第三十話 記憶改竄~鉢谷達也の場合~
8月18日、夜──鉢谷達也と金田麗華の記憶処置が行われた。
場所はめぶき園訓練場地下四階──潜入した東雲の写真にあったMRIに似た装置こそが記憶改竄装置であった。
麻酔をかけて眠った二人の今日一日、というより懸ノ木彩八華に出会ってからの記憶を消すことになった。
正確に言えば消すというよりも別の記憶で埋め立てると言った方が正しいだろう。
それでも、すっぽり一日を消すということは簡単ではない。その埋め合わせは必須となる。この季節の場合熱中症で倒れたという情報で誤魔化すことも可能だが、彩八華という現象に巻き込まれなかったら行っていたであろう予定が入っている場合は矛盾が発生し違和感を覚え記憶が戻る危険性が高い。
特に鉢谷達也の場合、上級構築士強化合宿の為にここ種ヶ崎にやってきた。彩八華達と出会わなければ必ず合宿所に向かって勉強をしていた。
こうなると合宿中に熱中症で倒れたという記憶を植えつけても、実際に合宿で勉強していないのだから定着するはずもない。
なのでとある手段が提案された。そして、それが成功した場合記憶の上書きはほぼ完璧なものになり実体験も加わることで何重ものプロテクトが期待できる。
その為にはWWP委員会全員の力が必要となる──
「んん~……! 意外と良く寝れた!」
布団も環境も変わったがきっちりと眠れて良かった。田舎だと空気も違うからそれも影響しているのだろうか?
8月18日、時刻は6時、よし──! 合宿の集合時間は10時、余裕を持って準備して移動すれば間に合う。
「おはようございます」
「あ、あら、おはようねえ」
民宿のおばさんが挨拶を返してくれるがどこかぎこちない?
何か顔についてるかな?
「あ、そうそう。種ヶ崎一帯で何だか電場障害か何かでテレビが映らないらしいのよ。それにインターネットも使えないらしいわ」
「ええ!? 本当だ、圏外になってる!?」
圏外マークなんて初めて見た気がするな……田舎でもこれが出るのは稀の時代のはずなのにな。
ネットが使えないとは……いや、まぁ大丈夫だろう。合宿が始まればネットサーフィンなんてしている余裕は無い。過酷で有名な合宿なのだから。
逆にダラダラしなくていい、朝食も終えてラジオ体操をしたり持ち物を整理して精神統一をし、さぁ出発と民宿を出ると──
「鉢谷達也さんですね? お迎えに上がりました」
「ええ!? あなたは誰ですか?」
狙い済ましたかのようにいきなり高そうな車が横付けされて驚いた。タクシーという訳でもないし。何だ一体!?
「私は加藤竜、合宿所の職員です」
「えぇ……でも、どうして」
迎えに来た理由、俺がここにいることを知っていた理由の二つで疑問が浮かぶ。顔写真か何かは送っていないはずだ。なのにこの車というか人はスッとやってきた。
「ここは田舎ですからね、どうしても情報が広がりやすいんですよ。乗ってください、歩くには遠いですし、バス代の節約になりますよ」
「あ、はい」
見知らぬ人の車に乗るのもどうかと思うけど、どういうわけか信用してしまった。それに人攫いにしても俺みたいな学生を狙う理由は無いだろうと納得した。
それに進んで行く道も合宿所方面で間違いない。田畑が左右に広がる道、山道に入っていく。
「ここに一度来たことはありますか?」
「いえ、初めてです」
「そうですか」
それだけ言うと黙ってしまう。なんだろう? 話題を広げる気は無いのか? 確認だけしているみたいであまりいい気はしない。とりあえず窓から外の風景を見ていくが、濃淡鮮やかな緑で満たされている。
そうして風景を見ていると到着したのはまさに田舎の学校。過酷という噂は所詮は噂、そう感じてしまうぐらいにのどかな雰囲気で満たされていた。
