38 新婚生活は極甘ではいられない
「あぁ~っ! ほん……っ当に素敵な結婚式でしたわ!」
ルカスとティアナの結婚式が無事に終わり、大聖堂では興奮したアンジェリカがはしゃいでいた。
「アンジェリカったら……。まぁ、結婚式が中止にならずに本当に良かったですわね」
フレデリカはホッと胸を撫で下ろす。
「それにしても、あの大量のバルーンが結婚式の映像を王都中に広める事になるとは! ルカス様もやりますわね。ホホホ……レイブン殿下の悔しがるお顔が見たかったですわ!」
「まぁ。アンジェリカ、少しはしゃぎすぎです。誰かに聞かれたら不敬罪になりますよ」
笑いが止まらないアンジェリカをローズが嗜める。
「――わたくし達も急いだ方がよさそうですわ。あのバルーンの映像をご覧になった殿下が乗り込んで来る可能性もありますから」
フレデリカの意見に全員が頷く。
手早く身支度を整え、移動魔道具の鏡『シリウス』の力を使うと使用人たちも一緒にウェズリー家の人々は大聖堂から跡形もなく消えた。
『シリウス』は鏡のある場所なら、主が指定した人物、場所へ送り届けてくれる優れものだ。
当然、主であるルカスが許可した人物、場所以外は誰も利用出来ない。
『シリウス』はウェズリー家の人々を屋敷の鏡に送り届けると、本来の持ち場であるルカスとティアナの部屋の鏡に戻った。
――大聖堂に兵士達を引き連れて王太子レイブンが到着したのは、それから間もなくの事だった。
しかし、自分達が外部から誰も入る事が出来ない様に封鎖していた入り口の防護壁が行く手を阻み、やっと中に入る事が出来たのは、零時を過ぎた真夜中の事だった。
「くそっ! ルカス……。この私を馬鹿にした罪……。必ず思い知らせてやる!」
大聖堂の床に転がるバルーンを踏みつけると、レイブンは唇を噛んだ。
***
翌朝の魔塔は、ルカス達の結婚式の話題で持ち切りだった。
「見たか! これが魔法師ルカスの実力だ!」
「慌てた王族達の顔を拝んでやりたかったぜ!」
「素晴らしい結婚式でしたね!」
日頃、王室に対する不満が溜まっていた魔法師たちはルカスの結婚式に大喜びしていたのだ。
「それで? ルカス達はまだ起きないのかね」
「まぁ……新婚さんだからな。あんな美人と結婚出来て、ルカスは幸せ者だよね」
昨日の結婚式で正式に魔法師の妻となったティアナは、自分達の結婚式が早朝の魔塔をにぎやかにしているとは夢にも思わず、ぐっすりと眠っていた。
***
「んんっ……眩しい……」
レースのカーテン越しに差し込む朝日が眩しく感じ始め、ティアナはいつもの時間よりもかなり遅めに目を覚ました。
目を覚ましても、ティアナの身体はまだ眠っていたいと駄々をこねていて目を開ける事も億劫になっている。
(結婚式前夜の騒動と怒涛の結婚式で身体が、くたくただわ。……私ったらどうやって部屋に戻ったんだっけ? ううっ……身体が痛い……。まるで胸の上に丸太でも乗っているみたい……)
別に激しい運動をしたわけでもないのに身動き一つ出来ないティアナは、眠い目をそっと開けた。
(え……ええっ……?)
目を開けたティアナの目の前に飛び込んで来たのは、美しい顔で寝息を立てているルカスの顔だった。
「キ、キャァァァァ――ッ!」
長く艶やかな黒髪がティアナの頬に触れている。
普段から同じベッドで眠っているティアナがこれ程仰天したのには理由がある。
気持ち良さそうに眠るルカスの逞しい胸や腕が露わになっているのだ。
正確には服を着ていない!
真っ赤な顔でバタバタとベッドの中で暴れるティアナだったが、子供の力ではびくともしない。
(ひえぇぇ――! 丸太だと思っていたのはルカス様の腕だったのね?)
一緒に暮らす様になってから、ティアナとルカスは同じベッドを使っていた。
でも、最近はルカスの研究が忙しくてティアナが朝起きる頃にはルカスが既に起きていたり、ティアナが眠る時間帯はまだルカスは仕事中だったりですれ違いが生じていたのだ。
(は……恥ずかしすぎるっ! というか……何故ルカス様は、裸で寝てるの?)
