18 ダンスが踊れない舞踏会は楽しくない
「な……何の事ですか? わ、私は従妹で……」
セルジオ様は、私の瞳をじっと見つめると、クスクス笑う。
「ふふっ……少しカマを掛けただけなんだけど……本当にティアナちゃんなんだ。何か事情があるみたいだねぇ。どうせ、あいつが強引に決めたんだろうけど……。あんな男が夫になるのって辛くない? まだ間に合うよ? たとえば私とか……」
サラリ……とスカイブルーの髪をかき上げたセルジオ様は間違いなく女たらしだわ。
多分、似た様な口説き文句を大勢の女性に囁いているのだろう。
「わ……私はルカス様だから結婚するんです! 他の誰でもなく!」
真っ赤になって、セルジオ様に抗議する。
「ふ~ん……ルカスって女性からはまるっきりモテないんだけど、意外とチビッコには人気あるんだね……。君はルカスとずっと一緒にいたいって思ってるの? あの変人と?」
私は涙目になりながらもキッっとセルジオ様を睨みつける。
「ルカス様は変人なんかじゃありませんっ! 本当はずっと一緒にいたいけど、それはあまりにも図々しいお願いだって事……分かってますから!」
フ~ッ……フ~ッと荒い息で抗議する私を見てセルジオ様が愉快そうに笑った。
「あははは~。かっ、可愛いっ! まるで毛を逆立てた子猫ちゃんみたいだねぇ!」
一体この方は何が目的なの?
柔らかい物腰の爽やかなお顔に不釣り合いなこの失礼な言い方……。
「ティアナちゃんはさ……ルカスと本当はずっと夫婦でいたいけど、申し訳ないからそのうち離婚するつもり、って事?」
ドキっとした。
まるで私の本心を探る様な美しい紫色の瞳がこちらをじっと見つめている。
「――黙ってるって事は……そうなんだ。じゃあさ……私と君で協力し合わない? 私も君がルカスとずうっと婚姻関係でいてくれると助かるんだよね~」
え……?
それって……どういう意味?
セルジオ様が言い終わらないうちに部屋の中に金色の魔法陣が現れた。
「あらら。もう気が付かれちゃったあ~。ふふっ…またね? ティアナちゃん」
セルジオ様は指をパチンと鳴らすと先ほど見た大きな鳥の姿になって窓から飛んで行った。
呆然と窓を見つめる。
「――え? 何? 今の……」
「あの鳥はセルジオだな……。全く何しに来たんだか……」
「きゃぁぁぁーー!」
背後からいきなりルカス様の声がして思わず私は飛び上がってしまった。
「あ。ごめんな? びっくりさせて……。今の男はセルジオ。まぁ、あいつならすぐに見破るとは思ったんだ。あいつのお得意が変身魔法だから」
変身魔法! 凄いわ! 魔道具も無しに姿を変える事が出来るなんて!
「あの……。私、言いつけ通りこの部屋から外には出なかったんですけど、小窓に鳥が」
「あぁ……もう、そんな泣きそうな顔しなくても大丈夫だ。あいつは、ああやって可愛い生き物に変身しては、ご令嬢を口説く変態だ」
変態……?
そうは見えなかったけど。
「大丈夫なんですか? テリー様に続いてセルジオ様にまで私の正体が……」
「心配しなくてもいい。あいつは変態だし、口も悪いけど基本女性には紳士的だから」
なるほど。
確かにそうかも……でもなんで私とルカス様がずっと夫婦でいる事に協力したいなんて言ったのかしら。
「あっ! そうそう。ガラスの靴が脱げにくくなる方法、見つけたぞ?」
「えっ? 本当ですか?」
私は、パアッと顔を輝かせた。
ルカス様は羊皮紙と不思議な色のインクを取り出すと、私に羽ペンを渡す。
「さぁ。この羽ペンとインクを使って、ガラスの靴に名前を与えるだけでいい」
私は困惑した。
ガラスの靴に名前を?
