第三話 本気の家出が始まる……!
空は真っ暗だけど星と月の輝きが良く見える。都会だとこんな風にはっきり見えないと聞いたことがある。わたしは昔そんな都会に住んでいたらしいけど空の記憶は残ってない。
さて、そんな暗くて天気の良い夜。まさに絶好の家出日和! この時を待ってた、皆が部屋に戻って大人しくなる午後9時、先生達も子供達の世話から解放されてこの時が一番油断する。
だからこそ今が脱出のチャンス!
「八さん、本当に今日決行するつもりですか」
「もちろん、園長に何度進言しても首を縦に振らなかった。あんなに訓練頑張ったのに成績一番取ってるのに!」
ランキングの上の方にはいつもわたしの名前である鬼灯八が表示されるようにがんばってきた。
この訓練に参加したのもお母さんの援助をしてくれる条件を突きつけられたから。だから凄くがんばった! だから今お母さんがどんな状態なのか元気なのか直接見たいし声を聞きたいのにぜんっぜん頷いてくれない。埒が明かないからわたしが一人で会いに行くしかない!
パソコンが使える時間帯で記憶を頼りに前住んでいたところも割り出したし、必要なお金も貯まった。必要なのはタイミングだけだった。
巡回する先生も多いし、あんまり夜遅くなると訓練の疲れで眠くなるし。だから今日訓練が無いから体力は余ってる!
「できるかぎり私も協力しますけど。バレたら素直に言っちゃいますよ?」
「うん、無理矢理従わされたって言ってもいいから。とにかくなにより今日は先生達が慌しくなってる、お昼に来たお客さん達のせいだと思う。このチャンス逃したらダメだって」
あの人達が来てから先生達の空気がピリピリしてる気がする。借金取りとかそういう話じゃなさそうだったけど見つかる見つからないみたいな話が聞こえてきた。
何者かわからないけど只者じゃなくて、先生達の隠してる大事な何かを探してるみたいだった。
良い人か悪い人かわかんないけどTVドラマで見たSPとかそういう感じのオーラを放ってた人。
「じゃあ行ってくるね」
「気をつけてね……お母さんに会えるといいね」
「うん──!」
部屋の窓を開けて中庭を見下ろす。うん、大丈夫。庇を足場にして身体を外に出す。ナナちゃんが心配そうに見てくるけど大丈夫、この日の為に何度か練習していたから。
それに、監視カメラに映らないルートはわかってる。
後は先生達の監視が緩む時だってわかってる。今の休憩時間と就寝時間の間、先生達が皆を部屋に移動させようと見回りする時間、外への目が減る唯一の時間。
ゆっくりと進んでく、別の子達の部屋から見られないように気をつけながら、何とか第一関門突破!
ここは渡り廊下の屋根。この下は監視カメラもあるけどここは見られることがないからへっちゃら。わたしの体重で屋根が踏み抜かれることは無いとおもうけど注意しながら訓練場の方へ進む。
訓練場は山の中をくり抜いて作られたみたいで外から見ることはできない。どうやって作ったんだろう? と考えることも多い。くり抜いたというよりも訓練場を作った後にたくさん土をかぶせて長い時間ほっといて木が生えるぐらいまでなったのかもしれない。
渡り廊下の屋根を進んだ先はコンクリートで法面されてる斜面、これを登っていけば──
ふぅ……第二関門クリア! でも、ここからは危険、真っ暗な山の中の移動だから。踏み外して滑落する可能性が高い。でもはっきり見えるぐらい灯りを点けたらお化け騒ぎか何かでバレる危険もある。
でも大丈夫! こういう時の為に『UCIで遊ぼ!』の付録玩具の『UCIランタン』を使えば良い! UCIの燃料的利用を教える玩具だけど手の平サイズでそこそこの光量ができる。真っ暗な部屋で試したらナナちゃんにお化けだと間違えられて驚かれたのは良い思い出。あの時の叫び声は今でも耳に残ってる。
これで足下が見えるようになって転びにくくはなったけど歩きにくいのは変わらない、ザワザワと草木がズボンに当たる。自然が自然のままに育った場所に踏み入れるのがこんなに危険だなんて思ってなかった。
明日の朝までに隣町の駅まで移動する時間との戦い、だけど焦ったらダメ。ケガをしたらその時点でお終い。この町の駅を使えたら話は早いんだけど、一人で利用したら絶対連絡が入るはずだしそのまま掴まる可能性が高い。
でも諦めない! ここで戻ったらチャンスは一生来なくなる! 監視も凄く厳しくなる! やるっきゃない!
