30 王太子レイブンは、その結婚を止められない
ティモール王国の星占い師は500年前からサフィール公爵家に生まれた娘が代々力を授けられている。
王族に高い魔力が生まれる確率は薄まっているが、星占い師の力は衰える事無く公爵家に引き継がれているのだ。
「リリアが星占い師になってから、ティモール王国は魔法師にばかり頼らずとも権威を保つ事が出来ている。感謝しているよ」
王太子レイブンは、従妹でもあるサフィール公爵家の令嬢リリアに労いの言葉を掛けた。
「……いえ。本来、星占いに赤い月は全く関係無いのですが……お父様からのご命令でしたので」
レイブンより3つ年下のリリアは、漆黒の様な長い黒髪に紫水晶の様な瞳をした、年齢よりも少し大人びて見える令嬢だった。
サフィール公爵家の星占い師である事を示す紫色の瞳は、常に冷静で冷たい光を放っている。
子供の頃からスラリと背が高く、成人となったレイブンと並ぶと靴のヒールが高い分リリアの方が少し背が高い。
幼い頃からこのリリアとレイブンの婚姻の打診は王家から度々あったが、レイブンは人形の様に感情を表に出さず、自分よりも背が高いリリアが苦手だった。
(まぁ……でも今回はリリアのお陰で生意気なルカスの婚姻を阻止出来た。リリアは父であるサフィール公爵の言いなりだから……。役立たずのイレーヌとは違うな)
イレーヌをスパイとして送り込んだレイブンは、豚の顔に変わってしまったイレーヌが突然転移魔法で現れて王城に乱入し、泣き喚かれ大恥をかいていた。
思い出しただけでも腹が立つ!
(あの醜い顔でこの私によくも会いに来たものだな。ルカスめ……イレーヌを転移魔法で送り込んだのはあいつに違いない! 本気で私に嫌がらせをするとは)
なんとかして明日行われるルカスの結婚式を阻止しなければ、こちらの気が済まない。
そこで思い出したのが、従妹でもあるリリアの星占い師の力だったのだ。
サフィール公爵に相談すると、すぐに知恵を貸してくれた。
星占い師の役目は様々だ。
大きな災害が起きる前兆を予告したり、年の初めの星占いで貴族同志の縁組を決めたり、他国との交易の日取り、王家の婚姻の日取りにも星占い師が必要となっている。
時には、星占い師の絶大な信頼を利用して王家で不都合な行事を取り潰す事もある。
星占い師が、警告する日を無視した人間には災いが降りかかる……そう思い込ませる事で何度もティモール王国は危機を脱してきた。
その度に、リリアの家門は王国での影響力が高くなっている。
「……ところで何故、明日の赤い月の日は外出禁止令を?」
レイブンに命令され、『星読みの部屋』で偽りの星占いをさせられたリリアは無表情で質問した。
この質問にレイブンの口元が緩んだ。
「フフフ……ゴミが、生意気にも私よりも先に婚姻したいなどと大それた事を望むからだ。例え婚約式をしていても、署名して決めた日に結婚出来なければ1年後に伸びる。1年あれば、ティアナを虜に出来るさ」
リリアはそっと、レイブンに気付かれない様に溜息をついた。
(つまり……私はこの馬鹿王子の醜い嫉妬と横恋慕の巻き添えになった……と?)
