28 綺麗事では魔塔の暮らしは守れない(2)
「やだぁ――! やだやだやだぁ――!」
オリビエに手鏡を見せられたイレーヌは泣き叫んだ。
イレーヌの顔は白く短い毛に覆われていた。
大きくて蠱惑的な瞳が小さな目に変わり、真っ赤なポテッとした唇から覗く真珠の様な可愛らしい歯が、毛の生えた口から牙の様に伸びる大きな歯に変わっていた。
そして、イレーヌのツンと上を向いた高い鼻が無残にもペチャンコに潰れて大きく丸い鼻の穴は、息をする度に不快な音が聞こえる。
バートが慰める。
「まぁまぁ……イレーヌちゃん、そんなに泣かないで! その豚の顔も凄~く魅力的だよ! マニアのお客さんが指名するんじゃない?」
イレーヌはしゃくり上げながらバートを睨みつける。
「酷い! あんた達、全員レイブン様に言って牢屋にぶちこんでやるブゥ~! ひっ! 何? どうなってるブヒィ~?」
「あっははは! バート、確かにこの薬は傑作だわ! 顔だけじゃなくて言葉まで……! お嬢さん、その薬はね、嘘をつくと嫌いな動物の顔になるんだけれど、言葉までその動物に近くなるなんてねぇ」
オリビエが笑い転げ、涙目になってイレーヌに説明した。
バートがメモを取りながら、録音魔道具のボタンを押す。
「イレーヌちゃん、君は期待の斜め上を行くね~! いいよいいよ? もう少し喋って見て? 可愛い子豚ちゃん!」
イレーヌは、ブヒィ~、ブヒィ~と泣きながらバートに唾を吐いた。
ルカスがイレーヌの耳を掴む。
「ブヒッ!」
「随分態度の悪い豚だな……。全て正直に言わないなら、死ぬまでその顔のままでいる事になるぞ」
ルカスの冷酷な声にイレーヌは丸い鼻の穴から鼻水を流しながらブルブル震えた。
「ブヒィ~! イレーヌはティアナが憎らしかったんだブゥ~! レイブン様がティアナの事を気にしているブゥ~! 王様にルカスの婚約を取り消すつもりだって聞いたブゥ。レイブン様だけじゃなく、こんなに美しいルカス様と結婚するなんて許せないブゥ。ルカス様に嫌われるといいって思ったんだブゥ~」
フガフガと鼻息荒く恨み節を吐くイレーヌを観察していたオリビエは溜息をついた。
「ルカス、あんたの結婚は、今後王室と決定的に袂を分かつ事になり兼ねない。人助けもいいけど、綺麗事じゃ、すまされないんだよ?」
ルカスは鼻で笑った。
「面白い……。この俺と張り合うなら、受けて立つ! レイブンの馬鹿が俺の妻に恥知らずにも興味を示したなら……今後ティアナには指一本触れさせない。イレーヌ、お前はティアナが俺の為に作ろうとした料理を台無しにした。この罪は重いぞ」
「ブヒィ~! ブヒィ~!」
イレーヌはブヒブヒ鳴きながら魔塔の外に放り出された。
***
「ルカス……。今回のスパイ騒ぎで分かったでしょう。王太子レイブンは蛇みたいに執念深い男。あんたは優しい男だから可哀想な女を見捨てられなかったんだろ? けど……あんたに何のメリットがあるの……。あの娘と魔塔の仲間のどっちが大事か、賢いあんたには分かっている筈だよ」
オリビエの言葉にルカスは反論する。
「ティアナは俺の大事な妻だ。予定通り明日俺達は結婚する。オリビエの忠告でもこれだけは聞く事は出来ない」
「まぁまぁ……。この件はルカスに任せよう。オリビエもさ、ルカスが一度決めた事は覆さない馬鹿だって分かってるじゃない。ルカスも! 明日の結婚式の準備があるだろ? 研究結果も記録出来たんだからさ、ティアナちゃん待ってるよ?」
バートがルカスとオリビエの間に割って入った。
「フン! 生憎ルカスがさっき部屋を爆発させたんだから、待ってる訳ないでしょ?」
ルカスは頭を掻いた。
「あっ……。しまった。怒りで我を忘れちまった」
バートがヘラヘラ笑う。
「お前ってほ~んとに後先考えないからなぁ。あ、そうだ! 今夜はテリーの部屋にティアナちゃんが泊まればいいんじゃない? あの2人、最近凄~く仲良しみたいだからさ!」
――バキッ!
