9 お義母様は意地悪な継母ではない
その夜、ティアナはずっと悪夢にうなされていた。
添い寝をしていたルカスは、涙を流して苦しむティアナの額に浮き出た汗をそっとタオルで拭いていた。
「――こんなにうなされとは……。お前、今どんな夢を見てるんだ?」
「うううっ……。お義母様……ごめんなさい……ゆ、許して……」
その言葉にルカスが眉をひそめる。
――何だ? まさか、あの気弱そうな継母に虐められてるんじゃないだろうな……。
再婚相手が死んでしまって、お荷物になった継娘を虐げる貴族は多い。
誰だって、自分の娘が一番可愛いに決まっているからな……。
王族、貴族の傲慢で残忍な性格の人間達を数多く見て来たルカスにとって、ティアナはとても気になる娘だ。
尊敬していたフェアリーゴッドマザーの孫娘という事も理由の1つだが。
ルカスは自身の母親が亡くなった時ですら迎えに来なかった父王が、高い魔力があると知った途端に城へ呼び寄せた時の事を今でも鮮明に覚えている。
ルカスは魔力が暴走してからずっと魔塔で生活をしていたのだが一度だけ王城に呼ばれた事があった。
その時ルカスは12歳。
魔塔でもその才能を開花させていてフェアリーゴッドマザーの一番弟子として頭角を現していたが、父に会いに行くルカスをフェアリーゴッドマザーは鼻で笑った。
「まったく……王家のクソ共の考える事は理解出来ないね。あんたは牛や馬じゃないんだから、いくら親だからって従う事はないよ! 馬鹿々々しい」
口の悪いマザーの言う通りだと思ったけれど、一度だけでも会いたかったのだ。
実の父親の顔を見ておきたかった。
母さんを凌辱し、死ぬまで苦しめた男の顔を。
母さんは、死ぬほど憎い男の子どもを産んだのに、俺を最後まで愛してくれた。
初めて見た父王の顔は憎らしい程自分に似ていた。
父王は俺の顔を見ると満足そうに笑って魔力の暴走で変化してしまった黒髪を素晴らしいと褒めた。
俺と母さんを繋ぐ唯一のミルクティー色だった髪色……。
その髪色を失った俺の気持ちなんか、あの男には一生理解出来ないだろうな。
「その薄汚い子どもが、わたくしのレイブンの弟ですって? なんて汚らわしい……」
王妃エリスの蔑みと、憎しみに染まったあの目つき……。
ぞっとした。
このまま、王族にさせられて、知らない王家の女との間に子を産ませる種馬にさせられる。
そして自分を死ぬほど憎んでいる女を母と呼ぶ?
冗談じゃない!
俺は不敵に笑うと魔法陣を描き、退散した。
***
「だから、俺はお前を守りたいんだ。ティアナ……教えてくれ。今どんな悪夢を見ている?」
ルカスにはフェアリーゴッドマザーから伝授された『夢見の魔法』がある。
主に人のトラウマを治療する目的で、依頼者が金を払って治療を願った時のみ使う魔法だ。
ルカスは常に魔法に関しては自分が必要だと判断した時か、金を払う人間にのみ魔法を使ってきた。
それなのに……。
「悪いな……。俺は唯一の身内になる奴の隠し事は嫌いなんでね」
うなされているティアナの額に唇を寄せる。
『夢見の魔法』を使う時には、相手の身体と自分の身体の一部が繋がってる事が重要だ。
夢を見ている人間の頭に一番近い分部が額。
そして、夢を覗く人間が一番効率良く見れる部分が自分の唇だ。
(だから、この魔法は相手がおじさんとかだと本当に嫌なんだよな)
その時は手を額に置くだけにしていた。
手を置くだけだと、夢見が断片的にしか見えないのだが。
ルカスはティアナの額に唇を寄せながら、慎重に魔力を使い始めた。
寝室に淡い紫色の魔法陣が現われて、2人を包んでいった。
***
ティアナはいつまでも続く悪夢に、迷宮から出られない様な錯覚に陥っていた。
ここは……?
あぁ、ガラスの靴を差し出すルカス様が見える!
