6 大人の姿は偽りじゃない
ウェズリー家では、ルカスの魔道具であるガラスの靴を、ティアナが試しに履く事になった。
ガラスの靴が、ティアナの小さな足に吸い寄せられていく。
ルカス様の魔法は素晴らしい。
このガラスの靴は依頼者の足のサイズに合うように出来ていて、1ミリでも足の形や大きさが違えば誰もぴったり履く事は出来ない。
――――パアァァァァ――――
明るい光が部屋中を照らす。
「これが……大人になったティアナ……?」
フレデリカが、思わず溜息を漏らす。
「まあっ……。何て綺麗なの?」
アンジェリカがポカンと口を開けたまま固まっている。
10歳の子供の姿でも天使の様にかわいらしかったティアナは、誰もが目を奪われる程の美しい女性に変化していた。
肩まで伸びていた銀色に輝く髪は、更に輝きを増し腰までの長さになっている。
アイスブルーの大きな瞳は、清涼感のある涼やかで淡いブルーと、強い煌きがまるで氷河を連想させる神秘的なブルーの輝きに変わっている。
そして可愛らしいふっくらとした薔薇色の頬の少女から、まるで陶器の様な滑らかな白く艶やかな肌をした大人の女性に変わったティアナをルカスが、無遠慮にじっと見つめた。
「……ティアナ、この魔道具の本来の目的は理想の自分の姿に変身する為のものだ。何故思い通りに変身出来るのに、今のまま大人になる事を?」
ルカスの質問にアンジェリカが鼻息を荒くして抗議する。
「んまぁ! 信じられませんわっ! ティアナはこれ程までに美しいのにどこをどう変えるというの? あり得ませんわ!」
「ふふふ。そうですわね? こんなにも完璧な美しさは変える必要なんてありませんわ?」
フレデリカがにこやかに微笑む。
ルカスはティアナをじっと見つめている。
「……私は、この靴で別人に変身するのが嫌だっただけです。だって偽物の姿だと、お義姉様たちに私だって分からないじゃないですか」
ティアナは改めて鏡の中の大人になった自分の姿を感慨深く見つめた。
(これが……大人になった、本来の私の姿……)
私はお義姉様たちに大人になった姿を見せてあげられなかった。
多分、この姿は私が20歳くらいの姿かな……。
16歳でこの世を去った私も、大人になった自分の姿を目にする事は叶わなかった。
だからこそ、この姿が愛おしい。
絶対にこの姿になるまで死ねないわ!
「ところで……。ティアナの魔力暴走ですが、ルカス様のご意見をお聞かせ下さい。もうこの現象は起きないのか、それとも今後も気を付ける必要があるのか……」
フレデリカは扇子で口元を隠しまま目だけはにこやかに微笑んでいる。
(でも、この仕草は不安を抱えている時にお義姉様がよくするサイン……)
ティアナにフレデリカの不安な気持ちが伝わって来る。
ルカスが考え込む。
「魔力暴走は女性ではとても珍しい現象なんだ。それに、ティアナの魔力は……少し違う特殊なものを感じた」
「まあっ! 特殊な魔力って何ですの? ティアナが異常だとでも?」
興奮したアンジェリカをフレデリカが止める。
「アンジェリカ……。わたくしはルカス様のご意見を聞いているのです。では、ティアナの魔力は普通ではない……と」
ルカスが頷く。
「暴走した魔力を鎮めるには、増えすぎた相手の魔力を俺達魔法師が吸収する。吸収した魔力は本来同じ種類なら、俺達の身体の中で消化されるだけで消えて無くなるものなんだ。ところが……ティアナの魔力は、吸収しても消化される事無く今も俺の身体の中で存在し続けている」
ルカスの説明にアンジェリカが首を傾げる。
「えっと……吸収された魔力をルカス様が消化出来ないと……どうなりますの?」
ルカスは、部屋の窓を開け放った。
無詠唱で魔法陣を描く。
突然大きな風が吹き荒れる音が聞えたかと思うと、ルカスの手の中に小さな竜巻が姿を現した。
ルカスはそのまま今度は呪文を唱える。
するともう一方の手の中に真っ赤に燃える小さな炎が現れた。
ルカスはこの小さな竜巻と炎をそっと近づける。
その途端、燃える炎の竜巻が巨大な火球となって現れた。
アンジエリカがゴクリと唾を飲む。
「ち、ちょっと……これって……火球?」
魔法師が、何年もの修行を積み重ねてやっと小さな手の平サイズの火球を創り出すというのに……これは?