ザクザクと踏みしめてガサガサと道を進んで行くとなんとか視界が晴れた場所までたどり着けた。真下には道路がある。落ちないように気を付けて下りれば──
ん……なんだろうこの音? 『ウィィィン』ってすごい小さいけど車みたいな音がする……こんな時間に道路を一人で子供が歩いてるのを見つかったら注意されて最悪連れ戻される──隠れて通り過ぎるまで待とう……。
十秒近く待っていると街灯に少しだけ照らされた何かが見えた。ほんの一瞬、スピード違反してそうな速度で走り去って行った。見えたのは真っ黒い服にバイク、走り屋ってやつなのかな? でも無灯火はダメだと思う。車の通りが少ないけどへあぴんかーぶ? って言うのが多くて事故が起きやすいって先生は言っていた。
そういえばこの道はめぶき園に繋がってるけど何か用があったりするのかな? でも、道路の突き当たりにあるわけじゃない。私とは反対側の隣町に向かってるのかな?
って、あんまりにも珍しいのが通ったからって考えすぎるのはダメダメ! 切り替えないと!
耳を澄ませて確認、風が木々を揺らす音や虫の音が耳に届く……他に車は来ない──デコボコしたコンクリートの坂を手足使ってゆっくり降りる。
ふぅ、第三関門突破! 舗装された道がこんなにありがたいなんて思わなかった、何かが引っかかって転ぶ心配なんてしなくていい!
だ~れもいない夜道を進んでく、世界がわたしだけになったみたいに自由だ! 真ん中を歩いたって怒られない、ジグザグに走ったっていいんだ!
っていけないいけない。テンション上がり過ぎてた、夜だけどまだ暑い水分補給しとかないと……やっぱり前もって用意してたから温くなってる。身体の熱は抜け無さそう、もっと飲みたくなるのを我慢して歩くこのまま明日の朝まで持つかな? 隣町に向かう途中に公園があったからそこで水は飲める。そこで体力と相談して野宿するか夜通し動いて徹夜するか決めよう。
それにしても家出に徹夜に夜の外出──先生達がいつも言うやってはいけないことのフルコース……何だろう、不安もあるけどこれは凄い大冒険だってわかる!
自分が大人になっていくような成長する感覚が身体を刺激してドキドキが上回って怖くない。
足取りがドンドン軽くなる、早く離れなきゃって気持ちもあってわたしの足は坂道を転がるボールみたいに勢いがついて行く。
山の道路を抜けると家やお店に田んぼや畑が目立ってくる。ここからが第四関門! 親切な大人に見つかったら通報されそうだから隠れて移動!
でも、殆どのお店はこの時間帯になるとしまってることが多いみたい。余計な心配──かと思っているとこうこうと光が洩れているお店が一軒。
「あのお店は……!」
そこはこの田舎町にどうしてやってきたのかわからないブランドショップ。先生達も「なぜ?」って首を傾げながら話してた。ナナちゃんと一度行ってみたいねって話していたけど、こんな形で一人で見ることになるなんて……ダメダメ! 通り過ぎるだけ、意志を強く持たなきゃ!
でも、好奇心には勝てなくて、ショーウィンドウに飾られている服を見た瞬間、キラキラした引力に惹かれるみたいにわたしの足は止まってしまった。
本作を読んでいただきありがとうございます!
「続きが気になる」「興味を惹かれた」と思われたら
ブックマークの追加や【★★★★★】の評価
感想等をお送り頂けると非常に喜びます!