4 魔法師はお爺さんではない
「…………」
10歳の私が宣言した渾身のプロポーズにルカス様は固まっていた。
お義母様は気を失ってしまい、使用人たちが慌てて寝室に運んで行く。
「ティアナ! 何を馬鹿な事を!」
真っ青な顔で初めて口を開いたのはアンジェリカお義姉様だ。
「ええっと……その、ティアナはこのルカス様とお知り合いだったのかしら?」
戸惑いながらも榛色の瞳が興味深々に輝いているフレデリカお義姉様は、私とルカス様を交互に見つめる。
私とルカス様はこの世界では、この日が初対面だ。
前にいた世界……日本人だった私は恐らくあの時階段から落ちて死んでいる。
でもあの時私は死ぬ直前に、この世界の出来事を思い出していた。
そしてこれから始まる筈だったルカス様との、この先の記憶も。
あの時ルカス様が魔法で出来たガラスの靴を私に履かせなかったら、私が王子様の目に留まる事も起きなかった。
そうすれば、私はあの悪魔の様に残忍な王子様へ嫁ぐ事は無かったのだ。
私が思い出した悪夢の様な記憶が正しければ、私はこのあと舞踏会で王子様に見初められて婚約させられる。
そして……そして私は……16歳で死ぬ。
でも、今の私は10歳の女の子。
あの悪魔の様な王子と結婚する前に戻って来たのだ。
――あまり時間が無いわ!
だって、あの恐ろしい舞踏会の招待状が我が家に届いているのだから。
「……お前。俺と結婚したいって本気じゃないだろうな?」
ルカス様の金色の瞳が冷たく光る。
「本気な訳ありませんわ! いくら大魔法師様だからって……ティアナはウェズリー家の天使! 妖精姫と呼ばれていますのよ? こんな……こんな……お年寄りに嫁がせるだなんて! あり得ませんわ!」
アンジェリカお義姉様がルカス様をキッと睨んで叫んだ声が、部屋中に木霊する。
私は慌てた。
アンジェリカお義姉様が暴走している。
しかも、ルカス様をお爺さん扱いして……マズイわ!
お爺さんみたいに髭が伸び放題だし、黒くて長いボサボサな髪で目なんかも寝不足で落ち窪んでるけど……この方は……!
フレデリカお義姉様がフフッと笑うとアンジェリカお義姉様の頬っぺたをギュウッと抓った。
「きゃあ! フレデリカお姉様……いっ痛い!」
「も~う……。アンジェリカったら相変わらず不勉強ですわ。この王国でとても有名な偉大な魔法師様なのに。ご年齢も存じあげないだなんて……ルカス様は確か……お年寄りに見えなくもありませんが、まだ19歳……でしたわよね?」
「はあっ? こんな老けたお顔の19歳の方がいらっしゃる筈ありませんわ?」
まるで、毛を逆立てて威嚇する子猫みたいにアンジェリカお義姉様が興奮してルカス様を睨んでいる。
「……おい。この家のご令嬢達は揃いも揃って不敬罪って言葉を知らない様だな……」
ルカス様の額に青筋が立ち始めた。
お義姉様たちは、私の事となるといつもこんな感じだ。
ここで、ルカス様が怒って帰ってしまったら大変だ。
「私は本気です! 本気でルカス様と結婚したいの! もしも私が魔力持ちだってお城の王様に知られてしまったら、きっと王城に連れて行かれて王子様の花嫁候補にされてしまうわ! それだけは絶対に嫌っ!」
驚いた顔でアンジェリカお義姉様とフレデリカお義姉様が顔を見合わす。
「そういえば……昨日届いた3か月後に催される舞踏会の招待状……」
「……ええ。確か王太子様の20歳の誕生を祝う為に国中の貴族令嬢が招待されていますわね……」
私は2人のお義姉様の顔をじっと見つめると静かに口を開いた。
「あの招待状には、年頃の貴族令嬢は全員参加。もしも魔力が多少でもあるご令嬢は年齢に関わらず事前に申告する事、って書いてありましたよね?」
「それは……つまり?」
フレデリカお義姉様が小首を傾げる。
「もう! フレデリカお姉様ったら分からないのですか? 今度の舞踏会の目的はレイブン殿下の花嫁候補を決める為! そして、その基準が魔力持ちかどうか、という事ですわ!」
アンジェリカお義姉様は察しが良くて助かるわ。
ルカス様が口を挿む。
「つまり、ティアナは王子と結婚したくないって事だな? 噂では物凄い美丈夫だって聞いたんだが……レイブン殿下をひと目見て失神するご令嬢が後を絶たないとかなんとか」
――知ってる。確かにもの凄い美丈夫だ。
でも……そんな美丈夫の本性を私は知っている。
「まぁ、確かに整ったお顔立ちですわね? レイブン殿下は。でもティアナは嫌なのでしょ?」
フレデリカお義姉様がにっこり微笑む。
「ティアナ……国一番の美丈夫な王子様と、このお爺さんみたいなルカス様では比べものに物にならなくってよ? 何故そんなにレイブン殿下が嫌なの?」
私は考えた。
これは……慎重に答えないと。
お義姉様達を納得させる答えを……。
「私……絶対に王子様とは結婚したくありません……。もしも私の魔力が知れてしまったら、私はレイブン殿下の花嫁になれる年齢になるまで、ず―っとお城でお妃教育を受ける事になります。この家を離れるだけじゃない……結婚するまでず―っとお城から出る事なんか許されないわ! 婚姻して王太子妃になったらお義姉様達とは更に疎遠になってしまう。そんなの絶対に嫌です!」
途端に義姉様たちの涙腺が崩壊する。
「ううっ。そ、そうでした……お妃教育、そして婚姻……ティアナの可愛らしい姿を近くで見る事が出来ませんわ!」
「そうね……。この方の見た目よりもティアナに気軽に会えなくなってしまうだなんて……そんな事、耐えられませんわ!」
ルカス様が思案している。
「ふむ。確かに今お前は困った状況なんだな? そして俺はマザーとの約束を反故にする事は出来ない……」
そう!