集合時間三十分以上前──こんな田舎には似合わない若いお姉さんに疑問を覚えつつ受付を済ませた後、同じ合宿を受ける同士兼ライバルの姿を確認しようとしたが。
「ちなみに合宿を受ける人数は二名だけとなってしまいました」
というお姉さんの言葉に思わず目が点になってしまう。予定が入った? という考えよりも逃げたんじゃないかって考えが先に浮かんでくる。
ただ、人数が少なくて中止しますということは無いらしい。
参加人数は俺含めて二人。もし一人きりだったらストレスやらなにやらで大変なことになっていただろう。
この少人数をチャンスと思って合宿を受けよう。上級を教えられる人は本当に少ない──少人数ということは質問できる機会は沢山あるということだ。
というわけで始まった合宿──
洗礼といわんばかりに上級構築士の合宿が過酷の意味がよくわかった。
最初の一日目はグラウンドにて自分が寝泊りする家をUCIで建築することから始まる。大型生成機四機を使い3、4人家族が住めるような一軒家を──
実際こんなのを作るのは初めて、普段ならば場所もなければ機材も無い。ここで無ければ体験し勉強できない内容。
流石にテンプレートの設計図は用意されていたので一番大変な部分は無視できたのは助かった。
建築する際に気をつけるべきは土台と全体の強度。大型を作る際は土台が脆ければ自重で砕けかねない。初心者が失敗しやすいのは上部へのUCI不足。鳥が突いた程度で屋根が割れるなんてこともありえてしまう。
「意識すべきは骨組みとなるUCIラインです。小型と違い複数の生成機を使うので強固な骨を複数用意することを忘れないでください」
指導者となってくれるのは特級構築士という上級を超えた証を持つ植木健朴さん。初老な方だけど隙が無いというか鍛え抜かれた刀みたいな人なんだよなぁ……。
とにかく意識の切り替えだ。
使用meに制限は無い。つまり、計算をしっかり行い、全体の濃度を意識すれば理論的にはヤクザの襲撃でも穴が空くことは無い。
完成した家屋、初めて作ったがきっちり家の形をしている。けれどよく分からない不安が常につきまとう。
健朴さんと共に家に入り中を歩いていくと。
「そこ、注意してください」
「え──?」
その不安が的中するかのように踏み込もうとした二階の床がいきなりバキりと砕けて穴が開いた、この人には見えてわかっていたのか?
でも、何が間違っていたんだ?
「割れた位置をよく覚えてください、建物全体のどこなのか、UCIラインと見比べれば答えは見えてくるでしょう」
説明も丁寧だ。
この割れた場所は……建物の丁度中心付近──つまりは外側に力を入れすぎて中が疎かになっていたということ。UCIを動脈のように流すライン。多ければ生成装置の性能にもよるが短くなる。短くなれば大型の物は作れない。
四機のラインを複合させるのは頭に入ってはいた、鳥かごみたいに作ってしまったが次はそこに十字の骨を組み込むことを考えよう。
すると今度は上手く行った。
同じ箇所で割れることも無くさっきよりも安心感が違う。
しかし、これで終わりじゃない。むしろ始まり。合宿中はここで生活をする。トイレや食事は合宿所の施設を利用するが。寝泊りはここ。
ワクワク感も速い段階で薄れ精神的な負担が大きくなる。山の上ということもあって、熱帯夜の心配は無く、布団も渡されていたが、UCIで作った物は徐々に削られ薄くなる。常に生成装置で補充と修復を行っていれば理論的に心配しなくてもいいが。家具も無い白一色の部屋。配色についてあまり考えなかったこともあってか精神の疲れが半端なく速い。
二日目以降は午前中に試験に向けての講義を行い午後からは必須であり社会に求められる大型建築物の生成に移る。
単純な高さ3m程度の侵入不可の壁は問題ない、倒れないように逆さまの「T」を意識したり押されても大丈夫なように斜めの支柱を入れることを忘れない。