「名前を考えてこの紙に書けばいい……のですか?」
「そうだ。魔道具に名を与えると持ち主が決まる。そして名を与えられた魔道具は意志を持って主の事を守ってくれるようになるんだ」
驚いた。
意志を持った魔道具だなんて聞いた事がない。
「ルカス様、でも名前って……どうやって考えれば?」
あ……呆れちゃったかな。
だって……転生前、私が何か新しい事を思い付いたとしても夫に反対されるか、馬鹿にされていたんだもの。
間違えたくない。
「――この靴はこれからティアナのものになるんだから、どんな名前だって喜ぶと思うぞ? 大丈夫だ」
ルカス様に大丈夫だって言われる度に自信がついて来る。
私は一生懸命に考えた。
「う~ん……透明でキラキラしていてクリスタルみたいだから……『クリスタ』はどうかな」
ルカス様がポンと私の頭を撫でた。
「うん。いいと思う。決まりだな」
嬉しい……。
こんな風にいつも反対しないで見守って下さって……。
私が羊皮紙に名前を書くと、ルカス様は残ったインクを床にまき始めた。
続いて呪文を唱え始めると、床にまかれたインクが宙に浮かび上がって魔法陣が現れた。
「さぁ、この魔法陣の中央に羊皮紙と靴を置いて?」
私は言われたとおりにしてみた。
すると……。
――――ブウゥゥン―――
鈍い音と共に、羊皮紙がガラスの靴の中に吸い込まれていった。
「よし。これでもうこの靴はティアナ以外の言う事は聞かなくなったぞ?」
「ええっ! 本当ですか?」
「あ。疑ってるな? では、試しに何か命じてみたら?」
ドキドキしながら私は何も変わっていなさそうな、目の前にあるガラスの靴に命じる。
「『クリスタ』……舞踏会にルカス様と参加するんだけど、18歳の姿に変身して私に似合うドレスを着せて欲しいの……」
言い終わらないうちにガラスの靴から光が差し込み、私の身体は魔法陣に吸い込まれる。
目を開けると、18歳の姿で豪華なドレスを身に纏い、足にはいつの間にかクリスタを履いていた。
上品なブルーのドレスには、美しいダイヤモンドが無数に輝いている。
「ティアナ……成功だな。クリスタはもうお前がいいと言うまでその足から脱げないぞ?」
――良かった。これで、舞踏会で転んでも私の正体は分からない筈。
そうだわ!
「あの……ルカス様、せっかく素敵なドレスになったので踊りませんか?」
ちょっと恥ずかしいけど、舞踏会の予行練習で……。
「え……踊る? 俺……踊れないんだけど……駄目?」
えぇぇぇぇぇぇ――⁉
***
「ティアナってさ……そんなにダンスが好きなの?」
翌日のティータイムに私はテリー様に焼き立てのクッキーをご馳走して昨日のルカス様のダンス踊れない発言について相談に乗って貰っていた。
テリー様の部屋にも結界魔法が掛けられているので、知らない人がいきなり入って来る事はない。
本日はテリー様のご要望でガラスの靴を脱いで、本来の10歳の私で訪問した。
テリー様曰く、本当は年下なのに年上の見た目だと喋り辛いのだとか……。
「べっ、別にそこまでダンスが大好きって訳では無いわ! ただ……ルカス様が踊れないなら、色々な人達と踊る事になるから疲れるっていうか……」
――ガタン!
座っていた椅子から勢いよくテリー様が立ち上がる。
「テリー様? どうしました? やだ、お茶が熱かったでしょうか……」
驚いてテリー様を見上げると、真っ赤な顔で震えている。
「これは……大問題だよ! あの馬鹿……っ。ごめんね? 僕が一緒に行って踊ってあげたいよ……」
私はジ~ンとしてテリー様を見つめて笑顔になった。
凄く優しい方だわ! 私が舞踏会で困らないか、こんなに心配して下さって……。
「ふふっ。本当に……テリー様が一緒に踊って下さるなら心細くないですね?」
テリー様は、何故か耳まで真っ赤になっている。
普段、あまり褒められたりした事ないのかしら……。
「先ずはあの馬鹿でもダンスが踊れる魔法を……いや、それより今から特訓が必要か?」
ブツブツと独り言を言いながら魔法書を読み耽るテリー様がちょっと怖い……。
「そういえば、魔法師様達は魔法の研究がお忙しいのでダンスなんか練習する機会もありませんよね……」
私の一言に、テリー様がキョトンとする。
「いや? 僕達魔法師も、ダンスのレッスンはやりたければ出来るよ? なにしろ、貴族相手の依頼の仕事が多いから。ルカスはそういうの大嫌いでやった事ないけどね」
「まあっ。ではテリー様もダンスを踊れるんですか?」
テリー様が得意気に胸を張る。
「僕はよくデビュタントの令嬢のエスコートをしてダンスを踊る事も多いんだ。まぁ、護衛も兼ねてだけど。デビュタントで変な男に付き纏われたり苛めになんか親は遭ってほしくないからね」
「では、ルカス様もダンスを魔塔で習う事が出来る……という事ですね? 舞踏会はダンスが踊れた方が絶対に楽しいと思いますから、それとなく練習する事をお勧めしてみます」
「そうだなぁ……。あいつ、たまに凄く頑固な時あるから……。もしもごねる様なら僕に言ってね? こう見えてあいつよりも、僕は先輩だからさ」
こんな天使みたいに可愛らしいテリー様の方が先輩だなんて、面白いわ。
明日はパウンドケーキを作ってあげよう……。
テリー様は甘いお菓子が大好物なのだ。
***
夕方になって部屋に戻るとルカス様がソファに腰かけて私を待っていた。
思わずドキリとする。
窓から夕陽が差して、ルカス様の端正な顔を赤く照らしている。
すると徐に立ち上がったルカス様は、突然私に跪くと私の手を取った。
「やぁ……お帰り。ティアナ……俺にダンスを教えてくれませんか?」
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