表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/33

第五話 WWP委員会対策会議──で終わらない

 平和な時間を過ごしていた八と麗香。その一方でめぶき園では騒動が起きようとしていた。

 めぶき園の職員達は子供達が全員部屋に戻ったことを確認すると、会議室に集まり真剣な表情で向き合っていた。誰もがその表情に使命感を持ち、しぶしぶと従っている様子は微塵も無い。


「近い内に委員会が調査しに踏み込んでくるでしょう。早ければ今夜──奴らが潜入してくるでしょう」

「しかし、証拠となり得る訓練場の場所は隠されています。見つけることは不可能では?」

「あの加藤という男はUCI消費量を完璧に当ててきました。生成炉の修理か検査のタイミングで来た作業員に連中が紛れ込み場所を把握したと考えるべきでしょう。ですが、訓練場の証拠は出してきませんでした。この事から入口だけは明かされていると考えるべきです。知っていたならあの場で出してきたはずですから」

「となると入口の前で待機するのが?」

「いや、それだとそこに何かあるって言っているようなものだ。強行突破で抜けられたら危険だ」

「仮に侵入されたとしても蓋をすれば閉じ込めることも可能です。しかし、出入口が一つだけではないのを知られたらマズイですね」

「そもそも訓練場の中にあるサーバー以外に致命的な証拠はありますかね?」

「仮に職員室のサーバーを調べられたとしてもそこに訓練生の情報は記載していない。児童全員の個人情報が記録されているのは確かだけどな」

「あの情報も訓練場に保存されていて電波が遮断される空間だから侵入されなければ問題無い。注意すべきは訓練生の証言だ。ただ、そんな子はまずいないだろうがな──昭雄園長のおかげで反抗的な子はいないのだから」


 めぶき園の計画。その証拠は全て訓練場に秘匿されている。ワープリを行うだけにしては設備が立派すぎるのもあり、過酷な訓練を行うために改造されたトイが多く製造され。中には国が暴徒鎮圧や被災地救助の為に作り上げた中型オートマタやパワードスーツも保管されている。装備している重火器はUCIを弾薬としており殺傷力は低い。

 無論これらは見られてはならない違法物。委員会が求めている証拠とは別件で取り締まることが可能である。

 暴かれたら確かに危険だが、入られなければ意味が無い。故に職員達が問題無いだろうと安心している。そんな中、東条昭雄はゆっくりと手を上げる。その所作一つで全員に緊張が走る。


「一人……注意すべき子がいますね。鬼灯八(ほおずきはち)さん、彼女は最優秀の訓練生ですがそのモチベーションは母親への援助と再会。優秀な成績を収める度に「会いにいかせてほしいと」催促されるようになりました」

「自分もそれとなく言われました「どれくらい頑張ればいいの?」と」

「そろそろ先延ばしも限界でしょうね……」

「皆さんご存知の通り、出会ってしまえば彼女の計画は水の泡となります。ここまでの育成も無駄になるでしょう。八さんは年齢以上の頭の回転を持っています委員会の求めている情報を知り、自分の価値を理解した瞬間──迷いなくこのカードを切り交渉する可能性があります「教えて欲しいこと全部話すから母に合わせてほしい」と」

「いや、しかし──委員会の二人と接触している様子はありませんでしたよ?」

「尋問が終わったからと言ってすぐに帰ったわけじゃありません。確かに私としても用心深い気がしますがあの子はそれをやれない子じゃないのも事実。今日のところは無視していいかもしれませんが後日再びやってきた時は警戒必須でしょう」


 園長の予想は流石に考えすぎ。そう全てが相手にとって都合の良い展開に転がるだろうか?

 職員の多数は彼女の言動を思い出すと口元を押さえて憂慮の表情を浮かべる。「やれたらやる」──

 八の優秀さは理解している。ただ知識がまだ子供相応なだけで発想力と物事を正確に読み取る能力は目を見張るものがある。


「……私、少し彼女の様子を見てきますね。夕食の当たりから何だか不審な動きをしてましたし」

「訓練が休みな事に対して妙に疑り深かったですね」

「あの二人が関係しているとまでは気付かれてるだろうな」


 園長の警戒が胸騒ぎを誘う。「考えすぎ」が頭を過るが不安という糸が絡み付いて身体を動かす、何も無ければそれでいい。これはただの確認作業なのだから。それでも早足になってしまうのは彼女が規格外だからだろう。


「流石に「あの二人がめぶき園を探っている」と理解しているのは考えすぎでしょう。確かに休憩時間と彼達がいる時間が重なったのは事実ですが喋っている姿も無ければ盗み聞きもできない状況ですよ?」