幼い頃から見知ったレイブンの美しい横顔は、その心の醜さから年々歪んで見える。
出来ればこの様な馬鹿げた騒動には関わり合いたくないのだが、父であるサフィール公爵は強欲な人間だ。
王家に貸しを作る事に注力している。
「そうだ! 王都の外出禁止令だけでなく、大聖堂の扉を閉鎖しよう! 神官や大司教も外に出られなくなれば、絶対にルカスは婚姻出来ないな!」
レイブンは本気でルカスの結婚を無効にする事に夢中になっていた。
(それにしても……この馬鹿王子が固執しているのは、異母兄弟の魔法師ルカスなのか……それとも絶世の美女と噂の婚約者なのか……)
いずれにしても、もう2度と自分を巻き込む事はしないで欲しい、とリリアは心底ルカスに同情していた。
***
「明日の結婚式は誰が何と言おうと、わたくしは出席しますわ! だってわたくしはこの結婚式の立会人として既に決まっていますもの」
アンジェリカお義姉様が悲壮な顔で決意している。
貴族が王家からの御触れに反する行動を取ればどんな処罰が下るのか……。
私は心配そうにルカス様を見上げた。
「ルカス様、お義姉様達にご迷惑をお掛けしない方法で出来る事って……」
ルカス様はこんな状況でも平然としている。
「ティアナの姉さんを安心させた方がいいな。ティアナ、今からウェズリー家に行こう」
「ええっ? 転移魔法で? 駄目です! 転移魔法も禁止されていますよ?」
レイブン王太子の御触れは魔法師達への対策もしてあった。
赤い月が昇る日に魔法陣を使った転移魔法を禁じていたのだ。
「あの男は馬鹿だから、我々魔法師が転移魔法以外に移動出来る手段があるとは思いもしないのさ。さぁ! 行こう、ティアナ」
ルカス様の美しい金色の瞳を見ていると、不安だった事が嘘の様に消えていく。
私は差し出されたルカス様の手を取った。
「さて、『シリウス』お前の出番だよ。俺達をウェズリー家へ!」
ルカス様に命令された『シリウス』は眩しい光を放ち、先程まで映し出していたウェズリー家の映像が少し歪んでいるのが分かる。
ルカス様は私の手を握りしめたまま、そっと鏡にもう片方の手を触れた。
すると、不思議な事にルカス様の手が鏡の中へ吸い込まれていくのが見える。
「ええっ? これはどういう……」
「あぁ……。この『シリウス』は今、ウェズリー家の鏡とこちらを繋げて自由に行き来出来る様にしたんだ」
動揺する私にルカス様は私の耳元でそっと囁いた。
そのまま鏡の中に手を入れたルカス様に引っ張られて、私も不思議な鏡『シリウス』の中へ身体を入れた。
「わぁ! 鏡の中って不思議ですね! なんて綺麗なの?」
『シリウス』の中は万華鏡の様だった。
いくつもの私とルカス様の姿が星の欠片を散りばめた様に無数に広がっている。
万華鏡のトンネルを抜けると、目が開けられない位に眩しい光に包まれた。
***
ティアナとルカスは鏡のトンネルを抜けて、出口に辿り着いた。
ティアナが目をギュッと瞑っていると、ルカスが声を掛けた。
「ティアナ? もう眩しくないぞ。目を開けてみて?」
恐る恐る開けたティアナの目に、懐かしいウェズリー家の部屋が飛び込んで来た。
「ティアナ? 驚いた! 本当に貴女なの?」
アンジェリカが口をあんぐり開けている。
見ると、ウェズリー家の部屋にも『シリウス』と同じ大きさの鏡が置いてある。
「なるほど。この鏡はいつからここに? この鏡で私達の部屋の『シリウス』と会話が出来たのですね?」
ルカスが頭を掻いた。
「黙っててごめんな? ティアナを驚かせようと思って舞踏会の前から準備していたんだ」
義母のローズはティアナを抱き締めた。
「あぁ……なんて可哀想なティアナ! 明日は何処の屋敷も外には出られないの」
フレデリカがじっと、今ティアナとルカスがやって来た鏡を見つめた。
「――とても便利な鏡ですわね。まさか、ティアナとお喋りが出来るだけじゃなくてあちらに行き来出来るだなんて……」
ティアナは、あっ……と声を上げた。
「つまり……ルカス様はこの『シリウス』を使って明日の結婚式に?」
「そうだ。外出禁止令が出ていても、外に出なければいいだけの話だ」
確かに『シリウス』を使えば外に出る事無く、この屋敷と魔塔は行きが可能だろう。
しかし、明日の結婚式は大聖堂で行う。
ティアナが不安そうな顔をしていると、ローズがティアナの手をギュッと握りしめた。
「ティアナ、貴女に見せたい物があるの。こちらに来て頂戴!」
「お義母様?」
訝し気な顔をしたティアナがローズに連れられて屋敷にある衣裳部屋の中へ案内される。
ウェズリー男爵家は、大切に保管している年代物のドレスや、装飾品をこの衣裳部屋に仕舞っているのだ。
「ティアナは素晴らしいドレスを明日身に着けるのでしょうけど。このドレス、結婚する貴女へ渡す時が来たようね」
ティアナが驚いてローズが出してきたドレスを見つめた。
「これ……は……まさか……」
ここまで読んで頂きありがとうございました(^^♪
もしも面白いと感じて下さったら是非続きを読んで頂きたいので、ブックマークお願い致します!
★を頂けたら大変嬉しいです(*^^*)




