いを見もしない。ただ、極自然に横から差し出された追加の煙草を箱ごと受け取ったブンヤは深々と吸って吐き、横にいる旧知の男━━━ヒュローキも燻らせている。魔族という身上をさらりと打ち明けたのはただならぬ事のはずだが、告げられたブンヤの方もどうとも思わないのか瞬き一つなかった。
ブンヤはこの口の軽い男を嘗ての昔に自らの手で銃殺したとはっきり覚えている。何故殺したのかという動機のところは曖昧な記憶から容易に思い出せないが、確かに殺した。
だというのに真横に座っている理由が分からず、黙って考えている。本人に直接訊くのは気が億劫で、自分の過去に心当たりがなかったかと記憶を弄っても、例によってバラけてしまう追想はもやもやするばかりで掴みどころがなかった。
黒塗りの車は移民達の群れをか掻き分けるように走り、曲がりくねる傾斜路を下り何度も橋を潜って、港の検問をそのまま通り過ぎて船着場へ入ってゆく。
巨大な城郭である。
崖下の波止場沿いに岸壁を切り割ったような堅牢な砦があり、そこから港湾の崖面に柱も門扉も巨大な建築が高層まで連綿と連なっている。その脇から巨大な船舶が丸ごと出入りしていて小舟や運搬車両が盛んに船荷を運び、建物の外は船から降りてきた移民達で賑わっている。
車窓からぼんやり眺めるブンヤに「これらぁ全部おぃのもんばい」とヒュローキが言ったが、ブンヤにはその価値が分からなくて返す言葉がなかった。
どこを見ても港らしい賑わいの風景なのだが、港を囲う高い外堀の上や崖の随所に銃器や大砲が整備してあるのは、この港湾が要塞そのものでもあるのだろう。移民船に偽装した海賊や外国の戦艦がアウズ各地の港を強襲することは稀にあることで、そうした防衛の拠点でもあるというわけだ。
そうした全ての主人であると言うヒュローキの立場というのは、一国の王に相当するかもしれない。
ブンヤを乗せた車はそれらの賑わいから逆方向に離れて進むと船荷を堆く積み上げた貨物箱や重機に囲まれた道を通って開けた波止場の中央で止まった。周りにはブンヤを乗せて来た車と似たような黒塗りの高級車が多く止まっていて、その外にいちいち身なりの良い人々が屯している。その中のある者は腰を低くして首を垂れ、ある者は片手を上げるなどしてブンヤの乗る車へと会釈している。
「仲間を招集してあるとよ。兄弟に紹介するばい」
ヒュローキがそう言って車窓を下ろすと人々が集まって来た。その中から20人ほどの主だった顔ぶれが前へ出て来てヒュローキに挨拶を交わし、ブンヤへ好奇の目を向けながら目礼して「宜しく」とか「どうも」とか当たり障りのない挨拶をする間、ブンヤは煙草を吸いながら全て一瞥しただけで礼もなく黙殺した。
仲間だと紹介されたこの人々は近隣の港や街郭各地の要所の都市魔法設備を運営する組織の長達なのだという。
「おぃも含めて全員、魔貴族五公の爵位持ちばい。ばってん、アウズの魔貴族は皆んなよぅ働きよらす。魔族の貴族となっても結局は労働者ばい……」
肩を竦めて首を振るヒュローキがそう嘆いた通り、この自由であるはずのアウズ都市街郭で働く彼らは全員魔族なのである。移民達がこのアウズ都市街郭と本契約して都民となり、限りない夢と希望を体験するための魔法設備や魔物に魔力を加工するなどして働く魔族達━━━それらを指揮する役職に就ているのが魔貴族達ということだろう。
彼らが魔族のくせにいちいち人類の姿でいるのは、都市街郭にまつろうドレスコードというところだろうか。移民や都民達に魔族と知られては運営上、不都合であるのかもしれない。
それから魔族達とヒュローキが話すのをブンヤは横で煙草を吸い吸い長々と聴いた。
どこそこの国からどれだけの移民が入った━━━━━
この半島と大陸の境界で、大陸側から密入国する冒険者が後をたたぬ━━━━━
港湾の要求する法案を通さぬこの街の政治家が、どうも新興国の間諜らしい━━━━━
