19 ルカス様は野蛮な魔法師じゃない
夕日に照らされた美しい顔のルカス様が私に跪いている姿は、物語の王子様みたいで……。
私は暫く動けずにずっとドキドキしていた。
「――ティアナ?」
ルカス様が私を心配そうに見つめている。
「あっ……すみません。魔塔にもダンスの先生がいるって、テリー様に聞きましたが……」
「舞踏会まで日がないんだから、パートナーのティアナが教えた方がいいだろ?」
そ……そういう事……。
私と毎日レッスンしたいから……とか…期待してしまった。
恥ずかしい。
「それにさ、毎日レッスンすればティアナとずっといられるしな。お前が野蛮な男と結婚したなんて陰口言われたくないから」
「え……?」
ルカス様が指をパチンと鳴らすと部屋に美しい音色のワルツが流れる。
魔道具の『クリスタ』にお願いして、大人の姿に変身すると、ルカス様は恭しく私にお辞儀する。
「――では、お姫様、お手柔らかにお願いします」
***
~舞踏会の招待状が届いた日~
舞踏会に行った事がないルカスはバートに叱られていた。
「はあぁ? お前……ダンス踊れないとか……ティアナちゃんに恥をかかすなよ! 貴族の世界は俺達魔法師と違うの! 舞踏会でパートナーに恥ずかしい事されたら、もう二度と貴族のご令嬢達からお茶会に呼ばれなくなっちゃうの!」
ルカスはティアナが仲間外れにされたり、苛められたら秒で報復するつもりだった。
それをバートに話すと、深い溜息をつかれた。
「あのさ……一生この魔塔で夫婦として添い遂げる積もりが無いなら、今後のティアナちゃんの貴族としての生活も考えなさいよ! 契約結婚なんだからティアナちゃんが王子の魔の手から解放された後の事をさぁ」
――何故だろう。
ティアナが俺から離れていく……というバートの言葉を聞くと、はらわたが煮えくり返る。
もしもティアナが魔力を自在にコントロール出来る様になって、もう誰の力も必要なくなった時、果たして俺は気持ちよく手放す事が出来るのだろうか。
――俺の手を離れて俺の知らない所でティアナが泣いていたら……?
そんな事耐えられるのか?
あの子の涙を見ると胸が締め付けられる。
ティアナをもしも泣かす様な奴が現れたら、俺は絶対に許さない。
ルカスは胸に下げていたペンダントを見つめた。
「お? これってもしかして恋人同士がよく使う魔道具だよね? それもかなり重めのカップルが互いにプレゼントする……」
恋人が泣くと知らせる事が出来るこのペンダント型の魔道具は、王都でも流行っている。
「何? お前やっぱり相当ティアナちゃんに惚れちゃってるんじゃないの?」
「違う……俺はあの子を泣かせたくないだけだ」
「へぇ……責任感ってやつ? だったらそのペンダント、もっと感度を上げた方が鈍感なお前には良いかもね。こういう恋人同士が使う魔道具改良は僕ちゃん得意なんだぁ~」
バートの言葉にルカスは首を傾げた。
「お前って、たまに理解不能な事言うよな」
バートは溜息をつく。
「理解不能なのはお前だよ。女心は複雑なのよ。女性が泣くのは何も大泣きする時だけじゃないでしょ? 涙を溜めて声を殺して泣く事もあるんだよ。分かる?」
「――分からん。泣くのを我慢したら苦しいだけだろ? よく分からんが、そこまで言うなら、これの感度上げてくれ」
ペンダントを渡されたバートは思わずルカスを二度見した。
(へぇ……冗談で言ったんだけど、こいつまさか……)
「舞踏会までには完成させろよ! 王城は危険だからな」
バートはペンダントを見つめてクスクス笑う。
「それにしても、すんごい独占欲の塊みたいなペンダントだねぇ。おっと、睨むなよ! 責任感の強いルカスちゃんの為に頑張るからさ!」
――あの夢見の魔法のせいだろうか……。
同情でも責任感でもない。
ただ幸せになって貰いたい。
笑顔が見たいんだ。
ティアナには俺に守られているから、申し訳ないなんて思って貰いたくない。
バートに言われて、ルカスは改めて舞踏会でティアナに悲しい想いはさせたくない、と心に誓った。
しかし今からダンスのレッスンでティアナとの時間が削られるのは辛い。
そこで、ティアナにダンスを教わる事を思い付いたのだ。
ダンスだけではない。
