24 バートは愛妻弁当を食べられない
王城の舞踏会から1日経ったが、ティアナの心はまだフワフワしていた。
思い出す度に顔が熱くなり、ドキドキしてしまうのだ。
(ラストダンス……。舞踏会の会場じゃなくてバルコニーで踊って本当によかったわ)
ラストダンスのルカスを思い出すとティアナは恥ずかしさと、嬉しさで暴れ出したくなる。
――誰もいない静かなバルコニーに流れる微かに聞こえるラストダンスのワルツの曲。
ティアナの手を愛おしそうに取る、ルカスの金色に輝く瞳。
逞しい腕がティアナの腰を引き寄せ、密着する度に高鳴る心臓の鼓動。
踊りながら、優しく微笑み耳元で囁く低く心地良いルカスの声。
目を閉じるとこれらの光景が瞬時に浮かび、その度に真っ赤な顔になってしまうのだ。
***
「――ィアナ……ティアナ……もう! ティアナってば!」
――ハッとして目を開けると、ふてくされたテリー様の顔が目の前に迫っていた。
「あっ……。ご、ごめんなさい! テリー様、お弁当は美味しくありませんでしたか?」
「舞踏会から帰って来てからティアナ変だよ? なんかずっとぼんやりしてるし。結婚式は後2日しかないんだから、しっかりしてよね!」
2日後に私とルカス様は結婚式で正式な夫婦となるのだけれど、1日仕事が出来なくなるという事で、今日も明日もルカス様は研究室に缶詰めの予定だ。
(前世日本人の私から見ても働き過ぎだわ!)
ルカス様は研究に没頭すると平気で3日位ご飯を食べずに過ごしてしまう。
そこで、偏りがちなルカス様の栄養面を考慮して毎日お弁当を持たせる事にしたのだ。
テリー様が私の作るお弁当を物凄く羨ましそうに見ていたので、少し小振りのお弁当箱に同じおかずを詰め込んでお渡ししたらとても喜んで下さったのだ。
日本人の味付けだし、そもそも米って殆ど口に入れた事が無いかも……!
モグモグと可愛いお口でお弁当を食べるテリー様は食べながら首を振る。
「お……おいひいっ! ティアナ……全部おいひいっ!」
大変!食べながら喋ると喉を詰まらせてしまうわ!
慌てて用意していたお茶を飲んで頂く。
「ぷはぁ~! 何? このジュ—シーなお肉! これってこの前ティアナが作ろうとしていたカラアゲ……っていう料理なの? 冷めても美味しいよ! それに凄くカラフルなお弁当だね。」
本日のお弁当は、鶏のから揚げをメインにした唐揚げ弁当だ。
から揚げに、甘い卵焼きとタコさんウインナー、素揚げした南瓜にバターとニンニク、お塩を一振りしたもの、人参のグラッセ、ミニトマト、いきなり白い米はハードルが高い気がしたので、炊きたてのご飯に塩を塗して少し味を付けて小さな可愛いおにぎりにした。
「フフフ……僕の大好きな猫ちゃんの形だ! んんっ! このおにぎり? っていう白い猫の形したやつも、おいひいっ!」
――正確には熊ちゃんの形のおにぎりなんだけど……。
テリー様が夢中で幸せそうに、私なんかが作ったお弁当を絶賛してくれている。
「――下働きの人達のお陰ですよ。鶏を絞めるなんて私には出来ませんから」
モグモグと最後に残していた鶏の唐揚げを食べ終えたテリー様はニコニコしている。
「いや。このカラアゲという料理を作ったティアナが凄い! 鶏を絞めるなんて誰でも……あ、そういえば今日から魔塔に新しく働きに来た下働きの子で1人変な女が混じっっていたよね……」
テリー様の言葉に小首を傾げる。
「ええっと……凄いお胸の大きな女の方でしたね。あんな感じの女性を妖艶、っていうのかしら……」
朝早くに、新しい下働きの方々が魔塔に配属されたのだけど、お一人だけ何だか異質な方がいたのだ。
基本下働きの人は、汚れても良い様に下働き用のお仕着せを着るのだと思っていた。
ところがその人は、お胸が今にも零れ落ちそうなピチピチの服装で、スカート丈も短く大胆なスリットが入っているので、太ももがチラチラ露わになるのだ。
まぁ……その方が動きやすいのかもしれないけれど、目のやり場に困ってしまうわ!
