3 依頼者は私ではない
~ティモール王国~
この国では魔力が暴走する人間はほとんどいない。
大昔と違って、魔力が暴走する程の力を持つ人間が生まれて来なかったからだ。
ところが今から9年前、凄まじい魔力の暴走で苦しんだ人物がいる。
ルカス・ブロア。
現国王マクシミリアンのお手付きで誕生した落としだね。
母親が貴族ではない平民の下働きの娘だった事から忘れられていた存在だったが、彼が10歳になった春、凄まじい魔力暴走が現れて大騒ぎとなった。
親族の手伝いで馬の世話をしていた時に激しい痛みに倒れたルカスの身体から無数の魔力の光が放出されたのだ。
魔力の暴走により、彼が住む村には毎晩稲妻が轟き暴走した魔力を感知した魔塔の魔法師たちがルカスの住む村へ派遣された。
この魔力の暴走は当時魔塔で活躍していたフェアリ―ゴッドマザ―という愛称で呼ばれていた魔法師によって抑える事が出来たという。
この一件で彼の存在が広く世の中に認知される事となり、慌てた国王はこの王子を魔塔に住まわせ、魔法師として修業させた。
ルカスはこの時、孤児だった。
母親は国王の子を産んだにも関わらず、婚外子を平民が産んだという事で迫害されて城を追い出された。
そして頼る人間もいなかったルカスの母親は、彼が5歳の時に流行り病で亡くなっている。
王族の中でもこれ程高い魔力を持つ人間は未だに現れない。
成長する度に彼は王族達からも一目置かれる存在となり、国王はルカスを城へ呼ぼうとした。
しかしルカスにとって、王家は死んだ母親を苦しめただけの何の興味も湧かない存在だ。
ルカスが王族の教育を受ける事は一度も無かった。
魔塔での暮らしはこれまでにない程快適だ。
誰にも邪魔されずに、沢山の研究をする事が出来る。
そんな彼の魔力を常に安定させ、母親の代わりに育てた人物がいる。
魔塔の人間であれば誰でも知っている人物、それがフェアリーゴッドマザー。
妖精の加護を持つと噂のある彼女は、当時10歳で孤児だったルカスを成人するまで可愛がり、沢山の魔法を教えて来た。
最近はめっきり年を取り、見舞いに顔を出してもうるさく追い返される事が多くなったのだが、何故か珍しく彼女から会いたいという手紙が魔塔に届いた……。
***
「マザー、私を呼びだして何事かと思ったら、こんな事を頼む為に?」
白い綿あめの様なフワフワした髪をまるでソフトクリ―ムの様にクルクルと頭上に巻いたフェアリーゴッドマザ―は、ギロリとルカスを睨んだ。
「何だね? 私の為ならいつでも力になるとか偉そうな事を言った癖にその口は、嘘ばかり言うね。縫い付けちまうよ?」
――相変わらず口が悪い婆さんだな。この人のせいで俺も口が悪くなったが。
ルカスは大きな鍋でぐつぐつと薬草を煮ているマザーの顔をじっと見つめた。
「まぁ……。貴女がどうしてもというなら、仕方無いですが……。1つ聞いても?」
「はぁ。いい男ってのは黙って女の頼みを聞くもんなのに。あぁ……今のお前は何処のご令嬢からも相手にされないだろうよ。何だねその汚い髭は!」
ルカスは顎髭を手で触り、苦笑した。
「忙しくて髭なんか剃る暇はありませんよ……で? 貴女が言っていたその少女を私が助ける理由は?」
「――夢を見た。近々あの子の魔力が暴走しそうなんだよ。もしも……魔力のせいであの子が苦しむ事があった場合……一度だけ。一度でいい。あの子の願いを叶えておくれ。あの子は……私の愛する娘が愚かにも私の反対を押し切って産んだ子だからね」
ルカスが驚いてかつて師匠と呼んだ老婆を見つめた。
「マザーにも家族が……」
大鍋で煮えた薬草をじっと見つめていたフェアリ―ゴッドマザ―の顔が一瞬和らいだ。
「私にだって人並に誰かと燃える様な恋をした事位、あったのさ。まぁ……娘の父親は私が子供を産んだ事なんざ知らないけどね……」
「それで……マザ―のお孫さんは今何処に?」
フェアリ―ゴッドマザ―は、魔法で羊皮紙を創り出すとそこに魔力を込めて孫娘の名を刻んだ。
「魔力の暴走が起きれば必ず依頼が来るさ」
ルカスは、羊皮紙に刻まれた名前をじっと見る。