ティアナが恥をかかない様に毎日髭も剃る事にした。
何しろ貴族の間では、野蛮人という噂まであるのだ。
礼儀正しい食事のマナーや、挨拶等の所作も学んだ。
全てはティアナの為……。
――何故この少女に自分がこれ程執着するのか、実はルカス自身も分からなかった。
***
――ダンスは踊れないと言っていたルカスだったのだが……。
ティアナは向かい合って自分の手を取り踊り始めたルカスについ見惚れてしまっていた。
18歳の大人の姿になったティアナの目の前に立つルカスは、長身の美しい男性で王都の貴族が噂する様な野蛮な男には全く見えない。
部屋に流れるワルツのせいか、むしろ高貴な気品すら漂う。
彫りが深い端正な顔にかかる深海の蒼を想像する長くサラサラとした黒髪。
まるで宝石の様な金色の瞳が夕日の光に反射して美しく煌く。
普段、下から見上げていたその顔が今は目の前に……。
男らしくすっきりと通った鼻梁や、形のよい妖艶な色気を感じる唇。
その美しい面立ちからティアナは目が離せない。
思わずルカスに惹かれてしまいそうになる自分の心を慌てて否定した。
駄目よ……。
ルカス様から見たら、私はただの10歳の子供!
恋愛対象ですらないのだ。
――ルカス様には、ご結婚したい女性が本当はいるのだから。
曲に合わせて踊り始めると、初めはぎこちないステップだったのが、元々運動神経が他人より優れているからなのかティアナの足を踏む事もなく、どんどん上手になっていく。
ルカスに手を握られて、身体を引き寄せられる度にティアナの胸の痛みは強くなった。
「ルカス様……。凄く上手だわ。本当に初めて踊ったんですか?」
「あぁ……舞踏会で踊るこんなワルツは初めてだが。そうだな……下町の祭りに子供の頃は遊びに行って……オリビエに教えて貰ったな……あ。オリビエっていうのは、俺の友人の魔法師で……」
ティアナの胸は更にズキリと痛んだ。
ルカスがオリビエの話をしているのだが、胸が痛くて何も聞こえなくなった。
油断すると涙が溢れてきそうで、慌てて上を向く。
「ティアナ? どうした?」
「あ……すみません。ルカス様、私お腹が空きました」
夕飯の時間になっている事にルカスは気が付く。
「ああっ! 本当だ。もうこんな時間にっ! 今すぐに夕飯の用意をさせる!」
ルカスは慌てて転移魔法を使うと厨房へ向かった。
「ふっ……ううううっ……」
ルカスがいなくなると、ティアナの堪えていた涙が零れた。
――ごめんなさい。ルカス様……もう少しだけなので、お傍にいる事を許して下さい。
***
「お前って本当に完璧主義者だねぇ……まぁ、ここまで仕上げたらティアナちゃんも喜ぶんじゃないの?」
舞踏会を明日に控えた研究室でバートは感心していた。
特訓のお陰でルカスは立派な貴公子の様に見える。
「あ、預かってたペンダント! 感度良くしておいたよん」
ルカスはバートが改良したペンダントを見つめると首に下げた。
「今回の目的はティアナの義姉君達が王子の目に留まらずに舞踏会を過ごす事だ。危険はないと思うが義姉たちの護衛もしないとな」
バートがケラケラ笑う。
「あぁ、ウェズリー男爵家の麗しのご令嬢達だね! 確かに凄い美人だもんな。王子が好みそうなタイプだね」
「もしも、義姉君たちが狙われてしまったら、ティアナは何をするか分からんから……」
「へぇ~。血も繋がってないのに仲がいいんだねぇ。そういえば明日はティアナちゃんとお揃いの服装なんだよな?」
ティアナには、魔道具『クリスタ』がいるのでドレスも髪型も好きに出来る。
しかし魔道具は、主であるティアナの命令しか聞かない。
これでは揃いの服が作れないので、ルカスは婚約式でドレスを頼んだマダム・ルル―に相談したのだ。
マダム・ルル―はルカス達の結婚式のドレス作りで忙しかったのだが、舞踏会の話をすると大喜びで、新作の揃いの衣装を見せた。
実は婚約式のドレスがあまりにも素晴らしいので、第二弾を望む令嬢達の要望が凄いのだとか。
ルカスとティアナに着て貰いたくて婚約式後にすぐに新作を作ったのだ。
「今回の衣装は、プレゼント致しますわ! 舞踏会でお二人がこの衣装を着て下さるだけで物凄い宣伝になりますもの!」
年頃の貴族令嬢が全員参加する王太子誕生祝いの舞踏会!
