7 婚約はロマンチックなものじゃない
「今すぐ、婚約して頂きますわっ!」
私の魔力が普通とは違う事を知ったアンジェリカお義姉様は、顔面蒼白になってルカス様の手を握り締めていた。
この状況を誰かが見ていたら、間違いなくアンジェリカお義姉様がルカス様に婚約を迫っている様に見える。
「アンジェリカ……はしたないですわ。ルカス様、妹が大変失礼な真似をしてしまって申し訳ございません。それで……ティアナとはいつ頃婚約を?」
フレデリカお義姉様は、おっとりとした話し方なのに何故かアンジェリカお義姉様よりも圧を感じる。
ルカス様は私の顔をじっと見つめた。
「ティアナは? いつ婚約したい? というよりもいつ結婚したい?」
吸い込まれそうな金色の瞳に見つめられて、私は思わずこのお爺さんみたいな見た目の、老けた顔のルカス様に思わずドキリとした。
――大体、プロポーズとか普通はもっとこう……ロマンチックでもいいじゃない。
それなのに、2人の義姉たちの圧で無理矢理婚約の日取りを決められそうになっているし、というか、それもすっ飛ばして結婚?
ルカス様はご自身の婚約の話なのに、まるで食事に行く日を決めるかの様な気軽さで私に婚約&結婚の日程を聞いて来る。
でも……チャンスだわ! 私も私の家族も、今度こそあの時みたいな失敗はしない!
この国では婚約したらお相手の屋敷で婚姻するまでの間、お世話になる事も珍しくない。
いつまた、魔力が暴走してもおかしくないのだ。
ルカス様といつも一緒にいれば、髪色が変化する前に魔力を吸収して下さる!
結婚は流石にいきなりではルカス様がお気の毒だから、せめて早く婚約してこのお屋敷から、家族から遠ざかった方が良いわ!
一刻も早く婚約をして、私がこの屋敷を出て行けば……あの時の様にお義姉様たちに被害が及ぶ事もないだろう。
私は真っ直ぐにルカス様を見つめた。
「はい……一刻も早く……です!」
ロマンチックとか、そんな事を考えてしまうのは多分私が日本人としての記憶を持っているせいなのだろう。
そもそも、貴族令嬢の婚約は家同志の政略結婚が目的な事がほとんどだから、ロマンチックなんて言っている場合じゃない。
あ……でもその日本人としての記憶でもプロポーズらしいロマンチックな事は無かった!
こんな時に私ったら前世の記憶、折原光華が夫と婚約した時の状況を思い出してしまった。
確か私が作ったカレーライスを食べながら、あの人がボソリと言ったのだ。
「そろそろ貯金も貯まって来たから結婚するか」
――うん。あれは、私に訊ねたというよりは独り言だったね。
それなのに、当時の私はあんな独り言なんかに喜んでしまっていた。
だから、全然大丈夫!
良かった。素敵な思い出がない分、この状況にも全く動じなくてすむ。
私がにっこりと微笑むとフレデリカお義姉様がフフフ、と笑う。
「そう。ティアナは一刻も早くこの屋敷から出て行きたい……のね?」
あ……。
この微笑みはマズイ。
フレデリカお義姉様の謎に満ちた笑顔を見ながら、私の背中からはダラダラと冷や汗が流れていた。
***
美しいアイスブルーの瞳を潤ませて動揺している可愛らしい妹をじっと見つめていたフレデリカは、初めてこのウェズリー男爵家を訪れた時に目にした5年前の天使の姿を思い出していた。
あれは、わたくしが12歳、妹のアンジェリカはまだ10歳で今のティアナの歳でしたわね……。
「フレデリカ、アンジェリカ、今日からここが貴女たちのお家になります。そして……貴女たちの新しい家族よ?」
お母様が新しいお義父様と、新しい義妹を紹介する。
「今日は。可愛らしいお嬢様達ですね? 今日からよろしくね! この子はティアナ。どうか本当の妹と思って仲良くしてくれたら嬉しいな」
新しいお義父様はまるで春の陽だまりの様な温かい方でしたわ。
わたくし達の実のお父様はとても冷たく、体面をいつも気にする人で正直血の繋がりさえも疎ましく感じていたのに。
お義父様の優しさに胸がいっぱいになりました。
そして……お義父様の後ろに隠れていた5歳のティアナがそっと顔だけ出した時の衝撃たるや!
