39 アンリ様は星占い師には戻らない
「まだ、お疲れかしら……」
ルカス様との楽しい朝食後、私はテリー様の隣の空き部屋をノックした。
昨夜アンリ様がこの部屋に急遽泊まったのだ。
「お早う……。君、魔塔の中でも大人の姿なんだ……」
すぐに扉を開けて下さったアンリ様へ、私はサンドイッチを手渡す。
「お早うございます。あの、これ……私が作った卵のサンドイッチです。良ければお召し上がり下さい。魔塔で飼育している鶏の卵は王都で出回っている卵よりも美味しいんですよ?」
先程ルカス様の為にお弁当のサンドイッチを多めに作った私は、アンリ様にもお裾分けしようと思い立ったのだ。
「ありがとう。嬉しい。あまり食欲無かったんだけど……これなら食べられそうだ」
「アンリ様、食欲が無いのはお疲れだからでしょうか」
私の質問にアンリ様が被りを振る。
「いや……長年コルセットを身に着けていたから胃が……」
「――っ!」
思わず声が出そうになるのを堪える。
男性のアンリ様は小さな頃に死んだ双子の姉の身代わりとして女性として生きてきた。
恐らく成長と共に男性の身体つきに変化するのを恐れた両親が、徹底して食事やコルセット等で女性らしい見た目を維持させてきたのだろう。
「もう……コルセット等しなくてもよくなりましたので、きっとこれからはお好きな食べ物が増えると思います。今度美味しい肉料理を作りますね!」
私の言葉にアンリ様が一瞬固まった。
「え……っと、ティアナは貴族令嬢なのに料理がそんなに出来るの? まさか、あの男に強要されているとか?」
あっ。
しまった……。
アンリ様は公爵令嬢だったから……。
貴族令嬢が料理をする事は殆どない事を知っている。
稀にあったとしても、お茶の時間の軽食を、趣味の範囲で料理人の助けを借りながら嗜む程度なのに。
「ええっと……。それは……」
私が返事に困っていると、突然背後から聞き覚えのある声がした。
「おい! お前……新入りか? ティアナの手作りサンドイッチを貰っておきながら何を困らせているんだ!」
驚いて振り返ると、物凄く機嫌が悪そうなテリー様がカチャリ、と眼鏡をかけ直してアンリ様をじっと睨んでいた。
***
――結婚式で疲れているだろうと思って、今日ティアナに会うのを遠慮していた。
毎日美味しい差し入れを届けてくれるティアナに会えないのは残念だけど我慢していたのに……。
隣の空き部屋に昨夜誰か入った事は知っていた。
でもまさか、その男の部屋にティアナが差し入れを持って行くなんて!
しかもティアナを困らせる様な事を言っているし!
くそっ……。
ティアナの絶品卵サンドは僕が貰う筈だったのに!
しかも、何だ?
無駄に美形だし。
透き通る様な肌に紫の瞳。
顔はまるで人形の様に整っている。
ティアナ……まさか、こういうタイプの男が好みなの?
「まぁ! テリー様! こちらはアンリ様です。昨夜から魔法師見習いでこちらへ……」
ティアナが話しかけるのを僕は遮る。
「見習いだか何だか知らないけど、ティアナに失礼な事は言うなよ? この魔塔では貴族も平民も年齢も、性別だって関係ない。お前は僕よりも年上かもしれないけど、この魔塔では僕が先輩だ。そして、ティアナも先輩なんだぞ?」
僕のこの言葉にハッとして、いけ好かない美形は下を向いた。
フン!
ざまあみろ!
恋敵は少ない方がいい。
プリプリしてふて腐れている僕にティアナが困った様に眉を下げる。
「テリー様ったら……。いつも親切なのに今日はご機嫌斜めなんですね?」
あのね……。
親切にしたいのは君だけだから!
「テリー様にも卵のサンドイッチを作って来ましたよ? いかがですか?」
「――っ! ほ……本当?」
ティアナの言葉に思わず顔が緩む。
あぁ、もうっ……!
