27 綺麗事では魔塔の暮らしは守れない(1)
「テリー様、ルカス様は、凄く酷い拷問をしようとしているんじゃ……」
テリー様は呑気に口笛を吹いている。
「ヒュ~♪ もしかして、今実験中の最新の薬を使うのかもね。楽しみだなぁ」
ルカス様の実験内容は分からないけれど、なんだか3人の目が怖い……。
***
「じっ……けんて? ルカス様ぁ~! イレーヌは本当に何も知らないんですぅ。助けてくださぁい」
恐怖で怯えるイレーヌを尻目にバートはいそいそと準備を始めた。
「いやぁ~久しぶりに人間で実験が出来るから助かるよ。ありがとうね。イレーヌちゃん! これで依頼日に間に合うよぉ」
オリビエがバートに質問する。
「あぁ、ロンバルディア公爵家からの依頼だっけ?」
「そうなんだよ。急ぎの依頼でね。マウスの実験だと凄く時間掛かるんだけど、これなら一日で済みそうだもんね。ムフフ♪」
バートは鞄の中から薬品の入った小瓶を数種類取り出す。
「はい。イレーヌちゃんはどの色が好きかなぁ。俺は水色か緑色が好みだけど」
ガタガタと震えるイレーヌはブンブン首を振る。
バートとイレーヌのやり取りを見ていたルカスは薬品の入った小瓶を乱暴にイレーヌの前に置くと、氷の様な瞳で睨みつけた。
「おい。俺は自分の時間を無駄にされるのが嫌いだ。さっさと決めないなら、ここにある小瓶を全部混ぜてお前に飲ませる事になるぞ」
ルカスの言葉にイレーヌはギョッとして大声で叫ぶ。
「ぴっ……ピンク色が……っ好きですぅ!」
ルカスがニヤリと笑う。
「へぇ……お前ピンクでいいのか。助かるよ。なら早く飲むんだな。俺の気が変わる前にな」
「ひいっ! 分かりましたぁ~!」
イレーヌは慌ててピンク色の液体が入っている小瓶を掴むと一気飲みした。
「おおっ! いい飲みっぷり! どお? 感想聞かせて! 味は変じゃない?」
バートは懐からペンと手帳を取り出した。
ピンク色の液体が入っている小瓶を飲んだイレーヌの顔が真っ赤になった。
「味……は甘いですぅ……な……なんだか……顔がぁ……熱いですぅ……」
バートは急いでメモを取る。
「フムフム……。味は合格。顔色が変わるまでが3秒っと。他には? 痒みとかない?」
イレーヌの目がトロンとしている。
「痒みはぁ……ありませんけどぉ……なんか……身体がぁ……フワフワしますぅ」
バートはペンを走らせながら、大声をあげた。
「いいぞいいぞ! 味は良好。しかも酒に酔った時と同じ症状! これなら薬を混入しても酒に酔ったと思われるな!」
――オリビエがルカスに耳打ちをする。
「ルカス……身体に症状が出始めた。何を聞くの?」
ルカスはゆっくりとイレーヌに近付くと、冷酷な顔でじっとイレーヌを見つめた。
「おい……お前にこの魔塔の紹介状を書いたのは王太子レイブンで間違いないな? いつ何処で命令された?」
「レイブン様に……舞踏会で……頼まれてぇ……」
ピクリ、とルカスの肩が揺れる。
「ふうん……舞踏会……でねぇ……」
キッ、とイレーヌがルカスを睨みつける。
「私だって嫌だったんですぅ! イレーヌは娼館で働く娼婦なんですよ! こぉ~んな魔塔のメイドみたいなお仕事なんて無理なんですぅ~!」
バートのメモを取る手がピタリと止まる。
「えぇ~? イレーヌちゃんは娼婦なの? 今度王都に行ったら絶対指名する……痛っ! オリビエ! 酷いよぉ……今グーで殴った?」
オリビエがギロリとバートを睨みつけた。
「うるさい! これだから男って奴は……最っ低!」
バートは頭を押さえて涙目になっている。
「この……相変わらず狂暴なんだから! そのすぐに手が出る性格じゃ一生結婚出来ない……ひぎゃっ! い、いひゃい! ルカス! いひゃいよ!」
言い争いをする2人を黙って見ていたルカスはバートの頬を思いっ切り抓った。
「おい……鼻の下を伸ばしている暇があったら手を動かせ! それからオリビエを侮辱する事はたとえバートでも許さない。オリビエは男に縛られる生き方よりも自由を愛する女だ。他人の事をとやかく言う暇があるならさっさとメモを取れ!」
ルカスに睨みつけられたバートは痛む頬をさすりながら口を尖らせる。
「ちぇっ! 俺だって自由を愛する男なのにさ……なんでオリビエは庇うのに俺には塩対応なの? 男ならでかい胸にロマンを感じてしまうのは仕方ないでしょ!」
オリビエが吹き出す。
「プッ……あははは! バートのその顔! 半分だけ膨れたパンみたい!」
