第二話 我らWWP委員会!
交渉は失敗。おめおめと尻尾を巻いて帰る事しか俺達にはできない──
だが、今はそれでいい。
俺達は新たな作戦を実行するため、擁護施設から直線距離で500m近くにある廃校に移動している。実際は校舎の方が標高が高く、山林に覆われていることから道路に従う必要があり1km近くの距離がある。
廃校となった経緯は子供達の数も少なくなり一時期0人にまでなったことが影響している。現在はめぶき園が小学校の機能も有しており。町──いや村? の子供達の教育を担っている。普通に立派なんだよな。
廃校となった学校はUCI構築士のための合宿所と再利用されている。元学校なだけあって大きくて丈夫、加えて部屋数も多ければ様々な設備も揃ってる。
加えて観光客向けの宿泊所としても利用しているようで商魂逞しさが伝わってくる。ちなみに学校に泊まれる気分を味わえるのが珍しいのかたまに人がやってくるらしい。俺達もそんな観光客として利用しにやってきた訳だ。表向きは──
ここの本当の役割はWWP委員会の拠点、この任務の作戦会議をしに来たというわけだ。
どうやら現在は一般人の宿泊客はいないようで出張でやってきたくたびれ気味な上司と部下の演技をしなくていいのが助かる。
学校の中、立ち入り禁止の札が貼られた教室の一室。外から見たら古そうな教室だが中に入るには委員会のライセンスが必要なハイテク仕様。一歩踏み入れるとクーラーが効き通信機器や電子機器の並ぶめぶき園対策本部として機能する。資料を広げスクリーンにめぶき園の全体図を映す。学校というシチュエーションがちょっとした文化祭気分で若くなった気分でいるのは内緒だ。
「──各部屋の位置、監視カメラの配置の確認は全部済みました。部屋の鍵は殆どディンプルキータイプ。ピッキングで侵入は無理そうです。行ける部屋や設備の全てを探索することはできました、一階に職員室、保健室、中庭、浴場、食堂、園長室。二階は教室、資料室。三階は宿舎、遊び場。外のグラウンド。特に何かを言われることなく見ることができました」
施設内の探索にこいつ以上の適任はいない。何せ日吉の能力は瞬間記憶能力──
見た情報を写真のように記憶できる力らしい。
スクホやら小型カメラで撮影するにしても電子妨害で何も映らないことは昨今普通にある。得に秘匿すべき情報が多い企業は積極的に取り入れている防衛技術──時代がいくら流れても己の目で見た情報が最後に役に立つのは変わらない。そして、その発言をする人間が信頼に値するかも重要だ。
とにかく、多くの部屋を見られても特に何も言われなかったということは……別に見られても問題が無い場所ということだろう。養子縁組を結ぼうと訪れる方も施設内の見学はするだろうから何時どこで何を見られても平気ということだ。
日吉の報告と地図を照らし合わせながら部屋を一つ一つ確認していく、すると……あの男が言っていたある言葉と矛盾する、絶対に必要な部屋が無いことに気付く。
「UCIルームは見てないのか?」
「いえ、僕が見た限りはそんな部屋施設にはありませんでしたよ?」
「それはおかしい。彼は大型の生成炉があると確かに口にした。となれば生成炉を保管する場所と管理する場所があるのが当然なんだ。職員室かどこかで放出先は設定できているだろうが、生成炉の隣に管理装置を置くのが決まりだ。その二つが施設に無いのはおかしい」
安全の為に生成炉と管理装置は直接繋げるのが義務付けられている。結晶詰まりを解消するために定期的な清掃も必要になるからそれなりの広さも必須。
だが、日吉は見ていない。俺が見た園長の部屋にも生成炉は無かった。
「……ですけど、それっぽい部屋は見つかりませんでしたよ? ──そもそもあの数値ってどうやって調べたんですか?」
「それは──」
「ほっほっほ、私がチョチョイとメンテ業者に成り代わって整備した際に記録されてるデータを全部取ったからですよ。こういう時特級UCI構築士の証は重要ですね」
「健朴さん──いつの間に? 気配を消して入ってこないでくださいよ」
植木健朴さん。見た目は白髪の目立つ気の良い恵比須顔なお爺ちゃんだが、WWP委員会日本支部諜報員で今回の任務の隊長でもある。
長年委員会に従事しており身体の完成度は委員会最高峰、寄る年波に叶わず持久力は落ちたと本人は言うが体力が残っている状態ではまともに触れることが叶わない修羅──さらにあらゆる資格を持ち気配を自在に操りどこにでも違和感無く潜入できる能力、日本支部最高戦力の一柱。
そんな彼が借り出されるレベルが今回の任務──
めぶき園を卒園した子供達がワープリで異様な結果を見せ始めた頃、監視及び調査を任せられた。未来のUCI構築士達を育成するための合宿所を隠れ蓑として。
その隠れ蓑も今じゃあ評判の良い合宿所として機能しており委員会の拠点とは思われていないだろう。
俺達も宿泊所として利用させてもらっている客の立場を忘れてはいけない。
「まだまだ修行が足りませんね。確かに管理室や生成炉の確認はできましたが、訓練されている子供を見ることはできませんでした。整備の日を休みにしているのは当然として訓練施設のようなものも発見できませんでした。恐らく巧妙に隠されているのでしょうね」
「ではUCIルーム自体はどこにありましたか?」
「施設一階の奥、中庭に繋がっている渡り廊下の突き当りに法面された山壁に馴染むように扉がありました。そこを入って右手にUCIルームがありましたよ」
「予め報告書に記録してくれたら良かったのでは?」
「相手に気付かれていると印象付けさせるわけにはいきませんでしたから。UCI消費量を知る手段は何も直接見るだけではありません、ハッキングでも可能ですからねまだ相手に選択肢を絞らせたくありませんでした」
