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第八話 代表者の静かな戦い

 二人が任務に向かった頃、対めぶき園対策本部では空調とPCの排気音が目立つ沈黙に包まれていた。

 代表の健朴は椅子に座って落ち着いた様子を見せているが内心、無事に戻って来るか心配しその気持ちが広まり部屋の中が緊張感に満ちることになる。

 ──ピンポーン!

 そんな中に突如と響き渡る異音、客人を知らせる鐘の音──こんな時間に誰かがやって来ること自体が珍しい、早足で玄関に向かい合宿所管理人の仮面を被る植木健朴(うえきけんぼく)

 「誰?」や「何故?」と疑問が湧くと同時に扉に手をかけた瞬間に心が臨戦態勢に移行する圧を肌に感じた。

 この扉の先にいる人物。只者ではないと──小さく息を吐いて意識を切り替える。そしてゆっくりと扉を開く。


「はい、どちらさまですか? ──っ!?」

「夜分遅くにすいません。めぶき園、園長の東條昭雄(とうじょうあきお)です」


 一瞬息が止まった──想像だにしていなかった人物が目の前に立っていたのだから。めぶき園の園長、今まさに証拠を得ようとしている城の主。

 空気が引き絞られて張り詰められる。何故このタイミングでここに来た? 潜入作戦が失敗したのか? この施設の真の姿が把握されたのか? 最悪に陥っていないのか様々な状況が頭に浮かび平静を装う仮面の下は警戒と混乱で満ちていた。

 決して悟られてはならない。ただ凪の感情も逆に不自然、合宿所の管理人としておかしくない驚き具合で彼を迎えた。


「いかがなさいましたか?」

「……お恥ずかしながらうちの子の一人が脱走してしまいこちらに来ていないか確認しに来た次第です」

「なんと!? それは大変ですね。しかし、残念ながらそのような子はこちらには来ておりません」


 しかし「嘘なのではないか? 狙いは別にあるのではないのか?」と健朴は視線は鋭くして捉える。さらには声の抑揚、高さ、震え、全てを聞き取り分析していた。

 だが、突発的にこの状況は口には出せない。ことがことなだけに警察が視野に入る。少し叩けば困るのは相手。故に嘘ではないと判断。ここに来た理由にも筋が通っている。

 ただし──目的は脱走した子を探すだけと判断していない。本当にそれだけならばめぶき園の園長「東条昭雄」という札は余りにも強力すぎる。後ろに見える同行者で充分。故に他にも狙いがあると考える。 また逆に昭雄も健朴の様子を探っていた。

 「めぶき園」と「合宿所」距離はあれどお隣さん、か細くとも付き合いはある。めぶき園の後に合宿所が稼動した、その時点で昭雄は注意の目を向けていた。めぶき園の職員を合宿に参加させ構築士免許を獲得させたこともある。

 WWP委員会の拠点であるかどうかは抜きにしても自分達に害のある存在かどうか調べていた。

 ただの職員と断ずるには雰囲気が只者ではなかった、島流しに近い状況でありながらも情熱で満ちていた、落ち着いた雰囲気では隠し切れない程──確固たる証拠が見つからず今日までなぁなぁで済ませていた。

 そんな中に現れたWWP委員会、その二人がここに泊まったのは必然か偶然か?

