29 結婚前夜は心穏やかではいられない
ルカス様に案内された部屋は、驚く程変わっていた。
これまでの私とルカス様の部屋といえば、扉を開けたらすぐに寝られる様に大きなベッドが置かれた寝室になっていた。
その隣の続き部屋に、私の趣味の料理が作れたり、本を読んだり出来る私専用の部屋があったのだ。
毎日激務のルカス様は、研究室から真夜中に帰って来るとすぐに寝られる様に扉を開ければベッドに直行出来る作りだったのに……。
「ルカス様、この部屋……私達がご飯を食べる……部屋ですか?」
扉を開けると、すぐに目に入るのは、料理を作る台所スペースと、ダイニングテーブル。
私が欲しいと言っていてこの時代には無い様々な調理器具や道具が並んでいる。
「あっ! これってまさか……!」
食材が保存出来る凍らせる箱と凍らずに冷たいまま保存出来る箱……こんな説明で、これ程完璧な冷蔵庫が作れるなんて……。
「ティアナの言ってた食品を保存出来る箱……使い勝手が良ければ王都の貴族にも売り込もうかと思っているんだ」
ドキドキしながら冷蔵庫を開けようと近寄る。
「えっ……?」
冷蔵庫の扉に近寄ると、映像が映し出されて中身が見える。
『ティアナ様、どの食材が欲しいですか?』
突然冷蔵庫が話しかける。
(ええっ! 凄い! この時代にAIみたいな機能が?)
ルカス様が説明する。
「食材を凍らせたり冷やしたりする箱に名前を付けてみて? 今はまだ、君の名前と顔しか認識していないけれど、名を付ければ喜んでもっと主が喜びそうな事をする。話しかけてみな?」
私は思い切って声を掛けた。
「ええっと……これからあなたの事を『アイス』って呼ぶわ! では……アイス、喉が渇いたから、イチゴジュースを出して?」
すると冷蔵庫はピカリ、と光って扉を開けていないのに、イチゴジュースが私の手に現れた。
「す、凄い! これはどんな魔法なのですか?」
「これは、結婚記念に俺からのプレゼントだ。ティアナはいつも面白い事を考えるからな。食材を凍らせたり冷やして保存する箱が喋ったり魔法を使えたら便利だろ?」
ルカス様が素晴らしい魔法師だという事は分かっていたけれど、冷蔵庫が魔法を使えるなんて。
確かに転生前の世界でも冷蔵庫の中身を確認出来たり、便利な機能はあったけれど、魔法は使えない。
「ルカス様、『アイス』は他にはどんな魔法が使えるのですか?」
ルカス様がクスッと笑って私の頭を撫でる。
「そうだな……ティアナはどんな事をして貰いたい?」
どんな事って……。
「う~ん……。今お料理で困っているのは、食材の調達ですね。下働きをして頂いている女性達にお肉を捌いて貰ったり、お野菜を採りに行くのが結構大変です」
「そうだよな……。ティアナ、本当に悪かった。毎日美味い弁当を作ってくれるのに食材の調達までして、今回みたいな嫌な思いをさせてしまった。でも、もう大丈夫だよ」
ルカス様が頭を下げたので、私は慌てて首を振る。
「そんな……謝らないで下さい! 私も魔法師の一員なのですから食材の調達は当然の仕事です」
「いや。そもそも我々魔法師は、魔法が使えるから食材の調達は主に実験の為にやっている。
魔法師は腹が減れば魔法で食べ物を出せるからな。俺も今まではそんな感じだったよ。でも、俺の為に作ってくれる料理がこんなに美味いとは考えた事も無かったんだ」
ルカス様は冷蔵庫の『アイス』の扉の映像を見る。
冷蔵庫の庫内は沢山の食材で溢れていて、鶏が丸ごと入っているのを確認すると、私に質問した。
「あのさ、鶏は丸ごとじゃない方が作りやすいか?」
「そうですね……。お弁当のから揚げを作る時はもう少し切り分けられていると助かります。あ、でも丸ごと1羽を使ったお料理も美味しいんですよ?」
すると、冷蔵庫の『アイス』が私に質問してきた。
『ティアナ様、本日はこの鶏は丸ごと保存致しますか? それとも切り分けましょうか?』
ルカス様が目を輝かせる。
「あの弁当のから揚げ? 美味かった! ありがとう! また作って欲しいな。でも、明日は結婚式で忙しい。『アイス』に頼んで鶏を部位ごとに切り分けさせたら冷凍して貰おう」
私は『アイス』に命じた。
「明日はお料理出来ないから、鶏を切り分けて凍らせて?」
すると冷蔵庫の『アイス』はオレンジ色の光に包まれた。
びっくりして扉の映像を見ると、鶏が部位ごとに剝がれていく。
そのまま、上の段の冷凍の段に移動した。
「わぁ!凄い。これならお料理が楽ですね」
私が感心していると、ルカス様はダイニングテーブルを指差した。
「――このテーブルさ、昔……俺が母親と暮らしてた時に記憶していたのと同じテーブルなんだ。あ、でもお前の家族が遊びに来た時は大きくなるから安心して?」
あ……そうか……。
ルカス様には子供の頃お母様がいて、お二人で暮らしていたんだった。
多分、その頃お母様はこれと同じ様なテーブルでルカス様と一緒に食事をしたのだろう。
きっと、ルカス様の好物をお作りになって……。
「どんなに立派な食事よりも母さんと食べた飯が美味かった事、思い出したんだ。だから弁当だけじゃなくてこの部屋に帰ってきたらティアナと食事したくて……あ、悪い! お前が嫌なら……え……? ティアナ?」
あれ?
