2 転生した世界はお伽噺じゃない
あぁ……私……死ぬんだ……。
薄れゆく意識の片隅で、誰かの悲鳴が聞こえる。
血が……私の後頭部から流れて身体がどんどん冷たくなっていく。
でも……不思議だ。
この感覚……前にも経験した事があるみたい。
そんな訳ない……のに。
私が死んだらあの人は悲しむ……?
それとも……怒る……よね?
不注意で階段から落ちて。
内緒で会社……さぼってこんな所で……死ぬとか。
笑える……。
でも……私……やっと……じ……ゆう……に……。
***
「起きて……起きて……ティアナ!」
ん……誰?
何で私の事……そんな名前で……?
ティアナ……?
ズキズキと痛む頭を手で触る。
あれ?
私の手……こんなに小さかった?
目を開けると、いつも見慣れていた自分の手じゃない。
白くて細い小さな手が見える。
「ティアナ……起きて!」
何度も私の事をティアナと呼ぶ人の顔をじっと見る。
なんて綺麗な人なんだろう……。
榛色の大きくて綺麗な瞳。
小さくて可憐な薔薇の蕾のような唇。
細くて高い鼻は、日本人の私とは全く違う。
綺麗な巻き髪は金色に輝いている。
ああ……。
物語に出てくるお姫様ってきっとこんな感じなんだろうな……。
それにしても、不思議だ。
初めて見る筈なのに、私はこの人の事を昔から知っている?
「ちょっと、ねぇ……本当に大丈夫?」
呆然と綺麗な外国のお姫様が日本語を話しているのを黙って見ていた。
あれ?
日本語……じゃない?
よく聞いていると全く違う言葉だ。
それなのになぜか私は、さっきからこの人が話す言葉を普通に理解している!
「やっぱりお医者様を呼んだ方がいいかしら……」
榛色のお姫様が溜息をついたその時だった。
「ティアナが起きたの? フレデリカお姉様!」
――バン! と勢いよく扉を開けて飛び込んで来たのは、赤毛の縦ロ―ル巻き毛に気の強そうな紫色の瞳をしたこれまた麗しいお姫様みたいな人。
そういえば、何でこの人達、結婚式で着るみたいなドレスを着てるの?
「アンジェリカ……部屋に入る時にはノックをしなさい、っていつも言っているでしょ? ティアナが驚いているじゃない」
なるほど。
よく分からないけど、今いきなり部屋に飛び込んで来た赤毛の美人さんはアンジェリカ。
おっとりした感じの穏やかな美人さんがフレデリカ。
そして、私の事をティアナって呼んでいる。
「大丈夫? ティアナ……貴女、階段で足を踏み外して怪我をしたのよ? 覚えてる?」
あぁ……そうだ。
覚えている。
私は……この家の三段目の階段で足を踏み外して……あれ?
凄く不思議だ。
覚えている。
そうだ……私はティアナ……。
え……?
慌ててベッドの脇の壁にかかっている鏡を見つめる。
銀色に輝く美しい髪。
真っ青なアイスブル—の瞳が可愛らしい小柄な少女が鏡に映っている。
これは……この顔は。
そうだ……私はティアナ。
10歳の子供だったティアナだ。
そして私は……!
突然、洪水みたいに頭の中に沢山の記憶が蘇った。
お母様を小さい頃に亡くした記憶
お父様が私を心配して、再婚した記憶
新しい家族と過ごした記憶
そしてお父様も事故でお亡くなりになった記憶
王子様がお妃候補を選ぶ為の舞踏会の招待状が私の屋敷へ来た記憶
え……?
何? この記憶。
まさか……。
ドクンドクン……と心臓が早鐘を打つ。
これ……転生前の日本人だった私がよく知る、あのシンデレラの世界だ……。
子供の頃に憧れていたあの……!
でも、この世界は私が知っている甘い夢の国のお伽噺なんかじゃない。
現実の世界だ。
当然、現実の世界はお伽噺なんかと違って厳しく残酷だ。
お伽噺と違って困った少女を助けてくれる親切で優しいフェアリーゴッドマザーはいない。
勿論この国には魔法師と呼ばれる人は存在する。
ただそれだけ。
誰かの依頼がなければ動かない、
魔法師はお金を受け取り、仕事をする。
これが現実だ。
お金を払えない女の子に、頼まれもしない魔法を使う魔法師はいない。
いくら可哀想な女の子の願いでも。
あれ……?
可哀想な女の子?