ただ、合宿所を覆うほどのシェルターを作ることにもなるがどうも上手くいかない。てっぺんに穴が開いてしまう。
ラインの形はハニカム構造で間違いは無い。教本でもそう書いてある。実際使われる形もこれだ。それでもてっぺんが薄い、雨漏りするしまるで頭頂部が禿げているようなものだ。
健朴さんと何が違うのか徹底的に比較した。
そして、答えがわかった──あの人は作業がとんでもなく早いがスローで見ると難しいことは無いまずは骨組みをしっかりと作る。その後、骨組みを覆うようにUCIを膜状に広げる。
生成装置の数が多いからこそできる芸当。グラウンドに建てた家と違い今回は100近くの生成装置を使っている。もっと大型、例えば学校やビルを守ろうと思ったらもっと使うことになる。
こうして、机で勉強するだけじゃ得られない知識や経験を大量に得ることができた。
──けれど、その過酷さに俺の肉体は耐え切れなかったようで。合宿の終わり間際の講義中、安心したのか気が抜けたのか耐え難い睡魔に襲われて途中で意識を失った。
恐ろしいことにうたた寝ではなかった。
どうやら丸一日以上眠っていたらしく、合宿所の保健室で目が覚めた。
嘘かと思って日付を見たら確かに一日進んで8月23日。
焦りやらなんやら色々頭が回転し、日数を数えてしまう。
合宿が始まったのは8月18日、19、20、21と勉強して終了日の22日の午後に意識が飛び、今、23日の午後7時に目が覚めた。家族には連絡済みらしい。
俺的にはまだまだ余裕でやりきれると思ったけどそれは慢心だったようだ。
合宿自体は最後までやりきれたから終了証書とか言う記念品を受け取って終わった。
それに来る時利用した民宿を予約して料金も払ってくれているらしい。いたせりつくせりで申し訳ないと思ったが口封じの意味があったらしい。
帰りはバスだけれど、途中で降りて観光がてら田舎町を歩くことにした。
「……ん? 何だあの店」
そう独り言が漏れてしまうほど道中で田舎には似つかわしく綺麗な店を発見。
何かと覗いてみれば「Padmini」という店らしい。しかし殆どが女性向けで恋人もいない俺には無縁の店……言ってて悲しくなるな。
すぐに立ち去る気でいたがそれでもなんというかショーウィンドウに並んだ綺麗な服に少し目が奪われた。乙女心が反応してしまったのか、蓮の花があしらわれていてそれに惹かれた蝶になってしまったのか?
「良いワンピースっしょ?」
「うおっ!?」
び、びっくりした。夢中になりすぎて完全に意識持ってかれてた! 不意を突いて話しかけてくれたのはお店の店員さんか、着ている服に蓮の花が付いているから間違いないだろう。というかかなりギャルだ。
「恋人さんにあげたらかなり喜ばれると思いますよぉ。それもこれはここだけの一点もの、デザイナーさんが都会の仕事から逃げながら作ったとされる無二のシロモノっしょ!」
すごいニコニコで営業トークをぶつけてくる。
ちなみに値段は四捨五入すれば6桁に到達する値段だった。学生の身分でポンと手が出せる訳がない。
「すまないが手持ちが無くてな。ただ、とても綺麗で目に留まっただけなんだ」
「それは残念っしょ」
そうして俺は逃げるようにその場を去る。というかこの人もそれがわかっていながらオススメした節があるな、からかわれたってやつだ。
「合宿お疲れ様っしょオニーサン!」
「ん──?」
振り返れば彼女は店に入った瞬間だった。
何で合宿を知っていたんだ? いや、ここは田舎だから余所者が来る理由は限られている。俺が来た方向もわかれば答えはわかるってことだろう。加えてよっぽどくたびれた顔でもしてたはずだ。
ただまぁ、労われるのは悪くない気持ちだ。
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