大陸王族との紛争が━━━廟舎斎主の託宣が━━━都市魔族連合の会合が━━━ギルド財閥の運営方針が━━━━━
どうのこうの、聞こえよがしな会話はブンヤの興味を引こうというものなのか、話すうちに魔族達が大勢集まって来てヒュローキにいろんな報告をしている。
ときにヒュローキは”船荷”の幾つかを持って来させて怪しく煌めく結晶などを手に取りブンヤに見せた。宝石のように切断研磨された色も形も様々な結晶石や、その原石の歪な塊と━━━それらの魔石に彫刻を施した物や粉末にした物など、人足を呼んで次から次へと貨物を持ってこさせていちいち製法や用途をブンヤに説明するなどしてキリがない。煙草が美味いからゆっくり頷いていられるものの、普段なら一顧だにしない話ばかりだ。
全てこの港から海外へと輸出する品物という事らしいのだが、ただ、その脇に一際目立つ異様なモノ達があってブンヤの目を引いた。
それは人間の男性、エルフの女性、獣人の男性、━━━ということがブンヤの脳裏に解説される認識でやっと判るような人相である。全裸で四つん這いで這わされている彼らの顔には人間らしい表情がなくて、目は左右異なる方向を向いていて意思が見えず、鼻水と涎が常に出ていて、頭髪や歯がほぼ無くて、全身がガリガリに痩せこけた状態の者たちだった。長い間その姿勢で移動しているのか膝と手が奇妙に歪んだ形状に変形している。
ブンヤには意味不明な輸出品で、何の意味があるのか見当もつかない。
「……?……」
「珍しかとね?兄弟。こいつらぁ密入国した冒険者ばい。いくらでん入ってきよるけん捕えても殺してもキリがなかったい。ばってん、こうして廃人にして魔石に加工すっと儲けが出る。見せしめにもなるけんよかっちゃろ?ハハw……冒険者の成れの果てっちゅうこつばい。こいつらから割の良かぁ魔石ばぁ採れるとよ。こん廃人ひとつで、━━━そうやね……大陸百国通貨1,000万モニーが今の相場ったい。そっから結晶ば精製すっと3倍の値がつくったい」
「…………」
外国から密入国する冒険者、というのは聞いたことのある話だとブンヤは思った。
冒険者だと自称する彼らは諸外国からこの大半島アウズ都市街郭に勝手に入ってくる外国人である。
諸外国の冒険者ギルドでアウズ都市街郭絡みの案件が常時あって、その報酬も高額な事から依頼を受ける挑戦者が少なからずいるのだ。
その依頼内容はというと、アウズへ移民した親族を連れ戻してほしいだとか、アウズへ逃げた犯罪者を捕らえてほしいだとか様々らしい。そうした依頼の中で仲間の冒険者の捜索というのも、そういえばあったかもしれない━━━━━
とブンヤが何故か懐かしく思い出せるのはバラけた記憶の中にあって曖昧だが、たしか若い頃の一時期はブンヤも冒険者ギルドに所属していたのだ。どういうわけか、この都市街郭には幾つかの海外資本のギルドがあった。その中の冒険者ギルドでの冒険者達の仕事がだいたいそういう内容だったのを少し思い出せる。
冒険者は海外から海路でも陸路でも地下路でも空路でもあらゆる方法で密入国してくるのだが、多くは諦めて撤収するか、都市の魔物の魔法━━━その夢と希望に溺れて死ぬか、魔族に討たれて死んでしまう。
依頼を成功させる冒険者がいるのかどうかブンヤは知らないが、その中でこうして捕えられている者を実際に見るのは初めてだった。
「━━━ばってん、そぃだけやなかと。企業秘密ばってん、兄弟に教えちゃるけん。こぃは━━こんアウズの普通のやり方とは違うっちゃんが……捉えた人草を生かさず殺さず監禁して心を灰にすることで、因果を浮かせるったい。服を着るのを許さずどうでもいい気持ちにさせる。飯を食わせず魔力を与えて生命だけ維持してどうでもいい気持ちにさせる。住む場所を与えず常に這い歩かせて尻穴丸出しでどうでもいい気持ちにさせる。喋ることも許さず、どうでもいい気持ちにさせる。そうして数年から、長いと数千年かけて、こいつら人類に自分から魂の因果を放棄させるったい。その最後に、魔界に魂を渡すと契約すれば楽に死なせちゃるちゅうて契約させる。そぃで体内に魔石ば出来たら殺っして採取すったい」