転生前の日本人だった時読んだお伽噺のお姫様は凄く可哀想だった。
意地悪な継母と毎日虐める義理の姉達。
使用人もいない貧乏な貴族の家でメイドみたいに洗濯や掃除、料理をさせられて、寝るのは屋根裏部屋……だったっけ?
お友達は小さなネズミ達で、冬でも薄着のボロボロの服を着せられて暖炉に残った灰の中で眠る灰まみれの少女を、確か灰被りという蔑みを込めてシンデレラって呼ぶんだよね。
そして可哀想なシンデレラを憐れに想ったフェアリーゴッドマザーが魔法でお姫様にするっていう玉の輿ざまぁの物語……。
でも……。
「ねぇ……やっぱりおかしいわ! アンジェリカ、やはりお医者様を!」
そうだ。お父様がお義母様と再婚して私には2人の優しいお義姉様が出来たのだ。
フレデリカお義姉様……。
私とは歳が7歳離れているいつも優しい綺麗な自慢のお義姉様。
「ティアナ! 顔色が悪いですけど誰かに虐められたのではなくって? 大丈夫ですの?」
アンジェリカお義姉様……。
フレデリカお義姉様と2歳違いの今年15歳になるお義姉様は、困った時にすぐに助けて下さる私の強い味方。
フカフカのベッドに綺麗で優しいお義姉様達、そして……。
「まあっ! ティアナは目が覚めたのね? 良かったわ!」
私が起きた事をメイドから聞かされたのだろう。
部屋に飛び込んで来たお義母様が私を抱きしめる。
お義母様とお父様は家同志の家門を守る為の再婚だったけれど、お互い愛し合っていた。
だからお父様がお亡くなりになった後もとても可愛がってくれる。
愛していたお父様の娘だから。
幸せだ……。
お伽噺の少女と違って、亡くなったウェズリー男爵だったお父様が残した大きなお屋敷に住む私達はメイドを雇えない位に貧乏でもないし、それなりに事業もうまくいっている。
だから、私が魔法師に何かを頼まないといけない困った事なんて……。
「お母様、今度のお城の舞踏会ですがやはり心配ですわ。わたくし達が留守の時にまたティアナが怪我でもしたら……」
「そうですわ! 舞踏会に行っている間は留守になりますもの。ティアナが心配ですわ!」
舞踏会?
舞踏会って……お城の?
突然私の脳裏に恐ろしい光景が浮かぶ。
階段を駆け下りて逃げる私を追い駆ける残忍な顔の王子の顔。
涙を流して逃げる私は……。
あ……ああっ……!
ドクドクと心臓が激しく音を立てる。
何でこんな大事な事を忘れていたの?
私は……私は……!
「うっ……うううっ……ああああ」
「ティアナ! 大変! 早く医師を!」
だ……駄目……呼ばないで!
思い出した。
舞踏会に招待状が来たあの日。
私の魔力が暴走して医師を呼んだ。
そして……。
そして私の生活は一変するの!
「……お義母様……医師ではなく……魔法師の……ルカス様を……魔力暴走……です」
私はお義母様のドレスの裾を握り締めると渾身の力を込めて声を出した。
魔法師ルカスの名を知らない者はいない。
彼の力なら、この魔力暴走を止める事が出来るだろう。
驚いて執事に指示を出すアンジェリカお義姉様と泣きながら私の手を握るフレデリカお義姉様……。
お義母様の青い顔。
薄れゆく意識の中で私は全てを思い出していた。
幸せに暮らしていた私達に起きた悲劇を。
魔力暴走が発覚した後のウェズリー男爵家での息を殺した生活。
私の浅はかな行いで命を落とした沢山の人達。
そう。
その中には、この心優しいお義姉様達、お義母様も……。
全てはこの日に始まったのだ。
魔力を持つ人間はこの世界に僅かに存在している。
主に王族達に受け継がれた魔力。
とても希少なこの魔力は王族の他には魔法師達だけが持っている。
そして女性の魔力持ちは更に数少ない。
だから、魔力のある女性が現れたら、王族に嫁がされてしまう。
微弱な魔力の王家に強い魔力の子が誕生する事を王族は強く願っているから。
魔法師が住む魔塔は村はずれの森に存在していて結界魔法が施されている。
魔力はあっても王族ではない彼らは、王家が唯一口出し出来ない存在だ。
――私達の命が助かる方法はあの方の力しかない。
私は転生してこの世界に戻っただけじゃない。
私は日本人としての人生を終えてこの世界に……転生してこの世界に戻って来たけど。
転生したこの世界で私は……。
一度死んでいる。
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