バートの頬はルカスに抓られて片方だけ腫れて膨らんでいた。
オリビエはルカスの肩に手を置いたまま爆笑している。
ルカスも釣られて笑った。
***
「――バート様とルカス様、オリビエ様は本当に仲が良いんですね」
隣の部屋の覗き窓から楽しそうに笑う3人の様子を見ていたティアナは思わず呟く。
(あんなに楽しそうなルカス様を初めて見たわ。ルカス様が本当にお好きなのはオリビエ様……。それなのに私は明日、ルカス様と結婚しようとしている)
ズキリ、と胸が痛みティアナは苦しくなった。
「まぁね。あの3人は昔からああやってじゃれあってるんだ」
「テリー様、部屋に戻りましょう……」
(オリビエ様とルカス様の仲睦まじいお姿を見ていると辛いわ……)
「ええっ? 今帰るの? これからが実験の本番なのに……」
テリーの言葉にティアナが首を傾げる。
「え……? あの薬品は新種の自白剤なのでは?」
テリーはクスクス笑っている。
「取り敢えず、もう少し覗いてみようよ! 面白い物が見られるよ!」
***
「さて。ここからが本番だ。レイブン王太子はお前に盗聴魔道具を渡して何を探ろうとしていたんだ?」
ルカスの質問に、先程まで赤い顔をしていたイレーヌの顔が明らかに変わり、目が泳ぎ出した。
「お前がさっき飲んだ実験中のピンク色の薬……あれは嘘をついたり誤魔化したりするたびに飲んだ本人が最もなりたくない動物の顔になる薬だ。だから慎重に答えろ」
カタカタとイレーヌが震える。
「い……嫌ですぅ……イレーヌは何も知らな……」
バートがメモを取りながら興奮している。
「おお。変化するの早っ! 第一形態、耳が変わるって本当なんだ! ちょ~っと触らせてね! ちゃんと毛も生えてる! 成功だ!」
「へ……? 耳って?」
イレーヌがビクビクしながら質問する。
オリビエが胸元から手鏡を差し出す。
「キ……キヤァァァ! 嫌ぁ――! イレーヌの耳がぁ――!」
鏡に映るイレーヌの耳は動物の耳に変わっていて、今まで顔の横に付いていた本来の耳は消えていた。
ショックを受けて泣き叫ぶイレーヌの耳を観察しているバートは耳の長さを測っている。
「ムム……白い毛が生えた動物の耳かぁ……。可愛い動物になれるといいねぇ」
オリビエが呆れて溜息をつく。
「馬っ鹿じゃないの? なりたくない動物なのに可愛い筈ないでしょ!」
「分かるよぉ~? でもさぁ、若い女の子なんだからさぁ。気休めくらいは必要でしょ?」
シクシクと泣いているイレーヌの耳に、ルカスの冷酷な声が聞こえた。
「で……? 正直に白状する気になったか?」
イレーヌの涙に濡れた瞳が恐怖に変わる。
「ル……ルカス様……の……弱点……弱み……を探って来い……って……」
バートがイレーヌの頭を撫でる。
「よしよし。はい、よく出来ましたぁ~! なによ。イレーヌちゃんったら素直に答えられるじゃない」
オリビエが考え込む。
「やっぱりルカスを探りに来たのか……。王太子はルカスに相当、劣等感を持っているからね。あんたが王太子を差し置いて先に婚約なんかして刺激したのも良くない」
イレーヌはブルブル震えながら、オリビエの顔をチラリと見る。
「ね、ねぇ……あなた……同じ女なんだから助けてよぉ! もう全部白状したんだから許してぇ! こんな耳じゃ元の仕事が出来ないぃ――!」
オリビエが冷たい瞳でイレーヌを睨みつける。
「ふん! あんた……運が良かったわね。盗聴魔道具を仕掛けたのがこの私の部屋だったら、こんなぬるい実験じゃなかったわよ。ルカス、この女に他に聞く事ある?」
ルカスはイレーヌの髪を引っ張ると、今は動物の形に変化してしまった耳に囁いた。
「まだ言ってない事……あるよな? ティアナが頼んだ食材に幻覚魔法を掛ける様にレイブンが命じたのか? それとも……」
「あ……それ……は……その……今朝、鶏を絞める様に……命じられた……から……」
バートが大声を上げる。
「おおおっ! 第二形態完了~! なになに? イレーヌちゃんったら可愛いじゃん。この動物の顔が嫌いなの? 結構可愛いよ!」
「――え?……え……?」
戸惑うイレーヌに先程の手鏡をオリビエが渡す。
「――馬鹿な女……」
イレーヌは鏡に映る自分の顔を見て驚愕した。
ここまで読んで頂きありがとうございました(^^♪
次回、魔法で変わったイレーヌの動物の顔が明らかに( ゜Д゜)
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