26 ルカス様は優しいだけの魔法師ではない
「う~わ~! ティアナ、大丈夫? 固まってるけど。あれがその……ルカスの本性っていうか……なんかごめんね? 契約結婚とはいえ……あんな狂暴な奴が結婚相手とか……」
テリーの部屋の水晶玉には、ルカスが破壊した壁や床の惨状が映し出されていて、その恐ろしい狂暴性を物語っていた。
テリーの部屋で待機する様に言われていたティアナは、いつも優しく甘い雰囲気のルカスの怒った顔を見て固まっている。
水晶玉を使い、ルカスの部屋の様子をティアナと一緒に覗いていたテリーは激しく後悔していた。
(あぁ、もうっ! あいつは馬鹿なの? オリビエがこの魔塔にスパイが忍び込んだと気付いたとしても……ティアナが頼んだ食材に魔法を使って何か企んでたとしても……結婚式が間近に迫った今、あんな狂暴な姿を見せてどうするんだよ!)
「えっと……。ルカス様は怒るといつも壁とか床を破壊するの?」
ティアナの質問に、冷や汗をダラダラ流しながらテリーが説明する。
「いっ……つもな訳では無い……よ? アハハハ……あいつが怒る時って自分が傷つけられた時じゃなくて、魔塔や仲間の危機の時だけだからさ」
――実際そうなのだ。
ルカスは物凄く血の気が多くて怒ると手が付けられなくなる程、敵に対して容赦ない。
でもそれは自分が酷い目に遭った時ではなく、いつだって彼が怒るのは仲間が傷つけられた時だけ。
(まぁ……人使いが荒いのはこの際愚痴になるから黙っとこう。それよりティアナがルカスに幻滅して婚約破棄して魔塔からいなくなったり……は無いよね?)
上目遣いでティアナを見ると、意外にもティアナは平気そうだった。
「そう……なんですよね。私、全然気にしませんよ。だってルカス様が怒るのは、いつだって自分の為ではなくて、誰かを守れなかった時なんですから」
ティアナは昨日の夜、怒って舞踏会の会場を後にしたルカスの背中を思い出していた。
(あの時、ルカス様は守れなかった自分に腹を立てていた。今もきっと、スパイを忍び込ませてしまった自分に対して怒っている筈)
――本当に乱暴で冷酷な男をティアナは嫌という程知っている。
前世日本人だった記憶の中にあるモラハラ夫。
回帰前にティアナから毎日魔力を奪い、家族を殺したレイブン。
(2人共、怒り狂うのは自分が傷つけられた時だったわ!)
テリーはにっこり微笑むティアナの顔を見てホッとしながらも少し焼きもちを焼いた。
(チェッ……僕だってもう少し大きくなったら、あの変な女がスパイだなんてすぐに見破ったよ。そうしたら、ティアナは僕の事もう少し見直したろうに……。ルカスはスパイを見破れなかったのに、なんでティアナは赤い顔してニコニコしてるのさ!)
「あの……。それで、魔塔にスパイが忍び込むとどんな罰があるのですか?」
ティアナの質問にテリーが明るく答える。
「あぁ! それは、捕まえた魔法師が好きに出来るんだよ! 大体は今やってる実験材料にされちゃうんだけどね! マウス使うよりも効率良いしね!」
「ええっ? まさか、それで死んだりは……」
テリーが首を振る。
「アハハ! まさか! でも、死んだ方がマシって思うかもよ!」
明るく笑うテリーにティアナは青ざめる。
「し、死んだ方がマシ? 大変!」
ティアナはガラスの靴の『クリスタ』に命じる。
『クリスタ、お願い。大人のティアナの姿にして頂戴!』
ティアナのガラスの靴が光り、大人の姿になったティアナはテリーにお願いする。
「テリー様、ルカス様の所へ連れて行って下さいっ!」
テリーはきょとんとしてティアナを見つめた。
「別にいいけどさぁ……。ティアナは拷問とか、実験とかに興味あるの?」
「その逆ですっ! スパイとはいえ、女の人にそんな……!」
テリーは溜息をつくと、ティアナの手を握る。
「もう……あんなゴミみたいな女、ほっとけばいいのに。言っておくけど、魔塔にスパイとして潜り込むっていう事はそれだけで凄く重い罪なんだ。魔塔の秘密が例えば王室に筒抜けになれば、魔塔の仲間を危険に晒すって事だから。言っている意味、分かる?」
ティアナは唇を噛み締めた。
(分かってる……。実際、魔塔の秘密を探られて回帰前は魔塔が国王の手に墜ちた。それも全て私のせいだ。王太子レイブンが私と結婚して高い魔力を持ったから)
レイブンに魔力を毎日の様に奪われていた回帰前のティアナは、ある日寝室でレイブンが得意気に語った言葉に驚愕した。
