第二七話 母との再会
精神病棟は一般病棟と離れた位置にあるらしく、一階か四階の渡り廊下を通らなければならない。その廊下には錯乱した患者が通らないように中央にスライドドアがあり、一般病棟側のボタン一つで開閉を制御できるようだ。
同じ病院内でもまるで別物の雰囲気が漂っている。その気配に当てられたのかどうしても緊張してしまう。
「流石にちょっとものものしいっしょ……お見舞い用ギャルファッションじゃないからちょっと浮いてる気がするし」
「そういうことも気にするもんなんだな」
「最前線を走るギャルとしては品位を下げるのはこれからのギャルの為にならないっしょ!」
なんというプロ意識だ。包帯とテープでケガ人の格好して誰よりも病院に相応しい姿をしている者の言葉とは思えない!
レイさんに対し八──じゃなく彩八華さんは緊張と喜びは混じったような複雑な顔をしている。嬉しいけれど不安もある、一色の感情では表せそうにないんだろう。
思えば本当に流れが来ていたんだろうな。
話を聞き状況を分析すれば、レイさんに会い俺に会い、委員会の参戦、お婆さんと会う。何かが欠けていたらこの道を歩くことはできなかった。
そんな運命の導きに心を震わせていると、身体を震わす振動が尻ポケットから響いてくる。
「電話だ……!」
さらにピー、ピー、ピーと無機質な音が響き。その音でレイさんと彩八華さんは足を止める。この音の正体がわかっているからだ。
委員会の端末がこうして鳴ると言う事はどうやら復旧、いや妨害装置を無力化できたみたいだ。もっと早くしてほしかったのが本音なんだけどな。
とにかくこれが来たってことはWWP委員会側が勝利したと見て間違いなさそうだ。
「彩八華さん。気にせず行ってくれ」
「いいんですか? でもお兄さんも紹介したいですよ?」
ちょっと困ったような顔で二の足を踏んでいる。
嬉しい事を言ってくれるじゃないか、本当に──でも、待ちきれないという本音はこっちにも伝わっている。
「俺は後でいいさ。まずは君がちゃんと再会を喜び堪能するべきだ」
「……わかりました!」
俺の言葉に渋々とながらも納得してくれたみたいだ。これでいい、これが正解だ。俺は足を止めるために協力していたわけじゃない。
久々の母と子の再会というベストモーメントを逃すのは勿体無いが、それはあくまで俺のワガママでしかない。
ここから先はスクホ類の使用は厳禁。この渡り廊下が俺の冒険のピリオドだ。
「通話」をタップして耳に近づける。
「はい、もしもし──」
「良かった繋がりました──今どこにいますか?」
この声は東雲さんだ。ただなんだろう妙に焦った声な気がする。向こうで何かあったのか?
素直に今いる場所を伝えて良いものかと少し悩んだが、今更何が起きてももう遅い。彩八華さんは隔離病棟に入った。
むしろ帰りのタクシーを要求するぐらいが丁度いいだろう。
「──西種ヶ崎病院です。これから彩八華さんは母親に会いますよ」
あ、口が滑った。八さんって言わないと誰かわからないか。
「何故その名前を知っているっ!? 最悪だ──」
誰の声だ!? いきなり渋い男の大声が聞こえて思わず耳から離す。反応からして八さんが彩八華さんだと知っている人か?
「──青年! 八は近くにいるか? いるならすぐに止めろ! 八を母親に会わせてはいけない。すぐに連れ戻せ!!」
何だこの必死さ? 今度はWWP委員会のおじさんの声だけど何でそんなことを言う? 母親に会わせる協力をしてくれるのでは? この言葉はまるで反対──契約不履行なんじゃ……いや、まさか。実はめぶき園に敗北している? だから通信が繋がった?
「どうしてめぶき園みたいなことを言い出しているんですか? 大人なんだから約束は守らないといけませんよ。でもまぁ、今は離れてますしもうそろそろ感動のご対面──」
「そんな余裕は無い! いいか、あの子の母親は八を────!」
「……はぁ!?」
その言葉を聴いた瞬間──脳が理解を拒んだ。
なぜ? どうして?