聞くだに手間と時間のかかる製造工程で、どうしてそこまでして魔石が欲しいのかブンヤにはさっぱり興味が湧かないが、ともかく被験者が廃人になるまでを待ってる魔族の方もだいぶ気長にやらねばならない方法だろう。
今からその最後の工程なのだと言ってヒュローキが顎で指図すると、腰を低くペコペコ頭を下げている魔族達が進み出て廃人達に「死なせてやってもいいが、魔界へ魂を渡すか?」と問い「返事がなければ同意とみなす」とも言い、廃人達に応答がないのを確認するとその背後にまわって、”尻の穴を広げる魔法”を唱えるとそこへ虹色に輝く爆弾を放り込んで爆破した。血飛沫のような光煙と絶叫のような怪音を放った廃人達が爆散すると、一塊の荒々しく角のある歪な魔原石がその場に転がった。
「━━━━━!!……」
何を見ているのかという思いがして、命の死を見過ごしたブンヤは血の気が引くように烟草の酔いが覚めた。
人の命を殺すべきと自らに任じている自分が、その命を目の前で見逃した。そのことに、自分に驚いて顔色を曇らせている。
この都市街郭で人の命を見るだに殺してきた自分が煙草に酩酊して殺劾の機会を逃すなどとはどうかしているのではないか。
魔族達は「汚ねえ花火だぜー!」とゲラゲラ笑い出して一頻り転げ回り楽器を打ち鳴らしてと大騒ぎしていたが、全然笑っていないブンヤの顔色を見ると静かになって楽器を片付け魔石を手に取り何やら作業が始まった。魔族にとって、ウケると思ってやった事がすべった時ほどバツの悪い事はないからさっさと次の工程に入るのである。
魔族達が手に纏う光の魔法で魔石を撫ぜるようにすると、綺麗に切断研磨した幾何学模様の美しい魔石結晶が出来てゆく━━━━━
「こがんして周りくどかろ?ばってん、こん都市じゃあ都民を普通に都市魔法で死なすと因果は都市神に全部吸い上げられるけん、おぃ達魔族の取り分として、別にこうして製造しとるばい。こうして時間と手間隙をかけて因果の紐付けを”わや”にせにゃ都市神の利権をごまかせんったい。まぁアウズで採れる魔石に比べたら価値は劣るっちゃんが、…ばってん、こん世界の人類種ばぁ魔石文明無しには成り立たんけん需要ばぁ無くならんとよ。特に人間どもぁ生活に魔石ばぁなんでん消費しょるけん、やけん、移民ばぁやっちゃ集めんならん。そっちが本来の仕事ばい。そぃから━━━━━」
「…………」
━━━━━と、ここまでヒュローキ達が語ったり魔石を見せたりするのをブンヤは目を細めていちいち見聞していたものの、もはや居た堪れない。
人の命を殺すという信条を自分で見落とした気分が煙草の味も不味くして我にかえらせているのだ。何の意味があって魔族供の話を聞いてやらねばならんのか意味が分からないだろうと。
そもそもブンヤはここへ何の目的があって来たのだったか。
まだ見せたいものが有ると言うヒュローキを無視したブンヤはふらりと車から降りると、立ち去ろうとするその先へ助手席と運転席から降りてきた若者2人が立ってブンヤに低頭した。
「━━━失礼します。よろしければ、こちらを。オルシェ族の里でのみ採取される、ガンジャ種の希少な葉っぱです」
「お使いください」
「━━━……おぅ。」
貿易船の積荷から下ろしたばかりらしい新品の煙草を取り出した若者は如才なく包みから一本差し出している。
それを見るとブンヤはまたしても受け取ってしまうのだ。ついで箱ごと掴み取り、もう一人の若者が素早く指先に小さな魔法の燐火を灯して片手で添えるように覆うと丁寧に差し出してくれる。煙草の火ぐらい自力で出せるブンヤには別に必要のない付け火だが、この若者は所作として仁義を切っているつもりなのだろう。