「確かに俺の魔力は誰よりも高い。けどティアナの魔力は、俺達魔法師とは違う桁はずれの強さを感じる。この力は、俺達みたいな魔力持ちの体内に残り続けて他人の魔力を増幅させるらしい。一度に高難度魔法を今俺が操る事が出来るのも……俺がさっきティアナの暴走した魔力を吸収したせいなんだ」
フレデリカがコクリと頷く。
「そう……思ったよりもかなり深刻ですわね。もしもまた魔力暴走が起きて、ティアナの髪色が変化してしまったらすぐにお城に報告がされてしまいますわ」
ルカスが大きく頷く。
「俺が10歳で魔力暴走を起こした時と同じだ。俺の元々の髪色は淡いミルクティー色で母親と同じ髪色だった。魔力暴走を暫く誰も止める事が出来なかったせいで俺は元の髪色に戻す事は出来なくなった。今回はすぐに駆けつけたから髪色に変化は起きなかったが……」
フレデリカのこの言葉でティアナは自分の魔力が暴走してしまった為に、家族を巻き込む大事件に発展してしまった、あの日の事を思い出していた。
そう……そうだった。
思い出したくない……けど、あの頃の事を思い出さないとまた私達は殺される!
***
魔力暴走を初めて起こしたあの日は、3か月後に開かれる王子様の誕生を祝う為の舞踏会の招待状が届いた日だった。
お義母様もお義姉様も留守にしていてメイドから招待状が義姉たちへ届いた話を聞いた直後、階段を三段程登ったその時、激しい胸の痛みが襲って足を踏み外し、そのまま気を失ったのだ。
医師は私の症状を階段で足を踏み外して頭を打った事が原因だとして薬を塗っただけで帰ってしまい、翌朝魔力の暴走が再び引き起こされた。
この時、私の綺麗だった銀色の髪は紫色の髪に変化してしまう。
高い魔力を授かると、魔力の暴走でその人間はこれまでと違う髪色に変化してしまうのだが、医師は私の症状を誤診して魔力を抑制する薬を処方する事をしなかった。
この国には紫色の髪色をした人間はいない。
ひと目でも私の紫色に変化した髪色を見た人間がいれば、私が高い魔力を持った人間だと分かってしまう。
お義母様もお義姉様たちも私が魔力持ちだという事実を徹底的に隠す道を選んだ。
魔力持ちだという事実が明るみに出れば、魔塔に送られて魔法師にさせられるか、王族へ嫁がされる事になるかもしれないから。
この国の王族たちは皆魔力はあるけれど、髪色が変わる程の高い魔力の持ち主はいない。
現国王も、微弱な魔力を持つ従妹の王族と婚姻したけれど強い魔力を持つ王子は生まれなかった。
その為、国王は、何人もの側室を置いた。
ルカス様が誕生したのはその頃だ。
本来、国王が平民のメイドに手を出す事はしない。
ところが、魔力持ちという事が発覚したルカス様のお母様に国王が興味を示したそうだ。
王族がどれ程魔力持ちに拘りを持っているかは国中が知っている。
そして、魔力持ちの女性たちが辿る末路も。
だから私達家族は魔力を隠す事にしたのだ。
魔力暴走で髪色が変化してしまったあの頃の私はその日から自由に動き回れなくなり、家の中でだけ過ごす様になった。
やがてお義母様は男爵家の使用人を全員解雇して王城から遠く離れた小さな家に私達娘を連れて移り住む。
それでも不安に思ったお義母様は、徹底的に私の存在を隠したのだ。
誰かお客が来た時は暖炉の中の灰を頭から被って髪色を変え、汚い使用人の服を着せられた。
恐らく何も知らない人々の目に私は再婚した邪魔な夫の連れ子で、虐げられた可哀想な子に見られていた事だろう。
事情を知らない周囲の人達から私は……。
――灰被りと呼ばれるようになった。
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