いや、だったらどうしてあの子はお母さんに会いたがる? 嘘だ。流石に嘘だ、そうじゃなきゃアレだけ期待した表情は無理だ、俺達が力を貸そうと思う程に純粋で真剣な言葉や感情は出てこない!
「まさかそれが記憶改竄装置を使った理由?」
「そこまで理解したか……とにかく止めてくれ!」
「園長の話が本当なら、全部戻ったら取り返しのつかないことになる!!」
俺の悪い予想が当たっていた。
もっと警戒するべきだったのか? もっと待つべきだったのか?
「彩八華さんっ……!」
俺の足は激しく床を蹴り走り始めていた。
傍目だけど見ていたどっちに行っていたか。扉を開けて右──!
彼女の覚悟を決めたであろう横顔が扉の奥に消えようとしていた。レイさんは小さく手を振って部屋の前で待機するつもりだ。お婆さんも見送る姿勢だ。
スレイプニルなら彩八華さんの横顔を撃ってでも止められた。でも、もう出番が無いと鞄にしまった。もう俺ができるのは──
「止まれっ!!」
声を出すことしかできなかった。
病院内での大声は禁止だなんて言ってられない。
だが、ほんの一瞬。大きな声を出すための溜めが彼女を中に入れてしまった。
近くにいた看護婦さんの驚いた表情が突き刺さる。
「オニーサン……!? ここで大声ゲンキンっしょ……!?」
走って近づき、小声で注意するレイさんを振り切り扉に手をかけて開いた。
驚くレイさんに、異常事態だと判断した看護婦さんが俺に掴みかかる。
まだギリギリ間に合う、そんな期待がまだあった。
だが、現実は──
「あやちゃん……?」
開かれた扉の先、期待に満ちていたであろう彼女の表情は視線の先にいる母親を見た瞬間に目が見開いて震え、頭を抑えている。
ベッドの上で上半身を起こしている女性、痩せこけ、目が虚ろ、年齢以上に老けた印象を受けるぐらいに生気が薄い。
そんな虚ろな目がギョロリと動き、彩八華さんを捉えると。目が見開き身体が震え始めていた。その姿は威嚇や嫌悪感と言った拒絶の意志すら伝わってくる。
感動の再会の開幕とは到底似つかわしくない。
「おかあ……さん──?」
そんな母の姿に彩八華さんは恐怖を感じているのか声も震えて顔色も血の気が引いている。
この空気にあの言葉は真実だったのかと心で理解した瞬間、心臓が押しつぶされるような気持ちになる。
ただ、それでも心のどこかで期待していた、年月が癒して綺麗に収まると。いろはさんの口が動き始めた瞬間──
「なんであんたまだ生きてるの?」
希望は消えた──
冷たい一言が、嫌なぐらいはっきりと全員の耳に届いてしまった。
ここまでたどり着いた苦労や思い出を全て消し去る残酷な言葉を──
「あぁ……だからか、だからだからあの人がずっとずっとずっとずっとずっとずっと帰ってこないんだ! お前がぁっ生きていたからッ!! 拡が、帰って来ない! 拡を殺した! お前のせいでぇ!」
「いろ……は、あなた何を言って──」
身体が受け入れられない。言葉の意味を理解するのを拒む。
だけど、たった一人──全てを理解した目をしてしまっていた。
「そうだ……わたし……生きてちゃいけないんだった──お母さんのために死ななきゃいけないんだった」
淡々と言葉にした。何の疑問も感じない受け入れた言葉で。今までの明るさや応援したくなる覚悟を持った目の色が全て消えて冷たく真っ黒に沈んでいく。
そのまま、自分の手を自分の首に──
「レイさん! 止めるんだっ!!」
「え!? はっちゃん──!!」
看護婦さんも完全に固まって、俺の動きだけを止める枷になっている。
こんな時に声をかける事しかできないのか俺は!?
何故彩八華さん自分で自分を傷つけるような行為をするのかはわからない。ただ、嘘じゃなかったということだけはわかる「母親は八を殺した」何かの間違いじゃないかと信じたかった。信じたかった……こんな結果だなんて認められるわけないだろ──
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