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第六話 めぶき園に潜入せよ

 田舎の闇は都会と比べて深くて濃い。街灯の数も少なければ、不夜城のようなビルも無い。昔はわかっていたけど時間が経てば忘れてる。

 そして、再びこうして見ると昔よりも怖く感じることがある。何も知らない頃はこの闇の中にお宝や楽しいことが沢山隠れていると思っていた。

 年を取った今は穴が空いてないかとか不審者が隠れていないかとか、闇の中には楽しいことは何にも無くて後ろ暗い人間が自由に動きまわる隠れ蓑だと知った。

 今の俺達もその後ろ暗い人間と同類と言ったところだがな──


「こちら日吉、位置につきました」

「監視カメラの位置、巡回ルートは頭に入っているな? ただ、今日は警戒が普段と違うはずだ、注意しろ」

「了解です」


 ここは施設の裏手に位置する山の傾斜。一歩間違えれば滑落して施設の庭に情けなく着地する羽目になる。

 冷静に落ち着いて一体化するように木々に紛れ、支えにしつつ暗視スコープを使ってめぶき園を見下ろす。これがベスト。


「どうやら赤外線の類は屋外には無いようだ。今のところ外を巡回している職員は見当たらない」

「逆に言えば中にはたっぷり人がいるってことですよね……」


 スコープだけでなく消音迷彩ドローンを起動させ真上の状況も確認、ドローンからの映像は左腕に装着したスクホのUCIディスプレイに映し出されている。ズーム機能も便利だし視覚外の風景もこいつを使えば見ることができる。

 本当に便利なもんで東雲さんには頭が上がらない。こいつのおかげで潜入成功率は格段に上昇した。遠隔カメラ以外の使い道もあるが今の所は出番が無さそうだ。

 さて、現時点で問題無いことがわかった。子供達の宿舎は今は暗闇に閉ざされ今はお休み中。

 注意すべきは二階の一室。カーテンから洩れる光で作業を続けているのはわかるが、狭くてドローンを使っても中の様子は見られない。

 しっかし、午後9時を優に過ぎているのにご苦労なこって。とんだブラックなのか、職員の住む場所がめぶき園の中にあるのか? 俗に言うやりがい搾取なんじゃないか?


「日吉、そっちの様子はどうなっている?」

「闇にまぎれて施設の壁際にまで接近することができました。今は植え込みにまぎれてます」

「順調だな。どうやら今のところ外を巡回している職員はいない。ここから先は注意しろ──ん? 一部屋電気が……子供が職員に連れ出された?」

「何かあったんですか? ……玄関が賑やかになってきました。気配を消します──」


 音漏れが無い骨伝導イヤホンとマイクで通信を行っているから声が聞こえてやってきたってことは無いと思うが、一体何が起き始めてる? 明らかに空気が変わった──

 子供達の宿所、その一室が明るくなったことを皮切りに変化した……二階の部屋が揺れているようにも感じる。

 ドローンを操縦し玄関の真上で待機。ここからならどこに移動するのか見られる。


「随分慌てた様子で外に出ているな……さっきの子が病気にでもなったのか? の割りには車が数台……」


 読めない──こんな時間に何かしらの行事があるなんて聞いてない。闇夜を裂く懐中電灯の数がワッと増えた。

 これでもかと訓練場前もグラウンドも光で照らされている。


「警戒レベルがどういう訳か跳ね上がった。日吉はそのまま気配を絶つことに集中していてくれ」


 今夜は撤退も視野にいれるべきか? このまま周辺の警戒が高まれば見つかるのも時間の問題──あれは……! 園長の東条? お供を連れてどこに行くつもりだ?

 ただの帰宅? いや、何か目的がある、画面越しに殺気が伝わってくる。帰宅する人間の圧じゃない。


「東条が移動を始めた。お供も三人、どうやらよほどのことがめぶき園の中で起きているらしい。半数近くが外に向かった……今なら施設内に穴がありそうだ。だが、訓練室に入るのは無理そうだ、警備が厳重すぎる」


 何が起きているかわからないが。この状況はピンチでありチャンス。相当大きな歪みがめぶき園で発生している。逃す訳にはいかない。

 しかし、健朴さんの言っていた場所には見張りが立っている。訓練室に入ることは不可能だろう。となれば──


「日吉、もう一つの目的、児童リストの複製に集中してくれ。俺はサポートに徹する」


 目的を絞り一人が陽動とサポートに徹した方が成功率は上がる。

 ドローンの能力は気付かれず映像を取ることだけじゃない、威嚇牽制用のUCI武装もあれば防御用のシールドも展開できる。消音機能を無視すれば人を滑空させるように高い所から降りることもできる。

 さて、このドローンの機能をどこまで活かすことができるかがカギになる。こういう器用なこともできる先輩だと見せつけておかないとな。



 WWP委員会に入れた時は地味目な僕でも人生の勝ち組になれたと思えた、国際的人気スポーツを管理する立場に立ち世界を股にかけて活躍するのだから──

 けど、実際は雑用的なことが非常に多かった。でもまぁ現実はこんなものかとコツコツやっていったら、それが評価されて何時の頃か特殊訓練を行うようになった。加藤先輩に目をつけられてからはスパイのようなことをする羽目になってしまいこういう潜入任務は一度や二度じゃなくなって。ワープリが自分の認識以上のスポーツになっていることを思い知らされた。