「私はあの男の対応でずっと拘束していたようなものですが、もう一人の男を全て見ていた方は?」


 誰も手を上げない──日吉和樹は誰かにマークされることなく自由に行動できていた。チラリと視界入ることはあっても誰も深くは気に留めていなかった。目立ちにくい風体、虎のような印象を与える加藤と比べれば鹿の日吉。

 自然と警戒すべき対象を決めてしまっていた。


「流石につきっきりはできませんでした。園長の言われた通り悟られる可能性を考慮しましたから」


 人間隠したいものというのは無意識に顔に出てしまう。

 訓練場への道、無意識に視線や身体の向きで示してしまう危険性を昭雄に伝えられた。

 静寂となった施設内に響き渡る荒々しい足音──


「──大変ですっ!! 八さん家出しました!」

「何だって!?」


 会議室にいる殆どが声を揃えて驚く。

 最悪が発生したのか? 頭が真っ白になる者が大勢いた。

 連行された同室の竹林奈菜(たけばやし)。先生達の驚き様と殺気にとんでもないことを引き起こしてしまったと顔が青ざめる事態に陥ってしまう。


「奈菜さん、全て話してもらいますよ」

「は、はいぃ~!」


 蛇に睨まれた蛙──その場を一歩も動くことができなかった。

 優しい言葉でもそれは文字だけ。冷静に淡々と殺気が篭る真剣さしかない。心の奥底を覗き込むかのような冷たい瞳、隠し事なんて一切通用しない凄味。逃げ出したくても逃げることは叶わない。

 会議に満ちる異様な空気が恐怖を加速させる。ただ家出がバレただけでは説明がつかないような重く張り詰めた空気。

 彼女もまた訓令生の一人、過酷な経験が無ければこの空気に耐えることができず泣き出していただろう。


「彼女がどこに向かったか知っていますか?」

「どこに向かったかはわかりません……ただお母さんに会いに行くとは言っていました」


 バレたら全部言っていいと言われていたから、壊れた蛇口のように聞かれたことはペラペラと話す。仮に「絶対秘密ね」と言われてもこの空気を前に耐え切ることは不可能だろう。


「なんと……!? まさか──本当に!?」

「とにかくマズイですね……」


 委員会が関わる関わらないにしても、施設の子供が逃げ出したという状況には変わらない。ただ特別な情報を持っている子だからこそ事態がややこしくなっている。


「どのようなルートを使って行くと言っていましたか」

「それは……聞いていません」

「本当か!? 庇っているんじゃないだろうな?」

「脅すようなことはダメですよ桑田さん。それよりもまずは動きましょう。桑田さんは周囲の探索を、鎌桐さんは至急監視カメラの確認。水口さんと槌乃さんは駅前に向かい待機と警戒、連絡を何時でも取れるようにしてください」

「了解しました!」


 指示を受けると意識が切り替わる。真剣な表情へ変わり混乱していた様子はどこへやらと迷いの無く動き出す。

 駅を指示された者達は車に乗って向かう。


「……奈菜さん、八さんがどうやってお母さんの場所を知ったのか知っていますか?」

「PCの授業で……地図を見ていましたそしたら、町並みを見たことある気がするって言ってまして。それで前住んでたところを見つけたって」

「……なんとも恐ろしい子だ……しかし、今あそこは──」

「口を閉じてください。となれば電車を使うことは間違いないでしょう。しかし、一番近い種ヶ崎(たねがさき)駅を素直に使うことはありえません。夜に一人、駅員に発見されればこちらに連絡が届きますし保護される。コンビニ等を利用してもこちらに連絡が来るはずです」


 職員が無意識に続けようとした言葉を昭雄は無理矢理遮り状況を口にする。

 前提として種ヶ崎周辺で子供が一人で交通機関を使う場合確認が入る、めぶき園の子供が脱走をしていないかどうか。


「となれば西種(にしたね)東種(ひがしたね)のどっちかの駅を使うということでしょうか?」

「そうでしょうね。以前住んでいた桃園市までは電車で1時間程の距離があり、徒歩は不可能。さらに、ここから東西どちらに行くにしても徒歩で1時間以上は優に越えます。終電の事を考えれば今日うちに桃園に到着は不可能、どこかで夜を明かす事態になるでしょう。故に焦らず始発前に両駅に先回りすれば抑えることも可能です」