━━━ただ、この若者達を近くで見たブンヤはふと思うところがあって目を細め、それぞれを意味深に一瞥した。
やや間があって、若者2人が息を詰めたのを見てとったブンヤは自分の指を弾き、強引な摩擦で起こした摩火を使うと、若者達は畏って二歩下がり直立した。
「お会いできて光栄っス、セッタ・ブンヤさん。茫楼街の死神と綽名される伝説が実在したなんて……」
「お察しの通り、私供は魔族ではなく、都民でもありません。本土のジュメリイル皇国東アガツマ州は東海ムシャシ之国から派遣された者で、この都市街郭の東アウズ区に駐在しております。アウズで行政を手伝う者の一人ですよ。まあ、ここでは、ヒュローキの舎弟ハワードということになっています。人間ですが、お見知り置きを……こっちは、半獣人。若党のラルフです」
「━━っス、申し遅れました、ラルフっス。…自分は、正確には、人間と半獣人の混ぜもんです。北朝フラニシュ連邦から赴任して、そのまま駐在してる形っス……っス……」
という事である。彼らにブンヤが殺意を抱けないからこうして彼らはまだ生きているのだが、それはおそらく、彼らがアウズ都市街郭に籍をもたない外国人であるという事が関係するのだろう。
それにしては、よそ者のくせに都市魔法に掛かっていない風変わりな奴らで、人類を啖うこの都市街郭が人を喰わずに住まわせているのは普通ではない。
この都市外郭には都民として帰化しない少数の外国人が存在することはブンヤもかろうじて知っている訳だが、その一部には都市の魔法に掛からない人間が居るという事なのだろう。
この若者2人がヒュローキに付き従っている理由などは、いま美味い煙草を吸って尚更殺意が紛れているブンヤにはどうでもいい事だった。
そうしてブンヤは”目的”のことも忘れて港の赤灯のポツポツ照らす停泊船の風景を眺めつつ煙草を燻らせていると、車の向こうからジャラジャラ音が聞こえてくるのに遅れて気がついた。
兄弟に見せたいもんがあるっちゃあこいつばい、という声を聞いてブンヤはうんざりした。車の向こうから現れたヒュローキが手に持つ手綱で引いている、それが何かと思ったらまたさっきと似たような全裸の四つん這いが一体這いつくばってくる。
「こん男はな、なんと、19代目ルウマ・ランペイジ。アメリア大陸シトロ州はドゥシャ県の勇者ルウマばい」
「……………………………」
「━━━━━………此奴ぁ……」
勇者、と紹介されてもブンヤはその辺の価値や権威に興味が無いが━━━その人間と思しき四つん這いで全裸の男は目が虚で意思が見えず、開きっぱなしの口と鼻から汁を垂らして感情が麻痺したみたいに廃人然としている顔が━━━ブンヤの記憶のどの人相とも似つかないものであるはずなのに、一人の男の顔貌がにわかに脳裏へ蘇り片眉をあげて驚かせた。
かつてブンヤの首を打擲して気絶せしめたあの勇漢ではないか。あの時のギラついた気迫は微塵もないが、なぜヒュローキがこいつを━━━いや、そのことよりも、あの記憶は相当な時を経た昔の事のはずである。いったい何千年、何万年の昔のことだろう。
命を殺して魂にすることを宗旨とするブンヤには、無視できない廃人の姿だ。
「さて、兄弟。こっからが本題ばい。なんでおぃが、わぃさにこぎゃんと魔族の生業ばぁ聞かせよっとか……━━━━━ッッ!?」
”撃”と疾った閃光が一場にもたらした光陰は虚空を割って轟き、射められた魔族達が顔を上げた時にはブンヤの掲げた右手から黒い銃が消えるところである。
仰向けに倒れた廃人の死体は塵になり崩れてゆくが、塵の積もる所に結晶の塊は見えない。
「もう死んどる。空ぁ見えるじゃろう」
唐突すぎる殺人に魔族達が静まり返る中でブンヤが呟いたが、その意味の分かるものは一人もいないだろう。
灰となった勇者にブンヤの言葉は聞こえただろうか。それは、魂にしてやったという事なのだが━━━━━