何故かポトリ、と涙が零れ落ちた。
この方はずっとお母様がお亡くなりになってからどんな風に食事をしていたんだろう。
魔法の研究をしてこの部屋へ帰って眠るだけの生活だなんて。
「ルカス様、私と毎日美味しいご飯を食べましょう。ルカス様のお好きな物を沢山作りますね!」
ルカス様はポカンと私を見つめていたけれど、ぷっ、と吹き出した。
「ハハハ! ティアナは俺の好物ばかり作るつもりか? 俺はお前の好きな食べ物も知りたいし、どんな事をして欲しいのか知りたいからこの『アイス』を作ったんだ。だから、『アイス』にはお前の好きな食べ物を教えておいてくれ」
私の好きな食べ物……。
そう言われて、折原光華だった頃の自分を思い出してみた。
毎日夫が好きなメニューを考え、気に入らなかったらどうしようかと悩んでいた。
少しでも気に食わない食べ物が食卓に並ぶと、手を付けなかった。
いつの間にか自分が食べたい物を食べなくなったのはいつからだったのか。
そういえば、私もルカス様と同じだった。
食事を楽しいと感じなくなっていた!
「あの……。もしも私が好きな食べ物をルカス様がお嫌いだったら?」
ルカス様が何故か目を輝かせている!
「えっ! それ、面白いな! 俺は今まで大抵の食べ物は食べてきたから多分平気だと思うけど、俺が嫌いな食べ物をティアナが好きって興味ある。そんな食べ物があったら『アイス』が色々食べ方を教えてくれるよ。一緒に作るのもいいな」
この方は……。
いつも私を、こんな小さな子供の私を、対等に扱って下さる。
嬉しい……。
「あっ! そうだ! ティアナ、こっちに来てご覧。見せたい物があるんだ」
ダイニングテーブルから見える位置にとても大きな鏡が設置されている。
大人の全身が映る程の大きな鏡だ。
「ルカス様、この鏡は?」
ルカス様が鏡に向かって呼びかける
「『シリウス』、さっき俺が頼んだ映像を映してくれ」
すると、大きな鏡がとても綺麗な声で返事をした。
『はい。畏まりました。ティアナ様、此方をご覧下さい』
――ポウ、と淡い光が鏡を包み込み、鏡に何か映っているのが見える。
「えっ? これは……。ウェズリー家?」
鏡には懐かしいウェズリー家の様子が映っていた。
お義母様もフレデリカお義姉様、アンジェリカお義姉様もいてソファでくつろいで本を読んでいる。
「ルカス様、これは一体……」
「俺が仕事の依頼で忙しくて独りの時、寂しくない様にしてみた。気に入った?」
ルカス様は、本当にいつでも私の事を気遣って下さる。
こんなにお優しいルカス様と、先程イレーヌを尋問した冷酷なルカス様が同じ人だとは思えないわ。
「ありがとうございます。凄く嬉しい」
ルカス様がニヤリと笑う。
「驚くのはまだ早い。この鏡は『シリウス』といって俺が作ったんだけど、とてもプライドが高くて自分が一番凄い魔道具だって思っているんだ。この魔道具に名を与えて『シリウス』に高い金を払い、主になったのが今の皇后なんだけど、口の悪さからすぐに返品されたんだ」
「ええっ? 皇后さまに悪口を?」
すると、鏡の『シリウス』が反応した。
『ルカス様、お言葉ですがあの方はわたくしに名を下さいましたが、わたくしに『シリウス』という最高に輝く星の名を与えておきながら頼む事といえば皺が気になるから消して欲しいとか、目の下の隈を消せだの薔薇色の頬にしろだの下らない事ばかり。全然『シリウス』という名に相応しい頼み事をしないんですから』
まるで鈴を転がした様な美しい声の『シリウス』が、溜息交じりの声で訴えた。
「それで、俺の元に戻って来たんだ。『シリウス』、ティアナは俺の妻だから、これからはティアナの願いも聞いて欲しい」
私は『シリウス』に質問した。
「でも、私の願いも『シリウス』には物足りないかも。お義母様たちの様子を映す仕事なんて退屈でしょ?」
すると、『シリウス』は早口で返事をした。
『ティアナ様は特別です! 美しいガラスの靴の主ですもの。そしてルカス様の伴侶。完璧ですわ! あら……? ティアナ様、ご実家のウェズリー家で何か異変が起きたようです! ご覧ください!』
映像を見ると、フレデリカお義姉様たちが何かを読んで興奮している。
どうしたのかしら。
ルカス様が『シリウス』に命じた。
「何か良からぬ事が起きたみたいだな。『シリウス』、ウェズリー家の鏡と交信出来る様にしてくれ!」
すると『シリウス』の映像がザザザ……と波打ち、アンジェリカお義姉様が映し出された。
「ルカス様! ティアナ! 大変ですわよ! あの……馬鹿王太子っ……!」
え……?