「しかも、ティアナが鶏を絞める事を頼んだ時の顔見た? あの怖い顔に比べたら魔女の方が可愛らしいよ!」
そう……。
今朝早くにお弁当を作りたかった私は、テリー様と一緒にお弁当の材料を調達に行った。
テリー様の魔法で無事に麻袋に鶏を入れて下働きの人に鶏を絞める事をお願いした。
その、偶然お願いした人が例のお胸の大きな……。
「確かイレーヌって言ってたね。あの匂い……。鼻が曲がるかと思った」
おえっ、と吐く真似をするテリー様は香水の匂いが苦手なのだそう。
「まさか、今日来たばかりとは知らずに申し訳なかったわ」
「ティアナがあんな変な女に謝る事ないよ。あ~ぁ。ルカスはいいなぁ。毎日ティアナの作るお弁当を食べられてさ……」
チラリ、とテリ―様が私の顔を見る。
その少し期待が籠る顔を見てしまったら……断れないわ。それに、一度に作るなら同じだし。
「ルカス様がお嫌と思う日まで、作りますよ!」
テリー様の顔が最高の笑顔に変わる。
「本当? やったぁ~!」
***
「ル~カ~ス~! 別にさぁ……半分欲しいとか、そんな強欲な事は言ってないでしょ? 一口味見させて欲しいって言っているだけじゃない……。お前さ、いつからそんな意地汚い男になったの? 俺だってさぁ……。昨日から飯も食べずに頑張ってるのよ?」
グルルルル……。
バートの腹からヒキガエルみたいな音が聞こえる。
ルカスはギロリ、とバートを睨んだ。
「俺様の弁当に目を付けるなんてお前の方こそ頭おかしくなったんじゃないの? この弁当はな……。ティアナが俺の為に早朝から心を込めて作ってくれた……魂の弁当だ!」
バートは、ルカスの瞳が弁当を見ている時と、自分の物欲しそうな顔を睨む時とで天と地ほど違うのはあまりにも理不尽だと思っていた。
「しかしさぁ……ティアナちゃんは何者なの? 貴族のご令嬢がこんな……料理人でも作れない見た目の優れた弁当を作るとは……。あ、あくまでも見た目! だあって、味は分からないもんね! 見た目美味そうだけど、ルカスが無理して食べてるかもしれないし?」
意地悪くニヤリと笑うバートに、ムッとしたルカスがその口に卵焼きを突っ込む。
「ふぐっ! んんっ! なぁんて甘くて美味しい卵なんでしょう! あ~。残念……そのお肉は相当変わった見た目だから美味しくはないんだろうなぁ~。硬そうだもんなぁ……パサパサの肉だったり?」
ルカスの金色の瞳が氷の様に冷たく光る。
「おい……その手には乗らんぞ? 俺が鶏肉好きなの分かっていて強請るとは……! 命知らずな奴だな……」
バートの目がウルウルしている。
「ああっ! ルカスがこんな……。親友よりも嫁さん取るとか……! お前は変わってしまった! この……裏切者!」
「……いいから、口よりも手を動かせ! 今日中にこっちの実験終わらせて、今夜俺は帰るぞ!」
ルカスの宣言を聞いてポカンとバートが口を開けたまま固まる。
「ええっと……何を寝ぼけた事言ってるの? この実験は3日掛るんだよ? 馬鹿なの?」
ルカスは弁当の最後のから揚げを口に放り込むと、目を閉じた。
「普通の魔法師なら3日は掛かる。でも天才の俺様に掛かれば1日で終わる!」
バートは溜息をついた。
(こいつは有言実行の男だ。やると言ったらやるんだろうなぁ……チェッ。そんなにティアナちゃんに会いたいのかよ……)
独身男のバートには何のメリットも無い。
「でもさぁ……今回の実験に使用する鼠ちゃんがまだ足りないじゃん……」
実験には、大量のマウスが必要だ。
鮮度も命なので、毎日マウスを調達しているのだ。
「あら……鼠ならいるわよ? それもかなり肥えた美味しそうな鼠がね」
振り向くと、扉にもたれ掛かった美しい魔法師オリビエがいた。
「あれぇ? オリビエちゃん! 珍しいねぇ。元気だった? 久しぶりぃ!」
バートの言葉に一瞬だけ瞳をこちらに向けたオリビエ。
「オリビエ……鼠って? 何かあった?」
ルカスはオリビエが言う鼠、が本当の鼠だとは1ミリも思っていなかった。
「オリビエ……鼠は男? 女?」
オリビエは、美しい顔でニヤリと笑った。
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