そうなのよ!
お願いだから、頷いて……!
「しかしなぁ。結婚って簡単に言うけど……ティアナは何歳なんだ?」
「10歳です」
王国の法律では貴族同志の婚姻は15歳からだ。
でも、婚約は10歳から出来る。
あの悪魔みたいな王子の魔の手が伸びる前に婚約してしまえば……。
「貴族同志なら15歳からだけど……婚姻出来るよ? 10歳なら。まぁ、乗りかかった船ってやつだし? 俺はお前を縛り付けたりしないつもりだし。んじゃ、結婚する? 俺達」
ええええええ?
「ちょっと、何をおかしな事を! 貴族や王族の婚姻は15歳から……」
アンジェリカお義姉様が食って掛かる。
「貴族や王族ならばね。俺は貴族でも王族でもないから」
フレデリカお義姉様がニコニコと微笑む。
「ふふふ。確かに。魔塔の法律……ですわね?」
ルカス様の魔法で羊皮紙が空中に現れた。
「俺達魔法師は独自の法律があるんだ。中でも婚姻に関する取り決めは魔法師だけで決める事になっていて年齢も性別も何でもあり。ただし魔法師たちに認められるか、だけだ」
「認められるか……って?」
ルカス様が難しい顔をする。
「魔法師は実力重視な人間達がほとんどなんだが、頭の固い連中もいる。子供と婚姻関係を結ぶ事に反対する奴もいるって事」
まぁ……ある意味正しい考えだわ。
でも今はそんな事よりも認めて貰う事の方が大事だ。
日本人だった頃は、あんなに結婚に対して絶望的だったのに。
本音を言えばもう誰とも結婚したくない。
でも……!
私たちの命が掛かってるのだ。
「あのっ、ルカス様! 見た目を大人に変える魔法はありますか?」
本当はもう二度と見たくも無い。
でも、婚姻する為には……。
「変身魔法は短い時間なら問題ない。しかし、長い時間大人の姿のままいる魔法、となると魔道具しかない。そうか……その手があったな。見た目が大人なら反対する奴もいないか」
アレは魔道具だったのね。
てっきりガラスの靴に魔法でも掛けたのかと思っていた。
ルカス様が魔法の呪文を唱えると、空中にキラキラした物が現れた。
美しい銀色に光り輝くガラスの靴。
私を地獄に突き落としたガラスの靴。
あの時この靴が足から脱げなければ。
「まあっ、なんて綺麗なんでしょう」
フレデリカお義姉様がうっとりしている。
「この靴が魔道具ですの?」
アンジェリカお義姉様が繁々と見つめる。
ガラスの靴はやがて私の手の上にストンと落ちた。
魔法師ルカスの最高傑作でもある魔法のガラスの靴。
この靴はルカス様が命じた相手の足の大きさに自ら変化する。
今私の手の平に乗ったガラスの靴は私の足にぴったりなサイズになっている。
***
私は自分が殺された過去の記憶を思い出していた。
あの恐ろしい舞踏会から逃げ出した私は階段を駆け下りたはずみにこのガラスの靴が脱げてしまったのだ。
そして、この靴にぴったり足のサイズが合う貴族令嬢を探し出す為に王子は年頃の令嬢がいる屋敷を虱潰しに捜索させた。
でもガラスの靴が履ける令嬢は現われなかった。
それは当たり前なのだ。
子供の足のサイズの靴が履ける訳がないのだから。
連日の捜索になんの進展もなく、兵士達は次第に苛立ちを見せる様になる。
もしも命令された令嬢が現れなかったら、残忍な王子の手により自分達が殺されるかもしれないから。
そして……遂に兵士達は、私達が住むウェズリー男爵家にやって来たのだった。
――お爺さんだと思い込んでいたルカス様から貰ったガラスの靴のせいで……。
私は、家族を殺された。
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