31 お義母様は愛する人との約束を忘れない
お義母様が私に見せたドレスは……。
それはこの世の物とは思えない、美しいウェディングドレスだった。
ドレスを手にした私は、その軽さに驚いた。
子供の私が持っても全く重さを感じない。
一体どんな生地を使っているのかしら。
純白のふんわりとしたドレスなのに、ふわりと七色に光る。
よく見ると、ドレスの生地にキラキラした宝石の粒子が隙間なくびっしりと練り込まれていて、光の反射で様々な色に変化するのだ。
私がそっと触れると、初めは真っ白だったドレスに付いていたリボンの色に変化が起きる。
胸元の白いレースのリボンが、美しい金糸の刺繍が施された大きなリボンに変化して、裾や袖口にもあしらわれている真っ白な可愛らしいリボンが、まるで金色の美しい蝶が留まっている様に見えた。
「フフフ……ティアナの運命のお相手はやはりルカス様で間違いなさそうね?」
「お義母様? それは……」
お義母母様がそっと涙を拭う。
「ティアナのお母様がとても大事にしていた形見のドレスなの。 正確には、お婆様であるフェアリーゴッドマザーのウェディングドレス。結婚に反対していたお婆様だけど、大切なご自身のウェディングドレスを家出する娘の鞄に忍ばせたと聞いています」
ええっ?
このドレスがお婆様のウェディングドレスなのだとすると、もしかしたらこのドレスは妖精だったお爺様がお婆様に贈ったドレスかも。
だって、このドレスは人の手で作ったとは思えないもの。
「亡くなった貴女のお父様……アルバートはこのウェディングドレスをティアナが結婚する時に渡して欲しいっていつも言っていたわ。ドレスに縫い留められたリボンの色がもしも結婚相手の瞳の色と違う場合には結婚に反対する様に釘まで刺して」
「それって……」
お義母様が頷く。
「妖精のドレスは運命のお相手の瞳と同じ色にドレスのリボンの色が変わるって聞いたわ。
ティアナ、このドレスを着てみて?」
「あ……では『クリスタ』に命じて大人の姿に……」
お義母様は首を振る。
「このドレスは着た人間の身体に合わせる事が出来るの。貴女はまだ子供なんだから、今のティアナの姿で着て頂戴」
凄いわ……。
まるで魔法ね!
ドレスに袖を通すとお義母様の言っていた事が本当なのだと納得した。
羽の様に軽い大人サイズのドレスは10歳の私にぴったりの寸法に変化した。
「――本当に……綺麗だわ。おめでとう……ティアナ……」
私を抱き締めるお義母様の温かい腕に抱かれて涙が止まらなくなる。
「ありがとうございます……」
「明日の結婚式……。ルカス様にお任せしましょう。きっと大丈夫よ?」
お義母様は優しく微笑んだ。
どんなに困難な事があろうとも、ルカス様と一緒だと不思議と大丈夫なのだと思えてくる。
「そうですね。きっと大丈夫です!」
***
「どうせ、明日の結婚式は中止になるのにルカスは何処へ行ったのよ!」
星占い師の予言で身動きが出来なくなった今、明日のルカスの結婚式は絶望的だ。
それなのに……。
ルカスは魔塔から姿を消している。
オリビエは苛立っていた。
「馬鹿ルカス! スパイを追い出しただけで満足しなさいよ。これ以上王家に目を付けられても知らないわよ!」
オリビエは二本目のワインに手を出した。
すると、その手からワインを取り上げ代わりに手の甲にキスを落とすセルジオと目が合った。
「馬鹿王子のスパイを懲らしめたって聞いたけど、オリちゃんはご機嫌斜めだねぇ」
魔塔の研究室で酒を飲んでいたオリビエは、ワインを取り上げるセルジオを睨みつけた。
「あんたのその、女っ垂らしの仕草を見てるとムカつくわ!」
フリフリと首を振るセルジオは、オリビエのグラスに入った赤ワインに魔法を掛けて美味しそうなイチゴジュースに変化させた。
「なによ……。私は今吞みたい気分なの!」
赤い顔をして呂律が回らなくなったオリビエに、セルジオがウインクする。
「まぁまぁ……。ワインもいいけどさ、美味いよ? このイチゴジュース」
「ふん! お節介な男……」
元々酒に弱いオリビエは机に突っ伏してしまった。
「そんなにルカスの結婚が嫌なんだ……」
セルジオが呟くと、オリビエは顔を上げずにコクリと頷いた。
「あいつは裏切者よ……。結婚なんて絶対にしないって私に言ったのに。最近のルカス……変だよ……。『ティアナ、ティアナ……』口を開けばあの娘の事ばっかり……」
机に突っ伏して顔を上げないオリビエの長い髪をそっと指で掬い上げたセルジオは、オリビエの頬に涙が光っている事に気付いた。
「困ったお嬢さんだねぇ……こんなにいい男がここにいるのにさ……」
寝息を立ててぐっすり眠るオリビエの髪にそっとキスを落としたセルジオは、ふわりと来ていたローブを脱ぐとオリビエの肩に掛ける。
「お休み……私のレディー」
パチン、と指を鳴らし、灯りを消したセルジオは研究室を出て行った。
***
星占い師の予言である赤い月が昇る日、王都は厳戒態勢となった。
「誰も外に出てはならぬ! もう帰りなさい」
普段は明け方まで繁盛している酒場にも兵士が立ち寄り、夕方になっても帰らない民を叱る。
「チェッ! これまでなら赤い月が昇る日は吉兆だってリリアナ様が予言されて、朝まで飲んだものよ」
「なぁ。まだ、こ~んな明るいんだぜ? もう少し飲ませてくれたっていいじゃんか」
2人組の酒に酔った男達は赤い月が昇る前に家路を急いだ。
大聖堂の前を通りかかった2人はその厳戒態勢にギョッとする。
「おいおい……なんで兵士があんなに沢山……?」
「戦争でも始まるんかな」
「そういえば、今日は大魔法師ルカス様の結婚式をこの大聖堂で行うって聞いたような」
「まぁ。流石のルカス様も王命には逆らえんらしいぞ?」
賑やかな2人組は、この後ルカスが無事に結婚式を終える事が出来るか、賭けをした。
「兵士の数を考えれば、流石に無理だと思うぜ」
「婚約者の前で恥を晒すもんか」
大聖堂の兵士の数は、異様ではあった。
結婚式が大聖堂で無事に終わると、大聖堂の庭園の鐘が鳴る。
――――人々は、固唾を飲んで鐘の音が鳴るのをじっと待っていた。
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