幼い頃に毎日読んでいた妖精の挿絵にこれ程生き写しの子が存在するなんて!
「まあっ! お姉様、フレデリカお姉様! この子、わたくし達が持っている絵本の妖精さんにそっくりですわ!」
私があまりの衝撃で言葉を失くしていると、横からアンジェリカが興奮して叫んでいましたわね……。
ティアナは妖精の様な顔立ちだけではなく、性格まで妖精さんみたいでしたわ。
お母様を小さな頃に亡くしたというのに、いつも明るくお義父様を気遣っていて、突然現れたわたくし達を天使の笑顔で受け入れて。
はっ……!
――つい昔の思い出に浸ってしまいましたわ!
集中しなくては!
わたくしの天使を守る最善の方法がもはや、このルカス様しかいらっしゃらない事は理解しました。
そして、この屋敷にティアナがこれ以上留まっていては危険なのだ、という事も。
分かっているのに、何故でしょう。
ルカス様が憎らしい。
可愛らしく可憐なティアナを見ても心を動かされずに平然としていられるこの方が!
でも、ある意味安心でもありますわ。
10歳のティアナに邪ないやらしい目をしていないのですから。
でも……わたくしの大切な天使を嫁がせるのですから、誰もが羨む結婚をして欲しい。
「フレデリカお姉様? どうされましたの?」
アンジェリカが心配してわたくしの顔を覗き込んでいる。
そうね……アンジェリカにも協力して貰いましょうか。
「――アンジェリカ、今から貴女がいつもドレスを作らせているマダム・ルル―をお呼びして頂戴。大至急ですわ」
「ええっ? では、ティアナの婚約式のドレスを?」
アンジェリカ……半分は当っていますわ。
「マダム・ルル―は王国で一番人気のあるデザイナー。近頃は、殿方の衣装も手掛けていると聞きましたわ。ルカス様……わたくしの可愛い天使を連れ去って行くのですもの。先ずはその見た目から変えて頂きますわ。今のお姿ですと、わたくし達のお母様が反対しかねません。不敬は覚悟の上で申し上げますわ。どうか、わたくしの天使の輿入れを誰もが羨むものにしたいのです。ご協力下さいませ」
***
フレデリカのルカス様大改造計画に、ティアナは頭を抱えてしまった。
別室で待機させられて先ほど履いていた魔道具のガラスの靴は脱いで今は10歳の元の姿に戻ったティアナは、不安に押し潰されていた。
――どうしよう……。
ただでさえルカス様にとっては、ご迷惑な婚約のお話なのに。
もしも、こんな面倒くさい話はごめんだって思われてしまったら。
私みたいな子供のお願いを聞いて下さっただけでもありがたい話なのに。
『お前ってさ、本当に人をイライラさせる事するよね』
――折原光華が夫からよく投げつけられた言葉が蘇る。
違う。
違う!
今、私は折原光華じゃない。
あの惨めだった頃の姿を思い出す度に涙が溢れて来る。
「ティアナ! お待たせしましたわ!」
メソメソと泣いている私の部屋にアンジェリカお義姉様が飛び込んで来た。
「まあっ! わたくしの可愛いティアナが何故泣いていますの?」
私の涙を見て、アンジェリカお義姉様が驚いている。
「アンジェリカお義姉様、ごめんなさい……わ、私の為にっ……お義姉様たちがっ……」
この先の未来が、あの時の記憶と同じになってしまったらどうしよう。
優しいお義姉様たちを守れなかったら……。
「まったく……何を謝っていますの? たとえ血が繋がっていなくても、貴女はわたくしの大切な妹ですわ! わたくしの妹はいつでも堂々と顔を上げていなくては!」
ふわり、とアンジェリカお義姉様が私を抱き締める。
「ティアナ、流石わたくしの妹ですわ! 貴女はわたくしと同じで人を見る目が確かでしたわ!」
「――え?」
「ルカス様はとても素敵な方でしてよ? 婚約式もきっとロマンチックになりますわ! お母様もきっと納得して頂けます!」
アンジェリカお義姉様ったら何を言っているのかしら……。
扉を開けた私は驚きの余り二度見をしてしまった!
えぇぇぇぇぇ――?
こ、これがあのルカス様なの?
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