僕はティアナには本当に弱い。
困った時に眉が下がる顔も、僕に美味しいものを差し入れしてくれる時の笑顔も大好きなんだ。
そういえばこいつ……さっき、聞き捨てならない事も言っていたな。
「ティアナ。こいつ……アンリはティアナの事……」
ティアナはコクリと頷いた。
「はい。アンリ様とは大聖堂でお会いしました。その時私は本来の姿でしたので……」
へぇ……。
これは、きちんとこいつの素性も聞いておかないと。
「ティアナ……。僕もお腹空いたし、アンリも食事まだでしょ? 僕の部屋に二人とも来てよね。聞きたい事、色々あるからさ」
これまでは、ルカスだけ注意していれば良かったのに。
僕の予感はいつだって嫌な事ばかり当たるんだ。
***
テリーの部屋でティアナお手製のサンドイッチを食べながら、テリーはチラリとアンリを盗み見た。
(へぇ……さっきは気付かなかったけど、こいつの魔力凄いな。鑑定魔法を掛けてないのに魔力持ちだって分かるぞ?)
テリーは魔法師の中ではルカスが一番高い魔力を持っている事を知っている。
でもこの男からは魔力だけではない、特別な力がある様に感じた。
アンリはテリーがこちらをジロジロ見ている事にも気付かずに、卵サンドを美味しそうに食べていた。
「美味しい……。こんなに美味しいサンドイッチは初めて食べるよ。ティアナは天才だね」
サンドイッチを褒められたティアナは嬉しそうに微笑んだ。
「ふふっ、私なんかが作るサンドイッチを褒めて下さってありがとうございます」
「フン! お前、運がいいな。ティアナの作る料理はどれも絶品なんだぞ? それより、ティアナはなんでこの男と親しそうにしてるのさ? 大聖堂で会ったっていうのは本当なの?」
――あの日の大聖堂は、赤い月のせいで王太子が指揮を執って大聖堂は入り口を封鎖していた。
つまり、封鎖される前にあの大聖堂の中に入る事が出来たという事だ。
「あ……はい。そうです。私は王太子様の側近の命令で仕方なくあの大聖堂にいました」
「あの日大聖堂は封鎖されていた筈だ。お前……何者だ」
「テリー様、アンリ様には事情が……」
「ティアナ、私から説明するよ」
ティアナの言葉をアンリが遮る。
アンリはテリーを真っ直ぐに見つめるとこれまでの経緯を詳しく語った。
***
「つまり、ティモール王国の星占い師リリアは本当は双子の弟アンリだった……って事か。 アンリは公爵家のご子息だって?」
アンリの告白にテリーは呆れた様に呟く。
「魔法師になる覚悟は出来たから、もう公爵家は関係ない。今は只のアンリだ。私にはもう他に道は無いのだから」
テリーは首を振った。
「いや……。もう1つ方法がある。この国の星占い師の力は絶大だ。これまで星占い師の予言はかなりの確率で当たってる。つまり、アンリにはその才能がるって事だよね。ならば、表舞台には立たずに影の存在として王家に仕える道だってあった筈だ」
「なっ……! 私は絶対に王家には仕えない!」
アンリが顔色を変える。
「テリー様? 何故そんな事を?」
ティアナが驚いてテリーに抗議したが、テリーは真っ直ぐにアンリを見つめた。
「魔塔で見習い魔法師として一からやり直すよりも王家の傘の下で自分の力を使う道の方が楽な筈だよ。アンリは本当に覚悟はあるの?」
(こんなに厳しいテリー様は珍しい……。でも何故?)
ティアナは普段は優しいテリーの厳しい質問に戸惑った。
「――アンリがこの魔塔で色んな事を学んだ後で、王家側に寝返ってしまえば魔塔は大打撃なんだ。だから聞いてる」
テリーの言葉にティアナはハッとした。
回帰前にテリーはレイブンの影として様々な魔道具を開発した。
でもそれだけじゃない。
天候や、災害の予言もしていた。
この予言を利用していたのがレイブンだ。
レイブンは神からのお告げだなんて発表していたけど予言が当たる度にレイブンは民から支持されていった。
(つまり……。アンリ様が王家側に寝返った場合、魔塔は危機に陥るという事ね? テリー様はだからこそ、今確認しているんだわ)
アンリはグッと拳を握り締めると、突然ティアナに跪く。
「私が星占い師に戻る事はない。私はあの日、ティアナに命を救われた。これから私の主はティアナだけだ。ティアナ……私は魔法師として、君の剣にも盾にもなる事をここに誓う」
ティアナの手の甲にキスを落としたアンリの姿は、姫に忠誠を誓う騎士そのものだった。
「…………」
突然のアンリの宣言に呆然とするテリーと、驚きで固まるティアナの耳元でゴゴゴゴ……という不気味な地響きが聞こえた。
「ティアナ……これ……もしかして」
――ゴクリ、と唾を飲み込んだテリーの目の前に魔法陣が現れ、非常に不機嫌な顔のルカスが此方を睨んで立っていた。
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