だが、今のブンヤはいつものようにその顕れを待たせてもらえそうにない。
「━━━━━あ〜あ〜やりよったい。おぃの商品ばぁなんばしょっとや!?」
『高くつくぜこいつぁ!?』
『詫び入れろや!あ゛あ゛ッ!!?』
魔族達にしてみれば、それは因果の価値ある財産だったのだ。
その辺のことを思慮に入れないブンヤをよく知る者にとっては、逆手に取りやすかったと言っていい。
ヒュローキが迷惑そうな声をあげると魔族達が熱り立って因縁をつけてくるのは用意されたかのような流れである。
『『『『『『『『『『『『━━━━━━━━━━━』』』』』』』』』』』』』』
勇者の魂の顕れを待ちたいブンヤはここから逃げるつもりもないが、修羅場はすでに人の皮を破った魔族達が取り囲み背景も見えないほどになっている。
これは数々の領地の収穫物を見せびらかす人足に呼ばれて集まった魔族達が膨大な人数に膨れ上がってそのままブンヤを討伐する軍魔になったというわけだ。
おそらくブンヤは最初に煙草を受け取った所から謀略にかかっていたのかも知れず、煙草がブンヤの殺意を誤魔化すことを知る者の企てによるものかと考えると、全ては知古であるヒュローキの報復かに思えて━━━━━
だがそうすると、余計にこの無謀な破滅行為がブンヤには理解できない。
ブンヤを襲う理由が、ではない。彼らが自ら進んで死神に挑み全滅する意味不明の、その理由が解らないだろう。
「こんなぁ、なにぃ考えとるんじゃ━━━」
と言ってブンヤが腕を動かしたのはヒュローキに先の言葉の続きを促すつもりの所作であったが、掲げたままでいた手印をそのままヒュローキへ指し向けた為につまらない殺陣が始まってしまった。
一体の魔族が魔性の異形を顕すと全身赤い珊瑚のような奇怪な姿でブンヤの前に立ちはだかり、それに気を取られているブンヤの後に立つ魔族が燃え盛る炎の刃でブンヤの背を刺し貫いた。次いで左右から輝く網が投げかけられてブンヤの全身を絡め取り、足元からは気持ちの悪い色をした泡を湧かせて蒸せ返るほどの毒気を放ち━━━━━と、どんどんどんどんブンヤを魔法という魔法の無詠唱魔法ではちゃめちゃに仕留めにかかる。修羅場に集った魔族達の総攻撃によるデコレーションでブンヤの立ち姿は斜めに構えた若い芸術家による示唆ありげで前衛的な彫刻作品みたいになってしまった。その魔力と耐魔力の織り成す芸術品に向けて港の砲台が動くと大砲や機関銃が一斉掃射されて魔力の弾丸が全てを吹き飛ばした。
『やったか?』
『さすがに死んだか……』
『とんでもねぇ魔撃を撃つって伝説だが……』
『ふん』
『撃つ前に討たれちまったと……』
『伝説でもねぇ死神さんだったな』
『茫楼街の死神ねぇ……』
船着場の一角が抉れて盛大すぎる爆煙が上がると景色は煙に巻かれて何も見えず、死神ブンヤを知らない魔族達から死傷を期待する声があがった。
そしてそれが彼らの末期の息だったのだ。立ち込める粉塵の中から一瞬、八方へ伸びた光の筋が異形の魔族達の内包する魔石結晶を全て貫き砕き、死神ブンヤ包囲戦はそれだけで決着してしまったのである。
魔族達は視界の悪さもあってか己や仲間が死灰になって崩れる瞬間にも気が付けずに死んでいった。もっとも、そのほとんどは彼ら魔族自身の強すぎた魔撃による同士討ちなのだが。
ブンヤは煙の中に立っていて無傷である。
魔族達の攻撃は人類が使う魔法よりも超火力であり、無詠唱による早撃ちでもあり、かつ無慈悲極まる集中砲火の魔撃だったのだが、しかしブンヤが身体に受ける損傷は直ちに修復して治ってしまう。
ブンヤの不死身を知る魔族が居たら無闇な攻撃ばかりしてこないだろうが、ブンヤは今まで魔族を討ち逃したことがないから彼らが何も知らないのは無理もなかったかもしれない。
(……いや、違うとる……)