ルカスの持っていた小瓶が粉々に砕けた。
「――すぐに部屋を元に戻す。バート、お前も付いてこい!」
転移魔法の魔法陣を描き、ルカスがバートに命令する。
「あわわ……こら! ルカス! 待て待て! ったく……!」
バートが慌てて転移魔法を使いルカスの後を追った。
***
「わわっ……まずい! ティアナ! 僕らも部屋に戻ろう。ここで覗いてたのがバレたら面倒だ」
テリーが魔法陣を描き、ティアナの手を握る。
眩しい光に包まれて、ティアナが目をギュッと閉じて次に目を開けると2人はいつの間にかテリーの部屋に戻っていた。
ティアナも急いでガラスの靴の『クリスタ』に命じると元の子供の姿に変わる。
「あのさ……。バートも言ってたけど、僕達友達になったでしょ? だからその……もしよければ今夜は僕の部屋で寝てもいいよ? ルカスの馬鹿が破壊した部屋だけど、あいつ部屋の床に火球を爆発させたから、今頃階下の魔法師にこってり絞られていると思うんだ」
真っ赤になりながらテリーが部屋に散らかる本やノートを片付け始めた。
ティアナは苦笑した。
(そうね……。今夜はきっとルカス様は部屋の修繕で大忙しだろうし……私がお手伝い出来る事はなさそう)
テリーはティアナの顔をじっと見つめた。
「ティアナ? なんか、元気ないけど大丈夫?」
ティアナはハッとして首を振る。
「だ、大丈夫です! 少し疲れただけですよ?」
「もしかして……さっきのオリビエの話、気にしてる? ごめんね……あいつ、魔塔の仲間が危険な目に遭う事、1番心配してるんだ。オリビエは1度、魔塔にスパイが入り込んだ時、見破れずに魔法師が1人大怪我をした事があるんだ。あいつは魔塔の仲間を誰よりも大事にしてるから」
テリーの説明にティアナは目を見張った。
(オリビエ様にそんな過去が? 厳しいだけの方じゃないのね)
「だから……オリビエの事嫌いにならないでね? 根はいい奴なんだけど、厳しい所あるんだ。それで、結構誤解されて魔法師達からも少し浮いた存在なんだ」
ティアナはフッと笑ってテリーをじっと見詰める。
「でも、テリー様達はオリビエ様がお好きなんですね?」
テリーはカチャリ、と眼鏡をかけ直し、ポソリと呟く
。
「――オリビエは、僕がまだ小さかった時、1番僕と遊んでくれたんだ。本当のお姉さんみたいに。この魔塔で女の魔法師はフェアリーゴッドマザーとオリビエしかいなかったから」
(そうか……テリー様は魔塔歴ではオリビエ様より先輩だけれど、お姉さんの様に慕っているのね。生まれた時から魔塔にいるテリー様はきっと凄く寂しかったでしょうね。家族のぬくもりも知らずに過ごしてきたのでしょう)
「テリー様、私の事も家族だと思って下さいね」
テリーは何故か真っ赤になっている。
「そっ……そうだね! 僕らきっと仲良しの家族になれると思うよ。物は試しで今日さ、泊まってね? あ、ベッド狭かったらティアナのベッドを魔法で作る……え?」
――ゴゴゴゴ……。
突然、テリーの部屋の床が地響きで揺れる。
転移魔法の魔法陣と共にルカスが姿を現した。
ティアナが驚いて駆け寄る。
「え……ルカス様?」
テリーは溜息をついてルカスを睨んだ。
「ルカス、いくら何でも早いんじゃない? まさかもう部屋の修復工事が終わったの? 中途半端に修繕した部屋なんかより、今夜は僕の部屋を使う方が……」
ルカスはティアナを抱き上げると、テリーを鋭い眼差しで威嚇する。
「心配してくれてありがとう……。大丈夫だ。折角破壊したからついでにティアナの好みの部屋に改造したぞ?」
「ルカス様……。改造って?」
抱き上げられたまま、ティアナは戸惑い、ルカスを見上げた。
ルカスはティアナの指先にキスを落とすと、ティアナを見つめ、いたずらっぽく笑った。
「俺と明日結婚してくれるお姫様が気に入る様な部屋にした。驚くぞ?」
ルカスはティアナを抱いたまま、無詠唱で魔法陣を描く。
「じゃあな。テリー。また明日」
ルカスと転移魔法で瞬間移動したティアナは、部屋に到着すると驚きの余り言葉を失った。
(ええっ! これが……私達の部屋……!)
ここまで読んで頂きありがとうございました(^^♪
もしも面白いと感じて頂けたら次話も是非読んで頂きたいので、ブックマークお願い致します!
★を頂けたら大変嬉しいです(*^^*)