「お前のお陰で魔塔にスパイを送り込む事に成功した。何しろ今の私はルカスと同じ位強い魔力の持ち主だからな。姿と魔力の気配を消す魔道具を開発出来たから、これからは魔塔にいくらでもスパイを送り込む事が出来る」
そのスパイによって、魔塔は古代から守られていた王室と魔塔で交わされた血の盟約の書状を奪い取られてしまうのだ。
血の盟約には、魔塔の法律を王室が干渉しない事や、王室からの依頼内容を魔塔が断る権利等、魔塔を守る条約がいくつも記されていた。
(この血の盟約の書状が魔塔にある限り、王室が魔塔に手出しする事は出来なかったのに)
身体を動かす事も、喋る事も出来なくなったあの頃のティアナはただ涙を流す事しか出来なかった。
(だから、魔塔がスパイを厳しく罰する事は仕方がないのだけれど……。あの女性はただ利用されていただけかもしれないし……)
テリーと一緒に転移魔法で地下牢に到着したティアナは、ルカスの声が聞こえたのでそちらに行こうとしてテリーに止められた。
『シイッ……ルカスにはここへ来た事内緒なんだからさ。もしも処罰がそれ程酷くなければ、このまま部屋に戻る……分かった?』
小声で話すテリーにティアナはコクリと頷く。
2人はテリーが開発した姿を消す魔道具のマントを羽織ると、そっと地下牢にある尋問室の隣の部屋に忍び込んだ。
『この部屋は、尋問してる人間の様子を見られる様に覗き穴が開いてるんだ。面白いでしょ?』
小声で説明するテリーにティアナは頷く。
「相手に見られない様に目撃者が証言したりするお部屋ですね?」
ティアナは前世日本人の記憶があるので、マジックミラ―でこっそり尋問シーンを覗く刑事ドラマのシーンを思い出してしまった。
『ぷぷっ、ティアナって可愛い~! この覗き窓は目撃者の為じゃなくて他にもスパイがいた場合に拷問されてる仲間の姿を見て、慌てて先に白状させる為の部屋だよ』
テリーの説明にティアナが青ざめる。
(ええっ? それってつまり、それだけ残酷な方法で尋問するって事?)
慌てて覗き穴を覗くと、魔力封じの鎖に縛られたイレーヌの姿が目に入った。
「る、ルカス様~ぁ! 助けてくださぁい! イレーヌは本当に何にも知らないんですぅ」
ウルウルとした瞳でルカスを見つめ、大きな胸をフルフルと揺らすイレーヌに鼻の下を伸ばしているのはバートだ。
「うんうん……。分かる分かる! 君みたいな頭悪そうな女の子が、こぉんな危ない魔塔に勝手に入れない事くらい。で……? 誰に命令されたのかなぁ? 痛っ……オリビエ、痛いよ! なんで叩くのよ!」
オリビエ……という名を聞いてティアナはドキリとした。
(あの方が……ルカス様の恋人……?)
バートの頭を思い切り叩いている美しい魔法師の姿から、目が離せなくなる。
――まるでルビーを溶かした様に輝く艶のある美しい赤い髪。
燃える様な美しい赤い瞳。
背がすらりと高く、大きな胸にしなやかな腰つき。
(凄く綺麗で大人っぽい女性……。そして多分、ルカス様が認める魔力の持ち主……)
「私達は今、この女が王室の誰から命令されたのか、尋問してるのよ? 鼻の下を伸ばしてる場合じゃないでしょう! 奴らの目的を聞き出そうってのに、優しくしてどうするのよ!」
「相変わらずオリビエはスパイに厳しいなぁ。ルカスはこの娘が王太子のスパイだって考えてるんでしょ?」
バートの言葉に、再びイレーヌが首を振る。
「ち、違いますぅ! レイブン様は本当に関係無いんですぅ」
イレーヌの言葉にルカスがゆらりと立ち上がり、イレーヌの顔をじっと見つめる。
「へぇ……。お前……王太子をレイブン様なんて名前で呼んでるんだ……。よほど親しい仲なんだね。妬けるなぁ」
親しい仲……と言われたイレーヌがポッと頬を染める。
「えぇ~? そ、それ程でもないっていうかぁ……。ルカス様も素敵ですが、レイブン様は特別っていうか……」
「ふっ……あはははは! この女! 確かに頭がお花畑だわね! ルカス、あんた最高だわ! こんなに簡単に白状させちゃうなんて!」
頬を染め恥じらうイレーヌに、オリビエは笑いが止まらなくなった。
「あっ……! ど、どうしましょう! レイブン様ぁ~! た、助けて下さぁい」
「助けて貰いたいなら、レイブンが何を探ろうとしていたのか、白状するんだな。丁度お前にピッタリの実験中の魔道具があるから……試してみるのも悪くない」
「へ? ま、魔道具? じ……っけんて?」
怖ろしいルカスの言葉に我に返ったイレーヌは青ざめる。
ルカスとオリビエは顔を見合わせると、ニヤリと笑った。
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