 もしもこの脱走に一枚噛んでいるのなら何かしら違和感が滲み出る。しかし、あまりにも自然であった。完全に今知った、事前情報が欠片も無い言葉と表情。

 脱走に関しては無関係な方向へ一歩進む。


「そうですか……念の為調べさせてもらっても構いませんか? 施設内だけでなく外も。ここのどこかに隠れている可能性も否定できませんから」

「どうぞご自由に──私共も捜索に協力させていただきます。その子の名前や写真はありませんか?」


 一瞬、時が止まったかのように静寂に包まれる。

 お互いが引き金に指をかけたかのような緊迫感。探っている──言葉の裏を覗きあっている。

 同行者達は強烈な圧に思考が働かなくなりかけていた。尻尾を出す前にいても経ってもいられず、与えられた命令を実行するために周囲の探索へと移行した。


「少々お待ちを…………名前は鬼灯八(ほおずきはち)、写真はこちらになります」


 捜索の協力を要請する以上見せない選択肢は無い。スクホのスクリーンを広げ全員分の顔写真が入っているリストの中から迷いの無い手付きで選択し見せる。

 ただ、表示されているのは鬼灯八ではなく、竹林奈菜の姿──


「なるほど。この子が……では他の職員にも聞いてみます外に出た際にすれ違っているかもしれませんから」

「……ん? これは失礼、画像を間違えました──一手多くスワイプしてしまいました。こちらが本当の八さんの姿です」

「おお、そうですか。焦るお気持ち分かりますよ。私にも息子がいましてね、目を離した隙にすぐに消えまして──失礼、これは関係ありませんでしたな」


 この反応は昭雄に確信を与えた。

 健朴の目の動きは既知とした姿を見比べるような確認ではなく初見の情報を記憶していることが伝わる。初めて鬼灯八を見て覚えようとする人間の姿。

 これが演技だとしたら役者の道を歩める。それだけ違和感が無かった。

 つまり、ここには来ていない。八が委員会の手に落ちている最悪の懸念点は払拭された。


「こちらは宿泊施設の役割を担っているようですが、今泊まっている方はいらっしゃいますか? もしいらっしゃったらその方達とお話はできないでしょうか? もしかしたら知っている可能性もあります。今は藁にも縋る思いで探さなければならないので」


 堂々と宿泊者いることを知らぬ存ぜぬという態度で追加で要求する。昭雄にとって次に知るべきはこの合宿所がWWP委員会の隠れ蓑となっていないかどうか。

 今なら歪みがある、確定した二名が紛れ込んだことで本人達の気付けぬ痕跡が残っていると過程して踏み込む。

 この一手は今この時において正当性があり、強力。

 施設から抜け出した子を捜索するのに何を遠慮することがあるのだろうか? いや、無い──良心をこれでもかと刺激し、宿泊している人間が委員会の人間であろうとなかろうと調べることができる。

 この反応一つで健朴が委員会の人間かどうか判断に繋がる。庇えばクロ、差し出せばグレー。シロは無い。


「申し訳ありません。現在お客様方はただいま留守にしておりまして」


 健朴はどちらかと言えばお人好し寄り──しかし、馬鹿ではない。無論そんな狙いは察知できる。特に利益を求めるような声色には機敏に察知できる。


「では、部屋の中を改めさせてもらっても? 万が一ということもありますから」


 言葉の意味は「子供の侵入」か「子供を誘拐」。どちらも警戒してここに来ている。

 調べる理由の正当性。ここに園長直々にやってきた理由を健朴は察した。脱走は吃緊(きっきん)の問題──説得力を持たせる為だと。

 さらに、鬼灯八を探しているというのは真実だと理解しているから無下にはできない。ここにはいないと潔白を示さないと彼の目はずっと向き続けていると察した。

 だが、執念染みた言葉と瞳に必死過ぎるとも健朴は感じた。

 脱走した施設の子を保護する──本気で挑むのは当然。けれどそれ以外の理由も感じ──利益や保身、後ろ暗い何かが嗅ぎ取れてしまう。心配症で片付けるには圧が強い。

 鬼灯八の価値──トップがわざわざ足を運ぶレベルの少女。


「……いいでしょう。私も一緒に確認させてもらいます。しかし、宿舎として機能しているのは三階です。こちらにも監視カメラが設置されているのでまずはそれを確認しましょう」