自分の腕の中でモゾモゾと動くティアナの存在に気付いたルカスがようやく重い瞼を薄っすらと開けた。
黄金を溶かし込んだ様な綺麗な瞳がこちらを見つめ、優しい眼差しに変わる。
「お早う……ティアナ、疲れただろうからもう少し寝ていてもいいぞ?」
ティアナは真っ赤な顔で、ルカスの腕から逃れようと藻掻きながら涙目でルカスを見上げた。
「お……お早うございます……! あのっ! ルカス様……う、腕……腕をどかして下さい……重くて動けませんっ……!」
ルカスは欠伸を噛み殺しながら自分の腕を見つめた。
「腕……? あぁ……悪い。重かったか? ティアナは俺の腕もどかせないのか……。もう少し体力を付けないとな。肉をもっと食った方がいいぞ?」
身体を起こしてこちらを見つめている裸のルカスをなるべく視界に入れない様にしながら、ティアナはベッドから脱出した。
「あの……っ! ルカス様は何故裸なんですか?」
真っ赤な顔で抗議するティアナに、ルカスは怪訝な顔をしながら頭をボリボリ掻いている。
「昨日はティアナ、この部屋に着いた時には疲れて眠っていたから、ベッドに下ろして……俺も流石に疲れてさ。着替えるのも面倒だったから上だけ脱いでそのまま寝たんだよな」
(えっ……? でも私は夜着に着替えてる……。待って? まさか……ルカス様が?)
ティアナの反応に、ルカスが吹き出す。
「俺が着替えさせたんじゃないぞ? ティアナは俺の腕の中で『クリスタ、眠いから夜着にして』って寝ぼけながら言ったんだ。それに裸は大げさだ。ちゃんと下は穿いてるんだし」
「う、上も……着てから寝て下さいっ! 目のやり場が……!」
恥ずかしがるティアナを見ながら、ルカスはニヤニヤしている。
「へえ……。ティアナは俺の裸の姿を見ると恥ずかしいのか。でも昨夜はずっと俺の裸の胸にしがみ付いていたぞ?」
ルカスの衝撃的過ぎる発言に、ティアナは口をパクパクさせて震えている。
「し……知らないっ! 覚えてないですっ……ルカス様の意地悪!」
怒ったティアナはベッドのフカフカな枕を思いっ切りルカスに投げつけた。
「わわっ! こら! そんなに怒る事か?」
枕が顔面に直撃したルカスはそれでも顔は笑っている。
ルカスはティアナと一緒にいる時間が何よりも楽しく、こんな風に穏やかな気持ちでいられるのが不思議でならなかった。
(魔塔の仲間と一緒にいる時も楽しいんだけど……ティアナは何が違うんだろう。こんなに穏やかで幸せな気分になるのは、ティアナ以外は母さんと過ごしていたあの頃だけだ)
ティアナを見ると、可愛い頬を膨らまして、まだ怒っている。
「いくら私が寝ぼけていても、裸のルカス様にしがみ付くなんてあり得ませんから!」
(本当の事なんだけどな……。まぁ……理由は言えないけど)
ルカスは膨れた顔の可愛いティアナを見ながら、黙ってティアナの頭のてっぺんにキスを落とした。
「――⁉ る、ルカス様っ! からかわないで下さい!」
(……可愛い……。なんだ? この可愛い生き物は……)
プルプル震えているティアナをルカスは思わず背後からギュツと抱き締めた。
「きゃあ! 裸で抱き付かないで!」
ティアナを抱き締めながら、ルカスは昨夜の出来事を思い出していた。
「ルカス様……? どうかされましたか?」
「――悪い。腹減った」
――グウゥゥゥゥゥ……とルカスのお腹の鳴る音を聞いて、ティアナはクスッと笑う。
「フフッ、確かにお腹空きましたね。お待ち下さい! 朝ご飯作りますね」
ガラスの靴の『クリスタ』を履いたティアナは、ワンピースにエプロン姿に変身すると、早速朝食作りを始めた。
台所から、鼻歌を歌いながら卵を割る音と、バターの美味しそうな匂いがする。
ルカスは着替えを済ませると、楽しそうに朝食を作るティアナの背中をじっと見つめた。
(良かった……。ティアナは昨日の夜の事を覚えていないな)
***
疲れて眠りに就いたティアナがうなされ始めたのは、真夜中の事だった。
そろそろ自分も寝ようとルカスが上着を脱いだ直後だった。
「うううっ……。ごめんなさい……そんなつもりじゃ……やめて……!」
涙を流し、苦しむティアナに驚き、ルカスはベッドに駆け寄った。
「ティアナ……っ!」
うなされているティアナの銀色の髪が紫色に変化し始める。
「――っ……まずい!」
髪色が全て紫色になれば元には戻らなくなってしまう。
ルカスは上半身裸のまま、うなされているティアナの暴走している魔力を吸収した。
ティアナの髪色が本来の美しい銀色に戻っていく。
「ううっ……なんで……怒鳴るの? 酷いこと……言わないでよ……っ!」
「ティアナ……?」
ポロポロと涙を流すティアナを抱き締めると、言い知れぬ不安が込み上げる。
(お前をこんなに苦しめているのは……誰なんだ? あの馬鹿王子か……? いや……違う……。あの馬鹿王子をティアナは恐れている。今、うなされているティアナの感情は怒りと悲しみだ)
夢見の魔法を使えば、ティアナを苦しめる相手は特定出来る。
それなのに……。
「まさかこの俺が、こんなに臆病者になるとはな……」
これを暴けばティアナが自分から離れていってしまう……何故かそんな予感がした。
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