43 魔法師はお金持ちにはなれない
魔法師見習いのアンリが新たに魔塔に登録されて、王都の貴族からの依頼の魔道具作りも少しは楽になった筈なのだが、ルカスの表情が以前よりも暗くなった事にティアナは気付いた。
部屋に帰る時間は遅くなり、毎日ルカスは欠伸を噛み殺している。
「ルカス様、大丈夫ですか? 何だかこの頃お帰りも遅いですし……」
真夜中に部屋に戻ってベッドに倒れ込んだルカスに、ティアナは心配そうに顔を覗き込む。
「――ん。大丈夫だよ。子供はもう寝てる時間だぞ? 実は今実験中の魔道具なんだけど、材料費が馬鹿みたいに高額でさ。なんとか代替品を模索してるんだけど……連日失敗続きで……ハハハ」
青い顔で力なく笑うルカスに、ティアナが質問する。
「ルカス様、魔塔で実験中の材料費ってそんなにお高いのですか?」
「まあね。王都の貴族からは魔道具依頼で事前に金貨は支払われるんだけど、実験の段階で結構な金額が消えてしまうんだ。だから、実験で失敗なんかすると……赤字……」
「ええっ? だったらもう少し余裕のある金額を言えば良いのでは?」
赤字、と聞いてティアナは愕然とした。
あり得ない。
まさか、成功してもいない実験段階のものを事前に予約して先にお金を払うだけなんて!
「まぁ、俺達はいつも貧乏だけど住む場所はあるし、食い物にも困った事は無いし、着る物も自分達で作れる。実験や研究を好きなだけ出来る事は俺達魔法師にとっての喜びでもある訳で」
「つまり、王族や貴族達から依頼される魔道具を作る事が魔法師の喜びで、お金には全く執着が無いのですか?」
ルカスはティアナの頭を撫でる。
「そうだよ。俺達魔法師は、基本的に生きていく上で魔力が無い人達と欲しい物が違う」
ルカスの言葉を聞いて、ティアナは何となく理解した。
確かに魔法師は衣食住に困らない。
魔法で全て解決出来るから。
魔力の無い人間はこの衣食住の為に必死に働く。
でも、その基本的な事が魔法で解決出来てしまうと、生きる目標や喜びを感じなくなるのかもしれない。
ティアナは前世日本人だった時の、折原光華の記憶を辿る。
魔法が存在しない世界だったあの頃の記憶では、生活していく為に働いてお金を稼いでいた。
それが当たり前だったし、働いたお金で食べ物や服、旅に行ったりその様子を他人と共有して喜んでいた。
王族や貴族も衣食住には困らないけど、彼らの物欲は前世と同じ。
裕福でも、もっと豊かな生活を欲している。
でも魔法師は違う。
美味しい物も、綺麗な服も、自分の部屋を快適にする事も自在に出来る。
美しい景色を見に行く事だってあっという間に出来てしまう。
「魔法師は、新しい魔法の研究や魔道具の実験をする事そのものがとても大切で楽しい事なのですね?」
ルカスは、そう言われてじっとティアナを見つめた。
「この魔塔に来てからずっとそうだったけど……。今は違うな。ティアナの笑った顔が見れたらそれでいいよ。ただ、他の連中は魔法の実験がなにより楽しいと思っている奴らばかりだから。俺も協力しないと」
ティアナは顔が熱くなるのを誤魔化す為に、魔塔の収入を増やす方法について意識を集中する。
「あ……ありがとうございますっ! でもっ……お金が無いせいで、思った様な実験が出来ないのは辛いですね……。簡単に作れて、民が買える金額で、何度も買わないと使えない便利な魔道具を作って売る……のはどうでしょうか」
ルカスが目をパチクリさせた。
「んん? 何それ……」
前世日本人だった時の記憶を総動員させる。
「ええっと。つまり、魔法師は王族や貴族から高額な前金を頂いて魔道具を作っても、実は実験段階で凄くお金が掛かるから思う様な実験が出来ないんですよね? でしたら、民が喜びそうな簡単な魔道具を作って売るのです。貴族が持っている半永久的に壊れない物や、ずっと使い続けられる物ってそもそも高価ですけど、使い捨てで何度も買い直す様な物ならお安く作れるのでは?」
貴族が欲しがる魔道具は永遠にインクを使わなくても書き続ける事が出来る羽ペンだの、お風呂で髪を洗ったら一瞬で髪が渇く魔道具等で、材料費だけでも凄く掛かる。
私の説明が下手過ぎて考え込んでいるルカス様に、前世で便利で当たり前にあった物を必死に思い出してみた。
「例えば……ルカス様が先日作った羽ペンの魔道具ですが、1年間だけ使える魔道具ならいかがですか? 1年経ったらペン先の部分だけを交換すると、また1年使える様にするとか」
ボールペンを思い出したので提案してみる。
すると、ルカスの顔がぱあっと輝いた。
「凄いな……。ティアナ、お前は天才だ! なるほど。俺達魔法師はこれまでは依頼が無いと動かなかった。貧しい民が魔道具を買う、という発想が無かったんだ。でも確かに使い捨てみたいな魔道具ならいくらでも作れるし、民も安くて便利ならば何度でも買うと思う!」