なるほど……訓練場の場所を知られているかどうかで相手の対応も変わってくる。確実な証拠を得るためには。潜入は絶対必要になる。
「渡り廊下の突き当り……? 確かに「何かあるかな?」と進んでみたら、法面された山壁でしたが扉なんてありませんでしたよ? 右側に向日葵が植えられた中庭しか見てないです」
「……なるほど。これは当たり前すぎて今気付けましたよ──UCIで行き止まりを作っていたということです。私が以前メンテナンスに向かった時も訓練場へ繋がっている通路はUCI製の壁で誤魔化された、ということですな」
「なるほど……芸術に強い奴がUCI使えば風景作るのも楽勝。初見の場所を観察したら何が正しくて間違ってるのかわからないから欺瞞効果が強い、騙された感覚すらなかったってことですね」
ワープリのバトルフィールドも美術さん達のおかげで日夜新しいのが作られ続けてる。ファンタジー世界の風景を現実に再現したり、古の日本風景を再現したりと芸術的利用にも貢献しているのがUCI。
こういう隠蔽にも使えてしまうのが負の側面で問題だ。
──と、悩んでいるとコンコンと部屋をノックする音が聞こえ、すぐにドアが開かれる。入ってきたのは小柄な少女の見た目をしているが健朴さんの部下で東雲茜さん、二十代半ばだが頭脳面が相当優秀で電子的な事なら彼女にお任せと言ったところだ。今はこの施設が怪しまれないように運営に従事している。
「先生、明日の合宿希望者のリストですけど大変なことに一人だけになっちゃいました」
「何ですと!? 理由は?」
「急な風邪、親が危篤の里帰り、急な仕事、お盆中にはしゃぎ過ぎてケガ、理由不明」
「残ったのは鉢谷達也さんだけですね」
こりゃ何とも不運な……鬼教官とのワンツーマン──いや、逆に幸運か? 精神的負担を無視したら本来なら分散される教育力が一人に集中するわけだから合格へ二歩三歩近づくことになる。
まぁ俺はゴメンだがね。
「折角の準備が無駄になってしまいましたね……このタイミングで合宿所として機能していれば隠れ蓑として優秀なのですが、我々が繋がっていることが悟られたらどう動くかわかったものではありません」
奴らがここまで付けて来て離れた位置から見ていたとしても確信は得られない。なによりこの部屋は外から見えない。
だが、長居し続ければ気付かれる恐れもある。だったら──
「日吉、全ての監視カメラの位置、通風口や窓の位置を把握しているな?」
「はい! ミニチュア作れって言われたら内部構造以外は100%再現してみせますよ!」
「頼もしい言葉だ──なら、今晩めぶき園に突入するぞ」
一瞬言葉の意味を理解できなかったのか呆けた表情を見せるが、完全に飲み込んだ瞬間驚いた表情を見せてくれる。
「ええ!? 何を言ってるんですか!? 相手も警戒しているはずですよ! 委員会に目をつけられたってわかった以上隠匿に力入れてるでしょうし訓練場に見張りが立っているんじゃないですか」
「その考えは正しいだろう。しかしな、歪みが一番現れるのも今夜なのも事実。人ってのは隠したいものを隠そうとすればするほど逆に目立ってしまう。一番バレちゃいけない証拠を隠そうとするあまり、初歩的な核心に繋がる証拠を落してしまうんだ」
訓練場を押さえれば大きな証拠になるだろう。だが、言い訳はいくらでも効く避難所なり体育館なり言葉巧みに誤魔化されるだろう。
だが、この子供兵士計画はUー18世界大会に向けて鍛えた子供を適当なところに放出しているわけではない、強豪中学やチームの近くを狙っている。他にも子供達を兵士に加えるカラクリの証拠を見つければ強力な武器になる。
デカい仕事を完璧に隠し通すことなんて不可能だ。
「あぁ……浮気の証拠がスクホに集中しているから必死に隠そうとするけどスーツに入れっぱなしの名刺や知らない香水の匂いで浮気してるとバレるみたいですね」
「…………まぁ、そんなところだ」
まるで自分がそうやって浮気に気付いたみたいな自虐的な言葉を漏らしてしまう東雲さん。
日吉も小さな溜息を吐くがその目は事の流れを理解したように感じられる。
「仕方ないですね。なんとかやってみますよ」
「非合法故に委員会と判明すると手を出し難くなります。もしもの時は存在を消す覚悟はありますか?」
「わかっています。僕達の覚悟で大勢のあの子達が救えるなら十分ですから」
「念を押すが無事に帰ってこそ一人前だ、命を捨てるような行為は絶対にするな。ただでさえ人手不足なんだ、死んでも生きて帰ってくる気概を持て」
「そんなことしませんって! 最近良い感じになってきた子もいるんですから死ぬに死ねませんよ!」
「ならいい──侵入ルートは二つだ、俺は山林側から向かう。日吉は正面側、バイクを使って近くまで行くんだ」
「ルート的には先輩の方が大変じゃないですか? 獣道を下っていくようなものですよね?」
めぶき園の裏手、訓練場の入り口とされる場所は法面された山壁にまぎれている。この廃校からめぶき園までは山林ルートを使えば500m近く、道路を使っていけば1km以上。
恐らくだが委員会の者であろうとなかろうと直接ルート上に警戒用のトラップが仕掛けられていてもおかしくない。
「気にするな、俺の方がこういうことには慣れている」
潜入は深夜と行きたいが夜のめぶき園の動きや流れを確認しておきたい。今夜アタックできなくなくても次への資産になる。決行は9時前、寝静まる前に所定の位置に待機──これが今夜の任務だ。
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