 そして、生き残るために徹底的に鍛えられた……下手な潜入をすれば嫌でも目立つ、違和感としてブレている何かがそこに立っているように感じる──と植木さんはよく言っている。

 だから常に自分の気配を宙に溶かし風景の一部になるようにイメージする。そこにいるのが当たり前の存在だと信じ切って。

 職員の人数は二十人近く、外に出て行ったのは六人程、現在施設周辺を警戒するのも四人程、先輩が言うには一人は訓練室前で待機しているそうだ。

 めぶき園は三階建て、一階は職員屋や食堂、浴場、保健室。二階は教室、図書室と言った子供達が勉強するフロア。三階は子供達の宿舎。

 手を伸ばし職員室の窓に手をかけて左右上下に力を入れて動かしてみるけどやはり戸締りはしっかりしている。ここが開いていれば最速でデータを引っこ抜くことができたのに──まぁ、仕方ない。

 会話している声が近づいてくるのが聞こえ、気配を消して身を潜める。


「本当に委員会の連中が来ているんですかね?」

「証拠集めのためなら何でもするだろうよ。ただまぁ暴力行為はしない連中らしいからな。ヌルリと侵入されないように注意が必須だ」

「まるでヘビか虫ですね、殺虫剤撒いたら叫びながら出てきそうですね」


 彼達が出てきた扉から中に入るのが職員室への最短距離。しかし、完全に扉の前で見張りに立っていて動きそうにない。


「……どうやら侵入できる箇所は正面玄関か一階トイレの窓くらいになりそうだ。正面玄関は出入りが読めないから危険。職員室からは大分離れることになるがトイレがベストだろう。見張りは一人で移動しながらだ。隙を突きやすい」 


 先輩の指示で状況がわかってくる。とはいえ、そこに行くのにも一苦労だ。右周りで行こうとしたらさっきの二人組みの前を通ることになる。左回りなら正面玄関の前を通ることになる。可能性があるのはこっち……確かに正面玄関前にも監視カメラは設置されている。しかし、その範囲は入ってくる者を捉えるだけ。ここの玄関には大きく丈夫そうな(ひさし)がある。その上を使えば映らずに通り抜けることができる。

 潜入道具の一つであるグラップリングガンを取り出す。

 これはメモリを調節して射出すると最大数十mの長さまで伸び、200kg近くまでは問題無く引き上げることが可能。

 消音性もあり狙う距離を見定めれば大きな音を立てないで済む。射出音の後、カッと屋根にフックを引っ掻かる手応え。周囲を確認し垂直飛びと同時に巻き取り、一気に庇の上に到着。

 ここから降りてトイレ側に向かう前に、丁度ここから入れる窓があるので侵入できないか触ってみるが残念ながらしっかりと鍵がかけられている。

 防犯意識を褒めるべきかと複雑な気持ちだ。


「日吉、状況が変わった! ルート変更するんだ、見張りのいない屋根を通って灯りが点けっぱなしの部屋から侵入できる」

「いきなりですね、思い付きじゃないんですか!? それに窓は閉まってるんじゃ!?」

「あの後職員の一人が子供部屋に戻ると窓を開ける動作をした後に頭を抱えた。余程焦っていたのか鍵を掛け忘れている。そして、職員全員三階から侵入するとは思っていない。奴らを出し抜ける」


 確かに理に適ってる気がする。人の身体に翼は無い、それは当然誰もが当たり前に知っている。だから無意識的に頭上以上の捜索は疎かになる。消音ドローンなんて技術はあるが人を静かに浮き上がらせることは未だできていない。

 警戒の人数も一階に比べれば圧倒的に少ないはず。トイレの窓から潜入するよりも成功のビジョンが見える……!

 グラップリングガンを射出し屋根へと上がる。

 すると強風が歓迎してくれる──頭上を見上げれば星もより近く美しく感じる。こんなことじゃなかったらずっと見ていたい澄んだ世界。

 何より月明かりで自分の影が薄くでも感じられてしまう。注意が上に向いたら気付かれかねないだろう。

 屋根を渡り言われた位置に近づくと身を乗り出さなくてもわかるぐらい光が漏れている場所が一ヵ所だけあった。 


「タイミングは俺が教える。5秒以内に部屋へ入るんだ」

「了解です」


 宿舎の窓の先は中庭。渡り廊下も隣接している。グラウンドへ繋がる道もある。

 中庭の灯りは消えているが巡回している職員のライトが闇を裂き際立って見える。合計三人、一人は訓練場の出入り口を塞ぐように立っている。さっき行く予定の場所に一人。気の抜けた顔で中庭を見る一人。

 風見鶏になった気分で流れを見る。僕の見きれない位置は先輩が見ていてくれている。落ち着いて指示を待てばいい。


「──今だ」


 屋根の端に手をかけ、足で窓をそっと開き、窓枠を片手で掴んで──

 よし! どうにか侵入することができた。5秒も経っていない! 後はゆっくり窓を閉めて証拠隠滅──普通の部屋だと今の恰好は逆に目立ちすぎる。油断せず気を付けないと。


「侵入できました」

「よし、下の連中は気付いていない。成功だ──サポートは難しくなるが一階の連中を引き寄せることはできるだろう必要なら言ってくれ」

「わかりました」


 ふぅ……これがゲームとかだったらセーブポイントなんだけど。現実はそうも言ってられない。

 見つかってもリセットは無し。気を引き締めなおそう──

本作を読んでいただきありがとうございます!

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