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62 魔法師は自分の恋心が分からない

 

 魔塔最上階で、アンジェリカの『王太子妃宣言』を聞いたバートは、下へ戻っても胸のざわめきが止まらなかった。アンジェリカは努めて明るく振舞おうとしていたが、あの時の横顔は、どう見ても『夢を諦めた人の顔』だった。


(なんで……俺……こんなに苦しくなるんだ? アンジェリカちゃんの本当の夢を知ってるから……?)


 胸の奥で何かがぎゅうっと締め付けられる。

 その正体が分からず、バートは羽ペン工房の隅で頭を抱えて座り込んだ。


「あ――っ! 何だこれ? 胸が変だ! 痛いぃ!」


 叫ぶバートの頭の上から聞き慣れた声が響く。


「痛いとは……どんな風にだ?」


 いつの間にかセルジオが珍しい物を見る目つきでバートをじっと眺めている。


「いや……胸のあたりがぎゅうっと、……アンジェリカちゃんと話してから……」


 セルジオはクスリと笑うと髪をかき上げ、優雅な仕草でウインクをした。


「なるほど。バート、あなたは恋をしていますね」


「はあああああっ⁉」


 工房中に響くバートの叫びにティアナは書類を取り落し、ルカスが驚いて振り返った。


「ち、ちょっと待て! セルジオ……! コ、恋って……ははは……だれが……え……まさか! あ、あんな気の強い……そんなわけ……ないっ‼」


「ふふ。動揺が全てを物語っていますね。恋とは……心が勝手に走り出すもの。あなたは気付いていないだけなのです」


 穏やかな微笑みで、セルジオはバートの肩を軽く叩いた。


「アンジェリカ嬢を想う気持ち……それは立派な恋慕です」


 バートの耳が真っ赤になる。


「う、嘘だ……‼ 俺が……あのアンジェリカに……⁉」


 混乱してブツブツ言っているバート。

 ルカスが真顔でセルジオに質問する。


「おい……。胸が痛いなら、心臓の病かもしれないだろ? 治癒魔法が必要なんじゃ……コイの病?……鯉を生で食べて胸がつまったのか?」


 工房が静まり返る。


 

「え……」


 ティアナは半口を開け、セルジオは目を伏せた。


「……あなたは本当に大魔法師なのですか?」


 オリビエは頭を抱えていた。


「……あぁ……やっぱりこの魔塔の男共……女心分からな過ぎ。ルカスみたいに鈍感な奴、いつか痛い目見るわよ。確実に」


「え? なんで俺が……」


 ルカスは真顔で疑問顔になる。


「いいからルカスは黙ってろ! 僕ちゃんの頭が今……全く追い付いていないから!」


 動揺しているバートを見つめながら、セルジオはそっと呟いた。


「恋とは……相手の幸せを願うあまり、自分では決して触れられぬ距離に身を置くものです。ただ見守る事しか出来ない……そんな恋もあるのですよ」


 セルジオの意味深な言葉にバートとルカスは目を瞬かせ、理解出来ずに首を傾げる。


 しかし、オリビエの胸の奥では微かなざわめきが走った。


「ふん! 相変わらずキザな男!」


 セルジオは動揺を隠す様に足早に立ち去るオリビエを笑いながら見つめていた。



 ***


 バート達の会話を聞いていたティアナはその夜、魔道具の鏡『シリウス』を使いフレデリカを呼び出した。


「まあ。ティアナったらどうしたの? なんだか心配そうな顔をしていますわね」


 鏡越しのフレデリカは丁度本を読んでいたらしく、膝の上の本を静かに閉じた。


「フレデリカお義姉様……。お義母様は最近お忙しいの?」


 アンジェリカは最近、義母ローズが多忙な為代理として魔塔に頻繁に訪れている。

 まだ義姉アンジェリカの本心が分からないのに義母には相談出来ない。


「? お母様は最近アンジェリカが業務の手伝いをしてくれて助かっているみたいですわね。ティアナ、わたくしに聞きたい事はお義母様のことですの?」


 フレデリカの美しい榛色の瞳がじっとティアナを見つめる。


「その……。あ、アンジェリカお義姉様って……どなたか、好いた殿方はいらっしゃいますか?」


「アンジェリカ……は、何かティアナにその様な事を?」


 フレデリカにそう言われたティアナはバートの事をどこまで話してよいのか戸惑う。


(どうしよう……バート様にはっきりお気持ちを聞いた訳ではないし……。でも、アンジェリカお義姉様とバート様っていつも喧嘩をしているみたいに見えるけど、何故かいつも一緒にいる気がするのよね)