ヒュローキがいるではないか。昔殺したあいつが何故か生きていたのだ。
ヒュローキは昔のブンヤを見て知っているはずで、それなのに自ら組織を全滅させる愚行を犯したのはやはり変だ。
というのは、ブンヤが魔族から攻撃されるがままでいるのは魔族を討つ場合に筋を立てる方法で、昔から用いて来た方法なのである。
魔族へ手印を向けても眷銃が顕れない場合に、魔族から攻撃を受けると眷銃召喚・発砲は直ちに許可され黒龍の姿を顕す。その間標的になるだけのブンヤとしては面白くもないが━━━。
つまり、ブンヤを攻撃しなければ眷銃で殺される事はないとヒュローキは分かっていて総攻撃を実行し、仲間諸共に全滅しているのだ。
ブンヤをどれだけ攻撃しても無意味と知りながらの無謀は自殺に等しいだろう。
魔族の自殺などと殊勝な現象は噂にも聞いたことが無い不可解で、ブンヤは茫然としてしまった。
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魔族、━━━という者達には魂がない。命があるだけだ。
或いは、魔族は存在自体が魂なのだ。だから魔族を殺したところでそこに死霊が立つという事はないのだろう。
という考えがブンヤが時々思い至っては忘れてしまう結論である。
世間で知られている魔族の主な傾向は、人類を喰うということにある。人の命を食うという意味であるし、人の因果をも食うという意味もある。それが彼ら魔族の魔力になるのだとか、魔族達が酷く交戦的に人類を襲うのはそのためだという考えが一般的、らしい。
らしい、というのはブンヤがその生涯で拙い社会性でもって少ない対人関係から得て来た僅かな噂などの情報であって、頼りない己の知識でしかない。
その知識として覚えている中には違う見方もある。
魔族という存在は、死にたい者達なのだと。
しかし魔族は魔界の通念上において”自らの意思による自殺”が許されず、故に人類に殺してもらうために必死で人類を殺す事で人類に必死の抵抗を促し殺されようとするのだと。
そうしてやがて人類の中から出頭する勇者に殺されて楽になるために、世界人類にとって危険な天敵と認知させることが彼ら魔族の命題の一つなのだという。
人類種にとって迷惑極まりない思想だが、魔族というふざけた奴らの作る”廃人魔石”製造などの気狂い沙汰を知ると、さもありなんと思えなくもない。
これらの知識には裏付けがないから本当かどうか解らない。
特に後者の説については疑問である。ブンヤは勇者ではないが、魔族達が単に自らの死を欲するのであれば、世界中の魔族がブンヤ目掛けて押し寄せれば皆殺しにされて良さそうなものではないか。
が、ブンヤのこれまでの人生では魔族の方から襲撃を受ける事はほぼなかったのだ。そう考えるとやはり今起きたヒュローキの軍魔による総攻撃は異常事態と言っていい。それに廃人にされた勇者ルウマの扱いはどうなるのだ。
「…………」
ふと周囲を見ると、風景は朦々(もうもう)と立ち込める塵埃に包まれたままである。
この港は高い高い街郭の底、深い深い入江の奥にあって、海風がほとんど届かず大気の流れが緩慢すぎるからだろうか。
ブンヤは手印を掲げたままだった事にようやく気がついて腕を下すと、烟草に火をつけて吸った。こんな空気で煙草など吸って美味いものかと思うところだが、砂埃でも煙草を通して吸い込めばブンヤは美味いのである。
「烟草、貰っとくけぇの……」
手向けに吸いかけの煙草を煙の向こうへ放ると、ブンヤはまた新しい煙草を取り出そうと懐を弄った。上着や腰帯の小物入れはかつて無いほどに様々な銘柄の煙草で満ちている。
移民から烟草を分けてもらいに来ただけなのに地域一体の魔族を皆殺しにしてしまったのはとんだ道草であったが、奇しくもそれはブンヤ自身が目的を”使用”していたが為に、ここへ来た理由を忘失していたという事だろう。
しかし、
(━━━……?)