「年は取りたくないねぇ……。私の寿命もそろそろ終わりが近いらしい。私の最期の頼みだ……ルカス、頼んだよ」
***
数多くの魔法師たちを鍛え上げ、尊敬されていたフェアリ―ゴッドマザ―が亡くなったのはそれから数日が経った頃だった。
ルカスはかつての師匠の頼みをいつかは叶えたいと心の中では気にかけていたのだが、日々の民からの依頼に追われ、次第に忘れていく事となる。
それでも羊皮紙に刻まれた名前だけは忘れてはいなかった。
ところが、今朝魔塔の依頼書に書かれた名前を見て、忘れていた大事な約束を思い出した。
依頼者はロ―ズ・ウェズリ―。
依頼内容は魔力暴走を起こした娘の救出。
娘の名は……。
「ティアナ・ウェズリ―」
羊皮紙に刻まれていた名前だった。
***
痛い
痛い
痛い……。
まるで身体の中に炎が燃え上がったみたいに熱くて、内臓が火傷しているみたいに痛い。
「ティアナ・ウェズリ―? 君が……?」
低く穏やかな優しい声が聞えて、身体の中に突然冷たい風が入り込む感じがした。
あぁ……ルカス様が来て下さったんだ……。
あれ程激しい痛みと燃える様な熱が段々引いていく。
薄く目を開くとボンヤリと魔法師ルカス様の姿が見える。
ボサボサの顎まである黒い髭を生やして、同じくごわごわした汚い黒髪、目の下には黒い隈が出来たルカス様。
あの日、初めて出会った時と全く同じだ……。
「ティアナ! あぁ! 良かった!」
お義母様が泣いている。
「もうっ……心配しましたわっ!」
お義姉様たちも泣いている。
私……私はこの大切な家族を絶対に守りたい……。
「ティアナ・ウェズリ―。君には我が師匠、フェアリ―ゴッドマザ―から孫が必要な時には一度だけ助けて欲しいと要請があった。これで君への師匠からの最期のプレゼントは完了したのだが……何か言いたい事は?」
私は驚いて、ルカス様を見つめた。
駄目!
転生する前、つまり私が最初に死んだのはまさにこの人に依頼した間違ったプレゼントが原因だった。
確かに今貰った魔力暴走を抑制させたプレゼントの方があの時よりもマシだけど。
あの時貴方が私にプレゼントした魔法の数々……。
子供の私を綺麗なドレスのお姫様に変身させたあの魔法のせいで私は……。
私たち家族を救ってくれる力をあんな事に使うものですか!
ルカス様への依頼を魔力暴走の抑制なんかで終わらせる気もない!
「ルカス様、それは違います。私のお婆様が言いたかったのは、私から直接貴方にお願い事があったら1つだけ叶えて欲しい、という事です。魔力暴走の抑制魔法を依頼したのは私ではありません。依頼書を良くご覧下さい!」
ルカス様が改めて依頼書を凝視する。
「依頼者はローズ・ウェズリー。依頼内容は魔力暴走を起こした娘の救出」
ルカス様は依頼書を二度見した。
「ククク……はははは!」
部屋の中にルカス様の楽しそうな笑い声が響き渡る。
笑われた私は思わず前世の日本人女性、光華の弱気な心が顔を出して謝りそうになるのをぐっと堪えた。
「ククク……全く……流石は俺のマザーの孫娘だな。強欲な所もそっくりだ……」
「ちょっと! わたくし達の可愛い妹に酷いではありません事? ティアナを強欲だなんて! 我が儘も言わない子なのに!」
アンジェリカお義姉様が、ルカス様に食ってかかる。
「助けて頂いてありがとうございます。それにしてもティアナがあの有名なフェアリーゴッドマザーの孫だったなんて驚きですわ」
フレデリカお義姉様が小首を傾げる。
ルカス様は私の頭をポンポン叩くとニヤリと笑った。
「それで? 俺のマザーの孫は、今助けが必要かな?」
私はルカス様をじっと見つめた。
これしかない!
私と、私の大切な家族を守る方法。
それは……。
私は大きく息を吸うと大きな声で宣言した。
「わたくし、ティアナ・ウェズリーは魔法師であるルカス・ブロア様へ求婚致しますわ!
ルカス様……どうか、わたくしと結婚して下さいませっ!」
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