「その……。アンジェリカお義姉様がどう思われているのかは分かりませんが、下町のお祭りの時にアンジェリカお義姉様と一緒にいたバート様がもしかしたら……アンジェリカお義姉様のこと……」


 フレデリカが扇子で口元を隠しながら微笑んだ。


「ふふっ。バート様はアンジェリカの事が気になるのですね?」


「あ……。確認した訳では……」


「そう……アンジェリカの事を……」


 フレデリカの瞳がほんの僅かに揺れる。


「フレデリカお義姉様?」


「ふふ。なんでもありませんわ。あなたの勘は当っていますわ。アンジェリカはとても気の強い子ですから、決して本音は言わないでしょうけれど」


 そう穏やかに語るフレデリカのどこかいつもと違う様子にティアナは気付いた。


(お義姉様……?)


「フレデリカお義姉様? なんだかお顔色が……」


 鏡越しではあっても大好きな義姉の顔色がいつもより青白い。


「最近……面白い本を見つけてしまって、この頃遅くまで起きているせいですわね。今夜は早く寝ますわ。ティアナ、あなたの心配事はきっとすぐに解決しますわ」


(――フレデリカお義姉様は……何かを隠して……る……?)


 ティアナの胸に冷たいものが流れ落ちた。



 ***


 自室を出たティアナは、通路でばったりセルジオに遭遇した。


「やぁ。何か私にお手伝い出来る事は?」


 ティアナが何か言おうとしたその時だった。


「おい。セルジオ! ティアナが相談したい相手は普通、序列からいけばこの僕じゃないの?」


 ティアナが振り向くと、セルジオをじろりと睨むテリーが腕組みをしている。


「テリー様? どうされたのですか?」


 明らかに期限が悪い。


 セルジオは思わず吹き出す。


「くくっ。大先輩を差し置いて私がティアナを独り占めはしませんよ。もしかして焼きもちですか?」


 テリーはカチャリと眼鏡を掛け直すと、マシュマロみたいなほっぺを膨らませた。


「ふん! 僕はただ、ティアナが深刻そうな顔で部屋から出て来たから心配してるだけ。べ、別に……ティアナが最近忙しくて僕にお弁当を作ってくれなくても不満なんて……ないからな!」


 ティアナは慌ててテリーに謝罪する。


「ご、ごめんなさい。羽ペン事業が落ち着いたら、今度は皆さんでピクニックへ行きましょう! その時には沢山お弁当作りますね!」

 テリーの顔がぱあっと輝く。


「えっ⁉ ピクニック‼」


「はい。その時テリー様の大好きなおにぎりも沢山作ります!」


「やった――っ……じゃなくて……ティアナ! 悩みがあるなら、先ずは僕に言ってよね?」


(ど、どうしよう……でも、バート様の事はこのお二人の方が詳しいかも)