「――本当にこんな事でいいのか? お嬢ちゃん、この靴は願いを叶える靴じゃない。この靴は……」
夢の中で私がブンブン首を振っている。
「いいの! だってこの靴を履けば私が誰だか分からなくなるんでしょ? そしたら私は自由に動き回れるの。誰かと気軽におしゃべりしたり、笑ってダンスをする事だって出来る! お城の舞踏会には子供は参加出来ないから、この靴で大人のお姫様になりたい。こんな紫色の髪は嫌! 王子様と同じ金髪がいい!」
夢の中の私を殴ってやりたい……。
駄目!
この後、私は恐ろしい目に遭うのよ!
私の願いも虚しく、ルカス様からガラスの靴を貰った私は心の中でなりたい理想の自分を思い描く。
ガラスの靴を履いた私の身体から無数の光が放出される。
やがてそこに現れたのは、王族も着る事が許されない様な豪華な宝石がいくつも縫い留められたピンク色のドレスに身を包んだ、美しい金髪の髪色をした私だった。
ルカス様は更に転移魔法を使って王城まで私を連れて行ってくれた。
門番には催眠魔法を使い、私が豪華な馬車でやって来たように思い込ませて貰う。
「俺が門の外で待っていられるのは夜中の12時までだ。それ以上遅くなる時は馬車を用意しておいてやるから、楽しんでおいで」
あぁ……。
そうだったわ! ルカス様はあの時、12時まで私を待って下さったのに!
王城の舞踏会が華やかに始まっている。
まだ10歳だった私は豪華なドレスに身を包んだ自分自身がどれ程人々の注目を集めているのか気が付いていなかった。
ファンファーレが鳴り響いて、王族達が現れる。
そして、この日の主役であるレイブン王子の姿が……。
あの時の私は久しぶりの自由に酔いしれていた。
お義姉様達が、何故あの日の舞踏会で目立たない地味なドレスを着ていたのかなんて気にしてもいなかった。
沢山の男の人達と楽しくダンスを踊って、沢山おしゃべりをしていた私の目の端には確かにお義姉様もお義母様も映っていたのに!
「失礼、菫色の瞳のお嬢さん。貴女と踊る栄誉を私に……」
顔を上げた私の目に、見た事もない綺麗な顔をした王子様が私の手の甲に口付けをする姿が飛び込んで来た。
「は……はいっ! 喜んで!」
演奏が始まり、王子様の流れる様なリードでダンスが始まる。
子供の頃から踊る事が大好きだった私は、王子様と時の経つのも忘れて踊り続けた。
「レディーはダンスがとてもお上手ですね。名前を聞いても?」
名前……と聞かれて私は気が動転した。
ドクンドクン……激しい鼓動と共にあの日と同じ、魔力暴走が起きる前兆を感じた。
「はっ……あぁっ……」
汗が滴り落ちる。
「レディー? 具合が悪いのなら、あちらの部屋で少し休もう」
王子様が私を隣の客間へ連れて行こうとしている。
私の腰を引き寄せて、その吐息が私の首筋にかかる。
「いやっ……!」
突然感じた嫌悪感と、恐怖。
魔力暴走の予兆で心臓が痛い。
フラフラしながら、階段を下りたその時、私のガラスの靴が片方脱げてしまった。
「あっ……!」
途端に、偽物である金髪の色に変化が起き始める。
王子様の顔が驚きから、欲望に満ちた凶悪な顔に変化している。
「見つけたぞ! 私の妖精姫! 私の……私のものだ!」
怖ろしくなった私は泣きながら階段を更に駆け下りる。
お城の門の入り口で待っていた馬車に飛び乗ると既に12時を過ぎていてルカス様の姿は無かった。
走る馬車の窓から外を見ると恐ろしい顔をしたレイブン王子が追いかけて来る姿が目に入った。
「嫌――――――――っ!」
涙で顔がぐちゃぐちゃになった私が飛び起きる。
「?」
私を抱きしめる優しい腕。
え……?
「ル、ルカス様……?」
「もう……大丈夫だから……だからティアナ……泣かないでくれ……」
私は泣きながら、ルカス様にしがみ付く。
「全部……全部私のせいなの……! お義母様は意地悪な継母なんかじゃないっ! 私を……私を助けようとしてっ……!」
お義母様が私を虐げている様に見せかけていたのは、灰に隠された紫色に変色した髪色を隠す為だったのだ。
汚い髪色に注意を逸らせる為に使用人の服を着せていたが夜になると、お義母様は泣きながら私の髪を浴室で優しく洗って下さった。
そんなお義母様を私の小さな満たされない欲求が……。
――お義母様を悪女に仕立て上げてしまった。
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