「ええ」


 合宿所として宿泊施設として当然の警戒を盾にしながら了承する。

 盗みの危険性、守秘義務。「高い地位にいるからやらない」は通じない。客が入ればそこはプライベートな空間。三階まで鬼灯八が向かったという確固たる証拠が必要がある。

 ここで完全に拒否すれば話は終わる。「鬼灯八」は何者であるのか情報を探ることができなくなってしまう。

 そ引き出すためにはこちらが警戒していない世間話の延長線のように聞かなければならない。内に引き入れつつ腹の底は見せずに情報を掠め取る駆け引きが始まる。


「そういえば、鬼灯八さんが脱走された時間は何時頃でしたか?」

「恐らく9時以降です。全員が部屋に戻る時間、その時は見かけていますのでその後ですね」

「わかりました。東雲さん、9時以降で監視カメラの履歴に子供が入り込んだ姿はありませんでしたか?」

「今調べます──……いえ、玄関にも廊下にも子供の姿は映っていません。子供が入れそうな鞄を持ち込んだ人もいません」

「ありがとうございます。となれば念の為に一階の窓から侵入し部屋に立てこもっている可能性だけですね」

「ええ、わかりました」


 スクホをスピーカー状態にして今の会話を昭雄にも聞かせていた。さらにスクホをしまう際に通話機能は切らないでおいた。

 昭雄には今のやりとりを嘘だと言及する証拠は無く。正当性のある釘を刺された。調べられるのは一階だけ、それ以外は認められないと──


「では、先に園の職員に連絡させてもらいますね──……東条です、こちらにはいないようです。それと、園内の見逃しも視野に入れて警戒を高めてください」


 仕方なしと受け入れ、一部の言葉は強調するように伝え終えるとこの階で手がかりを探すことにした。

 一階は学校の頃の名残もあってか保健室は殆どそのまま調理室は食堂。他の教室はUCI合宿所としての受付や資料室として現在は機能している。

 隠れるには少々厳しい部屋ばかり。それでも細かく丁寧にロッカーを開け机の下を調べていた。


「鬼灯八さんはどのような子なのでしょう? こういった脱走はこれまでに何度かあったのですか?」

「……いいえ、今日が初めてです。予兆はあったのかもしれませんが我々の落ち度です、彼女の不満や不安に気付いてあげることができなかった」

「そうですか……八さんがどこに向かうか見当は付いていないのですか?」

「……いえ、残念ながら──それにこの脱走は彼女にとって不安を晴らすと同時に抗議なのかもしれません。ただ、我々にも限度があるのも事実です」

「なるほど……」

「この合宿所は以前廃校でしたよね? 私が知る姿とは大きく変わりましたね、新たに部屋が追加されたりしていませんかね?」

「壁を空けたり追加したりということをしましたが、増設はしていませんね。講義の部屋は基本的にそのままですよ」


 確認作業というよりも互いに見えないナイフを首元に突きつけながらの探り合い──言葉の一つ一つ、視線に緊張感が満ちていた。

 部屋の一つ一つを確認する。窓に鍵がかかっているかどうかを最初に確認し、念のために縁や窓近くの床に砂や土が付着していないかの確認すれば侵入していないことが判明する。