 テリーの真剣な瞳に見つめられたティアナは、仕方なくこの二人に相談する事にした。


 ***


「で……? ティアナは何をそんなに悩んでいるのさ」


 テリーはティアナとセルジオを自室に招待した。

 ティアナはガラスの靴の『クリスタ』に命じ、元の少女の姿に戻ると、しどろもどろになった。


「えっと……その……まだはっきりとは言えないのですが……」


 テリーの質問に、ティアナが言葉を濁していると、セルジオが助け船を出す。


「ふふ。まだお子様には少し難しい恋の話ですよ」


「コイ……? 誰が、誰に?」


 テリーが首を傾げる。


「えっと……もしかしたら、バート様がアンジェリカお義姉様に……」


 テリーがプッ、と吹き出した。



「あははは! ないない! バートさんは確かに惚れやすい性格だけど、おしとやかレディーが好みだよ。全然性格だって違うじゃない!」


 セルジオはフリフリと首を振った。


「これだからお子様は……。人は自分とは違うものに惹かれるのですよ。間違いありません」


 テリーは腕組みをすると考え込む。


「むぅ……。じゃあ、バートさんにアンジェリカさんの事、好きなのか聞いてみる?」


「お子様に質問されて答えるとは思えませんがね」


 溜息を付いたセルジオは、はた、と何かを思い付いてティアナのガラスの靴をじっと見つめた。


「直接聞いてもどうせ答えないなら……盗み聞き……はどうでしょう」


「盗み聞きって……どうやって?」


 セルジオの瞳が鋭く細まる。


「変身魔法ですよ。ティアナは魔道具のガラスの靴があるでしょう?」


 ティアナは目を丸くした。


「えっ? 他人に変身するってこと?」


 セルジオはパチンとウインクをする。


「人間ではありません。バートもルカスも人の気配には敏感です。けれど動物なら――それも小動物ならばどうでしょう」


 テリーがセルジオをじっと見つめる。


「小動物……?」


 セルジオは片手をひらりと振った。


「――鼠です」


「ええっ⁉」


 セルジオは軽口を叩くように言った。


「まぁ、私の変身魔法は大きめの動物で、専門外ですが小さな鼠ならば壁の中からこっそりと、バートの本心が聞けるかもしれません」


 ティアナはガゴクリと唾を呑み込むと、ガラスの靴の『クリスタ』を見つめた。


「そうね……。モヤモヤしていても仕方がないもの。『クリスタ、小さな鼠に変身させて?』」


 言い終わった途端、硝子の靴から強烈な光が差し込み、ティアナの身体に変化が現れた。


 骨が縮む。


 身体が軽くなる。


 視界がどんどん低くなる。


 次の瞬間――。


 ティアナは銀色の小さな鼠になっていた。


(う、嘘……本当に鼠に?)


 セルジオはしゃがみ込み、まるで貴婦人を見る様に礼をした。


「見事な変身です。ティアナ――さあ、バートの研究室へ行きましょう」


 ***


 バートの研究室へ潜入したティアナは壁の穴に身を潜めたまま、小さな鼻をひくつかせた。


(――? バート様……誰かと一緒……?)


 研究室に人がいる気配がして、ティアナがひょいと顔を出した瞬間、視界に入ったのはルカスだった。


 驚いたティアナの細い鼠の体はビクリと撥ねる。


 ――その一瞬の動揺を、ルカスは確かに察知した。


「……? 今、何か動いた気がするが……」


 鋭い目が此方を向く。

 ティアナは慌てて壁の奥へと逃げ込んだ。


 小さな心臓がバクバクと暴れている。


 壁越しにルカスの声が聞こえる。


「で……? お前、なんでそんなに思い詰めてんだ」


「え~? あはは……あ~、俺が恋してるとか、そんなこと? 別におれはさぁ……」


「――俺はお前の色恋の話はどうでもいい。お前がそれだけで悩んでいるとは考えてない」


 ドキン、とティアナの胸がざわつく。


「俺……ティアナちゃんには内緒にしてくれって言われてて……。その……アンジェリカちゃんが王太子妃になるって……」


 ティアナ意識が白く弾けた。


(アンジェリカお義姉様が……? そ、そんな……)


 足元がふらつく様な感覚に、鼠の身体がふらつく。


 必死に壁をつかんだ。


 息が苦しい。


 胸が痛い。


 喉奥で小さな声すら出ない。



 バートの低い声が続く。


「アンジェリカちゃんは、夢があって……ウェズリー男爵家を継ぐ事を目標にしてたのに……けど……俺、何にも言えなくて……」


 ティアナの胸を刃の様な痛みが走る。


(そうだ……。私は王太子から逃げて今この魔塔で幸せに暮らしているけど……私の本来のも目的は……)


 私は一度、大事な家族を失った。


 家族を……守れなかった。


 その未来に戻らない為に、私はこの世界に戻って来たって信じていたのに。


 なのに。



 アンジェリカが私の代わりに同じ運命を……?


 怒りとも悲しみともつかない熱が、腹の底から湧き上がる。


(ふざけないで。絶対にあの未来だけは繰り返さない)


 鼠の爪が、壁土をキリ、と掻いた。


(アンジェリカお義姉様の婚約――私が必ず阻止する!)


 次の瞬間、ティアナは暗い壁の奥へ、すっと身を引いた。


 まるで嵐の前に気配を消す、静かで鋭い影のように。


 ――守り抜く。何を犠牲にしてでも!



読んで頂き、ありがとうございました(^^♪


バートの恋は前途多難みたいですね( ゜Д゜)

恋と鯉の区別が出来ないルカスも心配です( ;∀;)

アンジェリカの婚約を阻止しようと、ティアナはどんな行動を?

次回お楽しみに(⋈◍>◡<◍)。✧♡

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1.「スノーホワイト〜断罪された極悪王妃は溺愛されて真実を知る」をピッコマで連載中です。 こちらも是非ご一読下さい(◍•ᴗ•◍)✧*。
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