「黒字になれば、大好きな実験や研究も沢山出来ますね!」
「よ~し! これはティアナのアイディアだから、明日魔法師達に俺から説明するけど、一緒に同席してくれ。変人ばかりだけど、大丈夫。悪い奴はいないから」
「ええっ? 私も?」
(魔法師達は、婚約式の時に祝福して頂いたけど直接話した事があるのはテリー様とセルジオ様、アンリ様だけだわ……。大丈夫かしら)
――ティアナは緊張で真っ青になり、喉がカラカラになってしまった。
***
翌日の朝、魔塔の大ホールに魔法師達が集合した。
ルカスから、魔塔の研究費について画期的な捻出方法が発表されると聞いたからだ。
普段は昼近くまで眠っている長老魔法師達までが参加している。
この大ホールは新しい依頼品の発表と、魔道具を作る日程等の打ち合わせに使われている。
魔法師達はルカスが登場するのを固唾を飲んで待っていた。
「おおっ! ルカスが何を発表するのかな? あいつ、魔力は高いけど、こういう金の計算の話ってあんまり気にしない性格だったよな?」
バートが隣の席のオリビエに囁く。
「フン! あのルカスがそんな細かい事を考えるなんてね。誰かの入れ知恵かしらね」
テリーが眼鏡をカチャリと掛け直し、バートを睨みつける。
「うるさいですよ。バートさん、研究費の捻出は魔塔で今最も頭を悩ませている事です。我々は魔法師で、研究や実験は生きる意味でもある。茶化さないで下さい」
「いやん。テリーちゃんたら真面目なんだから。オリビエもそう思わな~い?」
バートの軽口を無視してセルジオがオリビエにウインクをする。
「朝から皆さんにぎやかだね。オリちゃんは何でご機嫌斜めなの?」
「――別に。ルカスらしくないから嫌なだけ」
その時、大ホールの中央にある丸いステージがせり上がり、転異魔法でルカスが現れた。
割れんばかりの拍手で魔法師達がルカスを歓迎した。
「お早う。朝早くから集まってくれて感謝するよ。先ずはこれを見て欲しい」
ルカスがパチンと指を鳴らすと魔法陣が現れ、光の柱が立ち昇り、中から羽ペンの魔道具の図案が浮かび上がる。
「何あれ?」
「あんな簡単で寿命が短い安物、どうすんだ?」
「あれの何が画期的な打開策なのさ」
口々に不満そうな囁き声が聞こえる。
「ルカス、これは……? 説明して貰おうか」
長老魔法師達が羽ペンの図案を鋭い瞳で睨みつけた。
「俺達魔法師は、新しい物を創り出す事が大好きだよな? けど、貴族達の依頼品は面白いけれど材料費が高すぎて思い通りの魔道具を作るのに苦労している。そこでだ! この簡単に作れてペン先を交換すれば何度でも使える羽ペン、これを民に売る! 大量生産すれば相当な金になるだろ? その収益で、好きな実験や研究が出来る! どうかな」
この目から鱗の発想に魔法師達は喜んだ。
「それは凄い! ルカス、お前は天才だな!」
「いいぞ! もしもこの魔道具が大量に売れたら新しい実験が沢山出来るぞ!」
「この図案なら、相当安い材料費で作れるよ!」
大ホールが盛り上がったその時、ルカスが着ていたローブを脱ぎ捨てた。
するとルカスが背中に隠していた人物をそっと前に出す。
「あっ! ティアナだ!」
テリーが叫ぶと、オリビエの瞳が険しくなった。
今日のティアナは年齢を誤魔化す為に婚約式と同じ年齢に見える魔法を『クリスタ』に依頼している。
ルカスの後ろに隠れていたティアナは魔法師のローブを着ていた。
それも見習い魔法師が着る薄い生地のローブではなく最高級品の生地が使われた温かい裏地付のローブだ。
恐らくルカスが用意したのだろう。
魔法師のローブは本来高い魔力のある人物が一番良い生地を使う。
特例として高い魔力のある魔法師の家族も着る事を許されているのだが、ルカスがここまで上等の生地を使ってローブを作った事はこれまで無かった。
(そこまでして……あの子を守りたいのか……)
オリビエはギリッと唇を噛み締めた。
***
「改めて皆に紹介するよ。妻のティアナだ。実は、民へ安い魔道具を売るっていうアイディアはティアナが思い付いた。そしてこの羽ペンの発想もティアナなんだ」
わあっ、と大歓声が大ホールに響き渡る。
「凄いな! ルカスは優秀な奥さんを持ったな!」
「ティアナ、綺麗なのに頭脳も明晰なんですね」
「ルカスが羨ましいよ!」
次々に魔法師達が叫んでいる。
その時だった。
「意義あり!」
手を挙げたのは燃える様な真っ赤な長い髪の美しい魔法師、オリビエだった。
ティアナに対して良い感情を持たないオリビエの反対意見が気になりますね(;_:)
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次回、オリビエの指摘にルカスは?
お楽しみに(⋈◍>◡<◍)。✧♡




