第二十九話 汚れ仕事
俺達にはもう一つの仕事、それはお婆さんには聞かせられない。
東雲さんに送り届けてもらい、周囲に人がいないことを確認。面会時間終了間際の精神病棟の待合室、人は殆どいない。この場を移動すべきかもしれないが、心が深く傷ついた彼達を連れ回すようなことは憚られる。
なにより、ここから話の主題は青年とギャル。
「鉢谷達也さん、金田麗華さん。貴方達にも記憶処置を受けてもらいます」
「……やっぱりなあなあで流されることはなかったか」
「…………」
資格無き者がWPSの真実を知ってしまった者に対しては混乱を避けるため情報の流布を防ぐために必ず行わなければならない。
健朴さんは冷静に言葉を繋いだが、やはり思う所はあるのかまだ何か方法は無いかを探っているようにも見えてしまう。でも、わかっている。例外は無い。
俺だって納得はできない、仕方ないで済ませるのが心情的には楽だ、ただ楽な逃げだ。でも、納得して解決する方法は無い
青年はどこか諦めているようにも受け入れているようにも感じる言葉で淡々としていた。
ギャルは俯いたまま、反応が無い。
「本当にすまない……あの男が喋らなければ俺達としても庇うことはできたんだが……」
「そしてその範囲は、今日一日分はあるでしょう。欠片でも覚えていたら連鎖的に思い出すことになるでしょうから……それだけ貴方達は今日一日で濃密な時間を過ごしてしまった」
夏が来る度に思い出すような一生に残る一夏の冒険。それだけのことを三人は経験した、俺達だってそうそう忘れることはできない。
だから念入りに今日という記憶を消す。万が一の可能性の考慮して。
「……ウチは──嫌、ウチのせいであやちゃんを傷つけた、忘れて無かったことにしたいぐらい情けないけど……逃げたくない。あやちゃんが今日の記憶を忘れても、もう一度友達にならないといけないから忘れたくない」
この子は強いな……この状況でも再び絆を繋ごうと意志を示している。
「……彩八華さんとレイさんの冒険は本当に心が躍った。最後は……望んでない結末だったけど。今日という日はずっと心に残るような出来事で、忘れたくない約束だってできた。でも、俺が本気でワープリのコーチになろうと思ったらWPSの記憶は無くなった方が良い」
青年はそう考えてあったのか冷静に意志を示した。
確かにコーチを目指すならばあの情報は迷いになるだろう。国の勝利の為に鍛えている、頭の片隅に常に漂うことになるはずだ。
「……オニーサンはそれでいいの?」
「良いとは言い切れない。でも、こんな短い期間でズットモになれたんだ。例え記憶が消えたとしても、きっともう一度繋がるはずだ。今度は違った形かもしれないけどな。だから忘れるんじゃなくてやり直すと考えることにした。都合が良すぎるかもしれないけどな」
「オニーサン凄いね……そんな風に考えられるなんて」
「イケてるギャルならきっとこんな風に前向きに考えるんじゃないか?」
その言葉にギャルは目から鱗が落ちたように驚き、心を持ち直したようにも感じる。
いや、それで立ち直れるのは正直理解し難い、俺が年をとり過ぎているのか? 今の若者の切り替えが早すぎるのか?
「確かにそうかもしれないけど。そう上手くいくかな? これで終わりかもしれないじゃない?」
「だからこそ、後ろ向きな気持ちで消したくない。そんな気持ちで忘れたら、本当に終わりになると思う。記憶改竄なんて関係なく、もういいやって思った相手と離れたら自然と忘れてもう会わなくなる。俺は忘れたとしても二人にもう一度会いたいと思ってる。それだけ良いやつだって理解しているから」
「盲点──! 小学校の頃相性悪めな子の顔と名前全然思い出せないもん。でもそっか……昔の友達の事だってズッと考えてる訳じゃない、会ったら思い出すもん。普段は忘れてるけど思い出せるもんね」
その思い出す記憶を忘れさせるために……いや、余計なことで口を挟むのは止めておこう。この子達に適当な事を言っても意味が無い。何より、あの子の記憶は母親に会うことで蘇った。
「よし! ウチはエリートギャル。逃げも隠れもしないっしょ! でも、最後にあやちゃんに会う! いいよね?」
この勢いに押されて、健朴さんも頷いた。
彩八華は今個室で保護されている。青年も含めて俺達は彼女の元へと向かう。
「やっぱりまだ眠ってるっしょ……」
ただ、どこか苦しそうで悪夢にうなされていると言ってもいいだろう。
ギャルはそんな彼女の手を両手で包み握る。
そして願うように額を当てる。すると、彼女の表情はどこか和らいでいく。
「あやちゃん……ごめんね。笑顔でお母さんに会ってほしかったけど。叶えられなくて」
青年は目を伏せ悔しそうに口を噤んでいる。
「ウチが教えたギャルスピリット。それさえ忘れなければきっとまた会える。必ず会えるからその時はまた友達になろう?」
その言葉が聞こえたかはわからない。
しかし、眠っている彼女の表情が穏やかに微笑んだのは勘違いでは無いはずだ
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