その舞踏会にこれほど美しい男女が揃いの衣装で現れれば、注目の的である。
ルカスは、舞踏会当日まで、ティアナにはドレスの事は内緒にしておく事にした。
***
「わぁ……ティアナ、凄く似合っているよ!」
――舞踏会の当日、テリー様は私のドレス姿に歓声を上げた。
ルカス様が、私に今日の舞踏会で着るドレスを用意して下さったのだ。
金糸をふんだんに織り込んだ幻想的な薔薇の柄が素敵なシャンパンゴールドのドレス。
ウエスト周りには、美しいパールが沢山縫い付けられていている。
動くたびにふわり、と揺れる繊細なレースは華やかだけど、女性らしい優しい雰囲気で私の好みのデザインだわ。
『クリスタ』には、今回はルカス様からプレゼントして頂いたドレスを着るから髪型や、ネックレスだけお願いした。
「ルカス様、ありがとうございます。とても素敵です!」
「ん……。毎日ダンスのレッスンに付き合ってくれたからな……。マダム・ルル―からのプレゼントだからお礼はマダムに言うといいよ」
「でも、私の為にお店に行って下さったのですよね?」
「それから……婚約者へこれは、俺からのプレゼントだ」
ルカス様は小さな青い箱を私の前で開いた。
青い小箱の中には、ダイヤモンドのイヤリングが入っている。
私は驚いてルカス様を見つめた。
「これ……」
ルカス様が、私の耳元におっかなびっくりな手付きで慎重にイヤリングを付けていく。
ダイヤはハートの形になっていて、動くたびにキラキラと揺れている。
「嬉しい……大切にしますね!」
恐ろしい記憶が消えない舞踏会だけど、ルカス様のプレゼントで心が浮き立つ。
どうか、この舞踏会が無事にお終わりますように……。
***
ティモール王国の王宮の門戸が開き、次々と馬車が入って来る。
先日、魔法師達が設置した、光の玉の明かりで華やかなドレスに身を包んだ令嬢達の姿がよく見える。
何千人という貴族の令嬢、諸外国からの大使が王太子だけの為に駆けつけているのだ。
大広間では宮廷楽団の素晴らしい楽器が美しい音色でワルツを奏でている。
――間もなく国王、王太子や、王女達の姿が見える頃なのだが、今貴族達の間で最も話題になっている大魔法師ルカスとその婚約者の姿をこの目で見られるのでは? と大広間に集まる貴族達はそわそわしていた。
「あの大魔法師のルカス様がご結婚とは……」
「お相手のご令嬢がお気の毒ですわ! ルカス様って魔力は凄いけれど、とんでもなく野蛮な方だと聞きましてよ?」
「ウェズリー男爵家といえば、ご当主様がお亡くなりになって継娘が邪魔になったとか」
「だからって……野蛮人のルカス様に嫁がせるだなんてね……」
「気の毒に……」
ヒソヒソと声を落として貴族たちが噂をしていたその時だった。
――大広間に魔塔の大魔法師ルカス・ブロアと男爵令嬢ティアナ・ウェズリーの到着を知らせる声が響き渡った。
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