まさか、この鏡って互いに話も出来るの?
ルカス様が私の耳元で囁く。
「この鏡の魔道具も魔法を使えるんだ。だから無能な人間に渡すと、くだらない事に使う様になる。今『シリウス』の魔法で向こうと話せるから話しかけてみて?」
私はゴクリ、と唾を飲み込むと、お義姉様に呼びかけた。
「お義姉様、何があったのですか?」
『ああっ! ティアナ! 大変なの! あの馬鹿王太子からとんでもない命令がきて……』
昂奮して真っ青になっているアンジェリカお義姉様に変わってフレデリカお義姉様が、今届いたであろう書面を見せた。
どうやら王家から御触れが届いたらしいけど……。
『ティアナ? 元気そうで安心しましたわ。ごめんなさいね。アンジェリカがすっかり興奮しているので、わたくしが説明するわね? 明日、ティアナとルカス様は大聖堂で婚姻出来ないみたい。王国の星占い師が明日は赤い月が昇る日だから誰も外に出てはいけない、と告げたそうよ?』
横からアンジェリカお義姉様が割り込んで来た。
『言いがかりですわ! 赤い月が昇る日はおめでたい日だから、これまでは毎年王都でお祭りをしていたのに!』
お義母様が頭を抱えている。
『星占い師によると、明日の赤い月は数年に一度の大きな月が見える日だから、魔獣に狙らわれやすいとか。王太子様の指示で王都中に兵士がいて、誰も屋敷の外に出られないそうよ』
『そんな訳ないでしょ? あの馬鹿王太子はティアナを気に入っていた。なんとしても明日の結婚式を中止にするつもりだわ!』
アンジェリカお義姉様のキンキンした声に苦笑して、私はルカス様を見上げた。
「フン! 脳無し王太子が誰かに入れ知恵されたとみえる。魔塔へのスパイ行為といい、レイブン王太子は相当ティアナに興味がある様だな」
ルカス様は冷酷に笑った。
『どうしますの? 屋敷から一歩も外へ出られないのなら誰も大聖堂には行けませんわ!』
アンジェリカお義姉様が泣きそうになっている。
『大聖堂の扉は現在封鎖されていますの。赤い月が近づいているので魔獣に大聖堂が狙われない様にしているとかなんとか?』
フレデリカお義姉様も珍しく悔しそうな顔だ。
ティモール王国では、婚約式の日に結婚式の日にちを決めている。
そして結婚式での立会人もこの時決めているので結婚式に立会人が居ないと無効になってしまう。
私達の婚姻の立会人は私の家族だ。
何らかの事情でその日、婚姻出来ないと翌年まで待たなければならない。
なるほど……レイブンの狙いが分かったわ! 何て卑劣な……。
「よし! ティアナ、レイブンに一泡吹かせてやろう。『シリウス! 俺が今何を考えているか、優秀な君なら分かるだろ?』」
ルカス様の言葉に鏡の魔道具『シリウス』はキラキラと輝き出した。
『当然ですわ! 流石はわたくしの主……。腕がなりますわ!』
「フフフフ……レイブンの悔しがる姿が目に浮かぶ様だな……」
ルカス様は悪い事を考えている時、何故か生き生きして見える。
ここまで読んで頂きありがとうございました(^^♪
もしも面白いと感じて下さったら是非続きを読んで頂きたいので、ブックマークお願い致します!
★を頂けたら大変嬉しいです(*^^*)