 冷静に一つ一つ分析していけば家出は完璧にできてもその後は先回りで抑えることができる。

 子供の足ではどうしたって間に合わない、さらに夜の世界に子供の姿は黒の画用紙に白い斑点が着いたかのうように異物で目立ってしまう。


「危ない人間に見つからないとも限りませんから早く見つけてあげないといけませんね……町のどこかで泊まろうとしたら連絡が来るでしょうからどこか公園に隠れて野宿してるんじゃ……?」

「公園で野宿……盲点でしたね千歯(せんば)さんは公園の捜索をお願いします。発見次第すぐに保護を逃亡したら援護の要請を急いでください」

「わかりました!」


 状況を想像し心が落ち着いていないのか開ききっていないドアに身体をぶつけながら外へと向かう。


「最悪の事態に備えてあの住所の前で待機しましょうか?」

「確かにゴールで待ち構えるのは最善ですが我々の息がかかっていない範囲です、手段によっては通報されかねません。さらに完全に待ちな状況となります、人員を割けれません」

「ですが完全に見失い、目的地に到達されてしまったらそれはそれで問題でしょう。最悪の事態になりかねませんよ……」


 この指摘ももっとも。

 いないことに気付かず探し続ける状況が最悪。この隙に目的地に到達されたら誰も止められる者がいない、止める機会すら与えられない。


「……これは賭けですね──」


 探索に当てる攻め、最終防衛ラインに位置する守り。動かせる職員には限界がある。明日の児童の世話をする人間も必要。


「──自分一人が行きます。探索よりも待ちの方がお役に立てると思うので」

「籾野さん、よろしいのですか?」

「不安消す役目も必要でしょう? では、行ってきます」


 己の能力不足を理解した上で発言し、また一人と役目を果たすために動き出す。


「しかし……鬼灯八がこんなやぶれかぶれな戦略を選ぶでしょうか?」

「なにか見落としがありましたか?」


 めぶき園職員兼ワープリ戦術戦略講師の米山が巨漢に似合わぬ弱気な言葉をポツリと漏らす。


「私は彼女の優秀さを知っています。こうしてバレることも視野に入っているのではないでしょうか? 混乱している状況、職員が施設から減っている状況。一部の人間にとっては好都合と言えるのでは?」


 その言葉に背筋に寒気が走った──動かされているのではないか?

 訓練の最中は八の記憶力と発想力には指導者達も思わず唸る程、八がいるチームの勝率は八割以上を誇る。

 行動全てに必ず意図がある。ワープリ以外でどこまで作用するのかは未知数。試合という決められた枠組みから飛び出た彼女は想像できない発想でかき回してくるのではないか?

 なによりほんの少し前に自分達はその可能性について議論していた。もしもその通りのことが起きていたとしたら? 直接出会わなくても情報を伝えることができていたら?

 それなら説明がついてしまう。脱出さえ出来れば計画が完了。どこかで回収してもらい交渉。そして既に桃園市に到着しているとしたら?


「……っ! 米山さん! 残った職員をチーム分けし貴方は訓練場前の警戒! 残りは設備の巡回を! 桃川、金山、海原は私に着いて来てください! 二人がいる構築士合宿所に向かいます!」


 出来すぎた展開──でも想像できてしまう以上0ではない。


「仮に全てが最悪の事態に向かっているとしても、彼女は必ずここに戻ってくるでしょう。その時が本番で最終決戦でしょう」

「失礼しますっ! 監視カメラの映像を調べてみたところ……施設内のカメラには一切映っていません! 道路のカメラも確認しましたが黒いバイクが一台通った程度で」

「誰かを乗せていましたか? それと方向は?」

「いえ、一人です、フルフェイスで顔は見えませんでした。それにめぶき園側、東種方面に向かうバイクでした」


 「夜に黒いバイクは走った」ただそれだけも妙に何かがひっかかった。

 種ヶ崎では走り屋は殲滅させた。だとすれば旅行、しかし夜の山道は危険だとわかっているはず。

あまりにも不自然、何よりも闇に溶ける黒。


「鎌桐さん、東種方面のカメラを確認し通り過ぎたかどうかを確認してください。もしそうでなければここに悪さしに来た使者の可能性が高いでしょう。警戒を続けてください」

「わ、わかりました!」


 もしも八の回収人だとしたら? その線もあるが、それ以外の可能性も否定できない。

 最悪かどうかの答え合わせのため、この場は仲間達に任せて昭雄は合宿所へと歩を進めた。

本作を読んでいただきありがとうございます!

「続きが気になる」「興味を惹かれた」と思われたら


ブックマークの追加や【★★★★★】の評価

感想等をお送り頂けると非常に喜びます!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