目的を━━━━━とまで思って、ブンヤは一瞬、頭の中の霞んだ空白に気がついて細い目を見開いた。
変なことに今の自分はここで何をしているのだったかと、ちょっと前の自分のことを忘れてしまっている。
辺りを見回すが、立ち込める煙は未だに景色を濁したままで何も見えない。
何故こんな煙の中に立っているのだったか、どうも何かがおかしい。
しかし、こういう時に本気で煙の向こうを見ようとすれば、ブンヤの眷属の不思議な力によってたちまち視界が開けるのがいつもの事である。
それなのに、一向にそうならないのだ。
いやに静かである。
「兄弟、わぃさぁ考え違いばぁしとらんね」
「……!」
煙の向こうからしたヒュローキの声にブンヤは目を据えた。
仲間を計りにかけた本人は生きているようで自殺とは違ったらしい。
だが、
(……考え違い……?━━━━━)
ヒュローキの言葉の意味がわからず、ブンヤは自分の曖昧に沈殿した記憶を思い返しても心当たりがなかった。
考え違いと言えばだいいち、自分が煙の中に突っ立って居る目的がわからず、自分はなぜ撃てない手印をなど構えているのか、それも殺して無意味な魔族へ向けて━━━━━と、記憶を手探りすれば混ぜ返して尚更おかしくなってしまうブンヤはいつの間にか視界にある異変を目にしている。
手印はさっき解いて下ろしたはずだ。
その己の腕が掲げられていて、そこに顕れるはずのない黒い銃身の姿がある。
いや、━━━下げた腕と、煙草を摘んだ手も口元にある。
眷銃を構える手と煙草を吸う手、その両方の自分の姿が二重に見えているのだ。
そのとき鼻先を掠めた煙草の匂いを追って視線を上げると、その先には煙る背景に重なって別の光景が見えている。煙草をふかすヒュローキが立っていて、その景色は━━━━━。
この光景は以前、遠い昔、ヒュローキを撃ち殺した時と同じ構図で同じ台詞ではなかったか。
━━━━━殺したい命を殺したい時に殺す━━━━━
魂にしてやるために。
ブンヤはそう言って、曽てのあの時、ヒュローキを殺して契約の杯を終わらせたのだった。
そもそも、抗い逃げ回る人草や魔族の命達を満足に撃ち殺すことが出来なかった若かりし頃、━━━━━暗殺組織のヒュローキに目をかけられて、多くの命を殺す目的を同じくするために殺劾共謀の杯を酌み交わし義兄弟となったのだ。
「━━━まあ、こん舶来の煙草でも吸って、おぃの話を聞かんね、セッタ・ブンヤ。……わぃさぁ恐ろしか銃ば持っとらすが、殺っしが下手ばい。美学が無か。やけん、手近な一人二人殺っす間に本命ばぁ逃げられとっとよ。ばってん、おぃは殺っしがいある命ばぁぎょうさん知っとるけん、これから紹介しちゃる。おぃの盃を呑まんね。━━━魂の契約ばい」
『この盃は魔界の因果5分の盃。共に仇敵討ち果たさんとする盃です。手前の使徒、人間族・半魔ヒュローキよりの申し出ですが、兄弟分として呑みますか』
『……この盃は星土の因果5分の盃。我が眷使、人間族ブンヤがよければ、認めよう。波波と呑むがいい』
「……ええじゃろう」
━━━記憶に聞こえて見えるその会話は、魔界の眷族とブンヤの眷属を立会に汲み交わした因果の杯、魂の契約であった。
ブンヤがまだ冒険者ギルドに登録があって依頼を受けていた昔の縁を頼り、ギルドの表向きでない依頼案件━━━魔族絡みの”裏依頼”を打診されたのだ。その依頼主がヒュローキという人間であり半魔だったのである。
このアウズ街郭にとって特別な戦いがあったのを覚えている。
当時このアウズ半島街郭各区にのさばり都民の因果を横領していた魔女会2大派閥”玄夢”と”十三月”の使徒共を一掃するという大仕事だった。
魔女供の命、魂に興味が湧いたブンヤはヒュローキの案内で魔女供の結界領に潜入し、思うさま黒龍を撃ち放って魔女供を撃ち殺した。魔女の結界に侵入されるとは思っていなかった魔女供はまずその時点でブンヤに先手を取られてしまい、先手必殺のブンヤの眷銃は奇襲の初撃で魔女会幹部を一掃してしまったのだ。生き残りの魔女達から猛烈な反撃魔法を浴びたブンヤだったがその不死身を見た魔女達は身一つで散り散りに逃げていった。その間ヒュローキは何をしていたのか知らないがひょっこり現れて、そのまま別の魔女会結界領へ案内するとブンヤが魔女を見つけて殺し廻った。