 20分も経たず一階の全てを調べ終えると八が合宿所に入っていないことが証明した。


「どうやらこちらには来ていないようですね。お役に立てず申し訳ありません」 

「いえ、お手数をおかけしました。こちらに来ていないという情報でも十分有益ですから」

「──園長、周囲を調べましたが見当たりません。アレも想像通りでした」


 お供について来た三人も施設外にいないことを確認。合宿所内の会話はスクホを通話状態にしていたことで三人にも伝わっており、状況は把握済み。

 何より最重要とされたのがあの二人がやってきた車の確認。駐車場に留めてあるが健朴の小さなミスによりいないことが伝わってしまう。

 この田舎町、車無しでの移動は推奨されない。ここから最寄のコンビニまで歩いて30分は優に超える。この季節も相まって在り得ない動きでしかない。

 だとすれば、自ずとやろうとしていることが見えてくる。


「そうですか……どうやらこちらには来ていないようなので失礼します。ご迷惑をおかけしました。何かあれば、また伺うことになりそうですが」

「ええ、こちらでも調べてみますので、発見できたらご一報します」


 車に乗り戻っていく昭雄達を見送り状況をまとめる。

 完全に見送った後、通信を繋げる。


「東雲さん、二人に彼が来たことを伝えていますか?」

「彼が来て目的を話した時点で既に、日吉さんは潜入中なので加藤さんだけに伝えておきました」

「よろしい。無事に戻ってくることを祈るばかりです」


 ──現在時刻は10時30程。

 こんな時間に子供一人が歩いていれば嫌でも目立つ、この田舎町隠れられるような場所は少ない。なによりこの田舎町で過ごしてきたからわかっている町の人々も悪意よりも善意の方が大きいことを。だから一報連絡が届かないのには疑問を覚えていた。

 加えて昭雄がここにやってきた理由。もっと押さえるべき箇所はありそうなのにここへ来た。彼はここが委員会の拠点だと予想している。

 ここに来なければならない理由があった。もしくは彼女がここにいる状況を最も避けたかった。

 

(まさか……鬼灯八は、訓練兵の一人なのか!? タイミングが重なりすぎてまさか我々が確保したと考えているのか?)


 まだ、ただの都合の良い妄想。しかし、それ以外にここへ来る理由が思い付かないのも事実だった。めぶき園から合宿所まで道路を使うとどうしても坂道を上ることになる。山林に囲まれ逃げ場も無い。

 冷静に分析すれば鬼灯八がここに来るとは考えられない。ただし、連れて来られたなら話は別──

 納得できてしまった。


(……もしも、彼女が訓練兵だとして。もしも、めぶき園よりも彼女を保護し、脱走した理由を聞きそれを叶える交渉を行うことができれば──)


 めぶき園にとっての最悪をWWP委員会も理解する。

 確信は無くても、鬼灯八を保護する理由が生まれてしまった。


(この予想が正しければあの男を追い込む証拠になる。しかし、迂闊に捜索隊を出せば争奪戦になりかねませんな……今夜は大人しくするしかないでしょう。なにより、あの二人が潜入に向かっている以上、余計な行動はリスクにしかなりません……準備だけは進めておきましょう。何が起きても対応できるように──)


 今宵は「待ち」を選択する委員会。

 一方めぶき園へ戻る車の中──昭雄もまた状況を分析していた。


(どうやら八さんは委員会の手には落ちていないようですね……しかし、今もまだ報告が入っていない理由がわかりません。誘拐の線は余りにも薄い、謎の協力者Xが力を貸したと考えるべきでしょう)


 鬼灯八の行方はさっぱりわからない。

 ハッキリとした目的を持って動いている以上無謀な動きはしない。どこかでケガをして動けなくなっている状況は想像できなかった。むしろ山道でも器用に歩き回る姿しか頭に浮かばない。

 予め協力者を用意してどこかの家屋に匿ってもらっている可能性はあっても一軒一軒探し回るのはこの時間不可能。八の保護に関しては明日にかけるしかない。 


(となると問題はあの二人が合宿所にいないこと──想像通り潜入しようとしているなら目的はどうなる? 訓練場は入ることは不可能。次に取る手段は児童達の情報を得ることだろう。となれば職員室に見張りを固めておけば盗られる心配は無い)


 目の前で電話したのは八がいないことを伝えるだけではない、警戒を高める指示でもあった。

 さらにここでスクホを起動させて米山へ繋げ追加の指令を送った。

 訓練生の情報は記載されていないにしても、予想を立てるには十分な情報は記載されている。重く真剣な口調で念を押し電話の先にいる米山の背筋を伸ばさせた。

 通話を切ると小さく溜息を吐き、車窓から見える月へと視線を送る。


「八さん探しは明日の朝が本番になりそうですね……」


 どれだけ力を入れても今夜はもう見つからない。そんな確信があった。

 その表情に悔しさや焦りは無い、落ち着き冷静にむしろ八の逃げっぷりにどこか満足気すら感じられた。大人達では捕まえることのできない実力を得たか、天運に恵まれたか──何にせよ敗北した事実は変わらないのだから。

本作を読んでいただきありがとうございます!

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