各地で何度か繰り返し、魔女会2派からの申し出で降伏の調印と終戦締結が為されると、その後ほどなくブンヤは突如として暗殺組織そのものを皆殺しにして全てを終わらせた。傘下にあった下部組織の構成員も、一家の上にあったギルド結社の会員をも虱潰しに殺して廻り、その途上で一般都民をも殺し、後には4区画4000人分以上の死灰とボロボロの廃墟街が残った。
それらの謀反を始める最初にヒュローキという人間の半魔を殺して契約を破棄している。
理由は単に、ブンヤにとって組織の殺しは己の殺しと殺人性の違いがあって相容れない、という事での一方的決別━━というわけではない。
汲み交わした因果の杯が、己の因果を薄めた感触が、不快だったのだ。
半魔などという半ば魔族に片足を突っ込んだだけの半端者の因果との契約は、ブンヤの殺劾人生を脇道へと逸らしてしまっていたのである。
魔女供を撃ち殺すのはつまらなくて、ただ魔界の眷族から殺せと示されて殺すことの何と味気なかったことか。その殺しにブンヤの「魂にしてやるのだ」という趣旨が噛み合わず、ひたすら苦しみと絶望を与えるだけの殺しにより得られる魔界の因果という収穫は、ブンヤにとって何の旨味も無かった。
だからヒュローキを殺したという事だ。それは━━━━━
「━━━じゃけん、儂が殺す命なぁ、殺したい命を殺す時に殺したいだけ殺す。魂にしちゃる為にのう」
「兄弟、わぃさぁ考え違いばぁしとる」
殺される時のヒュローキは煙草をふかしながら、そう宣って死んでいる。
殺害後にヒュローキの魂は顕れず、恨みの言葉もなかった。この街の流儀の通り肉体は塵と消えたことを覚えている━━━━━━━━━━
「兄弟、わぃさぁ考え違いばぁしとらんね」
「…………?……」
煙の中に立つブンヤがこの声を聞くのは何度目だったか。
いや、異なる次元を垣間見た今は、いつが”今”なのか━━━分からないが、そういうことなのだ。
あのとき死んだヒュローキは魂が顕れなかった。あのとき、ブンヤはヒュローキを魂にする為に殺したのではなかったのだ。自分を魂にする為に、ヒュローキを殺していた。
「こんなぁ、そういうワケじゃったかぃのう」
煙の向こうから返事は無いだろう。
ブンヤは魔族という者の不可解が少し分かった気がしたが、今見た過去と煙の狭間で意識が霞むようである。
自分は確かに”今”に在るのだろうか。
刻に取り残されて過去にも今にも立っていないような━━━━━
この感覚は初めてのものではない。
命を撃たれる度に、命を斬られる度に、命を直される度に、記憶と自我は間が差して結びつかなくなってゆく。その実感は直後の僅かな間にはあるのだが、儚い瞬間で取り返しがつかない。
死傷を帳消しにする不死身の命にも代償はあるのだ。
記憶の散らかりは時の経過によるものばかりではないと、分かってはいるのだが━━━しかし、なぜこんな所に突っ立っているのだったかと、一歩踏み出そうとして、両足を脛まで白い粉が埋めているのに気がついた。
(魔族の死灰━━━)
何度も見てきた細かな灰の山を目にすれば”それ”と見紛う事はない。
今の束の間忘れていた事だが、この白い粉は自分がこの場でやったつまらない大量殺戮の残骸なのだ。
そうして記憶はきっかけから拾い上げるように取り戻せる。
だが、それにしても、まだ何かがおかしくはないか。死灰が消えずに残っているなどと。
顔を上げると、ちょうど煙の壁が雲柱の消えゆくように散ってゆく所である。
幾重にも幾重にも分厚く重なる灰色の雲煙が開け━━━広大な白い砂漠と、黒い空が見えている。
読んでくれてありがとう。今回もまた筆者の魂内の空想次元観測結果の報告です。
本短編は、中断している本編のシリーズ 【パラレル・フラクタル・オムニバス】
<--異世界観測媒体☆日本人☆ミューテーション-->(仮題)(旧題:魔王を倒してサヨウナラ)
の中の登場人物”死神眷属”セッタ・ブンヤの外伝作品ですので、本編の方も良かったらどぞ。
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